スマホデビュー
朝、目覚めると大部屋の真ん中で死屍累々と重なる仲間の姿が目に入った。
昨日のBBQの後、凛花主催のゲーム大会が催され、一人、また一人と夢の世界へ旅立っていき、今に至る。
腕時計を見ると時刻は五時五十五分。体内時計がいつも通りに体を起こした。
「んーッ!」
体を起こし全身を伸ばす。乱雑に敷かれた布団から半身が出た状態で寝ていたからか、少し体が痛い。
窓から差す陽光が部屋全体を照らす。まだ誰も起きる気配がない。
「海まで、歩くか」
本来なら体力錬成のために走りたいが、運動靴の類は持って来ていない。
音も立てずに蒼夜は玄関を開け、外に出る。
室内では気付かなかったが、陽が昇ったばかりの外は涼しく、海の匂いが鼻を掠める。
道の両脇に植えられた木々から、セミの鳴き声が響いている。
しばらく歩くと、低いコンクリートの向こうに砂浜が広がっていた。昨日遊んだ所とは違い、少し寂しい印象を受ける。
砂浜には数えられる程度の人影しかない。
蒼夜は塀の上に座り、ぼんやりとその景色を眺める。ザザーと波打つ音が心地よい。
「柊さん?」
突然、後ろから声をかけられた。
振り返ると宿の管理人である源が両腕を腰に当てて立っていた。まったく気配を感じられなかった。
「驚かせてすみません。散歩ですか?」
「はい、沿岸部に来ることが少ないので景色を楽しもうかと思いまして」
「海が好きなんですね。よっこいせ、隣失礼します」
源は蒼夜の隣に腰を下ろした。
「源さんも、よくここへ?」
「ええ。朝の海を見るのが好きでしてね」
源は静かに海を眺めた。
「海は良いですよ。悩みも、過去も洗い流してくれる」
「洗い流した過去がおありで?」
「十年前、妻と孫を魔族に殺されました」
魔族との戦争が始まった当初多くの民間人が虐殺され、アークウォールを築くまでその惨劇は続いたという。
「幸い娘はすでに結婚し、安全な千葉に住んでいたため助かりましたが」
「娘さんは未だご健在で?」
「はい、あなた方防衛軍のお陰様で一家元気に暮らしております。柊さんのご家族は?」
「……覚えておりません。物心ついた頃には戦争孤児の施設に入っており、そのまま軍に入りましたので」
両親の記憶など、もう無かった。兄弟がいたのかも、今となっては分からない。
「そうでしたか。家族が恋しいのでは?」
どうだろうか。家族がいる感覚が良く分からない。小隊は家族のような存在だと思っているが、肉親がいるとはどんな感覚なのだろうか。
「それはどうでしょう。元からいないものと思っているので寂しさもありません」
源の視線を感じ顔を向けると、とても悲しそうな顔をしていた。
「どうされましたか?」
「いえ、柊さんの過去を思うとどうも悲しくなりました。帰省する場所もないのですか?」
「ありません」
短く答えた蒼夜の声は平坦だった。
「そうですか……」
海の音が変わらずに二人の間を巡る。
「ご両親のことは覚えていますか?」
「母が自分を抱き上げ逃げている記憶を朧げに覚えております。父の記憶はもうありません」
「きっとご両親は命を懸けて柊さんを守られたのでしょう」
覚えていない母と父に思いを馳せる。墓もなく、記憶にも無い。
「あなたが今ここにいることがご両親の生きた証ですね」
「生きた証、ですか」
「はい。あなたの心には戦争よりも先に愛情が注がれていたはずです」
「愛情……?」
蒼夜の知らない言葉だった。それは友情や、親愛とは違うのだろうか。
「命よりも大切な人へ送る気持ちです」
「戦場では皆が命を掛け合います。それとは違うのですか?」
「……少し違うのでしょうね」
「少し?」
「戦場で仲間を守る気持ちも、もちろん大切なものです。ただ、親が子を思う気持ちは、それとはまた違うのでしょう」
そういうものなのかと蒼夜は考え、再び視線を海へ向ける。さざ波の音が蒼夜の心を静かにしていた。
宿に戻るとすでに來が起きて玄関前を通ってトイレから戻るところだった。
「おはよ」
「おはようございます」
玄関前で來が眠そうな目を擦りながら挨拶をした。それに返しながらビーチサンダルを脱ぎ玄関の段差を上がる。
「今日は自由行動らしいよ」
「そうなんですか。來さんはどうするんですか?」
「僕は一足先に兄の家に戻ろうと思ってるよ。他の実家組も同じなんじゃないかな?」
「そう言えば來さん」
「ん?どうしたんだい?」
「スマホって持ってますか?」
「もちろんだよ。ほら」
そう言ってズボンのポケットからスマホを取り出す。
「どこかに電話でもかけたいのかい?使ってくれても大丈夫だよ」
「いえ、小隊のみんなは持っているのかと思いまして」
「そう言えば蒼夜君はスマホ持ってないようだね。買わないのかい?」
「昨日凛花さんと美月さんと一緒に買いに行こうという話しが出ており、もし今日お二人の都合が良ければ買いに行こうと思っています」
二人は話しながら宿の大部屋へ向かった。
「いいね。スマホ買ったら連絡先教えてね。多分グループチャットに招待してもらえるはずだから」
「ぐるーぷちゃっと……?」
「えーっとね。一対一じゃなくて友達みんなが見れるチャットみたいな奴だよ」
「そういうものがあるのですか」
「スマホ買ったら休暇中でも話せるね」
部屋に着くとすでに皆起きていた。
「おお、蒼夜どこか行っていたのか?」
東堂は蒼夜を探していたらしい。申し訳ないことをしたのかもしれない。
「すみません、海まで散歩していました」
「そういうことね。海を気に入ってくれて良かったよ」
「はい」
東堂と話していると凛花が話に入って来た。
「柊三曹、今日は予定はないですか?」
「ありません」
「ちょうど良かった。今日はフリーなので美月も連れて携帯ショップに行きましょう」
何と凛花から携帯ショップへ行くのを提案してくれた。
「ちょうどお願いしようと思っていました。よろしくお願いします」
「分かりました。と言う訳で、東堂さん、私と美月、そして柊三曹はこれより徒歩で駅まで行き、レンタカーを借りて携帯ショップへ行きます。立川基地までは直帰します」
「了解だ。気を付けて行くんだよ。朝飯も食べに行くのか?ここら辺には美味い魚介の店があるらしいけど」
「柊三曹。魚介食べたいですか?」
「お任せします」
「では、せっかくなので行きましょう」
「了解しました」
早速寝起きの美月を連れ、朝から開いている魚介の店で朝食を終え、街へ出た。
「車内のエアコンって優秀だな」
「涼しいですね」
運転席には凛花、助手席に美月。そして後部座席には蒼夜と何故か陸が座っていた。
俺も連れて行けと美月に連絡があり、そのまま連れてきたのだ。
「それにしてもついに蒼夜がスマホデビューか」
隣で陸がダラっと座りながら言う。
「何でスマホ欲しいって思ったんだ?」
「写真が撮れると聞いて」
「写真?」
「はい、海が綺麗だったので」
「そういう事か」
車窓の外の景色が木々からコンクリートの建物に移り変わった頃、凛花が車を止めた。
「到着です。ここならどんな機種でも置いてあるでしょう」
ヨドバシカメラの看板が見える。忙しない人の海を越え、蒼夜達は携帯ショップが立ち並ぶ場所へ来た。
凛花の説明によれば、スマホにはキャリアというものがあり、それとは別に機種というものがあるらしい。
「蒼夜君はどんなスマホが欲しいの?」
「安くて頑丈なもの……?」
「何だそれ」
美月の質問に答えただけなのに陸に笑われてしまった。スマホの選定基準が分からない。
「写真を撮りたいなら、これなんてどうだ?」
陸が一台のスマホを手に取る。製品説明には高解像度と書かれていた。
慣れた手付きで陸がスマホを操作し、カメラを起動する。
「ほら笑え」
突然スマホを向けられ戸惑う蒼夜を陸がパシャと音を鳴らして撮った。
そして画面を見せる。
「こんな感じに撮れるらしいぜ。結構画質綺麗だな」
「ほんとだ、私のスマホより綺麗に撮れてる」
美月も画面を覗き込み感嘆するように言う。
「ならそれにします」
「即決ッ⁉」
カメラの性能以上に驚きの声を上げた美月を見る。
「目的は早く達成するに越したことはないでしょう」
「それはそうだけど。男の子の買い物が早いのは知ってたけど早すぎるわ」
「そんなもんだろ。スマホなんて基本的機能はどれも同じなんだし」
陸は蒼夜と同じ意見らしい。スマホの購入には契約をしなければならない。
機種を決めた蒼夜達はさっそく店員に購入の意思を伝え、通信プランやら何やらの説明を受けるが、何も分からないため全て陸に丸投げした。
「すみません。全部任せてしまって」
「良いよ良いよ。初めて買うなら何も分からんだろうし。ああ、俺ら未成年だから契約するには凛花の姉御のサイン必要だわ」
蒼夜が書くべき欄は埋めたが、一か所だけ成人のサインが必要なようだ。
「姉御ー。ここにサイン貰っていいっすか?」
「どこです?ああ、ここですね。はい、書きました」
如月凛花と名前を書き、書類を提出した。
そして人生で初めてのスマホを受け取った。
「スマホデビューおめでと」
「ありがとうございます」
箱を開けスマホを起動する。そして陸がしたようにカメラを起動した。
「ここに触るとインカメってやつになるぞ」
陸が指差す場所を触ると、画面に蒼夜と陸が映る。
「ここを触ると写真が撮れる」
そしてパシャと音を立てて写真を撮った。そこには無表情な蒼夜と変顔をする陸の姿が映っていた。
「ははっ!写真撮るときくらい笑えよ」
陸が写真を見て笑った。蒼夜は表示されている写真をまじまじと見る。いつも通りの自分と変顔の陸。温度差を感じる。
「美月と凛花の姉御も入れて撮ろうぜ」
蒼夜達が契約をしている間、美月は自分の新しいスマホを探していた。
二人を魔力探知で探し、合流すると美月は二つのスマホを両手に持ち考え込んでいた。
「どっちの色が良いと思います?」
どうやら色で悩んでいたようだ。蒼夜は何も考えずに黒を選んだ。
「美月に合うのはこっちの桜色かなと思いますよ」
もう一方は赤だった。確かに美月には桜色の方が似合いそうだ。
「じゃあ、こっちにします」
「はい、では店員さんに話しましょう」
しばらくしてウキウキ顔の美月がスマホを見せて来た。
「じゃん!スマホ新しくしたわ!ライム交換しましょ!」
「ライム?」
「えっと、チャットアプリよ!スマホ貸してちょうだい」
蒼夜は素直にスマホを渡し、美月が手早く操作する。
「これ!このアイコンをタップするとチャットアプリが開くの!もう私の連絡先は登録してあるわ!」
画面を見るとアイコンが一つ増えている。
「ありがとうございます」
「へへ、じゃあ小隊のグループチャットに招待するわね」
ライムに通知が届いた。開くと「イチナナ」というグループに招待されている。
「これでいつでもみんなと話せるよ!」
美月は満面の笑みで言った。蒼夜は少し口角を上げその画面を見つめていた。




