左目になってくれよ
横たわる蒼夜の側で美月は深いため息をつく。
「はあ、蒼夜君はまだ戦えるのかな」
誰が見ても惨敗と言える一騎打ちを見ていた美月は、ただ静かに蒼夜の顔を見る。
外では散発的な砲撃音と銃声、そして魔法砲撃の着弾音が重なる。
「左目、治せなくてごめんね」
答えの無い美月の言葉は虚空へ霧散していく。
一騎打ちから半日が経ち、七月十日の夜。籠城戦の二日目が終わろうとしていた。
――砲撃陣地を叩こうと第十四遊撃旅団の面々は奮闘していた。
「陸!一馬!前線張るぞ!」
「了解です兄貴!」
「はい!」
魔法砲撃が雨のように降り注ぎ、火の手が上がる野原を、東堂を先頭に陸と一馬が疾走する。
ルグナードの集団が魔法を詠唱している陣地へ三人が走るが、その足を阻むようにドロヴァの一群が突撃してくる。
「ほのか!陽斗!頼んだ!」
『もちろんです!』
『当たり前じゃないですか』
東堂の耳に、インカム越しにほのかと陽斗の詠唱が聞こえる。
次の瞬間、戦場に極端な温度差が生まれる。炎の柱と水の塊の魔法爆撃がドロヴァの悲鳴をかき消し、圧死体と焼死体を地面に転がす。
「よし、これで壁はなくなったな」
東堂は一人呟き、魔力を己の軍刀に込め始める。ルグナードの表情が見える距離になった頃には、東堂の刀身が魔力で青白く輝きを放ち風が乱れるように吹く。
――紫石術式「旋風絶刃」――。
軍刀を荒々しく振り魔法を放つと風が鎌鼬となり、ルグナードを複数体、切り裂く。
まるで見えない刃を持つ兵士が斬りつけるように魔族どもを屠り、血をまき散らす。
続く陸と一馬も軍刀の乱撃の元、砲撃陣地の魔族を一掃する。
「よくやった。次の陣地に行くぞ!」
「ドロヴァの相手は良いんですか⁉」
「魔法砲撃で術支隊を消耗させる方がやばい!ルグナード優先だ!」
一馬の質問に東堂は短く説明し、次の陣地を探すように周囲を見渡す。
周囲は火と死体しか目に入らない。他の旅団も中隊ごとに分かれて陣地壊滅に動いているはずだ。
「りんちゃん!砲撃陣地特定した⁉」
『はい、今三人がいる場所から東に三百メートル先です。第五中隊が動いていますが、高所のため被害が出ています』
「了解!聞いたな二人とも!東だ!」
インカム越しの信頼できる言葉に東堂は答え、思い出したようにインカムに叫ぶ。
「やっぱ玲と志信も来い!瞬間移動できるだろ!」
『後衛組の護衛はどうします?東堂の兄貴さん』
玲が冷静に聞く。
「そっちの護衛はりんちゃんいるし、ほのかも、陽斗も近接戦闘できるだろ」
『それもそうですね』
來はまだ近接戦闘の許可は下りていないがいざとなれば自衛は出来る。そう判断した東堂の指示に従って玲と志信が転移魔法で飛んで来た。
「聞け、蒼夜がいない今、頼れる前衛はこの五人だ。一人も怪我無く戦い抜け!行くぞ!」
おう、と少年少女の声が重なりイチナナ小隊の前衛組が北へ走り出した。
――深夜二時。魔族軍は一旦撤退し包囲を続けている。
「蒼夜はまだ目覚めないか」
「はい、治癒魔法による細胞の無理やりな活性化でエネルギーが枯渇してるって美月が」
第十七特殊近接小隊《イチナナ小》の天幕で東堂が蒼夜の様子を見に行った陸から報告を聞く。
深夜まで続いた散発的な戦闘で疲労困憊の面々は寝袋を広げ、ランタンの灯りだけを頼りに仮眠の準備を進めている。
「日が昇る頃には蒼夜も目覚めているだろうから、今はとにかく休息を取るぞ。籠城戦は食料と水が枯渇する。体力回復がいつもより出来なと思っておけ」
はーい、緩い返答の後、ランタンの灯りはそのまま、静寂が訪れる。
陸の隣には來が横になっていた。
來は声を潜めて陸に話しかける。
「陸、蒼夜君は大丈夫かな」
「……分からない」
短く答えた後、しばし考えて陸は言葉を続ける。
「でも、あの敗北から何も学んでいなかったらケツ蹴り上げてこう言ってやる。お前はまだ復讐者なのかってな」
「ふっ、確かに。桧垣一佐も天国でぶち切れてるだろうし」
「ああ、片目がなんだ。それを言い訳にしたら、俺も左目切って戦場に出てやるわ」
「それ、僕もした方がいい?」
冗談を言う來に陸は真顔で返す。
「当たり前だろ。俺たちは家族だぞ」
「え……」
目を合わせる陸と來。そして小さく吹き出す。
「ははっ!冗談だけど、それくらいの気概であいつを叩き起こすぞ」
「何だよまったく……。それ聞いて安心した。戦場を片目で把握するのは長い経験がいるからね」
「だな。とにかく蒼夜が目覚めるまでこの基地を持たせないとな」
「うん、頑張ろう」
二人の会話は小声ではあったがその場の全員が聞いていた。傷ついた仲間を奮い立たせるための言葉を脳裏に浮かべては消し、そして夜は更けていった。
深夜。診療用のテント内。
苦悶の表情を浮かべる蒼夜は深い夢の中にいた。
「なぜ動いた。バカかお前は」
「……お前の、お前たちの仇を討ちたかったんだよ」
「はッ!お前らしいけど、そんなこと誰が頼んだよ」
夢の中にはあの頃の賢治がいた。戦場の煤だらけの戦闘服じゃない。ほとんど着ることの無かった軍服だ。
腰には軍刀とお守り替りの拳銃。
「俺が死ぬとき何て言ったか、覚えてるか?」
「幸せに……なれよって」
「お前は今幸せかよ」
幸せ何て感じたことが無い。まるで薄暗い戦場の中を裸足で駆けている感覚がずっと胸にあった。
まだ声変わりが終わる前にはすでに銃を持ち、剣を振っていた。
その前は施設でいつ暴力を振るわれるか怯える毎日だった。
「幸せなんてこの世界にあるのか。お前はどうだったんだよ賢治」
縋るような目を賢治に向けて問う。お前は幸せだったのかと。
「俺は家族を戦争で失った。でも兄弟が出来た。蒼夜、お前だよ」
続く言葉を蒼夜は唇を結び待つ。
「それだけでも俺は幸せだったと思うぜ。お前の腕の中で死んで、そしてお前が歩く道の先を上から見下ろしてる。命懸けで俺のために戦ってくれた兄弟がいるんだ。それが救いだったよ」
「でも、俺の力が足りなかった。そのせいでお前は死んだんだぞ」
「まあ、あのバケモン相手に生き残っただけでもお前は強いと思う。それに今のお前は一人じゃねーだろ」
背後に気配を感じて蒼夜は振り向いた。
そこには第十七特殊近接小隊《イチナナ小隊》の面々が並んでいた。それだけじゃない。小田や矢野。それに桧垣一佐も。
「あの戦場でお前は全部失ったなんて思ってないか?」
「……そんな、ことは……」
賢治の目を見て、思わず下を向く。嘘は付けないけど、でもそんな絶望しているような顔を見せるのは違う気がする。
「思ってるんだな。でもお前を受け入れてくれる家族はまだいる。お前もそろそろその事実から逃げるのはやめようぜ。ダセェよ」
「でも、お前みたいにまた失うのが怖いんだよ。俺は二度もアイツに敗北したんだ。次は殺されるかもしれない。そしたらもう守れないじゃないか」
「だったらもう、負けんなよ」
顔を上げて賢治を見る。目は生前にも見たこと無い程、真剣そのものだった。
そんな事出来たなら、お前はまだ横にいてくれただろう。
でも出来たなかったんだよ。
「仲間を頼れ。お前の全部で勝て」
「それでも勝てなかったら……?」
もう何が正しいのか分からない子供のような声しか出ない。目頭が熱い。
「蒼夜、お前は仲間のために戦う時が一番強ぇよ。だから大丈夫だ」
「仲間のために……」
「そうだ。起きたら話してみろよ。お前の気持ち。そして聞いてみろよ。新しい家族の言葉を」
そして賢治が蒼夜の胸に拳を当て言う。
「俺の墓標に花、供えてくれよ」
最後の笑顔が光の虚空へ消えて行った。
右目を開くと暗い天幕の中でランタンが小さく輝いていた。
視界が半分ほど遮られている。重い左手を上げ、顔の左側を触る。
包帯が巻かれ、血が染みている。鋭い痛みが波を打つ。
「賢治……、俺の左目になってくれよ」
願いは虚空へと消えて行った。




