表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
東京ファンタジー  作者: 亜空
川越奪還編
PR
30/32

仕組まれた歯車

 東堂と共に隊舎に戻った蒼夜は最初の下士官としての仕事を賜った。ブリーフィングの司会進行だ。

 明かりを消した大部屋で、小型のプロジェクターから投影された映像には川越周辺の地図が映し出されている。


「今回の目標は川越前線基地の奪還及び補強工事の護衛です」


 端的な言葉が隊舎の大部屋に響く。


「敵主力は偵察部隊よりアルグス、個体名「クシフォス」とその配下の軍勢5万。内訳は不明。クラトシア軍の内訳を参考に作戦が立案されているそうです」


 川越、と聞き陸と來の顔に緊張が走り蒼夜の顔を見る。普段通りの真顔で話しているが、その内面では何を考えているのか。

 先の戦闘の前に三人で語った夜を思い出す。蒼夜は未だに復讐に囚われているのだろうか。


「本小隊の役割は単純です。偵察大隊から敵位置の情報を受け、各個撃破していく掃討作戦。その過程でもしクシフォスとその軍を見付けたら退避し侵攻軍指揮本部に連絡します。その後、工兵部隊の護衛です」


 ここまで一気に話し、一呼吸置いた。


「質問がある人はいますか?」

「はい」


 手を上げたのは楓だった。


「もし退避出来ない状況になった場合はどうするの?」


 質問を受けた蒼夜は一瞬、東堂の顔色を窺う。北川から作戦概要を聞いた時、蒼夜も同じ質問をした。


「その場で志信さんを除く全員でクシフォス討伐を敢行。志信さんは転移魔法で離脱後、本部に連絡し応援を」


 緊張が走る。絶望的戦闘になることは明白だ。


「ただもしそんな大軍で来たら、事前に察知可能です。魔力探知も新型のレーダーでの索敵も十分にするそうです。なのでその可能性は極めて低いです」

「なるほど。まあ五万もいれば遠目にも分かるし節穴じゃなきゃ大丈夫か」

「はい、なので問題は掃討作戦後の防衛戦です。編成される侵攻軍は三万。基地が完成すれば防衛戦は戦えると思いますが、それまでにクシフォスが来る場合が最悪なシナリオで一番可能性が高いです」


 蒼夜の声に耳を傾けていた皆もそれが一番恐ろしいと感じていた。先の立川防衛戦はアークウォールがあったからこそ三日間を戦い抜けた。川越前線基地の防衛能力は分からないが不安は大きい。


「はい」


 次は來が質問をした。


「そもそも、川越前線基地の強度はどの程度なんだい?」


 蒼夜は数カ月前の地獄の戦場を思い出す。司令庁舎が消し飛び、鉄条網は何も意味をなさなかった。


「敵通常戦力に対してならそこまで心配はありません。ただ改修工事の強度次第ですが、前回クシフォスが来た時は数分で外壁を突破され、基地内は一分以内に壊滅しました。もちろんそれは我が方の戦力が九割削られた後ですけどね」


 息を飲む音がする。蒼夜が淡々と喋っているが、数カ月前に彼自身が体験したことを話しているのだ。

 東堂は資料で読んでいたが、想像を脳が拒絶する。


「質問はありませんか?」


 誰も手を上げず黙る。


「ではブリーフィングは終わります」

 

 蒼夜はそう締めくくり、プロジェクターが暗転し、部屋の明かりが点いた。

 

 ――美月とほのかは二階の部屋に戻り、先ほどのブリーフィングについて話し始めた。


「蒼夜君の前の部隊は全滅したって聞いてたけど、改めて聞くと本当に可哀想ね」

「そうだね、普段は無口で無表情で、何を考えているのか分からないけど、やっぱり辛かったんだろうなー」


 辛いなんてものじゃないだろう。美月は蒼夜の心情を想う。


「凛花さんの家から基地に戻るとき、蒼夜君だけ戦没者墓地に行くって言ってたの。桧垣一佐が埋葬されたって聞いた後だからその墓参りかと思ったけど、多分、旧友の墓参りも兼ねてたのかもね」

「私の前の隊も壊滅したけど、三割は生き残ってたし、一人生き残るっていうのは本当にやるせないよね」


 ほのかもまた、地獄を見た兵士だ。

 この終わりの見えない戦場がどこまで続くのか、そんな中で笑うために、そして蒼夜の心を救うために何が出来るのか、美月は首から垂れる指輪に触れながら思案する。


「私も強くならなくちゃ」


 美月はそう呟く。


 ――蒼夜は部屋で凛花が押し付けてきた本を読んでいた。

 タイトルは「小学生のための常識」。

 電車の乗り方から冠婚葬祭の手順まで幅広い題材が書かれている。

 そこに陸がドアをバンッと開け、駆け込んで来た。


「蒼夜!小田さんが一本勝負しよぜだってさ!行こうぜ!」


 あの人確か重症でしばらく安静だったのでは。もう剣を振っているのか。僅かな驚嘆を顔に出す。


「分かりました」

「よっしゃ!注目の対戦カードだぜ!」


 陸のテンションの上がった声に他の男の子たちが群がる。


「え?蒼夜さんが小田一尉と⁉」

「見たい!見たい!」


 そんな声があちこちから届く。


「じゃあ小隊の皆で観戦しようぜ」


 と、言うことで小隊総出での観戦となった。

 場所は第一中隊の隊舎前。

 すでに小田が木刀を持って待機していた。


「お、来たな有名人!」

「どうも」

「悪いな急に呼び出して。陸の稽古をつけてたらお前の話題になってな」

「そうなんですか」

「ここらでうちの旅団の最強を決めようか」


 片側の口角を上げ小田が蒼夜を挑発する。

 背後では第一中隊の隊員達が缶ビールを片手に騒がしくしている。


「小田一尉やっちゃって下さい!」

「負けたら全員に缶コーヒー奢りっすよ!」

「小僧も頑張れよー!」


 野太い声が矢継ぎ早に飛んで来る。


「東堂、審判頼むわ」

「分かりました。蒼夜、負けんなよ」

「それは難しいかもしれません」


 小田から木刀を受け取り、陸達が期待の眼差しと第一中隊の好奇の目を浴びながら構える。


「相手を死亡、または戦闘不能にする攻撃、または武士道に反する行いは全て禁止。それ以外は実戦を意識すること。両者用意はいいか?」


 東堂を挟み小田と向き合う。


「ああ、こっちはいつでもいいぜ」

「自分も行けます」


 東堂が右手を上げ、そして鋭く下げる。


「始め!」


 先に動いたのは小田だった。身を低くし下から木刀を振り上げる。

 蒼夜は木刀の根本でそれを受け、手首を使いいなす。

 途端、どよめきが起こる。


「小田一尉の振り抜きをいなしたぞ!」

「俺防御しても吹っ飛ばされるのに」


 そんな声が聞こえる。

 蒼夜は一歩下がり距離を取る。手の平に先ほどの衝撃が残る。

 舐めていた訳ではないが想定以上の重みだった。

 小田がいなされた勢いを反転させ片腕で剣を横に振り抜く。狙いは蒼夜の首だ。

 蒼夜はあえて剣をぶつけるように振る。

 鈍く甲高い衝撃音に周囲は息を飲む。

 両者の木刀が撓み弾かれる。

 手の平に伝わる衝撃を無視して一歩強く踏み込む。

 コンクリートの反動を剣に乗せ、次は蒼夜が下から剣を振り抜く。狙いは小田の左腰。

 小田は両手で柄を握り、体重を乗せ蒼夜の剣を弾き返す。

 反動で蒼夜ごと一歩分、吹き飛ぶ。

 

「重っ!」


 思わず声が出た。小田はニヤリと笑い攻撃の手を緩めない。


「まだまだ行くぞ!」


 言葉通り小田は、続けざまに連撃を放つ。

 防戦一方の蒼夜は反撃の隙を探す。

 だが、攻撃の隙間が短すぎる。本当に安静を指示されたのだろうか。

 徐々に小田の動きが早くなる。足運び、剣筋、視線誘導。全てが蒼夜の上だった。

 だが、戦場で鍛えられた蒼夜の目は、確かに小田の剣筋を見極め避け、防ぐ。

 

「防戦一方じゃ魔族に勝てないぞ!」


 小田の叱咤が蒼夜の動揺を誘うことは無かった。ただ淡々と攻撃を捌き、反撃の隙を伺う。


「胆力がすごいな、彼は」


 誰かが呟く。イベントのように騒いでいた周囲が固唾を飲んで見守る。

 そしてついに、蒼夜の反撃が始まった。

 目が変わる。

 虚構を見ているように。

 誰もがそれを感じ取る。

 小田の突きが蒼夜の額を捉える。

 スローモーションのように蒼夜の漆黒の目に映る。

 蒼夜はわずかに首を傾げつつ、膝を深く折る。

 小田の右腰から左肩をなぞるような一閃が走る。

 小田は驚愕を露わにしながら、上半身を傾け辛うじて回避する。

 振り抜いた剣を肩を回して返し、小田に肉薄する。

 小田の半長靴を踏み、逃げられないようにし首を狙う一撃。

 身体のバランスを制御出来ていない小田はひたすら強く、剣をぶつけ防ぐ。

 蒼夜は全体重を預け、右半身を小田にぶつけるように押し付ける。

 小田もまた押し返すようにぶつけて来る。

 拮抗した。

 横並びになりお互いの剣を押さえる蒼夜と小田。

 木刀の軋む音が、二人の静かな戦いを物語る。


「ずいぶんッ、えげつない事するじゃねーか!」

「……勝つにはッ、必要なことッ、だったので!」

「そうかよッ!」

 

 小田が脚力だけで、蒼夜の足を持ち上げ払う。

 力の方向が急激に変わり、蒼夜は後方に倒れ込む。が、その前に体を丸め、バク転し着地する。

 蒼夜は地面を強く蹴り、小田もまた、一歩大きく強く踏み込む。

 二人が交差し、二振りの剣が甲高い歪な衝撃音を鳴らす。

 両者の木刀が中腹で折れ、木片をまき散らしながら折れた切っ先が地面に転がる。

 一瞬の静寂。


「そこまで!」


 東堂の鋭い声が辺りに響く。


「蒼夜!さすがだぜ!」

「おい坊主!よくやった!小田一尉もさすがです!」

「よっ!希代のダブルエース!」


 小隊と第一中隊から自然と拍手が起こる。

 喝采の中、息を整えた二人はお辞儀をして握手をする。


「足踏むのは反則じゃないか?」


 笑いながら聞く小田に蒼夜は平坦に答える。


「東堂さんが実戦を意識すること、と仰っていたので」

「はっはっは!あれは完全にやられたぜ」

「それは、良かったです?」


 反応に困り疑問形で答えた蒼夜の肩を叩きながら笑う。


「また模擬戦やろうな。楽しかったわ」

「はい」


 羨望と賞賛の視線を浴びながら、蒼夜は小隊の元へ向かう。笑顔で拍手する女子組に走り寄って来る男子組。


「勝てると思ったけど惜しかったな」

「まさか脚力だけで足を持ち上げるなんて思わないですもんね」


 陸が悔しそうな顔で、志信は励ますように言う。


「蒼夜さん!この後自分と稽古良いですか⁉」


 一馬は相変わらず蒼夜と戦いたがる。


「正直もう君と模擬戦をしたくなくなったよ」


 陽斗は頷きながら彼なりの賞賛を送る。遅れて走って来た來は真剣な顔になる。


「蒼夜君、剣術は誰に教わったんだい?やっぱり以前の部隊の中隊長とか?」

「訓練兵時代に基礎を教わってからは特には……」

「我流で小田一尉と引き分けるなんてとんでもないセンスだね」


 小隊の皆からの賞賛を受けながら蒼夜達は隊舎に戻った。


 ――群馬県、旧前橋市。

 ここには今、関東地方、中部地方、東北地方に領地を持つ魔王達が集っていた。


「何とも嘆かわしい報だな」

「ああ、まさか魔王の一人クラトシアが戦死とはな。ヒト如きに敗れるなどあってはならない事案だ」

「そう言えばクシフォスも一度ニンゲン相手に撤退したことがあったのう」


 魔族達の日本での最重要拠点。その中心地に建てられた魔族達の故郷の様式で建造された城の一室で魔王議会は開かれていた。


「アレは面白い玩具を見付けただけだ。まさかその玩具がクラトシアを討つとはな」


 灰色の皮膚に黄金で紋様が描かれた体を黒いフードに隠し、紅い眼光を飛ばす。


「油断し腹の傷を負ったのによう言うわい」


 魔王が魔王を嘲笑する。

 クシフォスが殺気を放つ。ここでやっても良いんだぞ。そうメッセージを込めた殺気。だが、魔王同士の衝突は起こらなかった。


「魔王同士で争ってどうする。我々は貴重なアルグス種だぞ」

「ふん、命拾いしたな」

「若い魔王は血の気が多くて困るわい」


 仲裁した魔王は殺気が消えたことに満足げな表情を浮かべ、続けて発言する。


「かのお方から、吉報だ。件のニンゲンの剣士『ソウヤ』をカワゴエ方面に派遣することが決まったそうだ」

「ほう、目に留まる剣士は早めに殺しておく方が良かろうな。クシフォス、出番じゃな」


 クシフォスは静かに、嗤う。


「この時を待ちわびていたぞ、ソウヤよ」


 集った六体の魔王は、人の骸骨で作った杯を傾け酒を酌み交わす。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ