戦後の策略
夜は終わり太陽が昇った。
蒼夜は太陽が空の頂上へ昇る少し前に目を覚ました。
「おお、蒼夜ぁ。目覚ましたか」
まず白い天井が目に入った。続いて救護班の忙しない足音が耳に入る。そして横を向くと陸が力無く笑い、声を掛けて来た。
「陸さんも無事でしたか」
「勿論だ。全員生還、何とか叶ったな」
「はい、良かったです」
クシフォスは殺せなかったが、小隊は誰も死なず、大きな怪我もなかった。
「ラグナルス、倒せましたね」
「アレはビビったぜ。まさか同じ属性の魔将軍とやり合う日が来るとはな」
魔力探知で勝ったのは知っていたが、こうして顔を合わせるとその実感が湧く。
「お前は残念だったな。クシフォス倒せなかったんだろ?」
「はい、届きませんでした」
「でもお前は生き残った。それも一人で魔王を受け持って別動隊も、それに本隊も最小限の被害で収まったらしいぞ」
「何人生き残ったんですか?」
その質問に陸は室内にあったテレビを指さした。画面の向こうではニュースキャスターが原稿を手元に置き、真剣な表情で語っていた。
『今朝ありました防衛省の発表ですが、追加情報がありました。今回派遣された川越前線基地奪還軍は総勢三万二百四十五名であり、戦死者数は過去類を見ない規模の一万六千四百十一名とのことです』
半分以上が死んだ。あの時クシフォスが暴れていたらどれほどの被害が出ていたのか。全滅もあり得ただろう。
『ですが、多くの犠牲を出し、魔王の一人、剣技の魔王クシフォスに深手を負わせ、敵軍七万を壊滅、そして人類の生存圏を広げた意義はとても大きいと評価されています』
元々あの基地が建造されたのはアークウォールの拡張工事をするための布石だった。
「これで少しでも土地を取り返せたらいいんだけどな」
「そうですね」
「ところでお前、体は動くか?」
陸の言葉に答えるように右手を上げ振る。
「そりゃよかった。飯食べさせることにならなくて」
「立川では食べさせられましたね」
「はっは!そんなこともあったな!」
立川基地でカルナの隊長とやり合った時、疲れ切った蒼夜が遠慮してるにも関わらず陸が食べさせたのだ。
それを思い出した時、腹の虫が鳴った。
「腹減ったな。そろそろ昼だし、だれかが飯持って来てくれたら良いんだけどな」
陸がそう言った瞬間、病室の扉が勢いよく開かれた。
「陸さーーーん!飯持って来たっすよ!」
一馬と美月だった。
「あれ⁉蒼夜さんも目覚めてる!自分もう一個弁当貰って来ます!」
台風のように現れた一馬は弁当を美月に渡し足早にどこかへ向かって行った。
「二人とも体は大丈夫?はい、まずは陸の弁当ね」
「おうサンキュー!体はもう大丈夫だぜ」
「自分ももう動けます」
上半身を起こした陸が弁当を受け取り、蓋を開けた。
「二人ともタフ過ぎるわよ」
呆れ混じりに美月が笑った。
「そう言えば二人とも紫石がひび割れてたわよ。魔力の使い過ぎね」
胸元の紫石を服の内側から引っ張り出し見ると確かに亀裂が入っていた。人が魔法を行使するための異世界から贈られた鉱物。
蛍光灯の光を反射し、僅かに紫色に輝いている。
「新しい紫石貰わねーとなぁ。あ、その前に紫石感応度の計測か」
「東堂のお兄さんも同じこと言ってたわよ。一応小隊全員受けるようにって」
「兄貴の指示じゃ受けない訳にはいかないな」
「そうね」
ふふっ、と笑った美月が蒼夜に顔を向け真剣な表情で聞いて来た。
「そう言えば蒼夜君。クシフォスと戦ってる時、初めて見る魔法を使ってたけどあれは何なの?」
「初めて見る魔法?蒼夜どう魔法使ったんだ?」
陸も弁当をむさぼりながら蒼夜を見る。
「あれは、創生の魔術と言われている魔法です」
「創生の魔術……。そう言えばクラトシアもそんなこと言ってたわね」
「ああ、言ってたな。初めて聞く言葉だったけどそれどころじゃなかったから詳しく聞いてなかった」
蒼夜は右手を布団から出し、手の平に魔力を集中させた。黒い魔力を伸ばし、数秒経たずに一振りの剣を創り出した。
「こういう魔法です。込める魔力で強度も、数も変わりますが、今はこれが限界です」
「すごい!そんな魔法使えたんだ!」
「確かに蒼夜は魔力を操作するのは天才的だけど、魔法として行使するのは初めてみたな」
「はい。ですが、どこまで物を創れるのか、消費する魔力が多すぎて実験出来ていません」
「消費魔力が多すぎるのね。これって鉄以外も生成できるってこと?」
「少なくとも五大元素は全て生成できました。でもどれも実戦で使えるレベルではありませんね」
理論上、どんな魔法も使えるはずだ。だが現在の蒼夜の魔力では、実戦で使えるほどの魔法を生成するには、数カ月単位で魔力を蓄積する必要がある。
「全属性を網羅する魔力なんて聞いたことも無かったわね」
「俺も。でもたまにいるよな二つの属性を使いこなせる奴とか」
「確かにいるわね。でもこの魔力は根本的に違う気がする」
うーん、と首を傾げる美月を見上げて蒼夜はふと思い出した。
クシフォスとほぼ相打ちのような状況で、背後から魔族に殺されかけていたのを助けてくれたのは美月だったことを。
改めて美月を見る。こんなか細い腕で銃を撃ち、助けに来てくれた彼女。
「美月さん」
「ん?どうしたのかしら?」
蒼夜は右目の黒い瞳を真っすぐ美月に向けて言った。
「救援に来て下さりありがとうございました。お陰で全員生還の目標を達成できました」
突然の謝意に美月は目を見開き口をパクパクさせている。
「美月さん?」
「蒼夜、そっとしておいてやれ。多分、あの時のことを思い出して悶えているだけだ」
「悶える……?」
「あー、えーっと。美月、すまないなこんな朴念仁で」
「朴念仁……?」
美月の顔を見ると徐々に赤くなりそろそろ耳まで赤くなりそうだ。
「あー、一馬早く蒼夜の弁当を持って来てくれぇ」
その数分後、一馬が弁当を持ち走り込んで来るまで美月は赤面したまま、立って硬直していた。
――首相官邸。執務室。
内閣総理大臣を務める小原はニュース番組を流すテレビを睨み、リモコンを投げた。
「クソっ!何だあの少年兵は!我々の邪魔しかしないじゃないか!」
『落ち着きたまえ、小原君。我々はまだ手札を多く残しているのだ』
通信デバイスの画面には一人の老人が映っていた。九条來の祖父、九条統志郎は深い皺をさらに深めて言った。
「申し訳ございません九条閣下。ですが、すでに十二人の魔王の内一人は戦死、もう一人は瀕死の重傷です」
『神奈川で炎が暴れる。どうにか口減らしをし、討伐隊としてあの少年兵を殺させろ。数年後には人類は負け、我々は生き残った人類の支配者となるのだ。慌てる事はない』
「仮にですが、炎の魔王が倒れた場合、いかがされますか?暗殺計画を実行に移しますか?」
『かのお方にお伺いを立てよう』
その言葉を最後に九条統志郎は通話を切り、画面は待機中の表示に切り替わった。
「どうにかして柊蒼夜を殺さなければ」
一人っきりになった小原はその肥えた腹を摩りながら思考に耽る。
「いや、その前に一度会っておくか。人類の英雄として祭り上げ晩餐会に招待しよう」
直接顔を見て、こちら側に引き込めそうならば引き込む。敵としては脅威だが、味方になるならそれに越したことはない。
「もし断ったなら治安維持部隊に暗殺を依頼しよう。こちら側に堕ちた奴らなら喜んで殺すだろう」
誰もいない執務室に陽光が差すが小原は鬱陶しそうに顔を顰めた。




