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東京ファンタジー  作者: 亜空
川越奪還編
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43/69

上層部の決断

 來は土が抉れた地面に転がる蒼夜と陸を心配気に見下ろす。


「大丈夫かい?二人とも」


 喘鳴を上げ陸が答える。


「ぜえぜえ、ああ、大丈夫。蒼夜は?」


 足元の方を見ながら陸が聞く。


「はあはあ、自分も大丈夫です」


 蒼夜は腹部の傷の痛みを少し感じながら答える。

 

「俺の目は斬れなかったな、はは」

「陸さんはまだ最前線にいるべき人じゃないですか」

「それはお前もだろ。背後から斬り込んだのに完全に防がれたし」


 蒼夜はその瞬間のことを思い出していた。

 魔力検知が深化したような感覚。虚無の領とは別の視界だった。


「魔力探知が異常に鋭くなった気がしました」

「なるほどなっ」


 体を起こした陸と、側にいた來が蒼夜の隣に座り込む。小田も歩み寄ってきていた。


「二人とも一応軍規で私闘は禁止なんだけどな」

「あー……すみません」


 陸が若干気まずそうに謝るが小田は気にした風も無く、笑って流す。


「まあそんなことはどうでも良いんだよ。蒼夜、リベンジマッチ行くぞ。次は俺と東堂、矢野と一緒だ」


 正式な命令として次は勝つぞ、と暗に蒼夜に伝えた小田は折れた木刀を拾い上げ眺める。


「太刀筋はクシフォスに引けを取っていなかった。差があったのは剣技じゃない。魔力の使い方と強度だ」


 蒼夜は座り黙って小田を見上げる。


「次やる時は連携してやるぞ。明日には各個撃滅作戦を開始する。ゆっくり休め」


 小田は静かに蒼夜達を見渡し、最後に口を開く。


「この作戦の成否はお前たちの力量にも掛かっている。死なない程度にしっかりやれよ」


 じゃあな、と言い小田はどこかに向かっていった。おそらく旅団本部だろう。

 残された蒼夜達は顔を合わせて少し笑い合った。


「はは!今冷静になったら俺達問題児過ぎるな」

「そうだよー。二人とも軍規違反はほどほどにね!蒼夜君はもう二回も命令違反してるんだし」

「それは……はい、気を付けます」


 激突した陸はまだ言葉を探すような表情を浮かべるが、蒼夜が考え込んでいる様を見て口を閉じる。


「そう言えば、小田一尉が言ってた各個撃滅作戦って何だろう?」

「あー、そう言えば言ってたな。まあ籠城戦は下策中の下策だからな。こっちから討って出ようって訳だろ」


 補給もなく、限られた物資の中で戦い抜くには短期決戦しかない。

 戦力が二倍に達する敵軍を倒すための策が上層部にはあるらしい。


「とりあえず明日からは忙しそうだな」

「うん、がんばろう」


 陸と來の会話を聞きながら蒼夜は思考の海に沈んでいた。

 復讐と夢の違いについて。


 ――同刻、東京保護区。統合司令庁舎の会議室には数人の将官が宮内陸将から届いた作戦概要について話し合っていた。


「オペレーション『クロスファイア』か。反転攻勢の各個撃破。この作戦の成功率はどの程度だと考える?」


  統合幕僚長を務める栗原《くりはら》陸将の言葉に、統合幕僚監部の幹部が勢揃いし作戦の可否を熟考する。

 最初に口を開いたのは運用部長を務める枝野《えだの》陸将補だった。


「正直、航空支援もなしにこの作戦を成功させるのは至難の業でしょう。ふじみ野基地の遠距離砲支援があった所でそれは変わらない。かと言って小原総理の命令で空軍を動かせない以上、現地としてはこれ以外の選択肢がないのも確かです」


 枝野の言葉に栗原はその岩のような顔を顰(しか)める。


「予想される戦死者は二万五千以上。川越前線基地を放棄して撤退に全力を注いだ方が、今後の戦力維持の観点でマシだと考えます」


 統合幕僚副長の不知火《しらぬい》陸将は撤退を主張する。戦争は川越基地を奪還した後も続く。戦い抜くには予想される二万五千の戦死者は多すぎるのだ。


「不知火、お前の考えも分かる。だが、内閣総理大臣である豚野郎の命令はさすがに無視できない。現場の兵士達を信じる他ないだろう」

「栗原さん、宮内陸将から援軍の要請がありますが、どうされますか?」


 最前線の戦場からの援軍要請。統合幕僚監部としても送りたいが、最高指揮権を持つ小原総理が『戦力保持』という名目で前線への増援を禁止している。前回の立川防衛戦で独断で援軍を送った渡辺陸将補が酷烈な叱責を浴びせられた話は有名だ。


「俺の首をかける覚悟はある。だがな、そもそもこの無謀な川越奪還作戦自体、立川で援軍を送って豚野郎の機嫌を損ねた腹いせに押し付けられた無理難題だ。ここでまた命令を破ってさらに無茶な指示を飛ばされたら、現場がそれこそ全滅する」

「かと言って、全軍二十六万人の一割に迫る戦死者を出してまで、あの男の不条理な命令を果たすべきでしょうか?」


 栗原と不知火の視線が重なる。巨大な組織を背負う彼らの決断は、この東京保護区全体の運命を左右する。

 時計の針の音だけが響く。


「大々的な援軍は無理だが、バレなければいいよな?」

「と、言いますと?」


 栗原が意味深な目で会議室内の将官の顔を見渡す。


「あいつらを出そう」

「まさか、アレを出すんですか?」


 不知火が驚きの声を上げ、枝野も目を見開く。

 

「名簿上、存在しない懲罰部隊なら動かしても記録には残りませんが……あまりにもリスクが高すぎませんか?」

「反抗してくるということか?」

「はい、奴らは本来死刑または禁錮刑の人間です。そんな危険な思想を持ち個人の戦闘力は前線の兵士を圧倒するような奴らですよ?」


 懲罰部隊。民間にはもちろん、政府にも軍内部でも存在が秘匿された化け物の集団。

 命令通りに動くとは思えないが、この現状打破の起爆剤として使えると栗原は考えていた。

 

「憲兵総出で監視し、戦わせろ」


 こうして統合幕僚監部の意思は決定した。


 ――川越前線基地。夕日が沈みゆく紅い空を見上げ蒼夜は静かに愛刀を研いでいた。

 手に持つ復讐の道具が今までよりも少し重い。

 医療用の眼帯を付けた左目は未だ痛むが心に迫り来る感情の方が気になる。


「小田一尉が言ってたクシフォスの剣の技量はやっぱりとても高いと思うんだよね」


 隣で來と楓が話している。周囲にはイチナナ小隊の全員が集合しているが、各々が好きなことをしている。


「外部カメラの映像越しでも分かるくらいには動きが速いのよね。確かリベンジマッチは東堂兄さんと蒼夜君、小田一尉と矢野二尉なんでしょ?勝てそうだけどね」

「そう信じているけど、あれがクシフォスの本気ではなかったと思う。クラトシアと同格とはとても思えないんだよ」

「それはまあ、そうね。立川で戦った魔王は正直奇跡的にものだしねぇ」

「今回も奇跡が起きるのか……、それに七万の大軍相手にどうやって生き残るのか、正直見当もつかないよ僕は」


 配給された戦闘食料を分けながら食べている二人は戦局について話しているようだ。

 蒼夜は反対横でもぐもぐと食べている美月の顔をちらりと見る。七夕の短冊を吊るした笹の下に行儀よく座り無言で食べている。

 天幕の中で食べていないのは少しでもキャンプ感を出そうという工夫らしい。言い出したのは陸だ。


「ところで蒼夜君はご飯食べないの?」


 來が軍刀を研ぐ蒼夜を見て声をかける。


「保存できないものは食べましたよ」

「残りは取っておくのかい?もしかして食いしん坊かな?」

「いつ何が起こるか分かりませんからね」

「な、なるほど」


 明日の攻勢が成功するとは限らないし、配給が途切れる前に決着が着くとは限らない。


「蒼夜君は籠城戦の経験はあるの?」


 楓が蒼夜に聞く。


「この基地を建設する工兵を護衛する任務の時、四万ほどの軍勢に囲まれました。一応その時は第二師団総出で戦ったので一週間ほどで終わりましたが」


 一年と少し前にあった作戦を思い出し蒼夜は眉を顰める。


「人は飲み食い出来ないと三日から一週間で死にます。あの時は餓死者の方が戦死者より多かったです」

「餓死者か。戦わずに死ぬなんて無念だったろうね」


 來は自分に置き換えて考えて身震いをする。戦死することは受け入れていても、餓死は避けたいと。

 楓も近くで聞いていた美月も同じ思いを抱いていた。


「基本アークウォールの周辺で戦うから籠城戦なんてしないから想像が出来ないな」


 美月が会話に加わり言った言葉に楓も同意する。


「ここは一応飛び地みたいなもんだからね」

「補給が来ない恐怖を実感してるわ」

「僕は餓死より戦って死にたいな」

「何言ってるのよ。終戦まで生き残るのよ!」


 楓が拳を握り宣言する。蒼夜はただそれを眺めているだけだった。

 クシフォスを倒した後、俺は何を目的に戦うのだろうか。

 手に持つ軍刀の重みを感じながら、蒼夜はふと、束の間の休暇に過ごした如月家との買い物や、あの温かな日常の情景を思い浮かべていた。

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