次なる作戦
蒼夜達イチナナ小隊は最優先で前線基地へ走らされた。
北川二佐の指示だったというが、どうやらオペレーションクロスファイヤの開始前に宮内陸将が各連隊及び旅団長に指示していたようだ。
「はあはあ、基地に戻ってこれたな」
「だね。宮内陸将はどうなってる?」
陸と來がふらふらと足を震わせながら、外部カメラの映像を食い入るように観る。東部陣地へ数台のカメラが向けられているが、どれも火炎と夜の闇のコントラストで映像が乱れている。
「基地の見張り台に登ったら見えるんじゃないですか?」
「それだ!志信名案!」
志信が見張り台を指さして言い、小隊の全員が見張り台を上り始めた。
上に着くと防衛隊に配属された兵士が食い入るように双眼鏡を覗き込んでいた。
「お前ら、生きてたのか。良かった」
戦闘開始の二日目に蒼夜が踏み越えた兵士だった。
「また俺を踏み越えようって訳じゃないよな?」
「その節はすみませんでした」
軽く頭を下げた蒼夜の様子に見張り台の兵士は笑って答える。
「気にするな。それより前線が気になるんだろう?」
「はい」
「そこに予備の双眼鏡置いてあるから使って良いぞ」
「ありがとうございます」
蒼夜は指差された方を見ると段ボールに無造作に入れられた双眼鏡を手に取り覗く。
戦場は地獄の様相を深めていた。スヴェイルの火球とドロヴァの刃が徐々に殿を削っている。
「こう見ると桧垣一佐もそうだったけど、指揮官の責任感は異常だよな」
隣で陸が呟く。立川防衛戦で戦った桧垣一佐の勇姿を思い出す。尊敬に値する人物だった。宮内陸将も死ぬと分かっていても戦場に残る覚悟を持った将であった。
「おい、やばい!クシフォスもいたのかよ⁉」
視線を戦場に戻すと空から魔王の雷撃が撃ち落とされた。
心臓が早鐘のようになる。今からでも戻るべきか。蒼夜の思考は戦場へ戻る方法を考え始めた。
「蒼夜、お前の戦いは今じゃない」
東堂が蒼夜の肩に手を置きながら言う。今行ったところでクシフォスの前まで辿りつける気がしない。
「はい……」
「大丈夫だ。あとで戦うことになる」
その時、インカムにノイズが乗った。
『ザッ、ザッ、ザー、ザッ、ザッ――』
ノイズは規則的にそして断続的に流れる。
「これは……?」
「戦死した兵士の指などが当たっているのでしょうか?」
楓がインカムに指を当てながら聞き、一馬が戦場での経験から予測する。
「いや、これはモールス信号だ」
「モールス信号?」
東堂が廃れた技術を思い出すように言う。
「トンとツーで通信する技術だ。誰かが敵に悟られないように何かを訴えている」
「う、ら、ぎ、り、も、の、あ、り。裏切り者がいるようです!」
モールス符号を理解していた凛花が、送信されてくる音を解析し、息をのんで叫んだ。
「裏切り者⁉」
「この基地にですか⁉」
小隊の面々は驚きとまさかという声を上げる。
今まで戦ってきた仲間を疑うことは少年少女たちには難しいことだった。
「それは違う」
そこに北川二佐が梯子を上りながら声をかける。
「宮内陸将と話していたのだが、軍内部ではなく、政府内部に裏切り者がいるという予測があった。おそらく宮内陸将はその確かな情報を掴んでこうして教えてくれたのだろう」
「政府内の裏切り者……」
そう言えばと蒼夜は記憶を呼び起こす。
立川基地防衛戦の前、哨戒に出た際にカルナと戦った時のことだ。
カルナは敵に蒼夜がいる前提で索敵をしていた。事前に部隊転属を知らなければ出来ないことだ。これもその裏切り者からの情報で掴んだことだったのだろうか。
そのようなことを考えていると気付けば戦場の喧騒は静まっていた。
「俺らも、明日はこうなっているかもな……」
陸が静かに敬礼を送る。蒼夜もそれに続き、倒れた戦死者たちへ敬礼を送った。
ちょうどその時撤退していた兵士の最後の一人が基地に収容され、門が閉まった。
「生き残ったのはどれくらいなんですか?」
「現在確認中だが、討って出た兵士二万五千名のうち一万八千人ほどが生き残った。守備隊と合わせて二万三千名が生き残っている」
玲の質問に北川が丁寧に答えた。今後の戦闘はより劣勢だと示すように。
蒼夜が上空を見ると、そこではスヴェイルの群れが隊列を組み北上していた。
一頭のスヴェイルが基地上空で弧を描くように旋回する。
「クシフォス……」
直観的にそれが魔王であると認識した蒼夜は苦々しくその名を口にする。
――北川二佐は見張り台を降り、足早に司令棟へ向かった。
「宮内陸将より直々に、全軍の指揮権を引き継ぎました。色々言いたいこともあるかと思いますが、この戦いが終わるまでご協力をお願いしたい」
崩壊した隊は宮内の直衛の第一連隊のみ。ここに集う士官はみな煤だらけの顔を上げ頷く。
「食料の残りは一日半、長く見積もっても二日でしょう。先の戦闘で七千人以上が戦死したため、結果的に食料には少し余裕が生まれましたが、それでも長期戦は不可能でその現状をひっくり返す作戦は今のところありません」
「でしょうな。敵兵は少なくとも三万はいるでしょうし、先の戦闘では予測していた戦力の七割ほどしかいなかった。背後に予備戦力を保持していてもおかしくないでしょう」
同意し懸念事項を並べる。食料、敵兵の戦力、そして我が軍の戦意。
どれをとっても劣勢の証にしかならない。
「食料の問題を解決する方法を最優先に考えるのは如何だろうか?」
「と、言いますと?」
「統合幕僚本部からは援軍は出せないと最初から言われていましたが、支援物資の方は何も言われていません。先ほど裏切り者が政府内にいると判明しましたが、支援物資は軍内部の裁量で決められるはずです。幸い東部および南部の敵は殲滅してますし、可能かと思います」
別の若い士官が進言する。だが、この策には欠点があった。
「確かに支援物資は可能だろうが、アルグスを含む魔族がその輸送隊を襲う可能性もあるし、敵が支援物資の存在を知れば戦闘はさらに長引く可能性がある。そうなると兵達の士気が下がる一方だ」
「確かに……」
沈黙が会議室に広がる。戦力差が開きすぎた戦場は慣れているはずだが、敵が魔王ともなれば出来る策は限られる。
「やはり全軍を上げた突撃か……」
誰かが呟く。そこに北川が斬り込む。
「別動隊を組織しましょう。規模は二千人」
北川は壁に投影された地図を見ながら言う。
「どういう意図で?」
「この戦力は敵の司令官を潰すことを目的としたものです。敵は多種の種族を集めた軍勢です。魔族軍は種族ごとに指揮官がおり、明らかに統制が取られています」
北川は自身の作戦を確認するように口にする。
「敵の司令部を集中的に攻撃し、敵の統制を取らせない。そして、可能ならば戦意を喪失させる。ただ、誰が指揮官か不明という問題があるか……」
「第八連隊の偵察大隊がそのビンゴブックを作成しています」
第三師団所属の第八連隊は情報収集を専門に扱う大隊が複数存在する。彼らの主任務は敵情を観察し持ち帰ること。
「それすぐに連携してもらえますか?」
「勿論だ」
第八連隊の連隊長は席を立ち、小走りで会議室を出た。
「この作戦の肝は別動隊の動きを隠し、本隊が敵の大多数を受け持つことです。無論犠牲は大きいでしょう。ですが、人類の未来のために今一度命を懸けて頂きます」
誰も声を発しないが、目が肯定を物語っている。
「ところでその別動隊にはどの部隊を?」
「最高戦力を用意しましょう。うちからは第一中隊と第四中隊を」
「ではうちの連隊からは第一中隊を出そう。そこの中隊長は『地割れの隊長』という二つ名を持っている」
「地割れ……。ああ、彼のことですか」
「そっちの柊三曹のことをとても気に入っているぞ」
第三師団第二連隊の連隊長がニヤリと笑う。
「それは相性が良さそうです」
北川は眼鏡の位置を正しながら答えた。
「では、作戦の詳細を詰めましょう」
深夜二時に始まった作戦会議は二時間ほど続き、終わる頃には夏空が色を取り戻し始めていた。




