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東京ファンタジー  作者: 亜空
立川防衛編
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28/35

非常識な少年

 日差しは良好。道は平日のため空いている。

 如月家で朝食を頂き、蒼夜達は凛花の運転で新宿に向かっていた。軍服でショッピングをする訳にはいかないため、蓮花が用意してくれた服を着ている。

 運転席には、青く薄い生地のワンピースを着て上からカーディガンを羽織った凛花。助手席の楓は灰色のパーカーの下に白いTシャツ、そしてデニム生地のショートパンツを履いている。


「何と言うか、二人ともモノトーンって感じね」


 横に座る美月が蒼夜と陸を見て言う。二人は黒いチノパンに白いTシャツを着ており、まるで双子コーデの様だった。

 蓮花曰、男の子の服分からなくて、だそうだ。


「服なんて着られれば良いんだよ。だよな」

「はい、生地は薄いですが、通気性もあり動くのにも問題ありません」

「……今日は二人にファッションショーをしてもらうわ」


 そう言った美月はミントグリーンのシアーシャツの下に白いインナーを着込み、くるぶしが出る水色のデニムを履いている。


「凛花さん運転出来るんですね。ちょっと意外でした」

「入隊前に免許を取ったんですよ。輸送科に入りたかったので」


 軽自動車の前では凛花と楓が防衛軍の兵科について喋っている。


「兵科と言えば、壁上の砲兵の人たち無事だったぞ。休暇明けにお菓子の詰め合わせくれるって言ってたよ」

「それは良かったです」


 生きてたのか。蒼夜はカルナの隊長と殺し合って守った兵士達は。

 車内で好きに喋る陸達の言葉に耳を傾け、時々相槌を返しながら街並みを眺める。

 生産プラントがあるエリア、高層ビルが立ち並ぶエリア、ただの住宅街。ここに住む人たちはどんな趣味を持ち、人生を送っているのだろうか、そんな想像を搔き立てられた。

 しばらくすると巨大な建造物の前に車が滑り込む。

 

「着きましたよ。ルミネエスト新宿です」

「うわデケェ。一日あっても全部周れないぞ」

「大丈夫よ。楓と一緒に昨日行く店は決めてるから」


 美月が陸に昨日のうちに全行程が決まっていることを教える。


「蒼夜、どうやら砥石は買えなそうだな」

「それなら、何を買うんですか?」


 美月の方を見ながら問いかける。蒼夜としては純粋な疑問だったが、美月は頭を振るように答える。


「服よ。それに化粧品ね。女子の嗜みだもの。それと雑貨屋に行くわ」

「砥石って。四万円もする砥石なんて見たこと無いんだけど」


 得意げな美月の顔。そして楓のツッコミが蒼夜を納得させた。確かに砥石で四万円は使い切れないだろう。

 車を駐車し、少し歩くとそこは新世界だった。平日だというのに人が忙しなく行き通い、店員は笑顔を振り撒き集客に勤しむ。

 ほとんど買い物をしたことが無い蒼夜はその喧騒に戸惑うばかりだった。

 だが、彼も戦場の兵士。精神を統一させることには長けている。


「何してんだお前」

「精神統一を」

「ほんと何してんだよ」

「ただのショッピングでその目付きは怖いよ」


 陸は蒼夜の奇行に、楓は鋭い眼光に引く。


「柊三曹。ここは市街地で、市民もいます。あまり怖がらせないように。あとここに敵はいませんよ。魔力探知をしないように」

「すみません」


 日頃から魔力探知をし、警戒を解かない蒼夜にはある意味苦行であった。

 一行はまず服を見ることにした。


「凛花さん、これ今年のトレンドらしいですよ。かわいいですよね」

「いいですね。あまり派手過ぎず、それでいて華やかです。買いましょう」

「即決⁉」

「蒼夜君はこっち。はいこれ着てね。試着室はすぐそこにあるから着替えたら呼んで」

「え、はい」

「陸さんはこれでいいんじゃない?無骨で」

「楓さんや、ちょっと適当過ぎやしません?」


 蒼夜は美月の指示通り試着室に入る。手渡された服はカーキ色のパンツと、軽い模様の入った白基調のワイシャツだった。

 着替えて美月を呼ぶ。


「着替えました」

「おお、似合ってるね!じゃあ次はこれね」

「……はい」


 まだ着るのか。そんな目を向けるが美月は笑顔を崩さず見返す。

 それからしばらく、蒼夜は着せ替え人形のように着替え、試着室のカーテンを開け閉めを繰り返した。

 

「おい楓!誰がこんな金ピカなシャツを着るんだよ!今時ロックバンドでも着ないぞ!」

「えー?陸さんなら似合うかな、って思ったんですけど」

「選ぶならもっと都会に紛れられる服にしろよ!」


 向こうは向こうで苦労しているようだ。


「じゃあ次はこれね。これ絶対似合うから!」


 テンションを上げて美月が次の服を持って来た。黒いオーバーサイズのジャケットに、白いTシャツ。少しゆったりとした灰色のデニムパンツ。そしてなぜかシルバーネックレス。

 着替えてカーテンを開けると女性三人が驚きの表情を蒼夜に向ける。


「やっぱりめっちゃ似合ってる」

「現代的だし似合ってると思いますが、私的にはもう少しすっきりとした服装が良いと思います」

「凛花さん、それ個人的趣味入ってません?ウチは良いと思うよ」


 試着室の鏡を向く。そこにはただの少年が立っていた。街にいそうなただの少年だ。


「これにします」

「うん!そうしよう」


 美月は照れたような顔で頷く。

 

「ついでに髪も整えて貰えよ。美容室あっちにあったぜ」


 いつの間にか買い物袋を持った陸が美容室を勧める。


「美容室?って何ですか?」

「お前ほんといつの時代から転生して来たんだよ。髪結床って言えば通じるか?床屋だよ。髪切るところ」

「ああ、床屋ですね」


 確かに伸びてきたし、切ってもいいか。前髪がそろそろ目にかかりそうだ。

 陸もまた前髪を触りながら言う。


「俺も切ってもらおうかな」

「じゃあ、男子二人は美容室ね。私たちは化粧品を見て来るわ。一時間後にあそこのレストランに集合ね」


 楓の提案に乗り蒼夜と陸は美容室へ向かった。

 初めての美容室は衝撃だった。まずシャンプーをしてもらう。他人に洗われたことのない蒼夜は明らかに警戒し、美容師を困らせ、陸を笑わせた。

 そして髪を切ったと思えば得体の知れない粘性の物を髪に付けられる。


「ワックスって言って髪をスタイリングするんだよ」


 陸の言葉が無ければ逃げ出すところだった。

 

「はい、終わりましたよ。蒼夜さん。かっこよくなりましたね!」


 美容師は張り付けたような笑顔で鏡越しにお世辞を言う。鏡には黒髪を少し切り、片側を耳にかけて残りを逆側に流した、オシャレな髪型になった蒼夜が映っていた。


「よし、集合場所に行くか。確かこっちの方のレストランだったよな」


 陸もまた赤髪をシャープに揃えている。

 レストランにはすでに女子組が揃っていた。


「いいじゃん!蒼夜君やっぱイケメンの原石だったか」

「退役してもモデルで食べていけそうですね」


 楓と凛花が各々蒼夜の変わりようを評価する。

 美月は珍しく口をあんぐりと開けて蒼夜を見ていた。そこまで変だっただろうか。


「さあ、好きなものを頼んで下さい。あ、もちろん自分のお金ですけどね」


 蒼夜は空いていた美月の隣に座りメニューを見る。イタリアンのため、パスタやピザの種類が豊富だ。とりあえず一番高いパスタと一番高いピザを頼んだ。

 ランチを終えた一行は次に雑貨屋をめぐることにした。


「このピアスかわいいー!」

「色違いあるからお揃いもいいかもね」

「それ良いですね。ああ、でもほのかと玲のも買っておかないとですね」


 女子トークが花咲く横で蒼夜と陸は荷物持ちに徹していた。


「いいか、蒼夜。女子との買い物は時間と体力、そして気力が奪われる。それを悟られない技量が必要になるんだ」

「なるほど。演技力ですね」

「そういうことだ。人類の男はこうやって大人になって行くらしいぞ」

「これも大人になるため……。今日一歩大人になった気分です」

「お前の場合は常識の階段を上って欲しいよ」


 遠い目をした陸が漏らした言葉に蒼夜は疑問を浮かべる。そこまで常識が無いだろうか。基地内の規則などは大体把握してるはずだ。


「陸さーん、このネックレスとこっちどっちが良いと思います?」


 楓が少し離れた場所から陸を呼ぶ。


「そんくらい自分で選べよ」


 そう言いながら陸は楓の元へ行った。

 一人になった蒼夜は周囲を見渡す。賑わいを見せる店内には家族連れ、友人やカップルが多くいる。ここの男たちもまた演技をしているのだろうか。

 視界の端に何かを真剣に見ている美月が見えた。ガラスにショーケースの中を覗き込み思案顔を浮かべている。

 蒼夜は近づき声を掛けた。


「何を見ているんですか?」

「蒼夜君。指輪を見ているの。これ綺麗だなって思ったのだけど、高いなって思って」


 ショーケースの中身は指輪だった。そう言えば桧垣一佐も薬指に付けていたな。案外オシャレに気を使っていたのか。

 美月が指差す指輪の値札を見ると一万五千円だった。蒼夜の残金は三万円。


「慰労費はもう無いんですか?」

「うん、服と化粧品買ったから足りないかな」


 はにかむように笑い美月。これはお金を使うチャンスなのでは、そう考えた蒼夜は買うことを決めた。


「すみません、この指輪下さい」

「はい、こちらの指輪ですね」

「はい、それです」


 店員に美月が欲しがっていた指輪を、指差す。

 

「え、悪いよ。蒼夜君だって欲しいものあるでしょ?」

「自分がこの後買う予定なのは千円だけなので余ります」

「ええ、でも指輪だよ?」


 美月が少し頬を朱く染めながら聞く。

 だが、蒼夜はその質問の意味を理解出来ていなかった。


「はい、指輪ですね」

「え?意味分かってない?」

「どういう事ですか?」

 

 途端に美月は頭を抱える。あー、なるほどね、やっぱそうだよね、などと呟くのが聞こえた。

 店員はこの会話を聞き関係性を察すと、とある提案をすることにした。


「お会計一万五千円です。こちら指輪を入れる箱もお付けさせて頂きます」

「ありがとうございます」


 そう言って指輪をそのまま受け取った蒼夜に店員が一言付け足した。


「こちらのお客様の右手の薬指に嵌めてあげて下さい」

「右手の薬指に……。分かりました」

「ちょっと店員さん⁉」


 その行動にどんな意味があるのか分からないが、一般常識を知る店員さんが言うなら間違いないだろう。

 言われるがまま、慌てる美月の手を取る。女性らしい柔らかく細い指だった。傷つけないようにそっと、指輪を嵌めた。


「では、行きますか」

「え、あ、うん。そうだね」


 ニヤニヤする店員を背に、蒼夜は顔を真っ赤に染めた美月に手首を掴まれ、陸と楓がいる方へ連れて行かれた。

 陸は、赤面する美月とその指に嵌められた指輪を見て、蒼夜に事の顛末を聞いた。


「はっはっは!蒼夜、おま、はっはっは!やべぇ腹いてぇ」

「うわぁ、蒼夜さんサイテー」

「え?何か変なことしましたか?」

「いや、うん。大丈夫、蒼夜君は悪くないよ。安心してね」


 陸は大爆笑し、楓はゴミを見る目で蒼夜を見る。美月に至ってはまだ俯いている。


「はあ笑った笑った。そういや凛花の姉貴はどこだ?」


 陸と楓は周囲を見渡すが、見付けられない。蒼夜は魔力探知で探し出す。


「こっちですね」

「おい、魔力探知するなって言われてただろ」

「索敵ではなく、捜索です」

「物は言い様だな」


 蒼夜の案内で四人は凛花の元へ向かう。彼女が居たのはぬいぐるみコーナーだった。真剣な眼差しでぬいぐるみを吟味している。


「どっちも可愛いですが、抱き心地はやっぱりこっちかな」


 成人女性はぬいぐるみを抱いて寝るらしい。


「凛花さん、意外と乙女で可愛い」


 楓が凛花を眺めながら言う。美月もそれに同意するように頷く。

 凛花は結局抱き心地の良い方を選んだようだ。もう一方のぬいぐるみを口惜しそうに見ながら棚に戻す。


「あ、」


 凛花がこちらに気付き固まる。手に持つぬいぐるみを隠そうとするが既に手遅れだ。

 

「……紫石術式、白鳳召喚……」

「ちょ、ここデパート!凛花の姉貴⁉」

「凛花さん落ち着いてーー!」


 陸と楓が慌てて魔法を行使しようとする凛花を止めに入る。


「冗談ですよ。そんなに慌てないで下さい」

「ああ、良かった」


 楓は安堵の表情を浮かべるが、蒼夜と陸は分かっていた。一瞬だが魔法発動の兆候は確かにあった。


「は、はは。こっちは蒼夜以外ほとんど慰労費使い切りましたよ」


 陸が渇いた笑みを浮かべながら報告をする。残りは交通費とかで使えば空っぽだ。


「了解です。私もこれ買ったら使い切ります」

「じゃあレジ行っちゃいましょ」


 陸の先導で一行はレジへ向かう。

 凛花がぬいぐるみを店員に渡し、会計をするとき店員さんが話かけてきた。


「皆さまは防衛軍の方々でしょうか?」

「はい、おっしゃる通りですよ」

「ああ!やっぱり。そちらの封筒に東京防衛軍のマークがあったので!」


 慰労費が入った封筒のことだ。確かに裏面には東京防衛軍の象徴である盾と二振りの剣のマークが入っている。


「いつも私たちの生活を守って下さり、本当にありがとうございます」


 雑貨屋を出るとき、店員総出で見送りをしてくれた。もちろんニヤニヤしていた店員もだ。

 一行は蒼夜以外、慰労費を使い切り楽しいショッピングを終え、凛花の家への帰路に立った。

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