本音
「柊三曹が目覚めたそうです」
「そうか。状態は?」
「メンタル面はともかく、左目は完全にダメですね」
小田は蒼夜の状態を報告するため、北川のいる旅団本部の天幕まで来ていた。
タバコの煙が充満する天幕には今、北川、小田そして矢野と他中隊の隊長達が揃っていた。
「とりあえず許可なく抜刀するなと言っておいたのですが、理由があって抜刀した際は見逃すつもりなので、北川さんもそれとなく見逃して下さい」
「分かった。まあちょっとした謹慎処分としては妥当だろうな」
北川は小田の下した処分について軽く触れた後、机に置かれた川越周辺の地図に目を落とす。
「目下最大の問題は補給の断絶と戦力差だ」
何度も話し合った内容を総括するように言う。
「宮内陸将は北部と西部の敵を一旦無視し、南の敵を撃破、次に東の敵を撃破する各個撃破作戦を立案している」
四方を囲まれた今、防衛は出来ても食料が無い限り先細りは避けられない。そこで侵攻軍の総大将を務める宮内は各個撃破で敵戦力を削るつもりでいた。
「そこで我が旅団はクシフォスの介入を防ぐため、討伐隊に抜擢された。主に第一中隊の小田と東堂、柊、そして第四中隊の矢野だ。この四人を軸にクシフォス討伐を行う」
息を飲む音が数か所から鳴る。
ここにいる中隊長は前回の立川防衛戦を生き抜き、アルグス達の脅威を目の前で見た軍人たちだ。予想される悲劇に自然と拳を握りしめる。
「今回は俺も前線に立つ。いざと言う時の指揮譲渡は序列的に管理中隊の榎本中隊長に任せる。頼んだぞ」
「了解しました。ですが、うちの警備小隊があなたを守り抜きます」
横に控えていた榎本三佐が地を揺らしそうな低い声で答える。覚悟を持って守ります、と。
「いや、最優先で守るべきは柊三曹だ。そしてイチナナ小隊のガキども。この旅団が全滅しても彼らは誰も死なせるな」
「はい」
天幕内の大人たちは死を覚悟して返事する。最悪全滅するこの戦局で誰が生き残るのか誰にも分からない。
「命の優先順位を間違えるなよ」
北川はここを墓場と決めた顔を浮かべていた。
――午後、蒼夜と陸、そして來は小隊の天幕から離れ、基地内の木陰に並んで座っていた。
「暑いなー」
「暑いねー」
陸と來がうだる太陽光に文句を言う。戦闘服のボタンを一個外し、首元を扇ぐ。
「まだ七月前半なのにこの暑さかよ」
「全くだね」
「蒼夜は汗かかないな」
「魔力を体内に流して冷やしてます」
「え、そんなこと出来るの⁉」
蒼夜の言葉に驚愕する來。
「蒼夜は剣技は一流、魔力操作は超一流だな」
「もう剣は振れないですがね」
「は?どういう事だ?」
陸は語気を強めて蒼夜を睨む。
「片目を無くした剣士に価値はないでしょう。小銃の練習をしないとですね」
自虐的な笑いを浮かべる蒼夜の首元を陸が力強く掴む。
「あんなに復讐に燃えていたお前は何だったんだ!死ぬ気はなかったらしいけど、生き残る気もねーだろお前!」
夢の中の賢治と目の前の陸の目が重なる。本気の感情を孕んだその眼力に蒼夜は無意識に本音を返してしまった。
「仲間の仇を討つのがそんなに悪いのですか⁉命を懸けて戦ったあいつらの為に命を懸けるのは間違っていますか⁉」
「間違ってるだろ!お前の戦友はお前の戦死を望んでいたのか⁉」
陸の言葉が賢治の最期の言葉を思い出させる。幸せになれと。
でも幸せなんて描けない。だから将来なんていらない。
「全ての望みが叶う訳ないでしょう!今は戦時ですよ!順番に死んでいくんですよ!」
「だったら死ぬその日まで夢を追いかけろよ!」
「夢がないから仲間の背中を追いかけるんですよ!」
二人の舌戦を來は静かに聞いていた。陸が斬り込んだ蒼夜の本音に何て声を掛けたらいいか考えている。
蒼夜はもう将来を捨てているのだ。
少年兵たちの喧嘩を周囲の大人たちが息を飲んで見守っている。
「俺の目を斬れ!お前と同じ隻眼で俺は最後まで生き残ってやるよ!斬りたくねーって言うなら俺と戦え!」
「真剣で、ですか?」
「当たり前だろ!やるぞ!」
陸は蒼夜から三歩分距離を開けて己の愛刀の柄に手をかける。
「蒼夜、抜け」
「軍内部での私闘は軍規違反ですよ」
「単独出撃したお前がそれを言うか?」
「それも、そうですね」
今朝、小田に言われた抜刀禁止の指示を早速破ることになるな、そう考えながら柄に手を掛ける。
周囲が固唾を飲んでいる気配を感じる。
夏の風が二人の間を通る。
そこに突然大人の声が掛けられた。
「待てお前ら。やるならこれでやれ」
小田だった。どこからか持って来た木刀を持って近付いて来る。
「小田一尉……」
少しほっとした表情の來が小田から木刀を受け取り、蒼夜と陸に渡す。
「二人とも、これでやってね」
「ああ、ありがとな」
「……」
睨み合いながら木刀を受け取り二人はお互いの顔に切っ先を向ける。
「片目だろうと、本気で行くぞ蒼夜ぁああ!」
陸の咆哮が合図だった。
空気を揺らし迫り来る木刀を右目で見上げる。
距離感が分からない。
蒼夜は咄嗟に木刀を頭の上で横にし防ぐ。
陸はすぐさま蒼夜の左側面に足を向け飛ぶ。視界から陸が消えた。
「こっちは見えねーよな!」
「チッ」
舌打ちを零しながら木刀を無造作に左に振る。
木刀同士がぶつかり、甲高い音が響く。
左を向くと重なる木刀の先で陸が蒼夜を睨んでいる。
「お前の剣はそんな雑じゃねーだろ!本気で来いよ!」
「……本気ですよッ!」
「だったら俺の目を斬るつもりで来い!」
安い挑発だ。そう切り捨てることは出来るかもしれない。だが、今の剣士としての目を失った蒼夜は、冷静な判断は出来ていない。
感情に乗せられた魔力が蒼夜の全身を覆う。
木陰に立ち上る闇の魔力。
「ふう」
息を吐き、集中する。
力の押し合いをしている二振りの木刀が軋む音を発する。
陸の目も色を失ったように集中する。
ここ数カ月、何度も打ち合った二人は初めての領域を予感する。
蒼夜は木刀を滑らせて距離を詰める。
陸はそれに呼応するように足を後ろに引く。
その間に二人は木刀を振り、激しく斬り合い汗が飛び散る。
左目に巻かれた包帯は徐々に落ち始める。
突然の陸の魔力が爆発し、電撃の余波が蒼夜の頬を掠める。
陸は大きく一歩引き、木刀を顔の横で水平に持ち、切っ先を蒼夜の顔面に向ける。
「これしきで死んでくれるなよ!蒼夜ァァァア!」
――紫石術式「紫電一突」――。
紫の閃光が走る。
陸が踏み込む音が、蒼夜の耳に届く前に、木刀の先端が轟音と共に蒼夜の額に迫る。
「はやっ!」
戦士の勘で蒼夜は木刀を横に振り、突きをいなしながら横に身を投げる。
避けられた陸は土を抉るほど足を喰い込ませ止まり蒼夜の視覚から追撃を狙う。
態勢を整えようとする蒼夜の背中に上段からの斬撃。
先ほどの突きで発した魔力の残滓が陸の木刀に残っている。
背後からの斬撃の気配。
蒼夜は魔力検知の精度を一気に引き上げた。
陸が検知できないほどの薄い魔力の霧を通して、背後の陸の輪郭が蒼夜の脳に浮かび上がる。
これまでの魔力検知より深い、まるで全方位に視野があるような感覚に陥る。
陸の斬撃が背中に迫りくる。蒼夜は木刀を静かに背後に持って行き、背中を狙う木刀を弾く。
「はあ⁉」
陸の驚嘆の声が耳朶を打つ。
蒼夜は身を翻し、陸の正面で木刀を構える。
「まさか背後からの攻撃を弾かれるとはな」
「……」
「お前は依然、うちの部隊の最高戦力だな!」
陸の言葉を聞き、木刀を握る手に思わず力が入る。
まだ戦えるのだろうか。
大きく踏み込み、蒼夜は陸の眼前に躍り出る。
激しい剣劇の音が周囲を圧倒する。
観戦していた隊員達は固唾を飲んでそれを見守る。小田も無言で見る。
「随分と強気な攻めだな!」
「剣士として戦えるのか試したくなりました」
「はんっ!それでこそお前だろ」
陸は大きく木刀を弾き距離を取る。そして魔力を木刀に這わせる。
蒼夜もまた、闇夜の魔力を纏う。両者の間で魔力の奔流がぶつかり合う。
「俺の目、取りに来いよ」
「行きますよ」
木刀が魔力の影響で振動しているのが指先に伝わる。
そして、二人は地面を蹴る。
轟音と共に魔力が衝突し、遅れて木刀が甲高い音を立ててぶつかり合う。
互いに木刀を押し付け合う二人の視線が揺れる空気の中で合う。
「お前が背中を預けられるくらいには俺達は強えーぞ蒼夜ァァァア!」
「そんな事、とっくに知ってますよおおお!」
咆哮が轟く中、木刀が軋み音を立てて砕け散る。
蒼夜と陸の体が勢いよくぶつかり反動で後ろに倒れた。
「そこまでだ!」
小田が声を上げて二人の戦いの終止符を宣言した。




