艦隊出撃
「何があった⁉魔力解析官はどこにいる⁉」
「三個連隊の位置情報が途絶えた!無人偵察機の映像は⁉」
「師団長!追加で兵士を送りますか?」
司令庁舎の作戦会議室は、怒号にも似た声で満ちていた。士官たちが慌ただしく行き交い、次々と報告を交わしながら、事態の把握に追われている。
第五師団師団長である平賀陸将は机の上で腕を組み、続報を待つ。
「師団長!無人偵察機プレデターの映像が届きました!」
一人の情報士官の声が室内に響く。平賀は顔を上げ、壁面に設置された大型ディスプレイへ目を向けた。
映し出されたのは、かつて森林地帯だったと思われる場所だった。
その中心には、周囲の木々を根こそぎ吹き飛ばしたかのような、巨大な穴が穿たれている。人影はない。
映像を目にした士官たちの間に、ざわめきが広がった。
「全滅か……」
平賀の低い声が、室内のざわめきを静めた。
「映像に人影はなく、通信にも応答がありません。現時点では、全滅した可能性が高いと考えられます」
「追加の救援部隊を送りますか?」
士官たちの発言に平賀は姿勢を崩さずに答えた。
「敵の新兵器か、それとも魔法か……。正体は分からん。だが、こんな攻撃を市街地に撃ち込まれれば、一たまりもない。まずは攻撃の正体を突き止め、実行した魔族、あるいは兵器を無力化する。それが最優先だ」
「ならば、調査隊を組織して情報を持ってこなくては。ただ、現在神奈川の近辺にはアルグスが潜んでいるはずです」
「ああ、その通りだ。そのアルグスの魔法かもしれないしな。どちらにしろ情報は必要だ。少数精鋭で調査する必要がある」
「はい、では第五師団から精鋭をかき集め、二百名規模で調査に行かせます」
平賀の指示を受け、第五師団の作戦幕僚たちは、ただちに人員の選定へと取りかかった。
――翌朝、蒼夜達はブリーフィングルームにいた。
東堂がプロジェクターに映し出された神奈川全体の地図を指差しながら説明をする。
「昨夜、民間人救出の任に就いていた三個連隊が、魔族の魔法と思われる攻撃によって全滅した。これを受け、我が軍は攻撃の原因となった魔族、もしくは兵器の無力化を、民間人救出に先立つ最優先事項とした」
地図上に、ひときわ目立つ赤い点が表示された。
「ここに攻撃着弾点だ」
続いて、周辺に小さな青い点が次々と浮かび上がる。
「無人偵察機の情報によれば、敵の部隊はこの一帯に多数展開している」
青い点は、神奈川県と静岡県の県境付近に集中していた。
「第五師団は偵察部隊を編成し、敵の攻撃手段と、その起点となった魔族を捜索する。だが、民間人の救出も軍に課せられた重要な任務だ。第二師団から派遣された我々、第十四遊撃旅団は、本日一二〇〇《ヒト・フタ・マル・マル》より救出作戦を開始する。目的地はここだ」
東堂は地図のある一点を指して言った。
「芦ノ湖近辺だ」
室内に静寂が広がる。
「どこだそこ?」
「聞いたことない土地名ね」
「湖?」
そして、小隊員たちが口々に疑問を漏らす。聞いたことのない地名だった。人の支配域から直線距離で約六十キロ。放棄されてから十年が経つ土地だ。
「魔族の支配域でも、かなり奥まった場所だ。だが、民間人を見捨てるわけにはいかないだろう?」
東堂は一同を見渡し、説明を続けた。
「ちなみに、中央即応旅団も同行する。中央では特殊空挺団が待機し、必要に応じて投入される予定だ。それと、今回の進路は海路になる」
「海路⁉」
隊員たちから驚きの声が上がった。それはそうだ。今まで陸路での作戦にしか参加したことがない。
「ああ、これから横須賀基地に行くぞ」
イチナナ小隊を含めた第十四遊撃旅団は大型バスに分乗し、横須賀の海軍基地へと向かった。
基地に到着した少年兵たちを待っていたのは、港に並ぶ巨大な軍艦の群れだった。
「でっけぇ」
「なんで海に浮いてんの?」
「ちょっと興奮してきた」
「男子ってこういうの好きだよね」
男子たちは目を輝かせて軍艦を見る。蒼夜もその気持ちは分かるが顔には出さない。
「東堂さん、イチナナはどの艦船に乗るのでしょうか?」
「ああ、あれだ」
東堂が指さした先に、蒼夜たちの視線が集まる。
並ぶ艦船の中で、その一隻だけは様相が異なっていた。広く平坦な甲板と、その一角にそびえる艦橋。ほかの艦とは明らかに違う姿をしている。
「空母いずも。戦闘機を搭載して運用できる、海上基地のような艦船だ」
「空母いずも……」
イチナナ小隊はいずもが接している埠頭へ向かった。近くで見るとより大きさが分かる。
海軍の隊員が蒼夜たちに気づき、近づいて来た。
「噂のイチナナ小隊ですか?」
青い迷彩服に身を包んだ若い海曹は、陸軍の隊員たちとはまた違った、きびきびとした立ち姿をしていた。
「はい、我々は第十七特殊近接小隊です。貴官は?」
「はっ、私はいずも乗組員の枝野二等海曹です。艦長がいずもの艦橋でお待ちです!」
東堂と枝野の会話を聞いていた蒼夜は、艦橋と呼ばれる場所へ目を向ける。
枝野の案内でタラップを上り、いずもの甲板へ出る。
海上に浮かぶ艦の上だというのに、足元に大きな揺れは感じられなかった。甲板を見渡すと、遠目には分からなかった昇降用エレベーターも確認できる。
小隊は艦橋の入口を通り、内部の階段を上がって操舵室へと入った。そこには戦闘服ではなく、真っ白な制服を着た初老の男が立っていた。
「ようこそいずもへ、イチナナ小隊の皆さま。艦長の三浦と申します」
蒼夜達は陸軍式の敬礼で答えた。階級章が陸軍と違うため不明だが、艦長という立場からして、相応の高官であることは間違いない。
三浦も短い返礼をし、話を続けた。
「我々の任務は、皆さんを小田原港まで輸送し、そこで待機することです。救出作戦の完了後は、艦隊総出で皆さんと救出した民間人を乗せ、横須賀へ帰還する。相違ありませんね?」
東京防衛軍が始まって初めての陸軍と海軍の共同作戦。三浦も緊張の面持ちだ。
「相違ありません。護送のほどよろしくお願い致します」
東堂が代表して返答し、一礼をした。
「統合参謀本部からの指示で、海上からの砲撃支援も想定した装備を積み込んであります。地上戦で必要になれば、私に無線を入れてください。こう見えても、艦長であると同時に艦隊総司令官でもありますので」
階級章には錨の下に桜が三つ添えられていた。なるほど、これが海将の階級章なのか。
三浦の目は蒼夜を見ていた。
「ところでその眼帯。君が噂の柊蒼夜君だね」
「はい、柊蒼夜三等陸曹でございます」
「アルグスを二体退けたその技量は賞賛に値するよ。でも本当に子どもじゃないか」
そう言った三浦の顔は別の小隊員にも向く。
「諸君の実力を疑っているわけではない。だが、子供たちを戦場へ送り出さなければならないとは……大人として、やるせないものだな」
その表情に、わずかな寂しさが滲んだ。
再び蒼夜へと向けられた三浦の眼差しには、戦場を知る者だけが持つ、静かな重みがあった。
それから蒼夜達は甲板に戻り、一時間半の航海に備えていた。
そして十時半。汽笛が鳴り、海軍に残された二個艦隊のうち、第一艦隊が動き始めた。二十八隻もの艦船が次々と港を離れ、海面に白い航跡を刻んでいく。
甲板を吹き抜ける潮風が蒼夜の肌を撫で、遮るもののない水平線が、視界の果てまで広がる。
「作戦前に言うのは不謹慎だけど、気持ち良い風だな」
隣で銃の手入れをしていた陸が、ぽつりと呟いた。
「はい、日差しが陸地よりも強い気がします」
「ああ、確かになんでだろうな」
「それは海の反射でしょう」
会話に凛花が入って来た。なるほど、海の反射で下からも日光を浴びているからか。波の影響で僅かに揺れる甲板で蒼夜は静かに凛花に振り返った。
「海戦はないと記憶していますが、なぜこれほど大規模な船団が保持されているのですか?」
「私も海軍には詳しくないのですが、おそらく南方の大島に置く、生産プラント基地への往復のためかと思います。離島には魔族がいませんから」
千葉に多くある生産プラントだが、土地が狭いため、離島にもいくつか拠点を作っているようだ。
「なるほど。民間人を丸腰で派遣する訳にはいきませんからね」
「はい、あくまで予測ですが」
さすがは分析官としても優秀な凛花である。
「姉御!魔族って海軍がないんすか?水の中でも生きられる魔族みたいな」
「現在は確認されていませんね。魔族は禍門から現れたので海の魔族はいないと思いますよ。水中に開いていたら分かりませんが」
陸の質問に凛花が丁寧に答えた。
冗談めかした口調ではあったが、考えるだけでも恐ろしい仮説だった。
もし海中に魔族の勢力が存在するのなら、人類の防衛体制そのものが根底から覆されかねない。
そんな他愛もない話をしていると、小田原の港が見えて来た。
横須賀の軍港とは違い、かつて民間用として使われていたと思われる、小さな港だった。
艦隊は互いの動きを合わせるように、次々と速度を落としていく。
「小隊の皆さん、上陸の準備をお願いします」
若い海兵が甲板の端に吊るされたボートへ手を向けて言った。
ボートに乗り込む。左右に揺れる不安定な状況だ。小隊員全員が乗り込むと、甲板に上がった海兵たちが一斉に敬礼をする。陸軍とは違い脇を半分ほど締めた敬礼。
そしてボートが海面へ降ろされた。周囲でも、何隻ものボートが次々と降ろされ、桟橋へ向かっていった。第十四遊撃旅団に属する二千名の兵士たちが、続々と海岸を目指していく。
ボートから足を踏み出し、蒼夜は敵地の海岸へと降り立った。
目の前には民家が並び、その向こうには小高い山々が連なっている。
だが、漂う瘴気が景色を霞ませ、遠くの様子までは見通せない。
潮風の吹く海岸から一歩先は、瘴気に覆われた敵地だった。蒼夜は手にした小銃を強く握りしめた。
「全隊、進軍開始」
北川の号令が響く。
蒼夜たちは銃を構え直し、瘴気に覆われた街の奥へと歩み出した。




