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東京ファンタジー  作者: 亜空
神奈川焦土編
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帰投と修行

 蒼夜達が横浜基地まで帰投したのは明け方だった。朝の澄んだ陽光が、残暑の残る大地を照らしていた。

 

「報告します。戦死者、百三名。負傷者九十二名。救出した民間人は六百七十五名です」


 北川の前で小田が報告し、東堂と蒼夜、凛花、そして第四中隊の副隊長が同席していた。


「それと、民間人からのタレコミでさらに多くの民間人が富士山方面へと拉致され連行されているようです。残った戦力では全滅がありえると考え撤退しました」

「ふむ、よい判断だ。アルグスの動向は?」


 これは蒼夜が答えた。


「本件の中心は魔王ヒノス。炎と剣の魔王らしいです。動向は一切不明です」

「そうか、深部まで退いているかもな」


 北川は眼鏡の奥で、戦況を分析するように考え込んでいた。そこに思い出したように小田が追加で報告を上げた。


「ああ、そう言えば民間人に紛れ魔族の少女も捕まっているとの報告がありました。真偽は不明です」

「魔族の少女?」

「はい、魔族も一枚岩では無いということですかね。あと、自分と蒼夜、それと矢野はカルナから勧誘を受けました。どうやら魔族側に軍の人事情報が漏れています」

「裏切り者の調査は軍の情報対策部がしている。だが、これはかなり根深い問題らしいぞ」


 一同は沈黙する。誰が裏切り者なのか。そして魔族の少女とは何者か。


「とにかく、今日はゆっくり休め。民間人救出任務は別の戦力に行ってもらう」

「はっ!」

 

 一同は解散した。

 蒼夜は少し眠い目を擦りながらイチナナ小隊が待機する部屋へと向かった。

 部屋に着くとすでに大半が泥のように眠り、疲れた体を休めている。だが、美月と焔は起きていた。


「それでね焔君。蒼夜君に何てお願いするの?」

「はい、自分に稽古をつけて欲しいんです」

「強くなるために?」

「役に立ちたいんです!座間で先輩達が全滅して、その時自分は戦えませんでした……」


 蒼夜は会話を扉の外で聞いていた。


「なので、この隊で強くなって役に立ちたいんです!榊原一士!口添えをお願いします!」


 勢いよく頭を下げる焔。美月は困ったような顔でそれを眺めていた。蒼夜は半開きだった扉を開け部屋に入り、焔の後頭部に視線を向けた。

 顔を上げた焔は必死さを隠さずに蒼夜の顔を見上げる。


「あ、蒼夜さん……。聞いてましたか?」

「はい」

「お願いします!自分に稽古をつけて下さい!」


 再び頭を下げる焔。美月は遠慮がちに蒼夜に言った。


「蒼夜君。少し教えてあげる余裕はあるかしら?」


 すこしめんどくさい。嘘偽りない本心だ。だが、このままでは早晩、焔は戦死するだろう。

 腕時計を見ると時刻は五時四十分。


「本日、十二時に起きて、外の広場に来てください。簡単な剣術の基礎を教えます」

「え、良いんですか⁉」


 蒼夜は軍刀を脇に置き、寝袋を広げ横になる。


「強くなりたいのでしょう?」

「はい……」

「なら今は休んで下さい。休息を取るべきに時に取るのも兵士の資質です」

「了解、しました」


 目を閉じる蒼夜を見届けた焔も横で寝転がる。

 美月はそんな二人の姿を見て、小さく思った。

 男子たちっていいな、距離の詰め方がスムーズだな、と。


 ――昼下がり。蒼夜と焔は横浜基地の空き地で木刀を手に対峙していた。陸と來、美月、ほのかも見物に来ていた。

 

「まずは、軽く打ち合いますか。焔さん、気にせず全力で自分に斬り掛かって下さい」

「はいっ!」


 緊張の面持ちで焔は木刀を握り直し、蒼夜に対し正眼の構えを向ける。

 蒼夜はそんな焔に対して、脱力した手で木刀を握りジッと右目で焔を見据える。


「さて、新人君はどんな剣を振るうのかな?」

「少なくとも僕よりはちゃんとできそうだよ」


 陸と來が興味津々で見ていた。

 先に動いたのは焔だ。定石通り、木刀を上から振り下ろす。

 悪くない。それが蒼夜の印象だった。だが、蒼夜は軽く身を避ける。焔の木刀が地面にめり込む。

 蒼夜は隙だらけだの焔の首に軽く、木刀を当てる。


「剣を振った後、隙が生まれるのは致命的です。相手の動きに合わせて太刀筋を変えて下さい」

「はい!」


 焔が蒼夜の木刀を弾き、胸を狙う突きを放った。

 だが、それを木刀の腹で逸らし、再び、木製の刀身を焔の首に当てる。


「二回、死にましたよ」

「早い……」


 蒼夜は一歩下がり答えた。


「これは早さではありません。観察と足運びです。生物が動く時必ず、動作の興り、つまり予備動作があります。剣での戦いは敵の全身を見る必要がありますが、特に手首と足の向きを注意深く見て下さい」

「予備動作……」

「太刀筋は悪くありません。基礎筋力もあり、訓練に真面目に向き合っていたのが分かります」


 蒼夜はそう言って、少し大きく予備動作を見せる。そして、軸足を蹴り焔の眼前に木刀を振るう。

 カンッ、と甲高い木刀の打擲音が響き、焔が辛うじて攻撃を防いだ。


「良く見えています。その調子で」


 呼吸を乱すことなく、蒼夜は連続的に焔に打ち込む。

 その姿を見ていた來は少し苦い顔をしていた。


「以前、蒼夜君にボコボコにされたのを思い出すよ」

「あー、アレか。打ち込み稽古な。アレは俺らも止めようとしたくらい激しかったな」

「止めよとしてくれたんだ」


 笑いながら來は蒼夜と焔を見る。


「蒼夜君は優しいね。強くするために手を抜かない」


 そんな來に美月は言った。


「七夕の時、來君の短冊を見た蒼夜君、少し思う所がありそうだったわ。無理に近接戦闘をして死なれたくないって顔を浮かべてたわよ」

「そうなんだ。でも足引っ張りたくないからね」


 そう答えて來は再び蒼夜と焔に視線を戻した。

 すでに焔はボロボロだった。この短い間に数回は蒼夜の豪快な技を喰らっている。


「焔さん。まだいけますか?」

「はぁはぁ、まだまだいけます!」

「相手の予備動作を見る。そして、可能な限りこちらの予備動作を隠す。これに重点を置いて続けましょう」


 数時間後、焔は予備動作を読む感覚を覚え始めていた。

 蒼夜が膝を曲げた瞬間、焔は数時間の経験を活かして咄嗟に木刀を引き、蒼夜の攻撃に備える。

 弾けるような蒼夜の斬撃が、焔の脇腹を狙い迫るが、焔はそれを掻い潜り、反撃の突きを放つ。

 だが、蒼夜は伸ばした膝を再び折り曲げ、流れるような回避を見せた。

 そして、回避の動作で予備動作を隠し、木刀の柄で焔の腹を突き、終いとなった。


「良く見ていました。上出来です」


 ほんとはもっと色々言いたいが、基礎は身に染みるまで同じことを続けなければならない。


「あり……、がと……ございます」


 息継ぎをしながら礼を言う焔に蒼夜は何を語ろうかと悩みながら目を見ていた。


「小隊のほとんどは焔さんより強いです。色々聞くと良いと思います。ああ、陸さんは参考にならないかもですが」

「そうそう、俺の剣術なんてまだまだ、って、おい!」

「冗談です。足さばきと腰の動かし方は陸さんが一番参考になります」


 蒼夜のボケにノリツッコミする陸は焔に肩を貸しながら言った。


「まあ、俺でも良ければ教えるよ。俺は蒼夜ほど厳しくねぇから安心しな」

「いや、陸君も十分厳しいでしょ……」


 來のツッコミは虚しく空気に溶けて行った。


「ああ、そう言えば蒼夜」


 陸が蒼夜へ振り返り伝えた。


「救援した民間人の子供がお前にお礼を言いたがってたぞ」

「子供?」


 夜襲をかけた時、盾にされた子供の顔が浮かぶ。恐怖に歪みながらも蒼夜の顔を見て少し、安堵を浮かべていた。


「任務ですから、礼は不要とお伝えください」

「いやいや、お前は子供のヒーローだろ?行って来いよ。ああ、でもお前の顔怖ェから美月とか一緒に行ってくれば?」

「私は良いわよ。せっかくだし行きましょ蒼夜君」


 蒼夜は眼帯に手を当て、自分の容姿が怖いかを考えた。なんとなく美月に聞いた。


「自分の顔怖いですか?」

「え⁉ い、いや怖くはない、かな。でも、目つきが鋭いからちょっと圧があるかも」

「……目つき」


 少しショックを受けたように言う。


「一緒に来てくれると助かります」

「うん、行こうか」


 美月が蒼夜の隣に並び自然と笑顔がこぼれる。陸と來とほのか、それに焔は一瞬で理解した。ああ、青春だ、と。

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