出撃命令
焔を迎えた小隊は手短に自己紹介を終えた。
蒼夜は東堂と凛花と共に神奈川東部の地図を見ていた。
「黒崎、いや、焔の証言では山間部に魔族が向かったと言っていたが、座間基地から一番近いのは西に十キロ進んだここだな」
東堂は地図を見ながらある一点を指でトントンと叩く。高取山。標高五百メートルほどの小さな山だ。
「ここ一帯は小規模な山が山脈を成しています。偵察には向いた場所ですが、逆に魔族側の待ち伏せも十分考慮すべきです」
「りんちゃんの言う通りだ。それに座間を火の海にした魔王もどこかにいる。退路の確保も必要だろうな」
「証言では数百名規模の民間人を連れていたとありましたが、その規模は奥地まで輸送する方法が魔族にあるとは思えません。また、南西部の大山は標高が千メートルを超えますのでこれより先はないと考えて良いかと思います」
常識は無いが、こういう時は蒼夜の頭は冴えていた。
「俺も同意見だ。りんちゃんは?」
「異存ありません」
「よし、出撃命令があり次第行くぞ」
実際に命令が出たのはそれから四十分後だった。選抜されたのは川越でも活躍した第一中隊と第四中隊。補充兵はすでに整っており、戦力は十分だ。
「よっ!蒼夜。休暇が途中で終わって災難だったな」
横浜基地のモータープールで小田が片手を上げて蒼夜に声を掛けた。
「小田一尉、お久しぶりです」
「おう、偵察任務はお前の十八番だから頼りにしてるぞ」
蒼夜と凛花の魔力探知は他の隊員の比にならないほど広い。
その探知の状況は逐一他部隊に連携される流れとなっている。
「んで、お前が黒崎焔か。俺は第一中隊の隊長、小田英二一等陸尉だ」
小田は視線を蒼夜の横に立つ焔に向けて言った。
「自分は黒崎焔二等陸士です!よろしくお願いします!」
相変わらず緊張をしているようだ。
「緊張しすぎでは?」
「す、すみません」
少ししゅん、としてしまった焔。
「小田一尉はとても気さくです。自分自身とんでもない軍規違反をしても怒られてません」
陸との決闘や、クシフォスへの単騎突撃。上げらたキリがない怒られそうなことがあったが、小田に怒られた記憶は無かった。
「おいおい、問題児はお前と陸だけで十分なんだけど?」
「自分は問題児なのですか?」
無言のげんこつが蒼夜の後頭部に命中した。
数分後、総勢五百人を乗せた車輛が列を成して西へ走り出した。
偵察エリアは高取山、それと経ヶ岳だ。イチナナ小隊はそこから更に奥まで行く予定だ。
車に揺られること一時間弱。蒼夜達は、すでに焦土と化し魔族も引き下がった道路を走り抜け相模川付近の、崩壊したアークウォールの前に降り立った。
「壁が崩れ落ちてる……」
ほのかが朽ちた壁を見て呟く。
魔王の一撃を喰らったのか、アークウォールは幅百メートルほどの穴を溶かされたように穴を開け、防衛機能は著しく損なわれていた。
「行くぞ」
東堂の号令でイチナナ小隊は、相模川に沿って建造された、今や溶けて朽ちたアークウォールを超え魔族の支配領域に足を踏み入れた。
第一中隊は北上し、第四中隊は西へまっすぐと進む。
蒼夜達はその両部隊の間を進み始める。
「蒼夜、魔力探知の範囲を広げてくれ」
「はい」
蒼夜は指示通り、薄く魔力を広げる。山間部に入る前の市街地にはすでに魔族はいないようだ。
「市街地にはいませんね」
「了解。一中と四中にも連携しておいて」
「はい。こちらイチナナ小。市街地に敵影なし」
『こちら一中、了解このまま北上する』
『四中は西に向かう。少年達も気を付けたまえよ』
インカムに小田と矢野の声が続けざまに届く。
小銃を抱え常にセレクターに指を当てたまま相模川橋から十キロほどを北西に進む。
戦いの痕が色濃く残っている。砲弾の着弾痕、肉片となった兵士と魔族の死骸。
「激しい戦闘だったんだな」
隣を歩く陸が小さく呟いた。
蒼夜の魔力探知にはまだ何も引っ掛からない。
まばらに建つ民家と以前は田畑であった場所を抜け、起伏の多い細道に入る。景色が街から山に変化した。
夕方頃に出発し、辺りはすでに闇に飲まれている。
山道はまだコンクリートで舗装され歩きやすい。
『こちら四中。民間人のご遺体を発見。斬られている』
突然、インカムに矢野の声が流れ込んで来た。
『死後、一時間といったところだ』
『こっちには魔族の足跡があった。結構新しいぞ』
小田の中隊は魔族の足跡を見付けたらしい。
蒼夜は静かに周辺を見渡す。夏風が山間部を吹き通るがそれに何かの匂いが混じっているのを感じ取る。
「何か、匂いませんか?」
蒼夜は隣を歩く陸に問いかけた。獣臭とは違う、腐った肉のような魔族の匂い。
「そうか?俺にはわかんねーわ」
「魔力探知にはなにもかかってないので、ミノスかカルナ、または別の魔力を持たない魔族がいるかもです」
「りんちゃん、魔力検知に何かひっかからないか?」
蒼夜と陸の会話を聞いて、東堂が索敵担当の凛花に確認する。
「私の探索網にはなにも引っ掛かりません」
「分かった。全員、近くにカルナなどが潜んでいる可能性がある。この暗さだ。前後左右の警戒を分担して進むぞ」
蒼夜の担当は前方だった。もっとも危険であり、蒼夜が何かを見逃せば後続に影響が出る。
右目を凝らし、探知に使う魔力を少し濃くした。相変わらず魔族の匂いが風に乗って鼻を衝く。
その濃さが徐々に上昇する。
辺りはすでに日が暮れ、十年前に放棄された蛍光灯は沈黙しており、小銃に取り付けたタクティカルライトの灯りだけが頼りだ。
「そろそろ山道に入るな」
「はい、ここからは足元も悪くなるので、戦闘が始まると不利です」
「かと言って避けられそうにねーな」
陸の言う通り、周囲に深紅の双眼が闇夜に浮いている。
『こちら一中、魔族斥候部隊と接敵。戦闘を開始する』
小田の声はいつも通り呑気だったが、背後から隊員達の気合の入った雄叫びが聞こえた。
「俺らも戦闘開始だ。行くぞ」
小隊は小銃と軍刀を構え、闇夜で陣形を組み、銃口から閃光と炸薬の匂いが炸裂する。
「敵の総数が分からねぇ!」
「ほんと陸の言う通りっ!來君!狙撃じゃなくて敵情の把握してほしい!」
「分かったよ美月!」
銃撃音に搔き消されないように大声で來が返事をし、ヘルメットに装着されたナイトビジョンを目の前に降ろし、周囲の確認を急ぐ。
炎と水の魔法がぶつかり、銃弾がその隙間を埋めるように連射される。
蒼夜は空になった弾倉を交換し、狙いをカルナの一体に向ける。
トリガーを引く。衝撃が肩を揺らし、マズルフラッシュが目の前を照らす。
「当たらない……」
素早い動きでフェイントをかけるカルナの動きは予測不能で、人の動体視力を遥かに超える銃弾を綺麗に避ける。
「蒼夜ッ!そんな射撃じゃ朝まで経っても当たらねーぞ!」
「もう、ぶった斬ってきます」
横から飛ばされた陸のからかいに、蒼夜は不満そうに、かすかに頬を膨らませた。
肩から小銃を外すと躊躇なく地面へ放り投げ、腰に差した軍刀の柄に手を添えた。
「俺も行くぜ相棒」
「自分は前へ。陸さんは後ろを」
「あいよ」
円形陣の前後から蒼夜と陸が踊り出た。
闇と雷の魔力を全身に纏い、二人は地面を蹴った。
「二人の動きに合わせろ!射撃特級組はそのまま撃て!」
「東堂のお兄さん!見える範囲の敵総数は十五体です!」
「良く数えた!撃破数はちゃんと報告しろ!」
銃声の合間に東堂の声が響く。
蒼夜の視界の先では、二体のカルナが深紅の目を細め、獲物を迎撃すべく身構えていた。
「お前が有名なニンゲンの剣士ソウヤか」
右手に立つカルナが低く言葉を吐き出し、二振りの両刃の剣を抜く。
蒼夜は口を閉ざしたまま、風を切りカルナの目の前に腰を下げて着地した。
「早いな……」
左のカルナの呟く声が聞こえる。
目の前の二体のカルナが下を向き、予備動作に入った瞬間、蒼夜は小銃から取り外したタクティカルライトを二体の顔面へ直射し、地を蹴って跳躍した。
「見えんッ」
眩鋭な光に目を潰され、咄嗟の本能で腕を掲げるカルナたち。その頭上を、蒼夜の影が軽々と通り抜ける。
頭から落ちるすれ違いざまに全身を回転させ、二体のカルナの首筋を寸分の狂いもなく切り裂いた。
血と首が地面へ落ちる前に足から着地した蒼夜は一呼吸置き、顔を上げた。
目の前で仲間を瞬殺されたカルナの一団。
しかし怯むどころか、眼前の一線級の強者を前にして興奮に目を細めると、煌めく剣を抜き放ち、獲物を狩らんと山道の土を蹴った。




