指揮官の資質
戦場は炎と悲鳴で満ちていた。
突如、上空に現れた魔族たちに、地上で戦う東京防衛軍の侵攻部隊は苦戦を強いられていた。
「宮内陸将! どうしますか⁉」
侵攻軍の総指揮官である宮内は、視線を周囲で交戦する兵士たちから外し、敵の全体状況を凝視する。
「一万ほどのスヴェイルと同数のドロヴァか……」
上空からの火炎魔法の雨と地上での乱戦は、侵攻軍の生き残り二万人を凄惨に飲み込んでいる。
前線基地の防衛隊五千を呼ぶか? いや、魔族はまだ北部と西部に十分な余力を残しているはずだ。下手に防衛線を崩せば挟撃される。
連戦を重ねてきた東京防衛軍の兵士たちの顔には、疲労と絶望が色濃く浮かんでいた。
現状を瞬時に覆せるような都合の良い作戦など存在しない。
総指揮官である宮内を守る本隊の中隊すら、すでに敵の降下兵と交戦に入っている。
宮内は最悪の決断を下し、インカムのスイッチに指をかけた。
『こちら宮内。各連隊および旅団の全指揮官へ伝達する。――食料の残りはあと一日だが、ここで戦死者が多数出た場合、残りの生存者の食料はあと二日持つ』
宮内の声を隣で聞く中隊長は、その言葉の持つあまりに冷徹な真意を悟り、息をのんで言葉を失った。
『殿は我々第一連隊が務める。他の部隊は死に物狂いで前線基地へ全速撤退せよ』
宮内は一呼吸置き、静かに最後の言葉を紡ぐ。
『今後の総指揮には北川二佐を指名する。一人でも多くの者が帰還できることを祈っている。以上だ、ご武運を』
そしてインカムを耳から外し小銃を抱える。腰には十年連れ添った軍刀を携えて。
「第三師団第一連隊の諸君、俺と散ってくれ」
背後に控える部下達が一斉に了解と答えた。総勢三千五百名の兵士は死に場所を決めた。
指示通り他の部隊の兵士たちは死に物狂いで走り、横切っていく。前線基地まで約三キロ。十五分ほど耐えれば目的は達成できる。
「中隊を横に展開!前衛は近接戦闘を担当し、後衛は銃器と魔法による対空射撃をしろ!」
宮内の指示が飛び連隊は一つの生き物のように動く。
喉を焦がすほどの熱が戦場を埋め尽くしている。
「結界系の魔法が得意なものは上空に展開せよ!少しでもスヴェイルの攻撃を止めるんだ!」
火球と魔法の攻撃が展開したばかりの結界にぶつかる。地表では獰猛な目でこちらを睨むドロヴァへ小銃による集中砲火を見舞う。火災と小銃の音が鼓膜を揺らす。
宮内自身も小銃を持ち目につく魔族に片っ端から鉛玉を撃ち込む。
「宮内陸将!上空に一体スヴェイルが控えております!」
補佐官の士官が上を指さし叫ぶ声が銃声の鳴るなか聞こえた。上を見ると確かにスヴェイルが一体旋回している。目を凝らすとスヴェイルの背には一体の魔族が見えた。
「なるほど、夜空に浮かぶ魔王か」
どうやら撤退させたのは正解だったようだ。ここで魔王とぶつかったら被害は想定できないほど大きかっただろう。
「あれは気にするな!目の前の敵を殺せ!」
来るとしたらこの部隊が壊滅した時だ。その時少しでも魔王に傷を付けられればお釣りが来る戦果だ。
九割ほどの部隊が戦場を離脱した頃、展開した中隊の一つが瓦解し始めた。
「第五中隊が壊滅!第三中隊が二個小隊を展開しました!」
「よし、そのまま……」
言葉が終わる前に結界が砕ける音が耳を刺す。
直後、スヴェイルの火球が連隊本部の真横に着弾した。
熱と衝撃波が宮内を襲う。直撃した兵士達は跡形もなく燃え、近くの兵士は燃え盛る炎の中で助けを求める声を上げ、地面に倒れる。
「クソ!」
一部が瓦解したことで戦列全体が崩壊し始める。襲い掛かるドロヴァとスヴェイルが攻め時を掴んだように攻勢を強める。
すでに側近は全て戦死した。各中隊の隊長達もどれほど生きているか。
背後ではまだ撤退している兵士達が走っている。まだここを抜かせる訳にはいかない。
ここからは根性の時間だ。
「全隊聞け!一人五体殺すまで死ぬことを禁じる!軍人の意地を見せてみろぉぉお!」
おう、と男達の声が地面を揺らす。生き残っているのは千人かそこらだ。
激しい魔法砲撃が降り注ぐ中、空になった弾倉を捨て新しい弾倉を取り出そうとリグを漁る。だが、もうそこには何もなかった。
宮内は小銃を捨て、拳銃を抜き狙いを定める。九発しかない弾を打ち始める。
しかし、その拳銃が弾を撃ち終わる前に空から魔力の波動を感じ取る。
ついに魔王が降臨するようだ。
「全隊散開!上から来るぞぉぉお!!」
宮内の叫びが終わる前に空から雷撃の柱が降り注ぐ。展開していた部隊の大半がその光に飲まれる。
遅れて激しい音が衝撃波とともに宮内を吹き飛ばした。
揺れる視界と耳鳴りが宮内の意識を刈り取ろうとする。
「くッ」
だが、ここで倒れる訳にはいかない、と自身を奮い立たせる。
全身の力が抜ける感覚を無視して顔を上げる。
「い、生きている者はいるか?」
かすれた声で生存確認をする。答えはない。だが、まだ戦っている気配を感じる。
体に鞭を打ち立ち上がる。燃えた肉の匂いが鼻を衝く。
「はあはあ」
息が苦しい。それでも手足は動く。
飛ばされた時手を離れた軍刀を探して視線を滑らせる。
「探し物はこれか?」
背後から人ではない何かの声が聞こえた。宮内はゆっくりと振り返る。
身長は二メートルはあるであろう長身、手には長い片刃の長剣を持つ。
目は魔族特有の紅い目。そして圧倒的魔力と存在感。
「お前は魔王クシフォスだな」
「そうだ、ニンゲンの将軍よ。見事な采配であったぞ」
周りを見ればもう生き残ったのは自分だけのようだ。周りは全て魔族に囲まれている。これで見事と言われてもただの皮肉にしか聞こえない。
「食料は一週間分と聞いていたが、まさか十日以上戦える状態を維持できるとは思わなかったぞ」
「不気味だったんでな。念のため食料の配給を制限していたのさ」
「そういう事か。東部陣地を壊滅させた戦力はどこから出した?」
「それは知らねーな」
「指揮官たるもの己の戦力を把握しないでどうする」
「敵軍に内情を話す指揮官がどこにいる」
「一理ある。では指揮官の最期はどうあるべきだと思う?」
クシフォスは宮内の軍刀を足元に投げる。
その軍刀を拾い上げ宮内はクシフォスに問いかけた。
「そう言えば先ほど、聞いていたが、と言ったが誰から聞いた?」
食料事情を把握していたのは勘付いていたが、確証はなかった。
「お主はすでに我が手中にある。教えてもよかろう」
耳に付けていたインカムは外してしまった。だが。
「ニンゲン側にも我々魔族に協力する者がおる。名は知る必要はないがな」
「そこは教えてくれないか」
軍刀を構え腰を落とす。周りの魔族は手を出す素振りがない。純粋な一騎打ちだ。
「ニンゲンの将と戦うのは初めてだ。心躍るぞ」
「来い」
宮内は魔力を最大範囲に広げる。
決して攻撃的な魔法ではない。
クシフォスは魔力障壁を作り、一歩ずつ進む。
剣士としての足運びだ。
宮内は霞の構えを崩さずただ待つ。
クシフォスの間合いに入る直前、宮内の魔法の間合いにクシフォスが入った。
瞬間、宮内の魔法を行使する。マイナスの魔力。
――紫石法術「虚構」――。
途端、クシフォスの顔が歪む。
「これは…」
クシフォスの魔力障壁が砕ける。範囲内の魔力を霧散させる技。宮内の魔法は魔王の絶対防御を破った。
「さあ、剣術勝負といこうか」
宮内は巧みな足運びで距離を詰める。
音も無く放った突きはクシフォスの長剣に阻まれる。
「良き剣筋だ」
激しい剣劇が始まった。火花を散らし重なる白刃は徐々に欠ける。
宮内の息が上がり始める。連戦と歳を重ねた体はとうの昔に悲鳴を上げている。
クシフォスの剣が宮内の脇腹を狙い薙ぎ払われる。
宮内は即座に軍刀で防ぎ、鍔迫り合いになる。
「ニンゲンの将よ。名は?」
「宮内だ」
「誰も我にはかなわぬ。今の内に部下を連れて巣に戻るか自害せよ」
「俺は仲間を信じている。誰かがお前を討つのが今から楽しみだよ」
「あの世で部下を迎える準備をせよ」
次の瞬間嵐のような剣技がクシフォスから放たれた。全身を使い、宮内の軍刀を刈り取り、右肩から左腰へ斬りつける。
「ゴフッ……」
膝から崩れ落ちる。口角から赤い筋が流れる。徐々に魔力が弱まり、クシフォスの魔力が徐々に戻る。
「面白い斬り合いであったぞ」
クシフォスは勝利を確信し長剣を鞘に納める。そして背を向け、歩き出す。
だが、宮内の目は未だにクシフォスを捕らえ続けている。
腰にしまった拳銃へ手を伸ばす。薄れゆく意識の中で、それでも狙い通りにいった作戦を完遂するために。
「ゼー……、ハー……」
魔王の雷撃前に打ち切らなかった弾丸が一発だけ残っている。
背を向けたクシフォスへ向ける。腕に力が入らず、手元が揺れる中、最後の力で引き金を引いた。
パンッ!
一発。たった一発の銃弾が魔王の太ももを撃ち抜いた。
「何ッ!」
クシフォスは撃ち抜かれた太ももに目を向けた。
黒い血が太ももから流れ出ている。
「ミヤウチよ。最後まで立派であったぞ」
クシフォスは満足げに言い、右手に雷撃を携える。
そして槍のように宮内の心臓を目掛けて投げつけた。
「これで退役か…」
雷撃を前に宮内は静かに微笑んだ。




