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東京ファンタジー  作者: 亜空
神奈川焦土編
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64/69

民間人の行方

 最後のカルナは強かった。蒼夜と陸の二人がかりで斬り掛かっても隙が生まれない。


「こいつの防御、硬すぎる!」


 陸が苛立たしげに吐く。蒼夜は冷静に右目でカルナの構えを見る。

 一度離れたことで、小隊からカルナへ一斉射撃が放たれた。しかし、銃弾は一発たりともカルナを捉えない。人の目では追えぬ速さで躱し、時には剣で撃ち落としていく。


「陸さんの突き。自信のほどは?」

「は?まあ、最速かな?」


 蒼夜は無表情のまま、陸を見た。その右目に、疑いはなかった。


「道は空けます。やっちゃって下さい」

「おうよ!」


 作戦は単純。実行は難しい。

 一瞬、焔の視線を感じて蒼夜は振り向いた。

 不安と僅かな羨望を含む目が蒼夜を見ていた。

 視線を銃弾から逃れるカルナへ戻し、納刀して腰を落とした。


 ――紫石術式「漆閃抜刀・改」――。


 迸る魔力の残滓を置き去りにし、蒼夜は土を蹴り、カルナの目の前に肉薄する。

 銃声が途切れる。代わりに、鋼の音が夜を裂いた。

 黒い魔力が刀身に纏わり付き、合間から覗く鋼だけが星明かりを鈍く返した。

 

「来い、ソウヤ」


 発声に向かない声帯で無理やり出した声は、聞きにくく、耳を騒がせる。

 抜刀の勢いを殺さずに空気を切りながらカルナの剣を砕くように当てる。

 蒼夜が首を狙ったと判断したカルナは、その不気味な一撃を二振りの剣で受けた。

 先ほどの斬り合いよりも重い一撃に深紅の目を見開くが、すぐに蒼夜を見て、態勢を整えた。


「重い一撃、速さも申し分ない」


 カルナを見上げながら、背後で陸の魔力が増大するのを感じる。


「魔王を殺すのに十分だと思うか?」


 蒼夜の問いにカルナは鼻で笑った。嘲笑う訳ではない。魔王への畏怖がそうさせた。


「ヒノス様は、剣と炎の王。そなたでは勝てまい」


 ヒノス。その名は、蒼夜の記憶に静かに沈んだ。

 背後の陸の準備が出来たようだ。魔力探知で陸の攻撃準備完了を確認した。


「なら、今回も全員で勝つだけだ」


 そう言った瞬間。蒼夜は体を右に傾け、その横を陸の突きが通り過ぎた。耳元で爆ぜる雷の音。


 ――紫石術式「紫電一突」――。


 陸の技を防ごうにもカルナの剣は蒼夜に押さえつけられ、足は蒼夜に踏まれている。

 避けようのない死がカルナの瞳に反射した。

 そして、雷鳴のような一突きが、カルナの頭蓋を貫いた。鋼が抜ける。赤黒いものが夜に散った。

 最後のカルナは膝から力なく崩れた。

 戦闘終了。

 東堂がインカムに向けてイチナナ小隊の戦闘が終わったことを小田と矢野に報告した。


「こちらイチナナ小。戦闘終了だ。そちらは?」

『こちら一中、ほぼ掃討完了だ』


 小田の声は荒いが元気そうだ。続いた矢野の声が聞こえた。


『こちらはすでに終わったよ。偵察にしては大規模だったからそれなりの犠牲が出た』

『作戦続行は可能か?』


 矢野の報告に小田が聞いた。


『死傷者は一割程。作戦続行は、まあ、可能だろうな』


 矢野の声には少しの迷いが混ざっている。仲間の屍を置いて行かなければならないが、民間人の捜索は優先される。上官としての心苦しさがあった。

 イチナナ小と一中、そして四中は三つのルートからさらに北上し、高取山を目指した。

 一キロ程進み、横須賀の夜景が見える標高まで来た頃、西の闇を縫うように、松明の列が一本、山道を這っていた。


「東堂さん。敵軍です」


 蒼夜は西に広がる清川村の渓谷に伸びる道を指さして言った。

 

 ――現在時刻、夜の十一時。

 第一中隊からの報告がインカムに流れて来た。


『こちら一中偵察小隊。敵影、ドロヴァ三百弱。カルナ五。民間人を数十人縛り、北上中』


 すでに下山し、周辺の民家の屋上と中に息を潜ませ、攻撃の時を待っていた。

 射撃検定特級以下は民間人への被害を抑えるために、号令と同時に、突撃する手筈となっている。

 隣では、焔が浅い呼吸を繰り返していた。焔も蒼夜と同様、射撃検定は特級には届いていない。


「蒼夜さん」

「はい」


 焔が小声で言った。


「自分まだ、魔族と斬り合ったことが無くて……」


 座間基地で保護した時もそうだった。恐怖に揺れ軍刀を落とし、死を受け入れていたのを思い出す。


「蒼夜さんのように戦える気がしません」


 蒼夜の右目が静かに焔の顔を見た。夜に浮かぶ焔の顔には、憔悴と恐怖が滲んでいた。

 一年生存率が三割に届かない戦場で、入隊してから半年しか経っていない焔が生き残れる保証はどこにもない。


「自分のように戦う必要はありません。仲間を頼り、仲間のために動いて下さい。それがあなたを助ける」

「仲間のために……」


 蒼夜の言葉を反対の横で聞いていた陸は微かに笑った。


「お前が言うんかい」


 蒼夜が配属された当初のことを思い出す。壁を作り、己の力だけで戦う、とんでもなく強い兵士。


「うるさいですよ陸さん」


 焔は蒼夜と陸の間に流れる絆を感じ、少し微笑んだ。小隊のあちこちからも、小さな笑いが漏れた。


「先ほどの戦闘でのお二人の連携、神業でしたね。組んで長いんですか?」

「いや、こいつが配属されたのは今年の四カ月前くらいだ。最初の頃は大変だったんだぞ?」


 答えた陸の言葉に小隊の全員が思い出し、口元を緩める。一人で戦っていた蒼夜の背中を思い出す。


「焔も大丈夫だ。ちゃんと生き残る」


 陸は蒼夜を挟んだ先にいる焔の目を見て言った。


「訓練してきた剣術と俺達を信じろ」

「はい」


 焔は柄を握り、答えた。焔の魔力は感情に揺れた。

 その時、インカムに小田の声が飛び込んで来る。


『全隊、突撃用意』


 眼下に伸びる道を松明を持ったドロヴァ、そして鎖で繋がれた民間人が列を成して進んで来た。民家の影に潜む五百弱の兵士達が身を屈め、柄に手を置き、ある者は小銃を構える。


「焔さん。敵の動きをよく見て、攻撃を避けて下さい。倒せなくても死ななければ勝ちです」


 蒼夜は焔の顔を見ずに言葉だけを投げ、そして魔力を薄く周囲に延ばす。

 先頭のドロヴァの集団が前を通過する。そして、間に数体のドロヴァを挟んだ民間人の列がその後に続こうとした。


『突撃』


 小田のノイズ混じりの号令が耳に届いた。

 息を潜めていた兵士達が雄叫びを上げ、ドロヴァの隊列に割って入る。

 蒼夜は右目を民間人を盾にする数体のドロヴァへ向け、跳躍した。背後から正確な一斉射撃の音と閃光が広がる。

 月光に照らされた蒼夜の軍刀が、ドロヴァを魔法障壁ごと破壊し斬り殺す。

 着地。

 助けられた民間人たちの恐怖に塗られた目が蒼夜を見る。

 中には子供もいた。彼らをドロヴァが盾にしようとしている。

 軽く舌打ちし、蒼夜は再び跳躍し、民間人とドロヴァの間に入り、斬り殺す。


「あ……」


 子供の小さな声が、戦場の喧騒に紛れて消えた。

 奇襲のせいか、魔族の列になだれ込んだ兵士達が次々と魔族を殺し、民間人を続々と救出していた。

 数メートル先でドロヴァの斬撃を必死の形相で避ける焔が見えた。手に持つ軍刀には黒い炎のようなものを纏わせている。

 蒼夜は、手早く焔に襲い掛かっているドロヴァの首を落とした。返り血が地面に広がる。


「上出来です。焔さん」


 続けて、迫り来る二体のドロヴァの大剣を軍刀の上に滑らせ、二体の間で全身を回転させ、遠心力を利用した斬撃で両方の首を落とした。


「すご……い」


 呆けた顔の焔が蒼夜を見る。


「民間人の護衛をしてください。まだ数十体のドロヴァがまだいます」


 視線を周囲に向ける。兵士と斬り合い、どうにか民間人を奪い返そうと足掻くドロヴァ。


「それにカルナが数体紛れています。死なないように民間人を守って下さい」

「は、はい!」


 焔の返事を聞き流し蒼夜は即座に軍刀を構える。夜の民家の列に紛れた気配を感じる。

 先ほど戦ったカルナ達との戦闘で魔力の九割を消費している。残りで勝てるだろうか。

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