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東京ファンタジー  作者: 亜空
川越奪還編
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38/69

復讐の代償

 乱れた呼吸を無視して蒼夜は目の前の不遜な魔王を睨む。

 背後でなる水面の音などすでに蒼夜の耳には届かない。ただ憎しみを叫ぶ声だけが、蒼夜の全身を奮い立たせる。

 半焼した煤だらけの連隊旗と認識票の束。その数歩先で、魔王がその長剣を抜かずに仁王立ちしている。

 粟立つ感覚が背中から指先まで伝播する。嗤う魔王へ望んだ再戦。

 

「俺を呼んでくれて良かったよ、魔王。これでお前を殺せる」


 蒼夜の前方数メートルの場所に立つ魔王は、余裕を隠さずに仁王立ちしている。


「この日を待ちわびておったぞ。かつて、この地で嬲ったおもちゃが、まさかクラトシアめを討つとは想像もしておらなんだ」

「お前を殺すための刃があいつを殺した。今、同じ刃がお前を向いている」


 そう言って蒼夜は静かに抜刀し、切っ先を魔王へ向ける。


「来い、ソウヤ。あの日の続きをしてやろう。そして仲間の元へ行くが良い」


 クシフォスもまた、両刃の長剣を抜く。

 途端、魔王の紫の魔力が爆発的に広がり、朱い空を埋め尽くす。そして、魔法障壁がクシフォスの全身を覆う。

 暴風が広がり蒼夜の頬を掠める。

 刺し違えてでも殺す。全身の筋肉へ命令する。殺せと。

 蒼夜は指先が白くなるほど柄を強く握り、腰を落とす。


「お前をここで殺す」


 そして蒼夜は朱い空に舞う黒い魔力を爆発させ、クシフォスの眼前に肉薄する。

 キィィイインと甲高い音を立てて二振りの剣が交差する。

 首を狙った一撃はクシフォスの長剣に阻まれる。


「良い剣だ。ソウヤ」


 クシフォスの嘲笑を込めた賞賛を黙殺し、蒼夜は足元から一気に軍刀を振り上げる。

 身長二メートルを誇る巨体には防ぎづらい一撃。だが、クシフォスは冷静に長剣を地面に向け蒼夜の斬撃をいなす。

 蒼夜は流れる剣筋を頭上で返し、右に大きく振るう。

 クシフォスの長剣は最小限の動きで蒼夜の斬撃を弾いた。


「良い剣だが、やはりニンゲンの領域に留まるのか」


 途端、クシフォスの纏う雰囲気が平坦になる。蒼夜は本能的に数歩一気に下がり、様子を見る。この状態を蒼夜は知っている。

 虚無の領へ入ったクシフォスは魔力とは別の圧を放っている。


「これで死んでくれるなよ、ソウヤよ」


 次の瞬間にはクシフォスの刃が風を切る音と共に蒼夜の首元へ迫っていた。


「くっ!」


 咄嗟に上半身を後ろに倒し避けるが、長剣が纏う魔力の圧で吹き飛ばされる。

 土埃を上げて体を転がし膝立ちになった蒼夜へ、クシフォスは容赦のない追撃を放つ。

 暴風の如き速度で間合いを詰め、頭上から長剣を叩きつける。

 蒼夜はただひたすら横に跳ぶが、クシフォスの長剣が地面に触れる直前、軌道を変え蒼夜の背中を狙う。

 微かな風を切る音と直観で、蒼夜は軍刀を振り、クシフォスの長剣の切っ先を止める。

 だが、猛攻は止まらない。

 剣を滑らせたクシフォスの突きを蒼夜は避けるが、追撃に次ぐ追撃。

 いつの間にか防戦一方になった蒼夜だが、その目は絶望していない。

 極限の集中。虚無の領に至らなくても、蒼夜の頭を落ち着かせた。

 横薙ぎに振るわれるクシフォスの長剣の間合いを完全に呼んだ蒼夜は、ついに反撃に出た。

 軍刀と長剣が触れる瞬間、軍刀の角度を変え、クシフォスの間合いの内側に潜り込む。

 そして、左胸を狙った一突き。


「ほう」


 だが、クシフォスは余裕を崩さず、魔法障壁だけで防ぐ。魔法と鉄がぶつかる鈍い音の後、風を切る蒼夜の二撃目は、同じ場所を渾身の怒りを込めた一閃。

 クシフォスは長剣を手元に引き、蒼夜の刃を受け止める。


「良い目をしているな」


 交差する二振りの刃の向こうでクシフォスは平坦な目で蒼夜の黒い瞳を探るように見る。


「その目を頂いておこう」

「は?」


 鋼の向こうで嗤う魔王の目が三日月のように細くなる。

 今までの比にならないほどの強さでクシフォスが蒼夜を押し込む。

 軍刀が軋み、蒼夜の足を後退させる。


「グッ!重っ!」

「これがアルグスとニンゲンの差だ。絶望とともに思い出せソウヤ」


 クシフォスの長剣が振り抜かれる。

 蒼夜は全力で後退し、斬撃を避けるが微かに防弾ベストに亀裂が走る。

 クソ、何で虚無の領に入れないんだ、蒼夜の心は経験したことな程焦燥し切っていた。ここ一カ月ずっと探っていたのに入る鍵が分からず仕舞いだ。

 クシフォスの純粋な剣技の猛攻はまるで古代の戦士のような鋭さと、容赦の無さで蒼夜の手数を削っていく。


「はやっ!」

「この程度の剣技について来られぬか……」


 そして、土埃を上げるほどの踏み込みで肉薄して来るクシフォスに、蒼夜は瞳孔を広げ凝視する。次の一手はどこから。

 その思考が終わる前にクシフォスの長剣が下から胴を狙い来る。

 即座に、軍刀に魔力を込め、硬い防御をする。

 だが、この一撃は蒼夜を上へ吹き飛ばすのに十分だった。


「……ッ!」


 声にならない焦りが喉に詰まる。逃げ場がない。蒼夜の四肢は宙を飛び、視線だけはクシフォスから外さない。


「玩具はここらで壊れてもらおう」

「あ……」


 蒼夜が反応する暇を与えず、クシフォスが長剣を振り抜く。

 左瞼を熱い鋼が通り過ぎる。

 視界が半分暗闇に沈む。


「……グッ!」


 反射的に手が左目を覆う。指の間から体温と同じ熱を持った液体が流れる。

 目を斬られたと気付いた時にはクシフォスの蹴りが蒼夜の腹部を深く突き刺し、さらに後方へ吹き飛ばされた。

 右の瞳には広い朱の空が広がり風に揺れる雲だけが映った。

 ドサッと音を立てて地面に投げ捨てられた蒼夜は、肺から出て行った酸素を求めて咳き込む。微かに口の中に血の味がする。


「目が……」


 半分見えない視界でクシフォスを捉える。ゆっくりと蒼夜へ近づくクシフォスに蒼夜は、左半部な血で染まった顔を向け、膝立ちになる。

 後方からは東堂達の魔力が近づいてくるのが分かる。邪魔をするな、その想いに支配された蒼夜は無理やり体を起こし、軍刀を構える。


「ふっ、打たれ強いなソウヤ。友と同じ土地で死ねることに歓喜せよ」

「まだ死ねない……」


 見えない左目から手を離し、両手で柄を握る。


「ここでお前を殺してやるッ!」


 蒼夜の魔力が広がる。極限の集中。それでも虚無の領に入れない。

 だが蒼夜は止まらない。朱に染まった空を漆黒の魔力が侵食する。


「ほう……」


 関心するような声を漏らしクシフォスが長剣を構える。

 徐々に蒼夜の影が伸びる。まるで夜の中に紛れ込んだようだ。

 そして、蒼夜の影が消える。


 ――紫石術式「影虎」――。


 魔力の影と高速で移動する蒼夜にクシフォスは冷静に、そして平坦な目を向ける。

 魔力探知では蒼夜の場所は絞れない。

 だが、虚無の領へ入ったクシフォスには見えていた。


「ここにおるのであろう」


 魔力の影に隠れクシフォスの背後を狙っていた蒼夜の方を向き、目を合わせる。

 

「そなたの剣はもう、我には届かぬ」


 瞳を大きく広げ絶望する蒼夜の腹部にクシフォスの長剣が深く刺さる。


「グハッ!」


 全身の血が抜かれる感覚に襲われた蒼夜の四肢から力が抜け、だらりと下を向く。

 それを確認したクシフォスは剣を後ろへ振り、蒼夜は反動で力無く地面にぶつかる。


「悔恨と憎悪の中で死ねソウヤ」


 クシフォスは止めを刺すために長剣を振り上げる。

 だが、その剣が振り下ろされることは無かった。


 ――紫石術式「風鬼《ふうき》」――。

 ――紫石法術「天雷刃《てんらいじん》」――。


 風を纏った斬撃と、雷槍がクシフォスを襲う。


「蒼夜!大丈夫か⁉」


 小田の声が微かに意識のある蒼夜の耳に鈍く届く。


「生きてるな。まったく無理しやがって!」


 小田の背中に背負われ蒼夜はクシフォスに目をやる。

 そこでは東堂が風を纏い猛攻撃をクシフォスに向け、矢野が中距離から的確にクシフォスの動きを制限する攻撃を放っている。

 力無く垂れる己の腕を右目で見下ろす。

 もう俺の剣は届かないのだろうか。

 蒼夜の意識はそこで途絶えた。

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