仲間と
美月は小銃弾に魔力を纏わせ、押し寄せる魔族を撃ち抜いていた。
魔将軍ラグナルスを倒した陸はすでに意識が無いが、小隊の全員で囲むように陸を守りながら戦っている。
魔力が枯渇しているだけで無事な陸を見て安堵するが、気がかりは魔族が囲む檻の中で魔王と戦う蒼夜だった。
「美月!陸は無事か!」
東堂が軍刀を振り魔族の返り血を浴びながら声を張る。
「はい!命に別状はありません!」
「よしっ!」
止まない銃声と刃の衝突する音がそこかしこから聞こえる。
足元には黒い血と赤い血が入り混じり、鉄臭い匂いが漂っている。
「一馬!大丈夫か!」
「何とか生きてるっス!兄貴」
「來!もう5.56mm弾無いんだけど余ってる⁉」
「ごめん!僕もこれが最後の弾倉だ!」
飛び交う声はどれも限界を感じさせる。
「何とかこの魔族の壁を破るぞ!」
「はいっ!」
額から血を流す東堂が叫び小隊を鼓舞する。
そこに第一中隊の隊員達が声を上げて押し寄せて来た。
「イチナナ小!誰も死んでないなッ⁉」
第一中隊副隊長の泉三尉が血と煤で汚れた顔を向け問いかける。
「一中⁉どうしてここに」
「北川二佐からイチナナ小を守れって指示を受けたんだ!おい、陸は大丈夫なんだろうな!」
東堂が突然現れた泉に聞き、泉が答えた。
「陸は魔将軍と戦って消耗しきってますが、命に別状はありません!」
「魔将軍⁉陸もいよいよ人間やめて来たな!」
泉は陸の顔を見て驚きの声を上げる。
「そんであの非常識ボーイは今魔王と一騎打ちって訳だな」
泉は魔族が列を成し形成する檻の方へ顔を向けた。
美月もその方角に視線を向ける。
蒼夜は激しくクシフォスと斬り合い、どうにか食らいついている。
早くあの場所に行かないと。
美月は小銃を構え壁を成す魔族へ打ち込むが、魔族の誰か張っている結界に阻まれる。
「あの結界、邪魔過ぎる!」
美月の口から思わず声が出る。
「分かる!これじゃ向こうに行けないよ!」
楓も同意するように声を張り上げる。その時、志信がボソッと呟く。
「もしかしたら、自分なら向こうに行けるかもです」
志信の魔法は瞬間移動。それは結界を超えても行けることは実証済みだ。ただ魔王相手の戦いで蒼夜の足手まといにならないか、それだけが気がかりだ。
「志信、正直言って一回で何人まで運べる?」
美月は真剣な眼差しで聞く。志信は考え、悩みながら口を開いた。
「実験した段階で一度に移動させられる重量は二百キロまでとなってるから、女子なら全員いけるかも?」
「ごめんだけど私はもう魔法が撃てない」
「私も結界の強度がもう……」
比較的小柄な女子組は体重も軽く、それでいてまだ戦える余力を少し残している。だが、ほのかと楓はすでに魔力が足りなく、戦力とはならなそうだ。
「なら俺を連れて行け」
小田の声だった。矢野と岩崎を連れてイチナナ小の所まで来ていたようだ。
「小田一尉、魔力は?」
「問題ない。岩崎は無理そうだが矢野はまだいけるな」
「ああ、大丈夫だとも。『雷葬の魔女』としては魔法は使えないが、近接戦闘は問題ない」
そこに周囲の魔族を一掃し終えた東堂が話に加わる。
「あと一人に立候補したいところだが、陸を守らないといけないし、魔力も魔王戦には足りない。美月いけるか?蒼夜も怪我してるだろうから――」
東堂の言葉が終わる前に蒼夜とクシフォスがいる方角から暴力的で異質な魔力が噴き出ているのを感じた。
「何だッ!」
誰かの声が聞こえる。美月は目を細め蒼夜の姿を見付けた。
今まで見たことの無い魔法を使い、クシフォスの周囲に無数の剣を召喚しているのが見える。
「蒼夜君……」
明らかに魔王を追い詰め、必死に戦っている蒼夜の名前を美月が呟く。
今すぐに行かなきゃ、そんな焦燥が心を満たす。
その様子を見ていたのは美月達だけでは無かった。魔族達もまたその光景を目にしている。
蒼夜の刃がクシフォスの顔を斬り、召喚された剣の残り一本がその背中を刺し貫いた時、周囲の魔族が一斉に蒼夜の方へ走り群がっている。
「志信!今すぐ私たちを蒼夜君の元に送ってッ!!」
悲痛な叫びを上げ美月が志信に向けて言った。答える間も無く、志信は小田、矢野、そして美月の腕を引っ張り、時空を超える魔法を発動した。
一瞬視界が暗くなり、次の瞬間には魔族の檻の中、蒼夜の横に立っていた。
最も近いドロヴァの剣がすでに蒼夜の首に迫っている。
「その人は殺させないわ!」
美月は即座に小銃を構え、魔力を弾に注ぎ込み撃ちだす。
ドロヴァの集団は突如現れた美月たちに驚き、防御する間もなく風穴を開けられ絶命していく。
だが、群がるドロヴァとその他の魔族の群れは止まることなく、蒼夜とクシフォスの元へ走る。
美月が撃ち漏らした魔族が数体蒼夜の背後へ滑り込む。
危ないと思った時には体が動いていた。
美月と志信は全身で蒼夜の体を引き、クシフォスから離れた場所で押し倒した。
小田と矢野が軍刀を抜き、三人を守るように魔族と斬り合う音が美月の耳に届く。
蒼夜は驚きの表情を見せ美月を見つめる。
「助けに来たよ蒼夜君!」
そう言うと蒼夜は少し口角を上げ、そのまま目を閉じた。
すぐに手首に触れ脈を確認する。
「大丈夫。気絶しただけね」
「良かったっス!蒼夜さん魔王との一騎打ちで生き残ってほんとに良かったです!」
志信は目尻に涙を浮かべ喜ぶ。
美月はクシフォスを探し視線を彷徨わせるが、先ほどまで魔王が膝立ちになっていた場所はすでに黒い血と魔族の足跡を残し、何も無かった。
横で軍刀を納刀する甲高い音が響いた。
見ると小田と矢野が軍刀を収め西側を見ている。
「奴らはクシフォスを回収して西の方へ逃げた」
小田が端的に報告する。美月が周囲を見ると局所的にまだ戦闘は続いているが、魔族の大半もまた敗走をしている。
「これで戦いは終わったな」
「ああ、だが、クシフォスを殺し損ねたのが不覚だった。せっかく若き兵が追い詰めたのにドロヴァの群れに気を取られた」
小田が腰を屈め蒼夜の顔を覗き込みながら言い、矢野が口惜しそうに溢す。
そこに陸を背負った東堂とイチナナ小の面々が走り寄って来た。
「蒼夜は無事かッ」
東堂が息を切らせ美月に聞いた。美月は笑顔で答えた。
「はい!陸と同じで魔力枯渇で意識を失っていますが、大丈夫です!」
「良かったぁあ」
楓が安堵と疲れから地面に座り込む。他の小隊の面々と小田と矢野が続くように蒼夜の周りに座り込む。
「悪いな東堂。最初から俺らが蒼夜といればクシフォスを討てただろうに」
「いや、仕方ないさ。蒼夜を孤立させて一騎打ちを狙っていたんだろ。むしろ救援に行ってくれてありがとな」
美月は蒼夜の顔をもう一度見て頭を撫でた。
「ほんと頑張ったね」
顔を上げ周囲を見ると夜闇の中に輝く炎だけが燃え、もう、戦闘音はどこからも聞こえなかった。
インカムが鳴り北川の声が全隊員に向けられた。
『戦闘終了。皆よく戦ってくれた。基地内に残っている輸送隊はすぐに戦闘域を巡り負傷者を回収してくれ。動ける隊員は自力で基地まで戻って欲しい。近くにまだ魔族が潜んでいる可能性があるため、十分注意してくれ』
北川も戦闘していたのだろう。息切れと疲れを隠しているが、漏れ出ている。
「美月、この問題児どもと一緒に先に基地に戻っておいて。俺らはゆっくり夜の散歩しながら基地に戻るから」
「分かりました。問題児は預かりますね」
そう微笑んだ時、遠くからエンジン音を鳴らした車列がライトを揺らし走ってくるのが見えた。
――旧前橋市、禍門付近。
ここでは深夜、緊急で魔王議会が開かれていた。
「クシフォスめ、ニンゲンどもに敗走とは情けないことじゃ」
「全くですな。ニンゲンの剣士ソウヤとはそこまで脅威となるのか?」
「実績だけならクラトシアを討ち、クシフォスを敗走させた。無論ニンゲン側の戦略ありきでだろうが」
「全てを力でねじ伏せてこその魔王じゃろう。重症を負い部下に引きずられて帰る魔王など我々の格が下がるわい」
敗戦が続き、魔王達はイラ立ちを押さえられない様子を見せる。
戦争がはじまり十年、常勝軍となっていた魔王の率いる軍勢が短期間に二度敗戦を喫した。
「一度、ニンゲンには痛い目を見てもらわねばな」
「ほう、誰をどこに派遣する?」
沈黙が場を支配する。魔王単騎ならともかく、軍勢を率いるとなるとそれなりの準備を住み心地の良いそれぞれの魔王城を空けなければならない。
しばしの時が過ぎ、一人の女魔王が立ち上がった。
「ではこの炎の魔王ヒノスが行こう」
おお、と声が上がる。地獄の業火を持つ彼女が歩く痕は全て灰と化す。魔王序列第九位の彼女はどこに向かうのか。
「我は南方に拠点を持つからのう。カナガワという場所を落とそうか」
キッキッキと嗤う彼女はまだ見ぬ剣士をどのように焼くか想像し愉悦の笑みを浮かべた。




