乾杯
到着した宿は二階建てで、それなりに広い庭があった。
すでに夕日も沈み、東の空からぽつぽつと星が覗き始めている。
「ここが今日泊めさせてもらう宿だ!」
ハイエースを駐車場に停め、降りた東堂が言った。そして宿に待機していた人の良さそうな老人に挨拶をする。
「本日はよろしくお願いします。予約した東堂です」
「はい、お待ちしておりました。管理人の源と申します」
よろしくお願いしまーすと少年兵達は声を揃える。
その合唱に微笑むように答えた源が頷き言葉を続けた。
「皆さんのご活躍はニュースなどで度々拝見しております。此度も皆さまがご活躍されたと伺っております。狭い宿ですが、ゆっくりと体を癒して下さい」
源はそう言って、少し曲がった腰で宿の隣にある自宅へ戻っていった。
「さて、飯なんだが、今から買い物班と料理班に分ける。ああ、美月と蒼夜は絶望的に料理が下手だから買い物組な」
「え……」
「絶望的……?」
美月がショックを受けたように固まり、蒼夜は不服そうに口を結ぶ。
「だってよ美月、頑張って」
「ほのかぁ、私さすがに顔を合わせるの気まずいわ」
「大丈夫よ、あの朴念仁は絶対気にしてないから」
ほのかに背を摩られ、楓が強めの口調で美月を励ましているのが見えた。
なんのことを言っているのか分からないため無視したが。
「あと買い物にはりんちゃんとそうだな、陽斗行ってこい」
「りんちゃん呼びはやめて下さいセクハラで訴えますよ」
「了解したのだよ、兄貴」
凛花がいつも通り平坦な声で冗談なのか、本気なのか分からない声で言うものだから、東堂は若干顔を引きつっている。
「じゃ、じゃあ残りは飯の準備まで休憩しとけー」
はーい、と十色の声が重なり、それぞれの役目を果たすため動き始めた。
「では、買い物組はこちらに集合して下さい」
凛花の招集に蒼夜達は集まった。
「これから向かうのは徒歩十五分ほどのスーパーです。買い物リストは事前に決めてあるので、柊三曹と陽斗は荷物持ちをお願いします」
一行は蒸し暑い夏の道を歩き出した。蛍光灯の明かりに群がる虫の羽音とどこかの水辺にいるであろうカエルの鳴き声が聞こえる。
ビーチサンダルという、いつも履いている半長靴とは比べられないほど不安な履物を履いているが、不思議と心地よい。
黒い半ズボンと謎に着せられたアロハシャツ。小隊の全員が同じような恰好をしているが、このシャツの触り心地も気に入った。
「そ、蒼夜君」
横を歩く美月が上ずった声で話かけてきた。蒼夜と同じようにアロハシャツを着ている。違うのは柄と半ズボンの色くらいだ。
「はい」
「海ではこけた私を支えてくれてありがとうね」
「いえ、問題ありません」
「重くなかった?」
何か気にしている様子だったが、どうやら自分の体重を心配していたらしい。
「いえ、一般的な体重かと思います」
「……、一般的な体重……」
はは、と乾いた笑いを浮かべる美月を見て、凛花と陽斗は頭を抱える。
「いいですか、柊三曹。女性に体重の感想を述べる時はどんな時でも、紙よりも軽い、と答えなさい」
「紙よりも軽い……」
「ちなみに空気のようだった、という答えも推奨されているのだよ」
補足するように陽斗が付け加える。
蒼夜にとって体重とは魔族との闘いで不利を埋めるものでしかないが、女性にとってはデリケートなことだったらしい。
「了解しました。美月さん、紙よりも軽く空気のようでした」
「今更遅いよっ!」
怒らせてしまったようだ。陽斗と凛花が苦笑いを浮かべ、スーパーへの道を進んで行った。
スーパーに着くと、そこは蒼夜が知っている基地内のPX《売店》とは違い豊富な品揃えだった。前回の休暇で行った新宿のデパートとは違い、一般人が日常的に使う商品を取りそろえている。
「加工肉ばっかだな。ソーセージにハム。生肉は売っていないな」
「現代でイノシシ狩りして食べてるなんて前線の兵士くらいよ。今は豚とか牛を飼える土地が不足しているもの」
「食料プラントで製造してる肉類は魚が原料のようですし、本物のお肉は中々一般市民の手には入らないのでしょう」
冷蔵商品の棚に陳列された加工肉の前で、陽斗が愚痴を漏らし、美月と凛花が仕方ないと嘆くように言う。
「如月家で食べた料理は生肉と野菜と使っていたと記憶していますが」
蒼夜は疑問に思ったことを聞いてみた。
「あれは家庭菜園で育てた野菜と、軍からの支給品を私が実家に送ったものです」
「軍は食料の配給が優先的にされてるからね。俺も実家に色々送っているよ。妹が喜んでくれるからね」
陽斗も凛花と同じように実家に食料を送っているようだ。陽斗の場合は家族に向けたというより、妹に喜んで欲しいだけのようだが。
「陽斗は相変わらずシスコンね」
「うるさいな。見たまえこの女神を」
美月の呆れ混じりの声に陽斗は反論しながら何やら金属の板を取り出し、そこに投影されている写真を見せた。
写真は陽斗が妹らしき小さい女の子を抱き上げている瞬間が切り取られている。
「はいはい、可愛い可愛い」
「確かに小さい子は可愛いですからね」
美月と凛花は興味なさげにお世辞を言いながら、蒼夜が持つ籠に目当ての商品を放り込んでいく。
これが可愛いというものらしい。だが、蒼夜の疑問はそこには無かった。
「これは何ですか?」
「おい、人の妹に『これ』とはなんだ」
「いえ、その鉄の板です」
「え……?」
瞬間、四人の間に沈黙が流れる。店内のBGMと他の客の話し声だけが蒼夜の耳に届く。
「スマホを知らないのかい⁉」
「これはスマホと言うんですね」
基地内では基本的に誰かが一緒にいてほとんど隊舎で過ごす。だから通信機器は支給されたインカムと、それに接続されたデバイスだけで良かった。
「これはとても広い範囲で通信が出来て、文字によるチャットや電話、それに写真を撮ったり出来る便利なデバイスなのだよ」
眼鏡をくいっと上げて早口で陽斗が説明する。
「皆さん持っているのですか?」
「私は持っているわよ」
「はい、家族との連絡手段に持っていますよ。隊の人間もほとんど持っていると思います」
世間的に一般的なデバイスであることが判明した。
蒼夜は特に必要としてないが、少し興味が湧いた。
「写真も撮れるのですか……。どこに行けば入手できるのでしょうか?」
「普通に携帯ショップに行けば買えるのだよ」
「携帯ショップ……」
「買いに行きたいのであれば私が車を出しますよ。今回の小旅行が終わったら行きますか?」
凛花がありがたい提案をしてくれた。
「お手数で無ければお願い致します」
「私も新しい機種に変えたいから同行していいですか?」
「もちろんですよ美月。では三人で行きましょう」
「それは良い。蒼夜君、スマホを買ったら教えてくれ。連絡先を交換しよう」
そんな会話を交わしながら、一行は買い物かごをレジに置き、会計を済ませた。
宿に戻るとすでに焚火とBBQセットが用意されていた。
「お帰り!早く食べよ!」
最初に、蒼夜達に気付いたのはほのかだった。好きに過ごしていた他のメンバーも蒼夜たちの元へ行き買い物袋を漁ってジュースの用意や、皿、料理の準備を始める。規律の中で生きている彼らは戦場の外でも連携力は完璧だった。
数分後にはすでにBBQセットでお肉の第一陣が完成していた。
「よっしゃ乾杯しようか!」
東堂が珍しくテンションを上げており、ジュースが入った紙コップを掲げた。
皆もそれに倣い紙コップを掲げる。
「まずは皆、生き残ってくれてありがとう。誰も欠けずに今日を迎えられたのは奇跡であり、皆の力があってこそだ」
蒼夜達は東堂の言葉に耳を傾け静かに聞いている。
「そして蒼夜。魔王相手に一騎打ちで生き残ってくれて本当にありがとう」
皆の視線が蒼夜に向く。どれも優しく、喜びが浮かんでいる。
「お前からも一言貰えるか?」
「え……」
「簡単で良いんだ。今の気持ちでも」
蒼夜はしばし考え込む。何を語るべきか。仲間の顔へ順々に視線を回し、決めた。
「クシフォスと相打ちになった時、皆さんともう一度話したいと思いました。それが叶ってホッとしています。助けて頂きありがとうございました」
「堅苦しいな!そんなん当たり前だろ」
陸が茶々を入れ、どっと笑いが起こる。本当にこの空間に戻れて良かった。
「じゃあ、魔将軍を倒した陸、乾杯の音頭を頼んだ!」
「了解っす!皆!最後まで生き残るぞ!乾杯ッ!」
かんぱーい、と全員が叫びBBQが始まった。お肉争奪戦が始まったのは言うまでもない。




