再戦の刻
岩崎と矢島の大規模魔法は確かに魔族の陣地の前線を崩壊させていた。
蒼夜が焦土と化した地面を蹴り進めていくと肉を焦がし動かなくなった魔族が至るところに転がっている。
だが、さらに奥には未だ無数の魔族が待ち構えていた。
「蒼夜!突破口を開くぞ!」
後ろから小田の叫ぶ声が聞こえた。同時に熱を含んだ魔法の気配を感じる。
小田のマグマの魔法だ。
未だ体勢が整わない魔族の塊まで数秒で到達する。蒼夜もまた柄を握り、魔力を込める。
――紫石術式、「影虎」――。
黒い魔力の霧が前方の魔族数体を覆う。以前なら一度発動すれば魔力が枯渇する技。だが、復讐のためだけ鍛えた今は一度の発動では枯渇しない。
胸元の紫石が輝く。
異常な加速を見せた蒼夜を魔族達は視認できない。
そして、一瞬の内に数体の魔族を斬り捨てる。
背後からさらに追い打ちをかけるように、蒼夜を飛び越えてきた小田の一撃が放たれる。
――紫石術式、「熔断」――。
熱く輝く小田の軍刀が横なぎに一閃。
燃え盛るマグマが蒼夜が斬ったさらに奥の魔族を数体一気に斬る。
鉄の鎧が飴細工のように崩れ落ち、斬られた断面が音を立てて炭化する。
魔力消費の激しい技の連発だったが、そうでもしなければ包囲され殲滅される。
「小田一尉!ターゲット発見です!」
「そのまま斬れ!」
「はい!」
短い指令の元、蒼夜は躊躇なく魔族の指揮官、ミノスの族長の前に踊り出る。
「ソォヤァ!」
ミノスの族長は、通常の個体とは明らかに違っていた。
四本の腕に加え、その肩から伸びる首は三つ。三つの頭がそれぞれ別々に蒼夜を睨み、四本の腕には大剣が握られている。
一振りの軍刀で三つの首を同時に斬るのは至難の業だ。
蒼夜は近くにいた陸に声を掛ける。
「陸さん!同時に行きましょう!」
悲鳴と雄叫びが溢れる戦場で、陸は正確に蒼夜の声を聞いていた。
「了解だ!行くぞ!」
間髪入れずに陸が蒼夜の横に走り込む。
「時間がありません!一気に決めましょう!」
「おう!」
二つの魔力が一気に膨れ上がる。陸の魔力が雷に変化し陸の周りで小さく連続的にチリチリと鳴る。蒼夜の魔力は闇となり蒼夜の輪郭をあやふやにする。
――紫石術式「漆閃抜刀」――。
――紫石術式「雷風螺旋」――。
闇と雷の斬撃がミノスが持つ四本の剣を吹き飛ばし、紅き目を光で埋め尽くす。
その戦場で最も輝く技を見せた。
そして、ミノスの族長の絶叫を置いて行き、首を三本斬り落とした。
「止まるな!足を止めた瞬間死ぬぞ!」
誰かが叫ぶ。無駄な体力を使わずに効率的に指揮官を殺すために。
蒼夜と陸はミノスの首を落とし着地と共に前を見る。
ビンゴブックの半数以上は殺した。あともう半分はこの戦場のどこかにいる。背後では本隊が近づいてくる気配を感じる。
「はぁはぁ、やばい、魔力が枯渇しそう」
「たくさん寝たのでは?」
陸が肩を揺らし下を見ながら限界を感じ始めている。
だが、蒼夜の言葉に笑い返した。
「はは!うっせ!」
前方から、おそらく族長の魔族が先頭を走る一団が迫り来る。
「大技はもう使えねぇ。こっからは気合いだ」
陸はその一団に一瞥を向け、蒼夜に言った。蒼夜はまだ余力があるが、この後に控える魔王戦を考えると無駄遣い出来ない。魔力も、体力も。
「小田一尉も岩崎一尉も矢島二尉も魔力が限界です。根性の出番ですね」
「小田さんは大丈夫だ。あの人は『不屈の尖兵』だからな」
冗談を言い合うが、現状どの隊も限界だった。若干の空腹と昨夜の大規模な戦闘が尾を引いている。
「陸さん、目の前の一団は任せてもらえませんか?」
「一人であの大群を相手にするのか?」
「ちょっと試したいことがありまして」
「そうか……、死ぬなよ」
陸はそう言い残しイチナナ小隊が戦う場所へ走り去った。
蒼夜は息を吸いゆっくりと右目を閉じる。
相変わらず眼帯の下にある左目は何も見えない。
魔力を薄く周囲に伸ばし蒼夜を中心に半径五メートル程広がる。
ドロヴァの一団がその半径に入る。
やはり魔力が深化しているのを感じる。まだモヤが掛かっているようだが、それでも魔族の動きを正確に把握出来ている。
「ふぅ……」
肺を空っぽにし、大きく息を吸い込んで右目を見開く。
すでに間合いに入っていたドロヴァの隊長らしき魔族を視認する。
魔力の流れに遅れて肉体が動くのを知覚した。
これはそのまま振り下ろすな。
一際巨大な体を持つドロヴァの動きを読み、その大剣の軌道を避け一歩踏み込む。
蒼夜の横を僅かに風を残し大剣が通り過ぎる。
そして、一閃。魔力も、何も含まない単純な斬撃。
だが、それで十分だった。ドロヴァの首は地面へ落ち、黒き血が噴き出る。
族長の仇を討つように背後から別のドロヴァが斬り掛かる。
蒼夜は深化した魔力探知でそれを把握し、背中に軍刀を回しドロヴァの剣を弾く。
「ガッ!」
驚きを含むドロヴァの声が蒼夜の耳へ届き、蒼夜は僅かに口角を上げる。
そして振り向きざまに魔法障壁ごと、ドロヴァを斬り伏せる。
「来い、まだ戦えるだろう?」
少しでも多くの魔族の注意を引き付けられるように蒼夜は、一人でドロヴァの集団へ一振りの軍刀を携えて突撃した。
――クシフォスはスヴェイルに跨り上空から戦場を見渡していた。
どこにソウヤがいるのか。戦場をかき乱す存在はいないか。築き上げてきた勝利への手筈を崩され、これ以上のニンゲンからの反撃を看過できない状況にいる。
「なるほど、あの別動隊がニンゲンの飛び道具なのか」
北部陣地が壊滅しすでに西部陣地で戦闘が起きている。その機転はやはりあの別動隊なのだ。
いかにしてニンゲンの軍勢を崩すべきかと思案していると、とある戦闘がクシフォスの紅き両眼に映り込む。
明らかにおかしな戦場だ。数十のドロヴァを相手にたった一人で魔法を使わずに圧倒するニンゲンの剣士。
他の戦場でも明らかに目立つ剣士はいるが、その中でも異質だった。
「まさか……、あの太刀筋。散り際を弁えない者は美しくないぞ、ソウヤよ」
かつての記憶にあるそれよりも、一段と鋭く洗練された太刀筋を見せるソウヤ。上空からその姿を捕捉したクシフォスは、数秒の間、深遠な思考の海へと潜った。
そして静かに顔を上げると、横を並走するスヴェイルの背に乗る側近、ラグナルスへと鋭い眼光を向けた。
「ラグナルスよ。あの剣士を孤立させよ。一騎打ちで殺し、ニンゲン側に絶望を与える。お前も目に付く剣士を殺して参れ」
「はっ。早急に実行致します」
ラグナルスは後方を飛行する配下の魔族に腕を振り合図を送り、蒼夜がいる戦場へ急降下する。
「ソウヤの首を掲げニンゲンの軍勢を無力化しよう」
再戦にどこか胸を躍らせるクシフォスはラグナルス達の少し後方を悠々と飛び時を待つ。
痛む太ももに視線を落とすが、数奇な因縁はそのような仔細な事忘れさせた。
――蒼夜は視界を埋めるドロヴァとミノスを相手に一人で大立ち回りを繰り広げていた。
四方から振り下ろされる剣を避け弾き、最小限の動きで敵を斬る。
時間が経つにつれ周囲の味方が倒れ、魔族の数が増える。
どれほどの魔族を斬ったのだろうか。足元に転がる死体が積み上がり、気付けば鬱蒼と茂っていた夏草は黒い血に染められていた。
「はぁはぁ……」
息が上がる。魔力の温存は狙い通りいっているが、体力の方はかなり消耗している。
この一群の近くにイチナナ小隊と小田達の気配を感じつつ、それ以上に魔族の魔力の圧力が蒼夜の精神を削る。手の皮が剥けヒリヒリと痛む。
『ソウヤ上だ!気を付けろ!』
小田の声がインカム越しに蒼夜の鼓膜を揺らす。
平面の魔力探知に注力していたため、上空からの攻撃に気付かなかった。
空を見上げるとスヴェイルの一団が垂直に蒼夜の周囲へ突撃して来ていた。
先ほどまで斬り合っていた魔族もそれに気付き歓声を上げる。
あの一群の先頭の魔族も主力の一体なのだろうか。
スヴェイルが数体、横並びになり牙を見せつけるように口を大きく上げる。
やばいっ、その言葉が頭を過った時、少し離れた場所から陽斗の魔力が爆発した。
「俺に任せたまえ!」
陽斗の声が響いた瞬間、水の結界が上空に広がる。迫り来る巨大な火球を水蒸気を上げながら防ぎ最後には大爆発した。
熱を帯びた水滴が上空から降り注ぐ。
蒼夜は即座に周囲を警戒し、最も近い敵に斬り掛かる。だが、それは霧となった水の結界の上から轟音を上げて発射された落雷の魔法により中断される。
地面を蹴り、退避した蒼夜のすぐ近くに地を穿つ衝撃を伴った雷撃が着弾した。
「あぶなッ...!」
斬り殺した魔族の体が焦げ地面から浮き上がり再び地面に転ぶ。
それとは別に生きた魔族の足が地面に降り立つ。それも複数。
「そなたがソウヤだな」
顔を上げると赤い甲冑を着た体格の良い魔族が、思考を読ませない目でこちらに問いかけて来た。
「そうだ。次の敵はお前か?」
「我が名はラグナルス。我が使命は他にある」
「それは何だ?」
「お前には関係ない」
それだけを言い残すと、ラグナルスは周囲へ視線を送り、共に舞い降りた配下の魔族たちへ短く合図を出した。
瞬間、十数体の魔族が一斉に咆哮を上げ、蒼夜を中心に美しい円形を描いて陣を組む。防衛軍の兵士や他の人間を一切寄せ付けぬよう、強固な肉体の壁と魔法障壁で戦場を隔離していく。
「なるほど、あっちも一騎打ちをご所望か」
蒼夜は愛刀を鞘に納め上空を見上げる。そこには一体のスヴェイルに跨りこちらを見下ろす月を背にした魔王の影があった。




