優しさ
朝を迎えた第十七特殊近接小隊、通称イチナナ小隊に新たな命令が下された。
時刻は午前十時。
珍しくブリーフィングは第一中隊の中隊長である小田が担当していた。他の第一中隊の隊員達も勢揃いだ。
「お前らよく聞け」
投影された川越周辺の地図を殴るように示し、小田が声を上げる。
「今回の俺達の任務は、俺ら含め三個中隊で敵の指揮官を殺し回ることだ」
第二隊舎のブリーフィングルームで一同が驚きの声を上げる。
そんな作戦聞いたことない、殺しまわるって魔族の海にダイビングしろってことか?、今日が俺の命日か、など冗談らしい口調だが、目は笑っていなかった。
「これが討伐対象の魔族の指揮官達だ」
スクリーンに映される地図が敵指揮官の情報ファイルに差し替わる。特徴と遠くから撮った写真だ。
「こいつらの見た目を覚えておけ。総勢百体ほどだ。魔族軍の統制を失わせて勝つぞ」
おうっといつも通りのむさ苦しい返事がブリーフィングルームに響いた。
「ああ、あと蒼夜。お前は別動隊の最高戦力を揃えた一時的な小隊に入れ。イチナナには悪いが、この作戦の流れでクシフォス討伐の指令が降りている」
「クシフォス討伐の指令……」
蒼夜は最前列の下士官席に座り、東堂の横で一人呟く。
小田はそんな蒼夜の様子に気付かず説明を続けた。
「蒼夜、矢野、俺、そして第三師団第二連隊第一中隊の隊長、岩崎誠一郎一尉でクシフォスを討伐する。一応俺も二つ名持ちだからな。二つ名大集結だ」
ブリーフィングルームにおお、と歓声が上がり生きるか死ぬかの作戦に何か希望を見出したような空気が広がる。
「作戦開始は今日の二一〇〇《ふたひとまるまる》だ。各自十分な休息を取っておけ。七夕の笹に短冊を追加しても良いぞ」
その言葉を最後に会議室は騒がしくなり、蒼夜はごった返す会議室の出入口をゆっくりと出て行った。
第二隊舎を出たところで後ろから誰かに肩を叩かれ、振り向いた。
そこには陸が平坦な表情で立っていた。
「よっ!せっかくだし短冊書きに行かないか?」
「何か願いごとでもあるんですか?」
「願掛けって言うんだぜ。これから命張るんだからな。ちょっと遅めの短冊でも彦星様と織姫様も読んでくれるさ」
「願掛け…って何ですか?」
ひどく無知な少年に陸は思わずと言った様子で吹き出す。
「はははっ!お前最近、『中学生のための常識』読んでないだろ?願掛けって言うのは願うんだよ。運が絡む作戦だから勝利の女神がこっちを振り向いてくれますようにってな」
死ぬかもしれない。それでも生き抜くために神にも仏にも祈る、そんな意思を蒼夜は感じ取った。
「分かりました。願掛けしに行きます」
「よし行くか」
二人は無意識のうちに足並みを揃えてイチナナ小隊の天幕前に歩く。その間陸が話し蒼夜が相槌を打つだけの時間が過ぎた。
枯れかけている笹の前に立ち陸はメモ用紙にインクを走らせる。
「全員生き残って生還できますように、っと」
全員は無理ではないか。そんなことを蒼夜は考えたが、口には出来ない。蒼夜も誰かが死んで欲しいとは思ってないからだ。
「蒼夜は何て書くんだ?」
「どうしましょうか……」
作戦で死にたくないとは思ったことがない。いつかは魔族の剣の錆になるのだろうと思っているから。ただクシフォスを倒せればそれで良かった。
でも。
「いつか、死ぬとしても陸さんは今を生きますか?」
「そりゃ、生き残りたいよ。お前は違うのか?」
懲罰部隊と斬り合ったとき、怒りが湧いた。勝手に俺を定義するなと、そんな怒りだったと思う。
「何のために戦うのか、正直未だに分かりません。クシフォスを討ち、仇を取る。このためだけに生きてきましたから」
陸は静かに蒼夜の言葉に耳を傾ける。誰よりも激しい戦地を潜り抜け、そして大切な者を奪われた蒼夜の心情は陸にも理解できる。
「でも、休暇で如月家に伺い、街を歩く人たちを見てどんな趣味を持ち、どんな目標を持って生きているのか考えていました」
凛花の父、三蔵の盆栽を見ながら話した夜を思い出す。
「自分は何を得たくて、何を守りたくて戦ってきたのでしょうか……」
そう言って蒼夜は以前書いた自分の短冊を優しく摘み、その裏を陸に見せる。
そこに書かれた、復讐の文字。
「空っぽですね、自分は」
自嘲気味に笑いながら蒼夜は短冊に掛けられた無数の願いの束を見上げる。
陸はそんな蒼夜の後頭部を平手で弾く。小気味良いパンッ、という音が鳴った。
「そんなことねーよ」
その否定に蒼夜は目を開く。少し赤みがかった瞳で陸を見る。
「自覚はないだろうけど、お前はどんな時でも誰かのために戦ってるよ。顔もしらねぇ内地の人のためかもしれない。隣に立つ仲間のためかもしれない。お前は優しい奴だよ」
「優しい……ですか」
「クラトシアと戦った時、真っ先に突っ込むお前がいなかったら勝てなかった。桧垣一佐の意思を継がないのかと問われて俺はまた戦えたんだよ」
蒼夜は口を閉じて陸を真っすぐ見る。
「俺らだっていつか死ぬかもしれない。でも今じゃない。俺まだ童貞だしよ」
「童貞って何ですか?」
「あー、それは今度教えるわ」
陸は少し笑って答えた。そしてメモ用紙とボールペンを蒼夜に渡した。
「お前の願い、俺に見せてくれよ」
蒼夜は陸から受け取り、しばし考える。したいことも、何もないけど、確かにある想いがあった。
迷い、それでも願わずにはいられないことを不格好な短冊に乗せる。
最後まで書き、名前も書き終え陸に見せる。
「いいじゃん、お前らしくて」
そう笑って陸は自分の目も用紙を笹に吊るす。全員生還出来ますように。
蒼夜もそれに続いて笹に今の願いを吊るした。
「よし、ちょっくら寝るか。お前はどうする?」
「軍刀の手入れをします。先の戦闘で少し刃こぼれしたので」
「そうか、お前もちゃんと休息を取れよ」
「はい」
陸は後でな、と言って天幕に入っていった。作戦決行は夜。明日の太陽を見られるか分からない。
蒼夜はそれを見送り、人がいない場所に向かった。
その様子を見ていた人たちがいた。
楓とほのか、そして美月だった。
「男同士の友情って見ててちょっとドキドキしない?」
「何言ってのよほのか。もしかしてそういう趣味?」
「ち、違うよ⁉腐ってないからね!」
楓のいじりにほのかが全力で抵抗している横で美月は黙って蒼夜の背中を見ていた。
「空っぽか……」
いつも蒼夜を見ていてどこか上の空だと思っていた。でも空っぽだと思ったことは美月にはなかった。
「誰もが心満たされてる訳じゃないからね。特に戦時中は」
「楓、それはあなたも?」
美月の問いに楓は肩を竦める。当たり前でしょ、とでも言いたげな所作に美月も同意するしかない。
「誰もが夢を持てる訳でも、誰もが希望を持てるとは限らないわね」
三人は笹に自らの願いを掛けに来ていた。明日もみんなで笑えますように。誰も死にませんように。同じような願いだったが、数は多いに越したことではないと考えていた。
「でも誰だって求めていいはず。戦いの中で忘れたりすり減ったりしても誰もが心を持ってるんだから」
美月は蒼夜の短冊を見上げ、言葉を紡ぐ。
「蒼夜君、優しいね」
「そうね。常識無いし、意味わからないくらい強いけど」
「美月の将来も守ってくれそうだもんね」
ほのかが笑いながら美月をいじる。
「ちょっと!違うからね?ただ少し気になるだけで」
「ふーーーん?可愛いわね美月」
「そうそう美月ちゃんは可愛いの!蒼夜君も絶対気付くわよ!」
楓とほのかが頬を膨らませた美月を見て笑い短冊を掛ける。
「みんなを守れますように、か」
蒼夜の短冊を美月が読み上げた。それならあなたを守るのは誰?そんな言葉を飲み込んで。




