座間基地
焼けるほどの熱気が座間基地を埋め尽くしている。
「肺が痛ぇ……、くそ」
神奈川県東部に建設された座間基地はすでにアークウォールを食い破られ、民間人にも被害が出ている。予備陣地に退避した兵士達もすでに大半が力尽き、戦うどころか魔族に踏み潰されるだけの肉片になっていた。
黒崎焔はすでに崩壊した座間基地の中で残り少ない仲間達と戦っていた。
「焔!まだ生きてるかッ⁉」
「何とか生きてます!」
小隊長の声がどこからか聞こえる。だが周囲は燃え盛る炎が明るすぎて見えない。
空はすでに茜色だが、夕日か炎の影響か、それすらも分からない。
「すでに救援部隊が派遣されている!お前だけでも生き残れ!」
もう残弾がない小銃を投げ捨てた先輩隊員が抜刀し、焔に言った。
「自分の最期まで戦います!」
「馬鹿野郎!お前まだ子供だろッ!」
今年十七歳になったばかりの焔。入隊してからまだ半年も経っていない。
基地内はすでに全焼し、舗装された道路だけが、まだ辛うじて人の生存できる場所として残っていた。
魔族の一団が群れを成して焔たちのいる場所へ突撃してきた。
「残弾なし!」
「俺もだ!」
「抜刀し応戦しろーー!」
焔はその指示に従い抜刀する。
魔力を練り、消えない黒炎をその刃に纏わせる。
数はこちらの四倍ほどだ。
「うりゃーー!」
上ずった奇声を上げて先輩が斬り掛かる。
だが、その斬撃は魔力障壁に阻まれ次の瞬間には、上半身と下半身に両断された。
血飛沫が溶け始めた道路に撒き散らされた。
「先輩ッ!」
焔を守るように立っていた他の先輩達もドロヴァを数体切り伏せるが、数に押され次々と死体となっていく。
「ああ、……っ」
最後の一人となり、焔はドロヴァに囲まれた。絶望の声が口から洩れる。
単語にもならないその声に下卑た笑みを浮かべ、大剣を振り上げたドロヴァ。
震える手から軍刀が落ちる。黒炎は未だ消えない。
「母さん……、ごめん」
命の最期を悟り目を瞑った瞬間、ドロヴァの悲鳴が鳴り渡る。
風を切る音がした。
続いて魔法障壁と肉を裂く音。
目を開けると焔と同じ背丈の少年兵が焔を庇うように背を向けて立っていた。黒い髪を揺らし、煉獄の中、悠然と立っている。
「まだ生きてるか⁉」
焔の後ろから、二十代後半に見える兵士が、その背後に十数名の部下を引き連れて走って来ていた。よく見ると、その兵士たちもほとんどが焔と変わらない年代だった。
「は、はい…」
力無く、焔はその場に崩れ落ちる。
先頭を走っていた大人の兵士が鉄帽の下から覗く目を焔に合わせ頭を撫でる。
「よく生き残った。もう大丈夫だ」
何が起きたのか、まだ脳が処理しきれていない。
少年兵の一人が全身に雷の魔力を纏い、目にも留まらぬ速度で前方のドロヴァの群れに突撃する。
遅れて目線をドロヴァの群れに向ける。
黒髪の少年兵と雷撃の少年兵が互いをカバーしながらドロヴァをほとんど斬り殺していった。
「凄い……」
「俺は東堂正人二等陸尉だ。お前は?」
「自分は黒崎焔二等陸士であります!」
焔は東堂から名を問われ、上ずった声で答えた。
「黒崎、他に生き残った部隊はいるか?」
「いえ、自分たちの部隊が最後のはずです。撤退する友軍に合流できずここで応戦していました」
「そうか」
東堂と名乗った人物は焔の先輩達を一瞥し、インカムに手を伸ばした。
「こちらイチナナ小。座間基地東部で友軍を発見。これより連れ帰る」
イチナナ。今やその略称を知らない兵士はいない。二度、魔王と対峙し無敗を誇る少年兵の小隊。
「イチナナ……」
思わず焔はその名を口にした。東堂はその声を聞き、少し微笑んだ。
「俺達は第十四遊撃旅団所属、第十七特殊近接小隊だ。黒崎、お前を連れて撤退するぞ」
燃え盛る基地は最後の生き残り達が撤退してすぐ、その形を保てなくなり崩壊していった。
――撤退した蒼夜達は、予備陣地を超え横浜基地まで戻っていた。
忙しなく行き交う兵士達、焦げて動けなくなった遺体、全身を震わせ恐怖に飲まれた兵士。座間の地獄とは別の地獄が広がっていた。
「北川二佐、保護した少年兵を連れて来ました」
東堂は横浜基地の一角に設置された旅団本部の部屋に焔を連れて来た。蒼夜も一緒に。
「ご苦労だった。生き残ったのは彼だけか?」
「はい、彼の側にはドロヴァに斬殺された兵士の亡骸がありましたが、回収する余裕はありませんでした」
蒼夜は東堂と北川の会話に耳を傾け沈黙を続けている。横に立つ炭で顔が汚れた少年兵に隻眼を向けた。
歳の頃は同じぐらいだが、戦場に慣れていないことは明白だった。まだ訓練兵を終えてからそんなに時間が経っていないのだろう。
「柊三曹」
北川に呼ばれ蒼夜は正面を向く。
「魔王の姿は確認出来たか?」
魔力探知を広範囲に広げていたが、その魔力を捕捉することは叶わなかった。
「いえ、探知できませんでした。すでに手下の魔族に戦場を預けていたと思われます」
「そうか。とにかく生存者の救出任務お疲れ様。次の任務は追って通達する」
「了解です」
「それと黒崎と言ったな。怪我な無いか?」
北川が黒崎を気遣い言った。焔は蒼夜にも分かる程度に緊張した面持ちで声を発した。
「は、はい!どこにも怪我はありませんっ!」
「そうか。所属はどこだ?」
「第五師団第二十一中央連隊第三歩兵中隊です!」
北川は手元のデバイスに視線を落とし、肩を落とす。
「君の所属は、君以外全滅した」
「…はい」
悲痛な面持ちを浮かべる焔に蒼夜は僅かに自分を重ねた。仲間を全て失う辛さは蒼夜にも分かる。
「よってしばらくはイチナナ小にいろ。師団長には私から報告する」
「了解しました……」
明らかに意気消沈している焔が、少し遠慮気味に手を上げた。
「あの…」
「どうした?」
北川は出来る限り威圧感を与えないように声を発した。
「見間違いかもしれませんが、魔族の一団が民間人を連れて山間部へ行く姿を見ました」
「何ッ!」
「魔族が民間人を⁉」
北川は驚きの声を上げ、東堂は訝し気に呟く。蒼夜はかつて見た光景を思い出した。
「発言許可を」
北川に許可を貰い蒼夜は過去の話を始めた。
「数年前ですが、川越前線基地が完成する前に一度、深部偵察に行ったことがあります。その際、まだ死んだばかりの民間人の死体が転がっていました。全て解剖されたような跡がありました」
「その報告を聞いたことがある。すでに死亡していることから追加の偵察をしなかったが……」
北川は眼鏡の位置を直し、一呼吸を置く。
「統幕長に通信を回し偵察任務、および民間人救出任務を進言する。もし認可が下りたらイチナナ小を含めいくつかの中隊を送る。それまで待機しておけ。以上だ」
蒼夜達三人は敬礼をし、退出し小隊に宛がわれた部屋へ向かった。
道中、蒼夜は手短に焔に隊員のプロフィールを説明する。
「我が小隊は小隊長である東堂さんと副官である如月さんを除く全て少年兵で構成されています。年齢は十六歳から十八歳。自分は十七です」
「同い年⁉」
焔は蒼夜の年齢を知り、驚きを隠せない。
「黒崎さんも十七なんですね。入隊はいつ頃?」
「自分は入隊して半年経たないくらいです!柊三曹は?」
「四年目です」
「四年、ですか。道理で」
蒼夜が先程見せた戦闘を思い出しているのだろう。焔は納得したような表情を浮かべる。
「自分以外の少年兵はみな三年目です。頼りにして良いと思います」
「はい……」
焔の返事を聞き流し、蒼夜は部屋のドアノブを下げる。
「皆仲間です。緊張は不要です」
そう言って、蒼夜はドアを開けた。
「ようこそ、第十七特殊近接小隊へ」




