絆
陸の目に映るのは無言の圧を放つ魔王とその配下の壁だった。奥に蒼夜がいるのが見える。
「蒼夜ーー!!」
声を張り上げて蒼夜の名を呼ぶが、すでに彼の意識は上空の魔王に奪われているようだ。
「クソッ!あいつの元に行けねぇ!」
目の前に立ちふさがる魔族から視線を外さずに苦々しく言う。その目の前の、先ほどラグナルスと名乗っていた魔族。その実力は未知数だ。
「陸!俺らもあぶねーぞ!さくっとこいつら倒して蒼夜の方へ行くぞ!」
「もちろんっすよ!東堂の兄貴!」
イチナナ小隊は東堂と陸を先頭に一塊となっている。おそらくこの魔族の檻の外では小田や矢野も戦っているのだろう。
小隊がいざ突撃、となった時、ラグナルスが陸を指さして口を開いた。
「そこのニンゲンの剣士よ。我と一騎打ちをしろ」
「ここは戦場だ!全員で行かせてもらうぜ!」
「それは我が許さぬ」
ラグナルスは腕を軽く上げ、背後に控える魔族達へ、行け、と指示を出した。
「我もまた首級を上げなければならないのでな。空から見ておったが、お主の剣は我が血を滾らせた」
「それは……、光栄だな」
どうやら背後の魔族を使って分断を図るのだろう。その前に陸は三歩前に出て、その誘いを受けた。背後では東堂が小声で指示を出す。
「無茶はするな。奴は明らかに強敵だ。危なくなったらいつでも離脱しろ」
「その余裕があれば、そうするッス」
「……死ぬなよ」
その言葉を最後に陸の意識は完全にラグナルスに向く。
背後のイチナナ小隊へ突撃する魔族が横切る。
「そなた、名は何と申す?」
「俺は陸だ」
「リクか……。我が名はラグナルス。このクシフォス軍の魔将軍だ」
将軍級かよ、と内心舌打ちをするが、こいつを倒さないと蒼夜の元へ行けない。
「サクッと殺して戦友の横に行かせてもらうぜ」
「安心しろ。すぐに横に行けるだろう、屍として」
背後で鳴る剣劇の音が少しずつ遠のく。極限の集中。
陸はゆっくりと軍刀を正眼に構え、魔力を全身に流す。胸元の紫石が反応し輝く。
「参る」
ラグナルスは土埃を上げながら地を蹴り、一瞬で陸の前に現れる。
「はやッ」
抜刀。ラグナルスの剣が音を鳴らして鞘から解き放たれる。
澄んだ空気の音が陸の耳へ入り込む。
その瞳に迫る剣を反射的に弾こうと軍刀を振る。
火花が一つ散る。
「良き反応速度だ」
「そりゃどうも」
陸は腰を落としラグナルスの剣を掻い潜ろうとする。
だが、ラグナルスは陸の動きが完了する前に前宙をし陸の背後へ降り立つ。
重量感を感じさせる躯体からは信じられない身のこなし。
驚きと恐怖が陸の心を蝕もうとその手を伸ばす。
「マジかよっ!」
どんな攻撃が来るか分からなかった。寸前にラグナルスがいた場所へ即座に転がる。
直後、ゴンッと地盤を砕くほどの衝撃音が鳴り響く。
顔を上げると、先ほどまで陸が立っていた場所に剣が突き立ち、岩盤が砕けていた。
「威力も申し分ない訳だ……」
防戦一方ではいつかすり潰される。
「だったらこっちからも行かないとなァ!」
魔力が変化し紫色の雷として陸の周囲を這い薄茶色の瞳に映り込む。連戦に継ぐ連戦ですでに魔力の底は見え始めている。
それでも、早く仲間の、友の横に行きたい。
足の筋肉に魔力が流れ人では出せない力を与える。
そしてその全てを込めて地面を蹴った。
――紫石術式「紫電一突」――。
紫の閃光となりラグナルスの頭部へ一直線に跳ぶ。雷鳴のような音を鳴らし地面の瓦礫と土が舞い上がる。
陸の刃先がラグナルスの額を捉える。
だが、その口元は僅かに口角を上げた。
「良き技だ」
あと数センチで額に届きそうになった時、より強い電圧を秘めた魔力がラグナルスの足元から噴き出た。
陸の視界が一瞬白く染まり、その体は吹き飛ばされた。
「ウグッ!」
手足が激しく痺れる。
咄嗟に魔力で全身を保護していなければ即死だった。目の前の敵は、陸以上の精度と威力を誇る『雷』の使い手なのだと叩きつけられる。
「おぬしは将来、我に並ぶ剣士となるであろう。だからこそここで殺す」
まだ火花と光の余韻で淀む視界越しに、ラグナルスがさらなる速度で急加速するのが見えた。
陸は全身の筋肉に鞭を打ち、痺れる腕を力任せに掲げて軍刀で防御をする。
直後、訓練でも、これまでの死線でも味わったことのない絶大な衝撃が、軍刀を通して腕、背骨、そして両足へと伝播した。
「ガハッ……!?」
耐え切れず地面が沈み込み、陸は思わず膝を折り、激しい衝撃に叩きつけられるように膝立ちとなった。
「くッ」
口の端から声が漏れる。
上から繰り出された雷を伴う斬撃を陸は同じく雷を纏う軍刀で受ける。
重すぎる。全身の骨が軋み、筋肉が悲鳴を上げる。
チリチリと鳴る魔力がラグナルスの剣の刃を走る。
「聞こえるかリクよ。この喜びの鼓動が」
紅き目を、陸の薄茶色の瞳に近づけラグナルスは言う。
「戦とは強者を見つけ、更なる高みへ至る儀式だ。その贄として、お主は至上の存在だ」
口角を上げ薄汚れた歯を見せるラグナルスに陸の心は恐怖の手に握られた。
暑さからではない、胸に迫る冷たさが汗を流させる。
ラグナルスの腕がさらに剣を押し込むように重さを増す。
魔力は先ほど底を尽いた。
恐怖に竦む足を無理やり動かし、横に体を転がす。
「はぁはぁ、やばい」
横目にイチナナ小隊の戦う姿が見える。三倍ほどの魔族に囲まれ、東堂が額から血を流しているのが分かる。
早くラグナルスを殺さなければ周囲の仲間が、ひいては本隊がすり潰される。
だが、勝てるビジョンが浮かばない。
ラグナルスの全身から雷の魔力が吹き荒れ、雷神のような様相を見せる。
「おぬしの技はこうであったな」
短くラグナルスが言った後、一瞬視界から消えた。
刹那、轟音とともに輝く何かが陸の眼前に現れる。
頬を熱い痛みが横切り、全身に衝撃波がぶつかる。
気付いた頃にはラグナルスの剣が陸の横顔を掠め、陸は全身を後方へ吹き飛ばされていた。
「ふむ。この技は弛まぬ修練で得たのだろう。僅かに切っ先がずれてしまった」
数メートルの距離を吹き飛ばされた陸の耳にわずかにラグナルスの呟きが届く。
「ゲホゲホッ」
うつ伏せになった陸の口に土埃が入り、咳き込む。
ダメだ。勝てねぇ。
脳裏に浮かぶのはこの言葉だけだった。
この軍にこいつに勝てる兵士がどれだけいる。小田ならあるいは勝てるか。それでも勝率は低そうだ。
短冊に書いた言葉を思い出す。
全員生還。
それがどれだけ奇跡なことなのか。自分亡き後、あの非常識な戦友は笑って生きられるだろうか。
わずかに動く腕を頼りに立ち上がろうとするが、足はすでに限界を迎えていた。
不格好な四つん這いの状態で、悠然と佇むラグナルスを見上げる。
「お主のお陰で我は更なる高みへ上っている。感謝するぞ紛い物の魔法を操る剣士よ」
「うる、せぇよ…」
掠れた声しか出ない。すでに戦う力は残っていない。どこかで東堂が陸の名を叫ぶ声が聞こえる。
兄貴。すまねぇ。
首を落とされる覚悟を決め、目を閉じかけたその瞬間、インカムにノイズが走る。
『何を突っ伏してるんですか、陸さん。全員生還するのでしょう』
蒼夜の声だ。
魔王と死闘を繰り広げているはずの戦友の声は、いつも以上にかすれ、苦しげで、それでもなお絶対に折れぬ勝利への執念に満ちていた。
『魔力探知で見ていました。陸さん、あなたなら勝てます。限界を超えましょう』
直後、インカムの向こうから激しい金属音と剣撃の轟音が響き渡る。蒼夜自身も、命を削って魔王と刃を交えているのだ。
「あの野郎。余裕じゃねーか」
不思議と力が湧いてくる感覚を覚える。
蒼夜がいるであろう方へ目を向けると、渦巻く魔王の絶大な魔力の中に、小さく、だが苛烈に燃え盛る蒼夜の気配を感じ取ることができた。
「桧垣一佐の言葉だったよな」
限界を超えろ。あの日の事を思い出す。命尽きるその時まで軍人であったかつての上官。
今、蒼夜はその背中を追いかけているのだろう。魔王に勝つことで。
「俺も負けてられねぇよな」
軋む膝を叩き、無理やり立ち上がる。
限界はとうに超えている。それでも小隊の仲間のために勝たなければ。
胸の奥に熱い何かを感じる。
ただ、心地よいものだった。
陸はすでに空っぽの魔力を練り始める。胸元に掛けられた紫石からわずかにひび割れの音が聞こえる。
「ほう、まだ立ち上がるか」
ラグナルスは目を細め陸を見つめる。
陸は霞崩しの構えを取り、切っ先をラグナルスの顔に向ける。
それに呼応してラグナルスも腰を落とし同じ構えを取る。
目を瞑り深く深呼吸をする。練れた魔力などたかが知れてる。
それでも、もう恐怖は無かった。
集中しろ。これまでの鍛錬を思い出せ。
ゆっくりと目を開く。
ああ、この感覚は、たまに蒼夜が入る雰囲気に似ている。
視界が色褪せ倒すべき敵だけが見える。
虚無の領。
「これで終いだ、リクよ」
雷神の如き雷の奔流を身に纏うラグナルスが先に地面を蹴り、陸に肉薄する。
その様子を陸は冷静に見る。まるでスローモーションのようにはっきりとラグナルスの動きを読む。
すべての推進力を前方へ向けているラグナルス。だが、陸は待っていた。
切っ先がわずかに交差した瞬間、陸は半歩、左に身を傾ける。
――紫石術式「紫電一突・改」――。
推進力の全てを前進に注いでいたラグナルスは目を見開き、咄嗟に剣を横に振る。
だが、それは裏目に出た。
陸は腰をさらに落とし、右へラグナルスの剣を掻い潜り、渾身の力を込めて突きを放つ。
慌てて魔法障壁を展開しようとしたラグナルスの喉元を、雷を携えた軍刀が魔法障壁ごと貫いた。
黒い返り血を全身に受けた陸は軍刀を引き抜き、そのまま崩れ落ちる。
ラグナルスの口から血を吐き出し、膝を付く。
「見事ッ……」
最期の言葉を放ち、そのまま顔から地面に倒れ、絶命した。
「勝っ……たぞ……蒼夜……」
陸はそのまま意識を手放した。




