二つの墓標
慰労費の最後の千円で買ったのは花束だった。生者ではなく死者への。
軍服に身を包み背筋を伸ばす蒼夜の前に立つ墓標にはこう刻まれていた。
桧垣宗太郎。1998年~2040年。英雄ここに眠る。
「桧垣一佐……」
膝を付き、花束を墓標の前に供える。すでに花や、日本酒といった供え物があった。
晴天の空に太陽が昇り、春から夏への兆しを見せる。心地よい風が花びらを揺らす。
「改めて感謝を言いに来ました。一佐が命をかけて戦い魔王クラトシアに負わせた傷のお陰で、何とか勝利しました。ですが、外地には未だ他のアルグスとその軍勢が控えています」
激戦の末、亡くなった上官の顔を思い浮かべる。言葉は厳しくも優しさがあった。
「だからこそ、自分はあなたが見せて下さった背中を思い出しこれからも戦い部隊を守っていきます」
まだ仲間と呼ぶことに抵抗はある。それでも彼らのためなら限界を超えられた。
蒼夜は空を見上げる。視界いっぱいに広がる青は高く広い。
「戦いの後、街に行きました。感謝の言葉を頂きました。家族と言うものを見ました」
如月家での出来事を思い出す。遠い昔に失った家族。もう名前も顔も思い出せない。
「復讐以外の、戦う意味を知りました。桧垣一佐、まだ夢はありません。夢の抱き方も分かりません。なのであなたの夢を引き継ごうと思います。ありがとうございました」
そう言葉を残し、桧垣の墓標から一歩下がり敬礼をする。
そしてもう一つの墓標に向けて歩く。
数分後、かつての戦友が眠る墓の前に、蒼夜は立っていた。
軍帽を脱ぎ、しばらく無言で墓標を見下ろす。
胸の一番深いところにドス黒い何かが渦巻く。
そこには花も供え物もなかった。
菅原賢治。2023年~2040年。戦士ここに眠る。
「久しぶりだな賢治。そっちはどうだ?ちゃんと休めてるか心配だよ」
花束も何も供えない。ここには誓いに来たのだから。
「あれから俺、新しい小隊に配属されたんだ。隊長と副官以外全員俺らと同じ少年兵なんだぜ。でもめっちゃ強いぞ。アルグスを一体だけど倒したんだからな」
自慢げに報告する。答えは無いが、懐かしい感覚に蒼夜は顔を緩ます。
「でも、また誰か死んだらと思うと、仲間って呼ぶのが怖い」
脳裏に小隊の面々の顔が浮かぶ。今までのどの部隊よりも強い。それでも理不尽なまでに強い敵はいる。
「お前が死んでからもう半年か」
握る拳に力が入る。
「俺は必ずお前の仇を討つ。必ずだ」
墓標に手を乗せる。慈しむように、失ったものを取り返すように。
「あいつを殺したらまた来るよ。そん時にはお前の嫌いだった花束でも備えてやるよ」
蒼夜の目はすでに戦場の中にあった。憎しみと殺意の乗った狩人の目は西の空を睨む。
「じゃあ、行くよ賢治。またな」
軍帽を被り、軍服の袖を直す。そして立川基地へ向かった。
――六月一日。立川基地。
アークウォールの修復、そして立川方面の魔族勢力を排除したことで、青梅前線基地の建設が進む。資材の搬入が後を絶たない。
一週間で仮設隊舎や、司令庁舎が完成していた。
基地に到着し、検問を終えた蒼夜を出迎えたのは來だった。ちなみにしっかり慰労費の封筒の中身と領収書はチェックされた。
「やあ、久しぶりだね蒼夜君!」
「お久しぶりです。來さん」
「休暇は凛花さんの家で過ごしたんだって?僕も一度くらいお邪魔してみたいな」
「とても優しいご両親でしたよ」
今朝、蒼夜以外のお泊り組が、如月三蔵の運転で立川基地に向かう時、涙ながらに凛花だけでなく蒼夜達を見送ってくれた蓮花を思い出す。
蒼夜は単独、戦没者墓地に向かったため三蔵の見送りを見ていないが、同じように見送ってくれたのだろう。
「そっか、蒼夜君にとっても良い休暇だったんだね」
「はい」
「では、柊三等陸曹殿、一時的な我らの隊舎に向かいますか」
「やめて下さい」
わざとらしく仰々しい言い回しで案内をする來に、心底嫌そうな顔で答える蒼夜だった。
新しい隊舎は仮設とは言え、しっかりした作りだった。以前の隊舎ほど大きくは無く、生活に困ることは無い程度のものだ。外壁は白が基調で二階建ての少し広い一軒家と言ったところだろう。
來がドアを開けると、玄関の先に大部屋が見える。横には個室のドアが三つ。
「あ、蒼夜君じゃないか、久しぶりだね」
「やっと来たんだ蒼夜さん。電車で迷ったんですか?」
先に戻っていた玲と楓が、無骨な長テーブルの椅子に横並びで座り談笑していた。玲の前には美月達が買った色違いのピアスが置かれている。
「乗り換えを二回間違えました」
「馬鹿なんですか?ちゃんとメモに書いて渡しましたよね?」
「すみません」
実は電車慣れしていない蒼夜のために楓が乗る電車のホームや、乗り換え駅の詳細を書いて渡していたのだ。それでも間違えた蒼夜に呆れを隠し切れない。
「おや?二人とも以前より仲がよろしくなったんじゃない?」
來が茶化すように言う。それに対して楓は一瞬悪い笑みを浮かべて答える。
「ウチなんかより美月の方と仲良くなったよ。それこそ指輪を嵌めるほどにね」
「え⁉指輪⁉」
「おお、それは中々大胆なことをしたね」
玲は興味津々というように身を乗り出し、來は両手を軽く上げて驚きを表す。
「そうなの。でも安心して。この非常識男はそれに何の意味があるのか知らないから」
焼肉を知らなかった男だ。指輪の意味を知らないのも無理は無いかと二人は納得し興味を失う。
「それより二人は実家どうだったの?」
「玄関開けた瞬間泣かれたわ」
「兄貴の家だったけど、それなに有意義だったよ」
「ふーん。そう言えば凛花さんのお母さんもそうだったわ」
雑談は実家組の休暇の話になった。
蒼夜と來は椅子に腰かける。蒼夜は話を聞きながら隊舎内を観察する。
一階にはこの大部屋とキッチン。それと洗面所とトイレ、洗濯場がある。二階はまだ分からないが個室もしくは相部屋だろう。
二階から一馬と志信と陽斗、そして陸が降りて来て雑談に加わる。
しばらくして玄関からほのか、美月、凛花が入ってくる。気付けばいつもの騒がしい小隊が集まっていた。
突然、凛花の情報端末から通知音が鳴る。
凛花が目を通し、蒼夜に目を向ける。
「柊三曹。東堂さんから呼び出しです。司令庁舎に向かって下さい」
「了解しました」
部屋の中に緊張が広がる。蒼夜は軍帽を被り立ち上がる。
「まさか追加の処罰?」
「いやぁ、さすがにそれは……」
ほのかと美月が不安を口にする。
「すみませんが荷物を自分の部屋に放り込んでおいて貰えますか?」
「おう、俺と相部屋だから任せとけ」
「ありがとうございます」
陸が親指を上げながら請け負う。
そして蒼夜は司令庁舎に向かった。
――立川基地。司令庁舎のブリーフィングルーム。
「休暇は楽しんだか柊三曹」
「はい、十分な休息を取れました」
「ふむ。なら良い」
北川が蒼夜の目を見て一呼吸置く。横に立つ東堂の表情も固い。
「我々第十四陸戦連隊は再編され第十四遊撃旅団となった。五百名の増員と、既存隊員を合わせて二千名規模だ」
連隊は旅団へ縮小再編されたのか。戦死した四千五百名の即時補充をする余裕はなかったようだ。
「そして、約一カ月後の七月二日より新たな任務が開始となる。内容は川越前線基地奪還だ」
蒼夜の目が見開かれる。因縁の地、川越。忘れもしないアルグス、クシフォスに敗れた地。
「お前が以前いた部隊の任地だったな」
「はい」
「苦い思い出がある場所だと重々承知している。そこで希望するなら任務から外れても良いと考えている。もちろん罰則もなく他部隊への一時移籍という形でだ」
「蒼夜、正直に言って良いぞ。ここで外れても誰も責めない」
東堂が割って入る。目が心配していると雄弁に語っている。
北川もまた、同じような顔を見せる。
だが、答えは決まっていた。
「お気遣い感謝致します。ですが、自分は第十七特殊近接小隊の一員であり、何より軍人です。作戦参加を希望致します」
重い沈黙が場を支配する。断って欲しかったのだろう。東堂も北川も沈痛な面持ちで蒼夜を見る。
「本当に良いんだな?」
「はい、問題ありません」
「作戦中に再びアルグスが参戦する可能性がある。今のところは川越の更に奥にいるとの報告があるが、こっちから出れば相手も出て来るだろう」
「そうですね、奴なら出て来るでしょう」
「それでも行くのか?」
「はい」
「そうか……」
北川は意を決したように顔を上げる。
「では、作戦概要を伝える。まず先行で偵察大隊が外地に行き、前線基地周辺を偵察。その後、我々含む、侵攻部隊、総勢三万が基地周辺の敵を一掃。完了次第、工兵部隊が三個大隊で基地の修繕と補強を行い第一師団から選抜された三個連隊が駐留することになる」
始めて聞く規模の作戦だ。おそらくアルグスとの戦闘を念頭に立案されている。
「そしてお前たちの任務は掃討と工兵の護衛だ。分かりやすいだろ」
「はい」
「何か質問はあるか?」
質問か。それなら最初から疑問があった。
「なぜこの作戦が立案されたのですか?先日の戦闘で防衛軍全体でも無視出来ないほどの人的被害があったのに、なぜこのタイミングで本作戦が発令されたのでしょうか?」
「それはまあ、政治的な側面が大きいな。予算を餌に立案された。正直、今防衛軍の財政はひっ迫している。それこそ今期は先日の規模の戦闘を行えないほどだ」
そんな財政状況の軍が慰労費を出していたのか。
「そこに付け込んだ政府が、追加予算を餌に、人類の生存圏の確保を要求してきたのだ」
なんとも狡猾な立ち回りをするものだな。蒼夜はある意味の驚嘆を覚える。
「また激戦の地に、お前達を送ることになってしまい申し訳ない」
「いえ」
会釈をしながら短く答える。一見殊勝な態度だが、下を向く蒼夜の目は復讐に燃えていた。




