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東京ファンタジー  作者: 亜空
川越奪還編
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34/70

安堵と緊張

「やってくれたな。渡辺陸将」

「……必要な対応でした」


 時は遡り五月二十六日、首相執務室。

 豚野郎と揶揄される東京保護区首相、小原総理は顔を真っ赤に染め目の前の渡辺陸将を睨む。

 

「最高司令官を誰か忘れたのか⁉勝手に援軍など送りやがって!」

「援軍が無ければあのまま第十四陸戦連隊は全滅していました」

「それなら一度、俺に相談しろ!」


 プライドを傷付けられた小原の怒りは渡辺の上官にまで及ぶ。


「統合幕僚長はどうした⁉なぜ俺の前に謝罪しに来ない!」

「統幕長からは、部下をしごき上げているため手が離せない。文句があるならそちらから市ヶ谷に来い、とのことです」


 その言葉は小原の感情をさらに高ぶらせ口を震わせる。

 対面する渡辺は逆に穏やかで、無様な豚野郎、と内心で吐き捨てながらも、その顔には端正な笑みを浮かべる。


「市ヶ谷までご案内致しましょうか?」

「俺を舐めているのか⁉行く訳ないだろ!」

「そうですか。残念です」


 全く残念そうではない声音で返し、渡辺は次の一手を繰り出す。


「では約束通り、防衛軍への予算を増やして頂けますね?」

「はあ⁉何を言っているんだ!」

「約束致しましたよね?人類初のアルグス討伐。それを成し遂げた部隊への慰労費と軍事費の増額」


 ちゃっかり慰労費まで約束していたかのようにねじ込む渡辺。

 だが、小原は軍事費の増額の件をあやふやに覚えていたため、何も言い返せないでいた。


「ぐぬぬ、このままでは……」


 小さく呟き、本来の想定していた流れから大きく変わってしまった現状を受け入れ始めていた。

 そこで考えた。かのお方は恐らく魔王を討った少年を許さないと。よってとある提案を持ちかける。


「慰労費は出してやろう。一人に付き五万だ。それに予算も増やす。だが、次の任務は川越奪還。これは絶対だ。もちろんあの少年の部隊も参加させろ」

「川越前線基地の奪還……ということですか」

「そうだ。報告では前線基地の修理に最短で一週間と言っていたな。一週間分の物資を持たせて行かせろ」

「承知致しました。市ヶ谷に戻り検討致します」


 そう言って渡辺は執務室から退出する。

 小原はそれを確認し、慌てたように通信端末を引っ張り出す。タッチパネルを操作し、「九条閣下」と書かれた欄をタッチし通話を要請する。

 応答は数秒後にあった。


「早朝に突然申し訳ない九条閣下。ニュースはご覧になりましたか?」


 通話口の向こうのしゃがれた声は不機嫌そうに答える。


『ああ、無論だ。計画では「口減らし」が済んでいるはずだが?』

「申し訳ありません。渡辺陸将と統合幕僚長が独断で援軍を送ったらしいのです」

『そうか、そうか。だが、今回の戦いで潰すべき兵士が分かったな。柊蒼夜。彼の動向に注視しておけ』

「はい、次の一手は打っております。川越へ派遣するように命令しました。詳細をあのお方へ申し上げる前に、まずは九条閣下にご報告をと」

『ふむ。今回は援軍など送らせぬよう注意しておけ』

「勿論でございます」


 そう言って通信は切れた。

 小原は執務室の窓から霞が関の摩天楼を眺めながら独り言《ご》ちる。


「次こそは、あのお方のために死んでもらおう」


 ――時は戻り、七月七日。作戦開始から五日経ったが未だに気配の見えないクシフォスに侵攻軍司令部は困惑していた。


「宮内陸将。工兵中隊より報告です。二日後、七月九日の夜には外壁と防衛設備の工事は完了するそうです」

「そうか。この状況どう思う?」


 司令庁舎の二階。会議室には各連隊また旅団の隊長達が集まっていた。


「不気味ですね。偵察部隊からはスヴェイルが数体上空を飛んでいた、とだけ報告を受けております」

「魔族軍も偵察を出して様子見をしている、っといった印象ですね」

「完成前が一番攻め時なんですがね」


 集められた幹部達が己の意見を出し合う。北川二佐も頷きながら耳を傾ける。


「我々侵攻軍が撤退し、駐屯兵だけになった所を攻撃するつもりとか……?」

「その可能性は十分考えられる。魔族側からしたら三万の軍勢を相手にするより、コンクリの壁に守れた一万弱を倒す方が楽、という見解なのかもしれない」


 この任務は一週間を想定されていた。もちろんその間に戦闘があると考えて、その為の備えをしていた。だが、ここまで襲撃が無いところ見ると、この連隊長の意見は一考の余地があると宮内は考えた。


「今は七日の朝か。食料は今日含め残り三日分だな?」


 宮内の質問に隊長達は首肯で返す。


「あと二日伸ばせるように食料の配給を調整しろ。もちろん水もだ」

「はっ!」


 その場いる壮年の士官たちは一斉に返答し、会議は終わった。

 北川は会議室を後にしながら考える。本当にクシフォスは来る気がないのか。もっと恐ろしい計画が動いているような感覚が、脳から全身へ拡散される感覚に陥る。


 ――不気味な静寂が支配する川越前線基地の一角に設置された天幕で蒼夜は死体と向き合っていた。


「天野中隊長……」


 腐敗が進み崩れた顔の面影を頼りに、蒼夜はかつての戦友たちの遺体の身元確認を行う。

 工兵が修復工事を進める中で、瓦礫の裏などから発見したのだ。

 賢治の遺体だけは横で倒れていた蒼夜と一緒に回収されていた。


「こちらは第八中隊の中隊長天野一尉で間違いありませんね?」


 遺体検分に立ち会っていたどこかの連隊の医務官が、感情を出さずに問う。噎せ返るような腐敗臭がマスク越しにも鼻を衝く。


「はい、間違いありません」

「ありがとうございます。こちらの遺体は?」


 医務官がタッチパネルを操作した後、隣の遺体を失礼のないように指す。


「後藤二曹です」


 蒼夜はその場にいる十三体の遺体の身元を医務官に伝え、天幕を出た。

 外には東堂が蒼夜を待っていた。


「すまないな。仲間の遺体検分なんてさせて。生き残りがお前しかいなくてな」

「分かっています。問題ありません」

「全部身元は分かったのか?」

「はい、同じ中隊の遺体だけでしたので何とか」

「そうか。これで埋葬してやれるな」

「……はい」


 蒼夜は少し目を細め天幕へ振り返る。

 そして敬礼を送る。東堂もそれに続き敬意をかつて生きた戦士達へ送った。

 二人が天幕前まで戻ると、美月とほのかがどこからか笹を持って来ていた。


「あ、東堂さんのお兄さんと蒼夜君。お帰りなさい」


 ほのかが二人に気付き、笹を見せつけるように持つ。


「それは笹か……。ああ、七夕か!」

「そうなんです!短冊も立川基地で用意していたのでありますよ!」


 東堂が腕時計の日付表示を確認し、七夕であることに気付く。美月が円匙《シャベル》で土を掘る手を止めて東堂と蒼夜に説明する。


「七夕伝説の行事ですね。本で読みました」

「お、蒼夜は偉いな。ちゃんとりんちゃんから渡された本を読んでいるんだな」

「はい、常識も軍人の素養です、と言われて……」


 蒼夜はついに本で読んだ知識を披露出来たことに少し嬉しさを感じつつ、美月に手を差し出す。


「掘るの代わりますよ」

「え、いいの?」

「はい」


 そう言って円匙を受け取り黙々と土を掘る。


「それにしてもどこからこんな立派な笹を持って来たんだ?」


 東堂の疑問はほのかを喜々として答える。


「小田一尉にお願いして哨戒任務中に見つけて来て貰ったんです!」

「小田に何お願いしてるんだよ……」

「快く請け負ってくれましたよ。任せろ!俺にも短冊一枚頼んだぜ!って」


 ほのかが小田の真似をしながら親指を上げて言う。

 蒼夜は穴を掘りながら聞いていたが、当時の小田の顔が想像できる、と思った。


「蒼夜君そのくらいで良いよ」

「分かりました」


 美月の言葉に蒼夜は手を止めて額を拭う。ほのかが笹を穴に刺し完成した。


「さて短冊持って来なきゃ。あ、こちらイチナナ小隊。小田中隊長はいますか?」


 ほのかが途中でインカムに手を当て旅団全体の回線で小田を呼ぶ。返答はすぐにあった。


『こちら小田一尉。え?笹の用意できたの?おいお前ら願い事を書きに行くぞ!』


 蒼夜のインカムに、小田の言葉に続いて野太い歓声が流れて来る。

 蒼夜は飾りの無い笹を見上げて、どこか懐かしい気持ちを抱いた。

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