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東京ファンタジー  作者: 亜空
川越奪還編
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31/35

少年の意地

 立川基地の空に燦然と輝く太陽が昇る。時刻は五時半。

 起床ラッパが鳴る前に起きた來は隊舎を出て、日課の特訓を開始した。


「フッ!フッ!」


 気合の入った掛け声と共に軍刀は丸太に傷を付け続ける。丸太には一定間隔で東堂が目印をつけている。


「ここを狙え、同じ場所に十回当てたら次の目印を狙う。これを何周も続けろ」


 その言葉を忠実に守る來は手に豆が出来ても辞めずに毎朝この特訓をしている。

 立川防衛戦の前、哨戒任務中にカルナの一団が襲って来た時、銃弾が当たらず役に立てなかった。その後悔が今も胸に突っかかる。


「今日も朝からやってんね。偉いよ本当に」


 タンブラーにコーヒーを淹れた東堂がいつも通りの呑気な表情で來の元に歩いて来た。


「おはようございます!」

「おはようさん。うーん、やっぱちょっとブレてんな。十回連続は難しいか?」

「やっぱり難しいですね。体が思った通りに動かないというか、軍刀の重さを制御出来ていない感覚です」


 丸太を観察する東堂の指摘に、來は汗を拭いながら答える。


「この修行始めて一カ月くらいか?お前剣の才能はからっきしだな」


 東堂の現実を突きつける言葉に、來は顔色を曇らせる。


「だが、お前の才能は剣じゃないところにあるぞ。努力を継続出来るところだ。お兄さんの家でもやってただろ。見れば分かる」


 來は顔を上げて微笑む。実直に東堂の教えを守って来たと自負しているが、その実りはまだ先のようだ。


「蒼夜君と小田一尉の模擬戦、東堂さんはどう見ましたか?」

「あー、そうだな」


 東堂は來の質問に思案顔を浮かべる。


「蒼夜はまだ本気じゃない、と思ったね」

「え⁉かなり苦戦しているように見えましたけど?」

「まあ苦戦はしてたな」

「なら何で?」

「いつもと違った戦い方だったから、かな」

「いつもと違う……」


 來は反芻するように呟く。いつも通りの綺麗な太刀筋だったと思う。


「まあ勘でしかないけど、蒼夜も立川防衛戦で何かを掴んでそれを試そうとしている風に見たって感じ」

「なるほど」

「そうだ、今日蒼夜と模擬戦するか?」

「え⁉」


 突然のことに來は戸惑いを隠し切れない。蒼夜は小隊最大戦力だ。そんな彼と模擬戦をしても瞬く間にやられてしまう。そう思い來は拒否をしようとする。


「まだ早くないですか?」

「別に大丈夫だろ。お前も何か掴んで来い」


 そう言って東堂はタンブラーを傾け、コーヒーを啜る。

 陽はさらに高くなり起床ラッパが鳴った。

 隊舎に戻ると室内はすでに騒々しい様相を見せている。


「おい誰だつまみ食いした奴は!」

「私じゃなーい」

「自分も違うっすよ」


 陸のお怒りに対し近くにいたほのかと一馬が答える。そこで陸が目を付けたのはテーブルにいる志信だった。


「おいてめぇ、瞬間移動で持って行ったな?」

「冤罪ですよ!そんな!鍋投げないでグハッ!」


 志信の頭部に命中した鍋は、読書をする蒼夜の足元に転がる。

 タイトルは「中学生のための常識」。

 來は東堂の言葉で張りつめていた緊張が一気に霧散するのを感じる。多分、蒼夜君は常識と引き換えに、剣の才能を得たのかもしれない。そんなことを考えながら朝の喧騒に入っていった。


 ――隕石爆撃で破壊された旧隊舎は単純な訓練施設に建て替えられた。生活に必要なインフラの整備には時間がかかり過ぎると結論付けられたからだ。

 蒼夜達は訓練施設に入り、準備運動を始めていた。

 東堂は準備運動をする隊員達に訓練内容を説明する。


「今日は模擬戦だ。対戦カードを発表する。まずは一馬と陸」


「はーい」「了解っす」


 二人が返事をする。


「ほのかと美月。楓と玲」


 四人は納得といった様子で返事をする。


「志信と陽斗」


 ここで違和感が流れる。残ったのは蒼夜と來。

 まさか、と皆が東堂を見る。


「最後、蒼夜と來。以上だ」


 どよめきが起こる。普段は、実力の近い隊員同士が模擬戦を行う。たまにチャレンジマッチとして格上と戦うこともあるが、今回は小隊最上位の蒼夜と最下位の來だ。

 蒼夜はいつも通りの無表情、來は緊張気味の顔だ。


「蒼夜、間違っても來に大怪我負わせないようにな」

「なぜですか?」

「いや、ほら実力差が、ね」


 陸が蒼夜を小突きながら忠告する。蒼夜なら実力関係なく本気でやりかねない。美月は密かに治癒魔法の覚悟をする。

 だが、東堂は逆だった。


「蒼夜、本気でやれ。もちろん死亡、または復帰不可能な攻撃は禁止だ」

「はい」


 まじかよ、という声が小隊の間に溢れる。


「來、いいな」

「はい」


 声の震えを必死に抑える來だが、上手くできた自信はない。

 そして模擬戦が始まる。


「よろしくね蒼夜君」

「はい、お願いします」


 來は木刀を持ち、蒼夜の正面に立つ。その瞬間背筋が凍る感覚に陥る。

 蒼夜の眼光だけではない。その立ち姿、纏う歴戦の雰囲気が來の足を竦ませる。


「では、始め!」


 東堂の号令に小隊が一斉に木刀を振るい始める。

 だが、來と蒼夜は膠着状態に入る。

 蒼夜はまだ見たことない來の剣筋を警戒して、來は竦む足に動きを奪われている。

 数秒が経った頃、微動だにしない來に対して、蒼夜は一気に肉薄する。

 気付いた頃には蒼夜はもう目の前にいた。


「ウワッ!」


 慌てて剣で蒼夜の斬撃を防ぐが、その抵抗虚しく、來自身の剣が押し戻され吹き飛ばされる。

 尻もちを搗き、体勢を崩した來に対して蒼夜は容赦なく追撃に出る。

 上段から振り下ろされる剣に対して來は剣を両手で持ち防御するが、木刀が音を立てて撓む。


「え?」


 初めてみる光景に來は思わず声が漏れる。木刀が曲がるなんてどんなパワーで剣を振っているのか。

 蒼夜は一度退き剣を構え直す。

 來も腰を上げ、立ち上がり構え直す。普段、鋼の塊である軍刀を振っているからかやけに手元が軽い。

 息を大きく吸う。そして吐く。

 蒼夜の剣筋は戦場で後ろからずっと見ていた。その背中を守るためにスコープを覗き余計な敵を排除してきた。だが、その背中は思ったよりも大きかったようだ。

 蒼夜が再び地面を蹴り、目の前に飛び込んでくる。次は左上段から右下へ振り下ろそうとしている。

 來は剣を振り上げ、次は蒼夜の剣に当てる意識で振る。ただ受けるだけじゃだめだ。そう気づいた彼もまた兵士の目をしていた。

 だが、予想を裏切るように、蒼夜は肩の位置を変え、右上段に切り替え振り下ろす。

 振り上げた剣で防御も、回避も間に合わない。

 蒼夜の斬撃は來の左肩を強く打つ。


「痛ッ!」

 

 肩に焼かれたような痛みが走る。折れたかもしれない。

 剣の軌道を変えても、的確に狙った場所を外さない蒼夜に、來は驚愕する。

 日々の鍛錬の先を行く技術だ。


「一度休憩しますか?」


 平坦な声で蒼夜が言う。來は息が上がっているのに蒼夜は呼吸が少しも乱れていない。


「いや、だ、大丈夫だよ」

「了解です」


 そこから來は、ひたすら蒼夜の剣を受け続けた。体中が痣だらけになるまで何度も。


「はあ、はあ、はあ。まだまだ!」


 來はそれでも食らいつく。何度も。すでに他の隊員達は模擬戦を終え、休憩時間を迎えていた。


「あの、東堂の兄貴。止めなくて良いんですか?」

「まだだ」


 志信が遠慮がちに東堂に聞く。真剣な眼差しを來と蒼夜の模擬戦に向けたまま、東堂は答えた。


「でも來、もうボロボロっすよ」


 一馬もまた心配そうな声音で言う。


「お前ら蒼夜の事、酷い奴だと思うか?」

「いえ、そんな。ただ來が可哀想で」

「戦場で生き残る奴は、諦めない奴だ。蒼夜はそれを來に教えているんだ」


 それ以降、東堂は口を閉ざした。とても声を掛けられる雰囲気ではなかった。


 來の体力の底が見え始めた。木刀を握る手に力が入らない。

 激しく肩を上下に動かし呼吸をする。思考が鈍る。もはや反射的に剣を振るうことしか出来ない。


「……ッ、ヒュー、……ッ、は、ぁ……!」

「限界ですか?」


 言葉もまともに発せない來に対し、蒼夜はいつも通り平坦な声で問いかける。


「まだッ、ヒュー、まだいけるよッ!」


 細い声で答えた來は残った力を振り絞り剣を構える。不格好な正眼の構え。

 それに対して、蒼夜も正眼に構え直す。

 美しい構えだ。背筋を伸ばし、切っ先を來の目に合わせる。肩は脱力し、足は適度に開く。

 來は蒼夜の真似をして背筋を伸ばす。息を吸い、大きく吐く。

 蒼夜は息に加速し、上段から重い一撃を振り下ろす。

 先ほどから嫌と言うほど受けたから分かる。防いだって意味がない。

 だったら。

 今まで散々見て来た蒼夜の技。

 剣の中腹で受け、滑らせる。力を斜めに逃がす。

 完全に意表を突かれた蒼夜の剣は音を立てて地面を叩く。

 來は最後の力を奮い起こし、一歩踏み込む。そして、蒼夜の顔面に的確に突く。

 一瞬目を見開いた蒼夜と目が合う。

 だが、わずかに首を傾げた蒼夜の横を來の剣は掠れ、そのまま來は前に倒れ込む。

 すでに体力を限界まで使い果たした來はもう起き上がれなかった。

 ひんやりとした床の感触と、地面に染み出る汗。

 頭上から蒼夜の抑揚のない声がした。


「大丈夫ですか?」


 見上げると手を差し伸べる蒼夜。汗一つかいていない。確かにこれは化け物の類なのかもしれない。


「あ、ありが、と」


 どうにか起こしてもらい座り込む來。そこに蒼夜が意外な一言を投げる。


「來さんは強くなれます」

「え?」

「構えとか太刀筋、力の入れ方にはまだ改善の余地がありますが、來さんの目はちゃんと見えています」

「目……?」

「斬撃をいなすにはちゃんと相手と剣筋を見なければできませんから」


 ここで來は気付いた。これは蒼夜なりのアドバイスだと。


「そう、なんだね。ありがとう。胸に刻むよ」

「いえ、長生きしてほしいので」


 そう言って休憩に向かう蒼夜と入れ替わりで東堂と美月が近寄る。


「最後の突き、良かったぞ。良く頑張ったな」


 美月の治癒魔法を受けながら來は答える。


「ありがとうございます。でもほとんどボコボコにされてただけでしたけどね」

「それで良いんだよ。蒼夜相手だと、この小隊の半分は來と同じようにボコボコにされるさ」

「本当に強いですね、蒼夜君」

「でも、掴んだろう」

「はい。それに蒼夜君から助言を貰いましたから、これから練習を重ねていきます」

「その助言は來、お前が勝ちとったものだ。誇って良いぞ」

「はい」


 手に握る木刀を見る。今朝よりも良く手に馴染んでいる気がした。

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