決戦の夜
時刻は夜八時五十分。イチナナ小隊と別小隊に置かれた蒼夜はその面々と一緒に基地最北端の門の前で待機していた。
「君が有名な柊蒼夜君か!良い目をしているじゃないか!」
そう言って蒼夜の背中をバンバン叩いているのが『地割れの隊長』と呼ばれる軍人、岩崎誠一郎一尉だった。
岩のような体躯をしなやかに動かし腰に吊るした軍刀が通常の物より大きく作られているが、なんの違和感もないほど大きな体だ。
「ど、どうも」
「若いのに元気がないな!ほらこれでも食べなさい!」
そう言って岩崎が差し出したのはスニッカーズだった。甘く、それでいて栄養価の高いお菓子。蒼夜は特に好きではなかったが、勢いに押されて受け取る他なかった。
「ありがとうございます」
「あまり若いのに絡むな岩崎。困っているではないか」
隣で会話を聞いていた矢野が岩崎に苦言を呈する。雷葬の魔女の名を冠する彼女の言葉は豪快な岩崎を豪快に笑わせた。
「はっはっ!悪かったな若いの!作戦前は特にダル絡みをしてしまう!」
「はあ、そうなんですか」
これから生死を分ける戦に臨むのに、この小隊は緊張感が足りない気がするが、蒼夜自身あまり緊張していないからまあいいかと流していた。
空はすでに暗く、十数体のスヴェイルが闇夜を飛び回っている。
「一応この小隊の指揮官は俺だけど、異存ない?」
小田の言葉に皆、全くないと答えた。『不屈の尖兵』として有名な小田はニヤリと笑い蒼夜の肩を小突く。
「オールスターに選ばれて良かったな。これでクシフォスに勝つぞ」
「はい」
作戦開始まで五分。蒼夜達別動隊は前もって門から出て闇夜に紛れて北部の陣地近くに向かう。
小田がインカムに手を伸ばし全隊に言葉を掛ける。
『一体も多くターゲットを殺せ。敵に立て直す暇を与えるな。本隊が飲まれないための俺達であることを忘れるなよ。よし進軍開始だ』
小田の一声で別動隊二千人がゆっくりと瓦礫と緩い勾配の影から北部陣地へ足を進める。闇夜に紛れた二千名の兵士は死地へ向かう行進を始めた。
夜、九時。北川二佐の声がインカム越しに全兵士の耳へ届いた。
『こちら司令部の北川だ。決戦の時を迎えた。先の戦闘で多くの同胞を失ったが、それでも残された我々は進み続けなければならない』
すでに敵陣近くに伏せていた蒼夜は黙って銃を握り北川二佐の言葉を聞く。
『宮内陸将の最後のお言葉を覚えているか?我々は託されたのだ!愛する我が故郷を守る最前線にいる俺達に!胸に刻め!今夜の戦いで我々は勝ち、英雄となり故郷へ凱旋を果たすのだ!』
熱を帯びる北川の声は兵士の目を細めさせる。ある者は故郷に置いて来た家族を、ある者は失った友を思い出し目の前の侵略者を睨む。
『勝って再び太陽を見よう!作戦開始ぃぃいい!』
雄叫びを上げ別動隊は魔族の陣地へ踊り出て小銃の引き金を引く。
閃光が闇夜を引き裂き奇襲を受けた魔族の肉を引き裂く。
蒼夜は揺れる照準器を覗き、雄叫びをかき消すほどの銃声の中、引き金を引き続ける。
連続して排出される薬莢が地面に転がり、足元を銅の色で埋め尽くす。
三十発を打ち切り蒼夜は銃を投げ捨て、磨き上げられた軍刀を鞘から抜き、小田に目線を向ける。
「行くぞ」
小田も蒼夜の思惑くを察し、抜刀する。
「斬り合いは最小限で!行くぞぉぉおお!」
蒼夜はその号令で一気に加速する。まるで空から落ちる雷のように魔族の海を割る。
指揮官級の魔族は基本、その隊の真ん中にいる。蒼夜は迷わず一塊になっている魔族の隙間を縫うように走り抜け、一際豪華な甲冑を着る魔族の前に着地する。
「ニンゲンの兵士よ。我が相手しよう」
ドロヴァと一括りに言っても、種類があるらしい。部族の紋章をかたどった耳飾りを揺らしその長は大剣を抜く。
「お前に割く時間はない」
蒼夜は短く言い、地面を蹴る。早く敵指揮官を殲滅しなければ全滅するのはこっちだ。
最速で軍刀を振り抜き、大剣を振り上げたドロヴァの族長の首を落とす。
「あと、何体斬るんだっけ」
驚き戸惑うドロヴァの集団を横目に次のターゲットを探す蒼夜の右目は静かに燃えていた。
――クシフォスは痛む太ももを苦々しく見つめていた。
ミヤウチという将軍は優秀であったが、剣の腕はすでに全盛期を終えていたが、指揮官の覚悟は気に入っていた。
そこにラグナルスが駆け込んで来た。
「クシフォス様!ニンゲンの軍勢が北部陣地へ討って出てきました!」
「ほう、やはり食料はすでに底を尽いているか、あと一日程度なのだろう。各族長へ通達せよ。距離を開けずに近接戦闘で囲い込み殺せと」
「それが……」
「どうした?」
ラグナルスは少し躊躇ったのち口を開いた。
「ニンゲンの兵士達が族長達を集中的に殺しているのです。それにより前線はすでに崩壊しております」
「何だとっ!」
どこからか計算が狂っている。そんな言葉が脳裏をよぎる。
「スヴェイル族に通達しろ!すぐさま上空からの攻撃をせよと!」
「仰せのままに我が主よ」
クシフォスはイラ立ちを隠せず、地面を蹴る。
「どこで狂ったのだ!ただ敵の空腹を待ち、殺せばよかったのだ!」
包囲は完璧だった。トールの戦死は計算外だったが、東部陣地を崩壊させた敵はすでに全滅していると報告があった。
ふと思い出す。自分に完膚無きまでに負けたニンゲンの少年。東部陣地付近での戦闘で一際輝いていた奴は隻眼のはず。剣士として殺した。
「ソウヤ。お主を甘く見ていたようだ」
不敵に微笑むクシフォスは近くにいた部下へ声を掛けた。
「剣士ソウヤを見付け次第、その周囲に戦力を集中させろ。我が直々にソウヤを討つ」
了解の意を表した部下は足早に後方へ待機している魔族の族長達へ伝令に向かった。
「ソウヤを回収した兵士達は邪魔になる。誰にも手出しはさせない」
――北部陣地を駆け抜け、指揮官を一通り殺した別動隊は北部陣地の更に北で集合していた。
すでに本隊との戦闘が始まっているが、魔族側は指揮官を失い西部陣地へ逃げる魔族が目立つ。蒼夜は肩を揺らし息を大きく吸う。
「はぁ、はぁ」
戦いはまだ序盤だが、十分な食料を食べられていないことを痛感する。
「蒼夜、大丈夫か?」
「大丈夫です。陸さんこそ大丈夫ですか?」
「俺は余裕だ。めっちゃ寝たからな」
「そうですか」
近くで小休憩を取っていた陸も息を荒げて言う。
「北部は何とかなりそうだな」
火の手があちこちに上がる敵陣を見ながら陸が言う。本隊が魔族の大半を蹴散らし決着はすでに着いている。
「ここにはクシフォスいなかったな」
「ですね」
「西部か、それとも別に陣を構えているか」
「どっちでもいいでしょう。結局向こうから来ますから」
「ふっ、それもそうだな」
地獄の中でも笑う陸に蒼夜が笑みを返そうとしたとき、小田が指示を飛ばした。
「小休憩終わり!西部陣地に先行して行くぞ!」
「「「了解!」」」
声の届く範囲にいた兵士達は返事をし、立ち上がり西部陣地へ足を向けた。
月は高く上り、夜はさらに深まっていく。
月光の当たらない瓦礫の影を進み、西部陣地へ近づくとすでに迎撃態勢を整えつつある魔族の集団が見て取れた。
「奇襲は無理そうだな」
小田が口惜しそうに言う。木製の柵に鉄条網を巻き、魔族の斥候が周囲を警戒している。
「正面突破ですかね」
蒼夜の脳筋発言に岩崎が少し笑った。
「若いもんらしい作戦じゃねーか。嫌いじゃねーよ。だけどさすがにこの規模の敵に二千弱で突撃した所でターゲットまで到達出来ないだろう」
「そうだな。多分二万以上の敵陣に生き残った千五百人で無策で突撃するのはまずいな」
「なら、俺の出番だな」
小田が補足したところで岩崎が立ち上がる。瓦礫から顔を出し魔力を練り始める。
「矢野合わせられるか?」
「ああ、いつでもいけるよ」
岩崎は矢野の答えに首肯で答え魔族の陣地へ向けて詠唱を始める。
「大地よ、眠りから醒めろ。我が足元に眠る怒りを、今ここに解き放て。山を裂き、谷を穿ち、地を揺らせ。逃げ場を失わせ、立つ者すべてを大地へ還せ。――紫石法術、震天崩地!」
直後、地面が揺れ、蒼夜の足元の岩盤が音を鳴らす。
だが、岩崎の前方はさらに激しい揺れと音が場を支配していた。
小さく地面が裂ける。徐々にそれは音とともに大きくなり、まるで天災のように魔族の陣地を裂いた。
まるで地獄の口が開いたような状況に魔族は右往左往し、地面に飲まれ始める。
その横で、矢野が詠唱を始めていた。
「天蓋に眠る雷よ、我が声を聞け。黒き雲を纏い、天より降り注げ。我が前に立つ者すべてを、雷の墓標へと変えよ。鳴り響け、天の葬送歌。――紫石法術、万雷天獄」
聞き心地の良い祝詞が蒼夜の耳を掠める。そして、夜空は満天の星々を隠し、月の周りに雲が伸びる。
雲は黒くなり、地表は暗さを増す。
魔族達は空を見上げ、地割れを逃れた者は地面にへたり込む。
ついに神の怒りを帯びた雷が視界を埋める程何本も地面を叩き、耳を轟音で覆う。
陣地の一部では木片が飛び散り、火の手が上がる。
激しい閃光が魔族達を飲み込み、焼き焦がしていく。
激しい落雷が終わった頃、ゆっくりと地割れも閉じ始めていた。
だが、岩崎もその場に膝をつき、肩で激しく息を切らす。
「はぁ……はぁ……! さすがに二発目は無理そうだ。俺があと十年若ければ、あるいは可能だったかもな」
矢野へ目を向けると、彼女は顔色こそ変えていないものの、首に掛けられた紫石のペンダントを険しい目で見つめていた。
「私も、今日はこれ以上の大規模魔法の使用は難しいようだ。紫石が割れてしまう」
だが、二人の放った一撃は、魔族の陣地をパニックに陥れるには十二分すぎる破壊力だった。
煙と火の手が上がる焦土の中、奇襲を仕掛けるならまさに今この瞬間しかない。
すでに小銃を投げ捨て、抜刀を終えている別動隊の面々が、一斉に突撃姿勢を整える。
小田はその背中を感じ取り、鋭い声を張り上げた。
「今だ! 指揮官級を殺し尽くせ!!」
号令はシンプルだった。
誰よりも早く地を蹴った蒼夜は、先頭を切って黒煙が立ち込める魔族の陣地へと突入した――。




