狂人たち
あの日は激しい豪雨だった。作戦域から少し外れた瓦礫の合間で蒼夜は人間と対峙していた。
「おめぇその年齢で正規軍なのか?」
相手は蒼夜の倍は歳を取っているであろう兵士だった。いや、正確には兵士などではない。懲罰部隊の使い捨ての駒なのだから。
「そうだ」
「ふん、俺らは腐った残飯を喰ってるってのにお前ら少年兵は美味い飯食ってるんだろうなぁ!」
顔色の悪い懲罰兵はまともな飯を与えられていないのだろう。
「その腹いせに仲間を斬ったのか?」
「あ?ちげーよ。敵が全滅しちまったけど、俺らはまだ斬りてぇんだよ」
こいつらは本当に人間なのだろうか。そんな疑問が蒼夜の心を支配する。
「お前も兵士なら分かるだろう?肉を斬る感触。死に際の相手のアホ面。それが俺らの栄養だろう!」
「何を言ってるんだ……」
「は?お前もこっち側だと思ったんだけどなァ。その目は殺しを楽しんでるだろ」
横には賢治がいて、同じく目の前の不気味な兵士に刃を向けている。他は全員こいつらに殺された。背後から斬られ、抵抗する間もなくだ。
「俺は楽しんでいない。生き残るために戦ってるだけだ」
「ほーん、そうかよ」
興味なさげに言われ蒼夜は少しムっとする。
「まあ、いいや。そのうちお前もこっちに来るさ。さぁ殺し合おうぜ」
そこから先は思い出したくもない事だった。
――東部陣地に到着した蒼夜達の前には一際豪華な甲冑を着た魔族の死体が転がっている。
「懲罰部隊?」
陸は蒼夜の言葉を反芻する。陸だけでなく、東堂や周囲の連中も聞き慣れぬ部隊名に耳を澄ませている。
「狂った犯罪者の集まりです。以前奴らと斬り合いました。とんでもない化け物たちですよ」
「そんなもんいたのかよ、東京防衛軍には」
陸は少し呆れたような口調で、だが、その目は明らかに警戒を帯びている。
「まさかこいつらが、東部陣地を破壊したのか?」
「周囲に転がっている死体の山を見る限り、交戦したのは間違いありません」
蒼夜は構えた小銃のセレクターを『タ』にスライドし、スコープ越しに懲罰部隊の生き残りを狙い少しづつ近づく。
「おい、お前ら懲罰部隊だな?」
声の届く範囲に入った蒼夜は声を上げ懲罰部隊の隊員の意識を集める。
「あ?やっと正規軍様のご到着かよ」
「もうここらの魔族を殺し尽くしちまったよ」
「まだ斬り足りねーよ」
五人の懲罰部隊が玩具にしていた死体から顔を上げ蒼夜を見る。
「元は何人いた?」
蒼夜は誰にとはなく問いかける。答えたのは先頭の懲罰兵だった。
「三千だ。まあ生き残ったのは俺らとその辺で欠損部位を探してるアホどもだけだな」
銃を構えたまま軽く周囲を見渡し、魔力探知もかけた蒼夜は数十の反応を確認した。
「ほぼ全滅状態だな。そこに転がってるのは誰の死体だ?」
「ああー、なんだっけ。お前覚えてる?」
先頭の懲罰兵は頭を搔きながら横にいる懲罰兵に聞く。
「トールじゃなかったか?我は魔将軍トールって、はは!まじウケるわ」
片腕を斬り落とされのだろう。答えた懲罰兵は左腕の肘の下から血を流し顔色が土色になっている。
生死なんて後回しで殺しを楽しむ奴ららしい顔色だ。
先頭の懲罰兵が『そうだった、トールね』と言いながら笑う。
「俺らのお陰でお前らは死なずに済んだんだ。ご褒美くれよ」
「褒美だと?」
「ああ、斬り合うスリルってやつだ!」
舌も乾かぬ間に懲罰兵は刀一本で斬り掛かって来た。
蒼夜は冷静に小銃のトリガーを引き、脳天を狙う。
「おっとー」
だが、懲罰兵は正確に狙った弾丸をいとも容易く避け、肉薄する。
「蒼夜ああ!下がれ!!」
東堂の悲鳴のような指示が後方から飛ぶ。だが、その指示に従う余裕が無かった。
懲罰兵は振り上げた刀を躊躇なく蒼夜に振り下ろす。本能的に右に避けるが、斬撃の風圧が頬を掠める。
斬撃は地面を叩き、土煙を高く吹き上げる。
「狂人どもが」
蒼夜は舌打ちし、次の動作を見る。
だが、予備動作なしで鋭い突きが音を上げて蒼夜の首を狙う。
全く躊躇のない殺意の塊に蒼夜は過去の記憶を呼び起こす。
お前もこっち側だろ、と。
「蒼夜君、伏せて!」
來の声が聞こえた瞬間、蒼夜は後方へ跳び転がる。
次の瞬間、火薬の破裂する音が響く。
正確に懲罰兵の額へ向かう弾丸。
だが、彼はそれを難なく避ける。
「良い射撃の腕だなァ!その肉切らせてくれよォ!」
「怖ッ!あの人達怖い!」
來が心底嫌そうな顔を浮かべ、再びスコープを覗く。
「全隊即時戦闘態勢!柊三曹を守れ!」
北川の怒声が夜空に広がる。それに呼応するように第十四遊撃旅団と偵察大隊が銃を構え懲罰兵達を狙う。
動くな、手を上げろ、味方を攻撃するな、など声を掛けるが懲罰兵達は笑って刀を振り回す。
「はは!久しぶりのシャバだ!まだまだ暴れるぞ!」
「おっと、こいつらちゃんと強い正規軍様だなぁ!」
懲罰兵の誰かが結界を張り、弾丸を防ぎながら旅団本隊に接近する。
「蒼夜!まだ生きてるか⁉」
「…はい」
蒼夜は眼前の懲罰兵を前に軍刀を抜き、構える。
「俺ぁまだまだ斬りてーんだよ。お前も殺してェんだろう?」
「何を言ってるんだ狂った野郎が」
体を揺らし剣先を蒼夜に向けた懲罰兵は笑いながら言う。
「その目、殺しが楽しんだろう?でも人を殺せねーから魔族を殺す。お前もこっち側だ」
「違う。生き残るために……」
生き残ってどうする?この戦いでクシフォスを倒しそれから?蒼夜の問いは誰に答えられるのか。
「お前の人生だ、勝手に正義ぶってろよ」
「黙れ狂人」
「狂人ねー。お前も狂えよ!ははは!」
賢治の横で初めて人を殺したのを思い出す。とても嫌な気分だった。
懲罰兵の刃が音も無く、右腕へ迫る。
右面の端でそれを確認し、素早く軍刀で防ぐ。
キンッ!と音を鳴らし、刃が交わる。
「片目にしては動体視力は申し分ねーな」
「顔色悪い割には動きが速い」
懲罰兵の歳は分からないが相当な修羅場を潜ってきたのだろう。動きに迷いがない。左右上下の空間を巧みに使い蒼夜に攻撃の隙を与えない。
じりじりと本隊から距離を取らされ、本隊の方では戦闘の気配がする。
「さあて、どこから斬ってやろうかな」
下卑た笑みを浮かべる懲罰兵に蒼夜は軽い戦慄を覚えた。これが人の顔かと。
俺もこんな顔をしているのだろうか。
そう一瞬思考が迷った瞬間、懲罰兵の動きはさらに加速した。
片目では距離感が測れないことを察知した理性的な突き。
蒼夜は咄嗟に避けるが、その突きは途中で軌道を変え、腹部を掠る。
「ぐッ」
掠っただけだが、焼けるような痛みだ。赤い鮮血が地面に広がる。
距離を取るが、同じだけ懲罰兵が詰めて来る。
「逃げんなよぉ。楽しもうぜぇ」
笑いながら刀を振り回しながら迫る懲罰兵に対し、蒼夜は意を決し、軍刀を手放し腕と胸倉を背負い投げた。
「おっとっと」
背中から地面に叩きつけられた懲罰兵は痛みを感じないかのようにカウンター狙い刀を蒼夜に突き上げる。
だが、腰からナイフを抜いた蒼夜に腕を斬られ、肘から下が落ちた。
「おお、やるねぇ坊主」
落ちた腕に一瞥もくれず、懲罰兵はその死者のような目を蒼夜に向ける。そして笑い言った。
「どうせなら首を落とせよ。人殺しは初めてじゃないんだろう?」
以前、斬り合った懲罰部隊を思い出す。雨の中激しく斬り合い、殺した相手。
手に蘇るのは不快感だけだった。
「俺が殺すのは魔族だけだ」
「なんのためだよ」
「……」
答えられなかった。生き残るためなのか、復讐のためなのか。賢治と共に入隊し、それからただ戦う日々だった。
「答えられねぇならもう答え出てるだろ。お前もこっち側の人間ってことさ」
「違う」
「違わねーよ。戦いの高揚感が忘れられない狂戦士だよおめぇは」
「違う。俺は……」
何が違うのか分からないがただ、否定したかった。
「ほらその目。まるで俺の鏡写しだぜ。へへッ」
ナイフの切っ先を懲罰兵の首に当てながら蒼夜の鼓動が早くなる。
このまま殺せば俺も同じに堕ちるのか。
呼吸が荒くなる。
「黙れよ」
「黙らねーよ。狂人の後輩に自分を解き放たせるんだよ」
気付けば、暴れていた他の罪人たちは旅団本隊に制圧され、残った懲罰兵は彼だけだった。
周辺は戦場の喧騒を忘れたような静けさだ。夜空の下に狂人の言葉が木霊する。
「俺を殺して狂え、ガキ」
「俺は……」
ナイフを握る手に力を込め喉に押し当てる。細い血の筋が懲罰兵の首を伝う。
このまま深く刺せば敵は絶命する。復讐の果ての自分を殺すような感覚だ。早鐘のように鳴る心臓が痛い。
だが、その手は仲間の手で止められた。
「蒼夜、こっちを見ろ」
東堂だった。大人の手で蒼夜の手を握っている。
「お前は軍人だ。だが、狂ってなんかない。夢を抱ける心が残っているんだから」
「東堂さん、俺はまだ夢なんてもの……」
「大丈夫だ」
そう言って蒼夜の頭に手を置く。暖かい手だった。
「桧垣一佐の夢を引き継いだんだろ」
「人の夢です」
「それで良いんだ。これから自分の夢を持てばいい。そのために仲間がいて、俺がいる」
その目はひどく優しいものだった。かつての仲間と同じ。
「そのナイフはしまえ」
「はい」
蒼夜は素直にナイフを持つ手の力を緩め、腰の鞘に納める。
東堂は頷き、自分のホルスターから拳銃を取り出しスライダーを引く。
「うちの将来ある少年にいらぬことを吹き込むなクソ野郎」
「はん、保護者登場かよ」
懲罰兵の最後の言葉だった。




