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東京ファンタジー  作者: 亜空
川越奪還編
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39/69

戦力

 川越前線基地内がどよめく。

 外部カメラが捉えた魔王と蒼夜の戦いとその代償に、剣の道を行く者達は絶望を覚えていた。

 第十七特殊近接《イチナナ》小隊の面々は唇を噛みながらモニターを見上げる。


「美月の治癒魔法で眼球って治るか?」


 一縷の望みをかけた陸の質問に、美月は首を横に振って答えた。


「眼球の機能までは治癒出来ないわね」

「だよな……」


 剣士として戦う陸は理解していた。視界の半分を失ってなお、戦場に立つ事の難しさを。


「総員、北門へ向かい柊三曹を回収しましょう。美月は治癒魔法を。左目も心配ですが、刺された内臓の治癒が先です」

「はい」


 凛花の指示でイチナナ小隊は北門へ向かう。

 ちょうどそこに蒼夜を背負った小田が走り込んで来た。

 鉄条網と地雷原を避け基地内に戻った小田は、血だらけの蒼夜を地面に降ろしイチナナ小隊へ言う。


「何とか生きている。でも早急に手当しないと危ねーぞ!」

「美月、お願いします」

「了解です!」


 凛花の指示が終わる前に、美月は横たわる蒼夜の側に膝を付け治癒魔法をかけ始める。


「出血が止まらないわ!」

「僕が圧迫止血をする。魔法に集中して!」

「助かる!」


 來は血が止まらない腹部を素手で抑えるが、鮮やかな赤い液体が指の隙間から溢れ出る。

 イチナナ小隊はその様を固唾を飲んで見守る。


「だめだ背中の圧迫もしないと!」

「肝臓の止血をしているから動かさないで!」

「す、すまない」


 いつになく真剣な表情の美月の目に気圧され、來は背中に向けた手を止める。

 外部モニターの映像ではまだ東堂と矢野がクシフォス相手に大立ち回りをしているのが見える。

 陸は手に持つ小銃を投げだして戦場へ向かいたい衝動を抑え、蒼夜の血濡れた顔を見る。


「復讐の方がまだ大事なのかよお前は」


 ――クシフォスの圧は今までの敵より何倍も重かった。


「東堂、一旦下がれ!」

「了解!」


 クシフォスの鋭い斬撃を躱し東堂は矢野の側まで後退する。

 直後、雷の柱が激しい音を立ててクシフォスの周囲を埋め尽くす。


「そなたも中々良い剣筋をしておるな」

「はッ!さっきの小僧の上司なんでな!」


 矢野の放った雷撃を魔力障壁だけで弾き返したクシフォスに東堂は風を纏って斬り込む。

 風の力と筋力で極限まで高めた機動力。

 文字通り一瞬でクシフォスとの距離を詰めた東堂は、一度軍刀を振るフェイントを入れ、軍刀の軌道を変える。

 それに反応したクシフォスは最小限の動きでその一閃を受け止めようとするが、そこに矢野の雷撃が飛んで来る。


「小癪な」


 一気に魔力を増幅させたクシフォスの周囲を紫の壁が覆う。

 雷撃と剣が魔力の壁に阻まれる。


「ちッ!魔力による物理干渉か!」

「東堂!少年の回収が完了した!ずらかるぞ!」

「こいつが逃がしてくれるんならな!」


 東堂と矢野は迸る魔力の中心で仁王立ちするクシフォスに目を向ける。


「ほう、ソウヤはまだ生きているのか」

「俺の部下は死なせねーよ」

「剣士としてはもう死んでおるがな」


 東堂は蒼夜が欠損した左目を思い出し舌打ちをする。


「まあ、良い。残り短い命をかつての仲間の墓場で過ごさせてやろう」


 そう言い残しクシフォスは後ろを向き、魔族軍が待機する陣地へ足を向ける。


「飢えと渇きの中で死んでおけ。我はもう楽しんだ」


 去り行くクシフォスを前に東堂と矢野はもう一撃入れるか迷ったが、背中を見せるクシフォスに一切の隙が無かった。


「退くぞ東堂」

「ああ、見逃されたな」

「これからが本当の地獄だぞ」


 東堂と矢野は警戒を解かず、基地へ戻った。

 基地へ戻った東堂と矢野をすぐさま蒼夜が運ばれた医療用天幕へ向かい、蒼夜の現状を聞く。


「腹部の傷は治癒魔法により塞がれ、内臓の損傷も何とか回復に向いています」


 凛花の説明に東堂は静かに耳を傾ける。蒼夜の側では美月が心配そうな表情を浮かべている。


「左目ですが……、裂かれた眼球はもう元には戻らないと、美月が」


 担架の上で寝かしつけられている蒼夜の顔は左半分が包帯で覆われ、戦闘服のボタンが外され胴体にも包帯が巻かれている。


「そうか……。俺は北川二佐に呼ばれている。蒼夜のこと頼んだぞ。美月も」

「はい」

「もちろんです」


 二人の返答に頷き東堂は踵を返す。向かう先は旅団司令部がある天幕だ。

 蒼夜の処遇と今後の対応を相談する必要がある。

 天幕に入ると先に矢野と小田がいた。


「さっきは助かった二人とも」

「かわいい部下のためだ。上官として当然だろ」

「そうだ。ここで少年を死なせる訳にはいかない」


 東堂の言葉に小田と矢野がそれぞれ何ともないように答える。


「それで、この包囲をどうします?北川二佐」


 東堂の問いに、テーブルに広げられた川越周辺の地図から顔を上げた北川が眼鏡を掛け直して言う。


「宮内陸将は各個撃破を考えているようだ。食料はあと四日分しかないからな」

「各個撃破ですか。クシフォスの居場所は魔力検知機では分からないですよね?」

「そうだな。だが、この前線基地を今後も維持するにはクシフォスを倒す必要がある。結局、戦う時は来る」


 重い空気が四人の間を漂う。

 そんな中、矢野が口を開いた。


「少年の容体は?」

「蒼夜は左目の欠損。出血多量で意識は戻っていないが、美月の治癒魔法で何とかって感じだな」

「戦線復帰は無理か」

「そうだな。包囲を抜けて療養施設に入れる他無いだろうな」


 矢野と東堂の会話にタバコを吸いながら小田が割り込んだ。


「蒼夜は多分すぐに復帰するぞ」

「片目を失ったんだぞ?」


 東堂が驚きの声で返す。


「でも右目はあるんだろ?あいつは近接特化の兵士で確かに片目じゃ難しいだろうけど、そんなのあいつはそんな事気にしねーよ」

「あの惨敗の後でもか?」


 矢野は先ほどの戦いを思い出しながら小田に問う。


「剣士として死んだ、だっけか。魔族は人間の根性を舐め腐ってるよな。俺なら片目無くなったくらいで戦線離脱なんてしねーよ」

「まあ、お前ならそうかもな」

「俺でもそうなら、あいつはもっと頑固だろ。諦めねぇことが戦いの必須条件だ」


 小田は蒼夜を気遣った訳でも、この場の雰囲気を明るくするためでもなく、ただそう思っている、と言いたげな目を東堂に向ける。


「安心しろ。模擬戦して分かった。あいつは俺より強ぇよ」

「その柊三曹を破ったクシフォスは健在だ」


 北川が緊張感と微かな恐怖を滲ませた声音で言う。


「それに航空支援も援軍も送れないと言われたらしい」

「援軍を送れない、ですか⁉」


 東堂が驚きの声を上げる。小田も矢野も同じ表情だ。


「ああ、宮内陸将が仰っていた。この戦力だけでクシフォスと七万の魔族を倒す必要がある」

「一人当たり三体の魔族を殺すまで死ねないってことですか」

「それも四日以内に、だ」


 とても無理難題の戦局に思わず戦慄する東堂と矢野に小田が言う。


「東堂、蒼夜をもう一度奮い立たせろ。じゃなきゃこの戦い勝てないぞ」

「ああ、分かってる。宮内陸将が再戦を許可するかは分からないけど」

「それに関しては俺が何とかする」


 北川が東堂に鋭い眼光を飛ばしながら言う。


「もちろんお前らも、だ。魔王を殺せるのはこの旅団ではお前ら三人と柊三曹だけだ」


 緊張感が四人の間に漂う。


「これから宮内陸将と各隊の司令官で集まる。柊三曹を含めた再戦を進言してくる」


 ――侵攻軍司令部。宮内は外部カメラで撮られた蒼夜とクシフォスの戦いを見返していた。

 室内には各隊の司令官が勢揃いし彼らも食い入るようにモニターを観る。


「見ての通り今回のアルグスは長剣を使い、魔法を防御に振っている。柊三曹だが、この侵攻軍でも屈指の実力者だ。それをいとも容易くねじ伏せる剣の腕がある」


 宮内はモニターから目を離さず言う。


「お前らの隊でこのバケモンと対峙して生き残れそうな兵士はいるか?」


 皆、部下の実力は疑っていないが、この魔王の剣技と魔力の規模に匹敵する兵士を知らない。

 わずかな沈黙の後、北川が手を上げる。


「うちの旅団の東堂、小田、矢野、そして柊を出します」


 どよめきが起こる。一度負けた兵士を再度戦わせるというのだ。それも片目を失った兵士をだ。


「確かに一度負けました。ですが、もう一度チャンスを下さい」


 北川が頭を下げて宮内に言う。


「片目を失っても依然彼はうちの最高戦力であり、ベテランの三人と共に戦えば勝機は必ずあると考えております」


 宮内は北川を見下ろしてしばし考える。そして口を開いて答えた。


「次は柊も生きて帰って来られないかもしれないんだぞ。桧垣の意思を継ぐ少年を、死地に送っても良いのか?」

「もちろんみすみす死なせるつもりはありません。旅団全体でバックアップし戦わせます。残り四日でこの包囲を破り、クシフォスを倒すにはこれ以上の戦力を我々は有していません」


 論理は立っている。宮内はそう判断した。


「北川、勝てば柊三曹の無断出撃を俺の正式な命令として出したことにする。不名誉な死を若い兵士にさせるなよ」


 宮内の言葉の重みを、寸分たがわずに理解した北川は静かに頷き答える。


「ありがとうございます」


 復讐だけで終わらせないでくれ、柊。そう願わずにはいられなかった。

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