開戦
二日後の七月九日。夜。ついに赤色の明かりと警報音が川越前線基地内を埋め尽くした。司令庁舎の上ではためく自由の旗が赤く染まる。
「魔族軍来襲!!繰り返す魔族軍来襲!」
巨大なスピーカーを積んだ指揮通信車が空気を揺らし、アルグスの到来を告げる。
「直ちに戦闘配置に付け!」
どこかの指揮官の声が蒼夜の耳に届く。ついにこの時が来たようだ。
蒼夜達、イチナナ小隊を含む第十四遊撃旅団の担当場所は基地の西方。高さ二十メートルほどの外壁の外だ。
前線基地は他の内地の基地と異なり壁上での戦闘は考慮されていない。
目の前をわざと氾濫させた入間川が流れる。川幅は五メートルほどか。基地の全周に設けられた土嚢陣地の中で、蒼夜は小銃を構え、前方に目を向ける。
枯れ木と平野が続く先で、無数の松明の明かりが生き物のように蠢いている。
だが、事前情報で聞いていた五万の軍勢にしては、松明の輝きが足りていない気がする。
「ついに来たな、あいつら」
隣で陸が緊張の面持ちで小銃を構えながら言う。
「はい。やっとですね」
蒼夜はいつも通り平坦な声で答える。だが、小銃のグリップを握る手に力が入る。
「やっと、ね」
陸は蒼夜の顔を見る。戦いを待ち望むほどの復讐心を蒼夜は持っている。
「あまり無茶はするなよ」
「……はい」
出来ない約束をし、二人は無言で前方を見る。
後ろから東堂が指示を飛ばす。
「楓!魔法砲撃が来たら結界を張れ!美月、他部隊でも負傷者が出たら治癒魔法をかけてやれ!來は狙撃出来る場所で好きに撃て!」
「まあ、いつも通りね」
「分かりました!」
「了解です」
そして、ついに川の向こう岸の少し奥から魔法砲撃が流星群のように弧を描いて打ちあがる。
半年前に見たあの絶望の景色が蒼夜の脳裏に広がる。
「撃てーーーー!」
三万の銃口が閃光を放ち、耳を劈くような発砲音をまき散らす。
蒼夜も狙いをすましトリガーを引く。重い反動が肩を揺らす。
魔法砲撃が結界にぶつかる音が上方から鳴る。
闇夜が小さい太陽を得たように明るくなる。
「リロード!」
「俺もっス!」
陸と志信が弾倉を交換する。その前方数メートルに魔法砲撃が着弾、火花が散り、熱風が土嚢陣地に吹く。
「伏せろ!」
東堂の怒号に、小隊の全員が土嚢の裏に隠れたお陰で無事だ。
「熱い!熱い!助けてくれぇぇ!」
「ゴホッ!」
近くの部隊に直撃したようだ。火の手が上がる中、全身を焦がされた兵士達がのたうち回っている。
美月が急いで向かい治癒魔法を施すが、助かるかどうか。
「前を向け!敵の突撃が来るぞ!」
東堂の言葉で意識が戦場に戻される。
照明弾に照らされたドロヴァの一群が川の向こう岸まで迫る。照準器に目をあて、狙う。発砲。
ドロヴァの魔法障壁を砕き、額に穴を開ける。
絶命し倒れた。だが、後続がその隙間を埋めるように踏み越えて川に近づく。
「渡河してきたら白兵戦だ!銃は向こう岸の敵にだけ……」
東堂の指示の途中でインカムに焦ったような声が届く。
『こちら旅団司令部北川だ。約二万の敵が南西にも表れた!基地西側はうちの旅団しかいない!』
『どうします⁉基地に引き返しますか⁉』
他中隊の隊長が指示を仰ぐ。そこに新たに回線が開かれる。
『侵攻軍HQより各隊。敵が全方位から迫っている。また、当初想定していた数より多い総数七万の敵に囲まれている』
「七万⁉まじかよ」
「倍以上は聞いてないよ⁉」
インカムに声は乗らないが陸が小銃を揺らしがら、楓が結界維持のために魔力を操作しながら驚きの声を上げる。
「これはクシフォスを倒した所で優秀な魔将軍がいたら終わりですね」
凛花が冷静に分析する。
『基地防衛施設からの砲撃と遠距離魔法を得意とする隊員で援護する。基地内に帰投せよ』
指示は帰投だった。外壁と鉄条網。そして外壁から突出している二百門の155mm榴弾砲の砲塔。これらを駆使して持久戦をするということか。
「命令だ!帰投するぞ!」
東堂の号令で、土嚢で作られた陣地を離れようした時、割れたような声が横から広がる。
「とぉうきょうぅ、ぼぉおえぃぐん」
瞬間、蒼夜は抜刀し、声の主に斬り掛かる。
鋼が鐘のように響く。
胴体は一つ。だが首が二本生え、それぞれに顔が付いている。さらに四本の腕と四本の脚。
ミノスだ。カルナと同様魔力を持たない魔族。だからこそ接近に気付けなかった。
「おまぁえ、ソォウヤだな」
舌が発達していないのだろう。発音がおかしい。不気味さが、その場を支配する。
「柊三曹!助太刀します!」
ミノスの後方にいた部隊の隊員が二人後ろから斬り掛かる。
だが、ミノスの片方の首が、不自然な音を立てながら真後ろへ回る。
斬り掛かって来た隊員の斬撃を受け止め、残った一本の腕に持つ剣で二人を上下に両断する。
「あ”あ”あ”あ”あ”あ”」
耳を塞ぎたくなるほどの迫力を纏い、まるで仲間を呼ぶ狼の遠吠えのような声がミノスから放たれる。
すると。近くの闇からミノスの大群が姿を現わす。
正面のドロヴァ達も水しぶきを上げて渡河し始める。
南西から来た敵の本隊もすでに目視できる所まで迫りつつある。
「やばいやばい!」
陸が叫びながらミノスと斬り合い、その援護は志信と一馬が請け負う。
「銃も効く!後衛組は援護射撃を!」
東堂が指示を叫び呼応するように、小銃の銃口からマズルフラッシュが瞬く。
「うわキッショ!」
「こっち来るなーー!」
楓が小銃で狙いながら悪態をつき、ほのかが火炎魔法を放つ。
「蒼夜君!首片方斬って!」
「はい!」
來が狙撃銃から小銃に持ち替え、蒼夜の前のミノスの頭を狙い発砲する。同時に蒼夜も軍刀を滑らせ、ミノスのもう一つの首を落とす。
倒れたミノスの後方から数十体はいるであろうミノスの大群が見える。だが、そこに凛とした声が響いた。
「心配はいらんぞ少年少女よ」
矢野がポニーテールを揺らし、魔力を纏いながら割って入る。
黄金の輝く雷のようにはじける魔力だ。
矢野の魔力が最高潮に達した時、魔力はすでにミノス達の少し上空を覆っていた。そして。
――紫石法術「雷葬天撃」――。
爆音と目のくらむほどの光が一帯を埋め尽くす。
バリッ!ド――――ンッ!
黄金の雷柱が十数本同時に降り注ぐ。ミノス達の絶叫すら雷鳴に呑み込まれた。
後に残ったのは噎せ返るような肉の焦げる匂いと、穿たれた地面に崩れる魔族の体から立ち上る煙。
雷撃による広範囲魔法でミノスの一群の前列が崩壊した。
「あいつが味方で本当に良かったわ」
東堂が戦場の喧騒の中で呟く。
「お前も近接戦闘は得意じゃないか」
「あの破壊力を前に近接戦闘で張り合おうとは思えねーよ」
矢野と東堂は軽口を叩き合う。しかし次の瞬間には表情を引き締めた。
そこに北川からの通信が入る。
『旅団全体で半分が帰投完了だ。お前らイチナナ小と四中、あと一中も早く帰投せよ』
「了解です」
東堂が返事をし、矢野に目を向けながら小隊に指示を飛ばす。
「全員急いで帰投だ!。殿は俺と蒼夜、あと矢野でやる!」
「おい、私はお前の隊じゃないぞ」
「殿は最高戦力が担当するもんだろ」
「仕方ないな。若きエースよ!行くぞ!」
三人が銃を構え後退するその後ろを、旅団の残りが基地を目指して駆ける。
もちろん魔族もその撤退を許す訳も無く、容赦ない魔法砲撃を防衛軍に向けて放つ。
旅団所属の術支隊と楓の結界が張り巡らされるが、すり抜けた魔法が着弾、爆発を起こす。
「手足がもげても基地へ入れ!基地にさえ入れば治療できる!」
爆発で腕ごと持って行かれた兵士に肩を貸しながら走る兵士。下半身を失いもがき苦しむ兵士を引き摺ってでも基地を目指す兵士。
それを横目に蒼夜は銃を撃ち、弾倉を交換してまた撃ち続ける。
「残りはお前らだけだ!早く入れ!」
基地西門まで現場を確認しに来たであろう北川が手を振りながら殿の三人に叫ぶ。
「よし!帰投だ!」
東堂の言葉に蒼夜と矢野はすぐさま反応し門の内側に収容された。
東西南北に設けられた門が全て閉じる。魔族軍は基地の全周に埋め尽くし雄叫びを上げる。
まるで計画を完遂した勝鬨のような、歓声の中、川越前線基地は完全包囲された。




