罪人
南部陣地の惨状を見たクシフォス軍の東軍将軍であるトールは、即座に援軍の出陣を決定した。
「おい、ドロヴァの長よ。早急に我が軍からいくつかの部隊を連れて友軍の援護に行け」
トールの野太い声は、隣に控えていたクシフォス軍ドロヴァ族の長ロキアへ向けられたものだった。
「了解しました、トール様。東部陣地の防衛は?」
「そこは問題ない。ニンゲンの軍はほぼ総出で出撃している。あそこを叩けばこの戦は終わる。クシフォス様が出るまでもないぞ」
「聡明なる魔将軍様であられるトール様の仰せのままに」
「戦神ラースのご加護があらんことを」
短い指示を受け、ロキアは踵を返して本陣の天幕を出る。
「ニンゲンどもの最後の抵抗も、ここで終わりだ」
トールの勝利を確信した言葉は長くは続かなかった。
足早に天幕へ駆け寄ってくる魔族の足音が響いてくる。転がり込むように入ってきたのは、ドロヴァの斥候隊長だった。
「トール様!大変です!ニンゲンの援軍が東部より侵攻して来ます!」
「何ッ!情報では援軍など来るはずもない!」
「ですが、実際にはもうすでに東部陣地の外郭まで敵が迫ってきております!」
「数は?」
「約三千ほどです!」
「三千……」
東部陣地に残した魔族の兵力は五千。ミノスとオグの混成部隊だ。対処に問題はないはずだった。
「全兵力をもって迎撃するぞ。我も出る」
一体どこから湧いて出た軍勢なのか見当もつかないが、蹴散らすまでのこと。
トールは己の大剣を持ち上げ、天幕を出た。
「これは……、何だ?」
だがそこに広がっていたのは、燃え盛る炎と魔族の黒い血液が一面を埋め尽くす凄惨な戦場だった。
陣地を構築していた柵はことごとく破砕され、そこかしこに異形のミノスと巨人のオグが原型を留めぬほど叩き潰されて倒れ伏している。
転がるニンゲンの死体もあるが、これまで交戦してきた正規軍の装備とは明らかに異なる異様な姿だった。
「正規軍ではない……?」
いまだ交戦している音がそこかしこで鳴り響いている。いずれも人と魔族の悲鳴が入り乱れたものだ。
「お?おめぇここのトップだな?」
前線の魔族を突破してきたのであろうニンゲンの兵士が数人、こちらへ歩みを進めてくる。いずれも真っ黒な装いに身を包み、ニンゲンがいつも持っている銃と呼ばれる武器の代わりに刀だけを持っている。より軽装だ。
「我はクシフォス軍第二将トールだ。お前らは何なんだ?」
トールが静かに問いかけると、先頭の一人がヘラヘラと歪んだ笑みを浮かべ、抜刀しながら間合いを詰めてくる。
「名なんてねぇよ。一括りで『懲罰部隊』としか呼ばれてねぇからな」
「ほう、ニンゲンの罪人か……」
「憲兵どもが総出で俺達を見張ってるからな。サクっと仕事させてもらうわ。ったくウゼェ奴らだぜ」
異様なニンゲンの兵士にトールは圧倒的魔力を解き放ち大剣を持ち上げる。
「来い、罪人ども」
罪人たちは薄く嗤った。
――ミノスの斬撃は鋭く、重い。そして魔力の反応もない。ただ異形な物理的存在だ。
「くそ!蒼夜!一体こっちに来る!」
「一人一体で行きますか!」
「ああ!それは名案だ!」
それ以外の選択肢がないことを蒼夜と陸は分かっていた。
「じゃあこいつは任せたぞ!」
「はい」
陸が離脱し、奮起した兵士達の戦線を突破したミノスに斬り掛かる。
背後で白刃が迫るのを感じ、蒼夜は横に飛びのく。
「そぉおやぁあ」
ミノスの四つの目はすべて蒼夜を見ている。
「お前を倒せなきゃ、クシフォスに挑めないよな」
蒼夜は小さく独白し、軍刀を構える。魔力を溜め、タイミングを伺う。
ミノスは二本の腕を伸ばし間合いを取り、残る二本の腕を防衛に当てている。
これを突破するには一振りの刀で四本分の剣の動きをするか。いや、高速で動けばその分、隻眼の弱点が如実に表れる。
だが。
「そぉやああああ!ここでしぃねえぇ!」
二本の斬撃が蒼夜の頭頂部目掛けて振り下ろされる。
速く、そして重い。
空気の振動と澄み渡る刃の音。
蒼夜の魔力探知には引っかからないが、右目が確実にその軌界を捉える。
溜め込まれた魔力が、蒼夜の全身から木漏れ日のように溢れ出した。
夜月の明かりすら置き去りにする爆発的な加速を見せ、ミノスの視界に残像を残す。
――紫石術式、幽歩閃――。
一瞬の静寂がミノスの耳に残る。
足元には加速の衝撃が地表を穿ち、土煙が舞い上がる。
蒼夜の右目がミノスの背後を鋭く睨みつける。
そして、一閃。
二つの首が同時に宙を舞い、豪快に血飛沫が夜を割った。
「あがぁぁああぁぐぁ」
不気味な絶鳴を周囲に撒き散らしミノスはのたうち回る。
肩で息をしながら蒼夜はその様を凝視する。
「はぁはぁ」
一時的な魔力の枯渇を感じながら軍刀を握り直す。
ミノスは数秒の内に絶命した。
陸と戦うミノスも雷撃で焦げた肌を晒し斬り合っているが、閃光のような斬撃を喰らい力なく崩れ落ちた。
「はあはあ、一人一体作戦成功だな」
へへと笑いながら陸は蒼夜を見る。
眼帯越しでもそれが伝わり蒼夜は少し口角を上げる。
地獄でも彼は笑うんだな。
やはりかつての戦友と同じだ。
「陸さんは死なないで下さいよ」
陸は思わぬ言葉に一瞬困った表情を浮かべるが、軍刀を血振りしながら答える。
「俺はまだ死なねぇよ。お前も死ぬなよ。クシフォスを殺した後も」
クシフォスを殺すことだけを目的に生きた蒼夜は答えることがまだ出来なかった。
「敵の増援が来ています。迎撃に向かいましょう」
「……おう」
戦場は未だ燃えている。その奥からドロヴァの一団が敵の東部陣地から迫り来る様が見える。
その時耳の付けたインカムが震えた。
『東部から敵援軍が約一万ほど迫って来ている。南部陣地の掃討はまだ完了していないが、このまま迎撃戦に挑む』
撤退の文字はこの軍にはない。ただ目の前の敵を殺し続けることが生還に繋がることを全員が覚悟している。
『第十四遊撃旅団及び第一師団の特務大隊は先行して東部本陣へ進撃しろ』
こちらの戦死者数は不明だが、どうやら残存兵力で対応可能と見たのだろう。先行部隊としてさらなる援軍を送らせないつもりか。
戦場を見渡せばまだ交戦中の箇所はあるが、他の連隊に任せ蒼夜達は進軍してくる援軍の脇を疾走する。
南部陣地から東部陣地まで約二キロ。輸送車なしで走る。
「援軍はドロヴァだけってことは東部にはミノスとかオグとかいそうだな!」
横を走る陸が直観で予測する。それに來が答える。
「そうかも。オグ相手だとロケランとか持って来た方が良かったね」
「いやいや、あんな重いもの持って走れないよ!」
楓が後方から正論でツッコむ。この広い戦場では身軽さもまた戦略なのだ。
「おい陽斗!水~」
「ああ、良いとも。ほら口を開けたまえ」
さらに後方では一馬が陽斗に水魔法で水分補給をさせている。
「黙って走れお前ら。今夜の戦いは長いぞ!」
東堂の声で少し緩んだ空気が引き締まる。生きるか死ぬか、今夜の戦闘で決まる。
『おい、ガキどもうるさいぞ!三百メートル横をドロヴァの一団が走ってること忘れるなー』
小田一尉からも緩い注意を受ける。
蒼夜は前に目を向け、東部陣地を観察する。
ここからでも焼け落ちた陣地が見える。だが、やけに静かだ。
「東堂さん、妙です」
「ああ、静かすぎるな」
東堂は短く同意した。
「砲撃で残った魔族全滅したのかしら」
美月が楽観的で希望的観測を述べる。ありえないことは彼女自身も分かってるだろうが。
東部陣地の百メートル手前で北川の停止指示が飛ぶ。
『全隊停止!』
約三千五百の足音が一斉に止まる。特務大隊も停止する。
平原の僅かな起伏に身を隠す。
「おい、あれ、人影じゃないか?」
「まさか。俺達よりも先に先行した部隊がいたのか?」
風に乗って誰かの声が耳に届く。蒼夜は目を凝らし人影を探す。
「蒼夜。人影見えるか?」
「今のところは見えないですね」
「だよな」
だが、來は見つけたらしい。
「あそこ!確かに人がいる!」
狙撃銃のスコープを覗いた來が静かに叫ぶ。粉塵が舞う中、どうやら人影を捉えたらしい。
來が指差す先を、蒼夜もじっと凝視する。
魔族も人も見えないが魔力探知で何人かの反応が視えた。
「誰かいるのは確実ですが、明らかに少ないです」
「まさか本陣も移動した後だったか?」
蒼夜の言葉に東堂は慌てたように答える。
『全隊前進再開。警戒は解くな』
北川の前進再開の指示で蒼夜達はゆっくりと進み始める。
小銃を前方へ構えながら一歩一歩足を前に運ぶ。
数分後、蒼夜達の目の前には煤焼けた敵陣地とそこに転がる夥しい数の魔族の死体が広がっていた。
だが、蒼夜の右目は一点に注がれている。その先には返り血を浴びた人間の剣士が数人、抜き身の軍刀で魔族の死体を刻んでいた。
「誰だあいつら」
陸は困惑の声を上げる。他の小隊も面々も一様に同じだ。
だが、蒼夜は一度見たことがあった。悪夢の部隊。
「あれは、懲罰部隊です」
蒼夜の目は軽蔑を浮かべ、小銃を握る手が少し揺れていた。




