空の脅威
鋭い発砲音が耳を劈く。
懲罰兵の脳漿が飛び散り、蒼夜の半長靴を汚す。
「汚しちゃったなすまん」
「いえ」
東堂が拳銃の安全装置のスイッチを入れ、ホルスターにしまいながら言う。
敵の東部陣地を制圧した懲罰部隊は全滅した。二度と会いたくない奴らとの再会に蒼夜の冷や汗はまだ止まっていない。
「大丈夫か?」
「はい、問題ありません」
「そうか、無理はするなよ」
時刻は夜の一時を少し過ぎた頃。夏風が蒼夜の肌を掠める。
「とりあえずオペレーションクロスファイアの目的の半分は達成したな」
東堂が南部陣地の方を見ながら言う。釣られて蒼夜もそちらに目を向けると崩壊した陣地は沈黙し、こちらに向かって走る兵士の集団が見て取れる。
『こちら旅団本部。宮内陸将から撤退命令が出た。一度前線基地に戻るぞ』
インカムに北川二佐の声がノイズ交じりに流れる。残るは北部と西部の敵陣だが、入間川を挟んだ向こう側だ。戦況はどうやら好転していると思って良いだろう。
「基地の防衛部隊からの報告では北部と西部に動きは無いようです」
「そうか」
凛花の報告に東堂が答え、よし、戻ろうかと言った。
「残るは北部と西部の数万の魔族とクシフォスだな」
歩き出した蒼夜に陸が話を振る。
「そうですね。食料の残りはあと一日。勝利か敗北か、今日決まりますね」
「勝つに決まってんだろ」
蒼夜は陸の言葉を受け、目を向ける。確信ではなく、願望なのだろう。
「はい、勝ちましょう」
――クシフォスは北部陣地の最奥の天幕で戦場には似合わない装飾の施された椅子に座っていた。
部下からのトール討ち死にの報に眉一つ動かさずただ沈黙している。
「クシフォス様、東部および南部の魔族は全滅したようです。ですが、北部のさらに奥に展開していた兵の存在にはニンゲンどもは気付いていないようですな」
昨日までに徐々に魔族の配置を変え、戦力を北部陣地の奥に戦力を温存していたのはクシフォスの先見の明が功を奏した結果だった。
「ニンゲンの兵は約五千ほど減り我が軍は三万ほどが死にましたが、依然として戦力は我が軍の方が多く、勝利は揺るぎないもの思います」
「おかしい……」
隣で報告をしていたラグナルスはクシフォスの言葉に怪訝そうな顔を見せる。
「おかしい、とはどういう意味でしょうか?」
「ニンゲンの裏切り者は今回の敵は食料を一週間分しか持っていないと言っていた。だからこそ、彼らが要塞の修復をしている間何もしなかったのだ。だが、見て見ろ。彼らは勇猛果敢に戦い疲れを見せていない」
計算が合わない。クシフォスは違和感を感じ始めていた。今頃空腹で戦えないはずの人間がほぼ同数の魔族を撃破したのだ。また、所在不明の敵も参戦したと聞く。
「それに南部が崩壊した時、東部に割く戦力がニンゲンにあったと思うか?それもトールを討てる戦力がだ」
食料と戦力の計算が狂い始めている。結果勝つにしてもこれは美しくない。ニンゲンの散り際は美しく飾らなければ。
「ラグナルスよ」
「はっ!」
「すぐに出陣するぞ。全てのスヴェイルに兵を乗せ要塞から出ているニンゲン共を殺して回るぞ」
「我が主の仰せのままに!」
クシフォスは手すりに掛けていた長剣を持ち上げ、腰に携える。
天幕を出て用意された翼竜型の魔族、スヴェイルに跨り空へ舞った。
魔王に続くように、一万頭のスヴェイルに跨った魔族の群が空へ飛び立ち、夜空を裂くように駆け始めた。
――それは突然だった。月光に陰りが見えた瞬間、上空からの火炎魔法の雨が降り始めた。
「全隊散開!上空からの強襲だ!」
どこかの中隊長の声が蒼夜の耳へ届く前に、近くに巨大な火玉が着弾した。
地面が揺れる錯覚と、確かに存在する熱を感じ蒼夜は地面に伏せる。
「うおおおおお!急に魔族来たぁぁあ!」
「やばい!めっちゃいるんだけど!」
一馬と楓が小銃を構え上空を狙いながら叫ぶ。そこには空を埋め付くほどのスヴェイルが飛び交い、よく見るとスヴェイルにはドロヴァが乗っている。
「小隊各位!適宜応戦しろ!」
東堂からの指示は単純明快だった。それに対し小隊の面々は、はい、と叫び銃を構える。
地上から打ち上がる銃弾の音と魔族の放つ魔法の攻撃が地面を揺らす音が戦場を埋め尽くす。
「來!近場のスヴェイルを撃ち落とせるか⁉」
「やってみる!」
陸に頼まれた來は手元のスナイパーライフルのスコープを覗き呼吸を整える。
蒼夜もまた小銃を上に構え、連射する。
また、近くに魔法が着弾し、土埃が舞い、木片が飛び散る。
「あっつ!陽斗!消火出来る?」
「可能だよ」
答えながら陽斗は魔力を伸ばし水を生成、そして消火する。
木片が炭化する音と重なり鋭い銃声が鳴る。
「よし!一体落としたよ!」
來がガッツポーズを取りながら上空を見る。
「よくやった!」
陸が声を上げ落下してくる魔族に斬り掛かる。
スヴェイルの群れが低空飛行でイチナナ小隊付近を飛び、口から炎をまき散らす。上に乗る魔族は転がるように着地し、体勢を整えた。
数にして二百体ほどか。
「蒼夜!行くぞおおおお!」
疲れとアドレナリンで少し様子のおかしい陸が叫びながら着地したドロヴァの群れに突撃する。
蒼夜もまた小銃を乱射しながら走り敵の視線を奪う。
東堂も少し遅れて走りながら指示を飛ばす。
「後衛組は魔法と銃で援護しろ! 陸と蒼夜と一馬は前線だ! 他部隊が態勢を整えるまで踏ん張るぞ!」
弾切れになった小銃を投げ捨て蒼夜は軍刀の柄に手をかけ疾走する。
数秒で間合いに入る距離。
蒼夜は魔力を薄く延ばし、正確な敵の位置を把握する。
地面を抉るように蹴り、ドロヴァの群れに飛び込む。
そして抜刀。
――紫石術式「漆閃抜刀・改」――。
ドロヴァは誰も蒼夜を視界に捉えられない。
魔力障壁を紙屑のように破り、研ぎ澄まされた白刃が横並びになっていたドロヴァの首を三個落とす。
最後の叫びも無く死んでいったドロヴァを見た他のドロヴァは、叫びながらその巨体を動かし大剣を振りかざす。
そこに陸の雷撃が着弾。
怯んだところに陸の斬撃が走る。
蒼夜も次の獲物を見付け、腰を回し腕を斬り落とし、回転を止めずに脇腹を切り裂く。
黒い血が地面に飛び散る前に次のドロヴァが襲い掛かる。
だが、その額は一発の銃弾により穴を開けられる。
來の射撃は相変わらず正確無比な技術だ。
蒼夜は軍刀を握り直し、右目を短く他の戦場へ向ける。
スヴェイルが各地を低空飛行し、ドロヴァを下しているのが見える。
だが、一頭のスヴェイルがまだ上空に残っているのが魔力探知に引っかかった。
「あれは偵察のスヴェイルか?」
悩む時間は無かった。
背後から魔族の気配。そして鋭い突きを放つ様が魔力探知を通して見えた。
蒼夜は素早く後ろを向き、迫る大剣の切っ先に軍刀を当て軌道をずらす。
そして一歩進みすれ違い様にドロヴァの首を斬り落とす。
「蒼夜さん!ちょっとヘルプー!」
一馬が重力魔法を片手で操りながら片手で近接戦闘をこなしている。
だが、敵が多く劣勢なのは見て取れる。
蒼夜は即座に跳び、甲高い音を鳴らす斬撃を一馬に斬り掛かるドロヴァの群れに放つ。
「助かりました!あざっす!」
「いえ」
礼を言われ短く答えた直後二つの魔力の揺れを感じた。
ほのかと陽斗の大規模魔法の予兆。
「一旦退きましょう!」
前衛組に声をかけ後方へ飛びのく。
直後、ドロヴァの群れの中心で激しい炎と巨大な水塊が交差し、急激な熱膨張を引き起こした。
ドロヴァたちが逃げ出す隙もなく、背後で天地を揺らす大爆発が巻き起こる。
凄まじい水蒸気爆発。爆風と超高熱の蒸気に晒されたドロヴァたちが次々と吹き飛ばされていく。
「相変わらず恐ろしい技だぜ」
陸が隣で独り言を零す。蒼夜は静かに同意し、焼け死なないかったドロヴァの殲滅に向かった。




