願い事
笹には想定していない量の短冊が吊るされていた。なぜなら小田が旅団全体に声を掛けたからだ。
『あ、通信ジャックごめん。イチナナ小隊が七夕やるんだけど、お前らも来いよ』
北川が頭を抱える様子が目に浮かぶが、そのお陰で小隊の天幕周辺には旅団に属する兵士二千人が集まっていた。
「短冊余りあるー?」
「願いごと何にしよーー」
「彼女が出来ますように!」
「それは彦星さんでも無理だ」
蒼夜は、顔を知っていても名前は知らない隊員が、続々と短冊に願いを書いては笹に吊るしている様を眺めている。
美月から渡された短冊とペンを持ち、重量を増す笹を見上げる。
「蒼夜は何てお願いをするんだ?」
陸が短冊を片手に話しかけてきた。蒼夜は何も書かれていない短冊から顔を上げ答える。
「陸さんは何と?」
「俺か?俺はこうだ!」
そう言って目の間に掲げられた短冊には全員生還!と書かれていた。左下には陸の名前も。
「ちゃんと名前は書くんだぞ。じゃないと誰の願いか織姫さんと彦星さんが分からないからな!」
「はい」
蒼夜の返答を聞き陸も吊るしに行く。
祭りのような喧騒の中、横から怒声が響く。
「おい小田ァ!旅団回線でお祭り招集とは何してんだ!」
「すみません。でも北川二佐も短冊書いてるじゃないですか」
横では小田が北川に怒られていた。
「こ、これは榊原一士に渡されたんだ。仕方ないだろう」
「美月に押し付けられたの間違いでは?何て書いたんです?」
「ん?昇進、と。お前は何て書いたんだ?」
「自分は嫁を下さいって書きました」
「それはまた難しいお願いをしたもんだ」
小田は嫁が欲しいらしい。彼女もいないのか、と若干失礼なことを考えながら視線を横に滑らせる。
東堂と志信、そして陽斗が話していた。
「まさか、小隊でのイベントが旅団規模になるとは」
「まあ、楽しいから良いじゃないですか兄貴」
「東堂さんは何て書いたんですか?」
「俺は小隊の安泰、だな。お前らは」
「ゲームの新作っす」
「自分は妹がハグしてくれるように、と」
志信はゲーム、陽斗は妹についてだった。妹がいたのか、と少し驚く蒼夜に美月が近づく。
「蒼夜君は何てお願いするの?」
「何をお願いしましょうか」
「何でも良いんだよ。私は料理が上手くなりますように、ってお願いしたわ」
そう言えば美月は料理がからっきしだと、配属して間も無い時に聞いた。
「もう少し考えます」
「うん!ゆっくり考えてね!」
望むものが浮かばない。横で微笑む美月から目を離し、空を見上げる。
願う時が無かった、叶うものなど無かった。戦場で育った蒼夜には未だ何もないのだと、自分を改めて知った。
「少年少女よ!そこで何をしているんだね」
蒼夜と美月は声のする方を見る。そこには矢野が立っていた。相変わらず凛とした佇まいだ。
「矢野二尉。来られていたのですか?」
美月が意外感を露わにして聞く。矢野はこのような軍規スレスレのイベントに参加するようには見えない。
「私だって楽しみたいのだよ。それに今回は君たちが主催というじゃないか。参加しない手はないぞ」
「ありがとうございます。主催というか小田一尉の悪ふざけみたいなもんですけどね」
「それでいいのだよ。戦場でも楽しみは必要だ。士気の維持、この緊張の発散。君たちはこの旅団に対して大きな貢献をしているのだよ」
「矢野二尉は何とお願いを書かれたのですか?」
「私は、旦那が欲しい、私よりも強い旦那だ」
そう言えば小田が、嫁が欲しいと言っていたな。そう思い出し蒼夜は言った。
「小田一尉が、嫁が欲しい、と仰っていました」
「ちょ、蒼夜君!」
美月が慌てたように蒼夜の肩を叩く。無言で反論する蒼夜だったが、黙殺される。
だが、矢野は気にした素振りも見せずに楽しそうに笑う。
「はっは!小田かー!私の好みは無骨で不器用な男だからな。奴は当てはまらん」
どうやら小田の嫁探しは失敗したようだ。
「榊原一士はどうなんだ?」
矢野は美月のタイプを聞く。美月は一瞬蒼夜に視線を向けるが、すぐ逸らし少し上ずった声で答える。
「わ、私は特にこれと言って」
「ほう、君は良き伴侶に巡り合えそうだ」
矢野は蒼夜の顔を見ながら美月のこれからを予期したように言う。
「そ、それはどうも?」
「ふむ、では私はこれで」
そう言って矢野は二人から離れた。
「皆の願い事見に行ってみようか」
「はい」
短冊に書くものの参考になるかもと、蒼夜は美月に連れられて笹の方へ歩いた。
短冊には様々な願い事が書かれていた。
彼女が出来ますように、昇進できますように、酒をたらふく飲みたい、家族に会いたい。願いを乗せた短冊が風に揺れる。
「これは來の短冊かな」
美月が短冊の一つを指さす。そこには、剣の腕が上がりますように、と書かれていた。
「なぜ近接戦闘をしたいのですかね。魔力がないのに」
「來なりに考えてるんだと思うよ」
「……剣の腕だけなら上がると思いますよ」
実戦では魔力無しの攻撃など意味を成さないが。暗にその意味を含む言い方だったが、それは來を馬鹿にしている訳ではない。ただ下手に命を落として欲しくないからだ。
美月は自分の短冊を吊るす。そこには確かに、料理が上手くなりますように、と書かれていた。
「料理、如月さんの家で少し教わっていましたね」
「そうなの!蓮花さんに頼んで楓と一緒に教わったの。あまり上手く出来なかったけどね」
「肉じゃが、でしたっけ。美味しかったですよ」
如月家での一幕を思い出す。美月と楓、そして凛花も一緒になって晩御飯を作ってくれた。不格好な切り口の具材と味が濃すぎる味付け。蒼夜にも少し味が分かった。
「あ、ありがとう。でも次はもっと味薄めに作るね」
「味濃かったですか?あ、いえ何でもありません」
言いかけた言葉を飲み込む蒼夜を疑問符を浮かべて見上げる美月だったが、蒼夜がすぐに話題を変えた。
「願い事、決めました」
「何にしたの?」
「趣味を見付ける、です」
「確かに趣味は大事だね。ちなみに私は戦争前のファッション雑誌を読むことよ」
「ファッション雑誌とは?」
「オシャレな服を着こなすモデルさんがいっぱい映ってる雑誌よ。見ているだけで心躍るの」
趣味を語る美月の声に耳を傾けながら、短冊にインクを乗せる。
「でね、やっぱり戦前のファッションの方が私は好みなの。今は素材が輸入出来ないからどれも似たようなモノになっちゃうし」
首を傾げながら、少し複雑そうな顔で美月が言う。だが、すぐに明るい表情に戻り蒼夜の短冊に視線を落とす。
「書けた?」
「はい」
どこか借り物のような言葉が書かれた短冊を、笹に吊るそうとして、手を止める。
「どうしたの?」
「名前を書き忘れました」
「あはは、名前は書かないとね!」
「はい」
そう言って書き足す蒼夜は、美月の視線が途切れた時、裏面に数文字付け足した。
そして、短冊を吊るす。
「これで初めての七夕は終わったね」
「はい」
「楽しかったかしら?」
「そうだと思います」
「うん、なら良かった」
笹から目を笑う美月の顔に向け考える。そう言えばなぜ七夕をしようと思ったのだろう。
「七夕の発案者は美月さんなんですか?」
「そうよ」
「こんな前線基地でやろうと思ってたんですか?」
「出来るか分からなかったけど、みんなでしたかったの。まさか旅団全員になるとは思わなかったけど。短冊足りなくて急いで紙を用意したわ」
「お疲れ様でした」
「ありがと。あ!」
美月が指を指して声を上げる。
視線を向けるとそこでは小隊の男子組が肩を組んで歌っている。
「楽しんでるわね」
「そうですね」
願いを乗せた笹を風が優しく撫でる。
無数の短冊が揺れる中、一瞬、蒼夜の短冊が浮き上がり、裏面が露わになる。
二文字が浮かぶ。
復讐、と。




