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東京ファンタジー  作者: 亜空
立川防衛編
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27/35

戦う意義

「慌てるな。先に敵情の分析」

 

 陸が静かに呟く。志信が待ちきれないという目を返す。


「勝機は十分です!相沢一等陸士!」

「まだだ!神谷二等陸士。敵はまだ焼けていない!」


 肉が焼ける匂いが鼻孔をくすぐり、油が飛ぶ音が不規則に鳴る。

 

「待って下さい。新手が来ました!どうしますか柊三等陸曹どの!」

「え……、順番に焼けばいいと思います」


 一馬からの報告に蒼夜は少し困惑の色を浮かべて答える。

 次の瞬間、陸が大声を上げた。


「今だ!突撃ぃぃいい!」


 そう言って七輪の乗せられ焼かれたタンを摘まみ上げる。


「うまあああああい!」

「野生の肉も良いけど焼肉屋のは別格だ!」


 陸と志信が至福の表情でタンを頬張る。

 ここは焼肉屋「和牛炭火・苑月えんげつ」。

 慰労費をどう使うかを考えた結果、東堂を除く全員で高級焼肉へ行くことになった。場所は東京保護区の中央、新宿区だ。

 商業ビルの最上階に入ったこの店は市民の贅沢の一つらしい。軍の制服で入るには少し場違いな気がしたが、これしかないのだから仕方がない。


「蒼夜君、これも焼けたよ。味付けは何が好きなの?」


 隣に座る美月が菜箸で肩ロースを取り皿に入れる。

 目の前で豪快に食べる陸達と違い上品な食べ方をする美月とその奥に座る來。


「ありがとうございます。味付け?」


 箸で肩ロースを持ち上げたものの、三種類の調味料が入った横長の皿の上で止まる。


「左から醤油タレ、岩塩、レモン汁だよ。焼肉初めてなの?」

「はい、保護区内にあまりいなかったので」


 そう答えながら調味料の皿を眺める。岩塩ってなんだ?と思いながらとりあえずタレに付けて食べる。


「私は肩ロースならレモン汁ね!さっぱりして美味しいから」


 美月の主張に対して陸が反論する。


「何言ってんだ!ロースは塩だろ!レモン汁はサーロインとか重いやつにかけるのが美味いんだよ」

「自分はワサビっすね!あの鼻に来るツーンとした感覚がロースと合うんですよ!」


 美月とは反対の横に座る一馬が三つ目の選択肢を力説する。

 それぞれ好みがあるようだ。


「お肉は全部タレに付けてご飯と掻き込むのが一番美味しいんだよ」


 來が山盛りのご飯に肉を乗せて食べる。確かメニュー表には小盛り、並盛り、大盛り、そして日本昔話盛りがあったが、あれはどれに当たるのだろう。


「來くん、御曹司のくせに食べ方庶民だなぁ」


 來の正面に座る楓が來の食べ方に意外感を持って言う。

 來は微笑みながら答える。


「日頃から野生の肉とか、レーションばっかり食べてるからね。実家のシェフの味とかもう忘れたよ」


 そう言いながら幸せそうに白飯と肉を口に運ぶ。


「いいですか。良い肉を育てるにはまず火に直接当てないことです。そして小まめに裏返して焼き色を入れていきます」


 少し離れた席では凛花の焼肉講座が開かれていた。


「凛花さん、こんな時でも真面目なんですね」


 苦笑いを浮かべながら玲は白米と肉を交互に食べる。來より彼女の方が、育ちが良さそうだ。

 そして玲の隣では、ほのかは中々豪快に食べる。


「お肉美味し!」


 そう言って巨大なステーキにかじりつく。あれは確かすだれ焼きというやつだ。

 陽斗に至っては無言で肉を掻き込んでいる。

 皆好きに食らい、楽しんでいる。


「そう言えば東堂さんはなぜ来ていないんですか?」


 蒼夜は誰にという訳ではない質問をする。答えは凛花から来た。


「東堂さんはご家族と休暇を過ごされるようです。まあ第二師団の師団長がお父様ですから逆らえませんよね」


 一瞬、テーブル全体が静まる。肉の焼けるパチパチという音だけが響く。


「えええええ⁉兄貴の父さん師団長なんですか⁉」

「マジっすか⁉」

「師団長って階級どこだっけ、将補⁉」


 陸と志信、そして楓が大声で驚く。


「私たちの小隊ができたのは、東堂さんがお父様にお願いして出来たんですよ」

「そうだったんですか。部隊創設時からいたけどそれは知らなかったです」


 來が頷きながら納得する。蒼夜は配属されてまだ一カ月だが、皆いつからこの小隊に属していたのだろうか。


「美月さんはいつからこの小隊に?」

「私は去年の一月からね。今年で一年と四カ月かしら」

「ちなみに俺は二年だ!その時はまだ東堂の兄貴と凛花さん、それと來と楓しかいなかったな!」


 陸が話に割り込む。

 

「そうね、私が次に入って、陽斗とほのかと玲が同時に入ったわね」

「そんで自分と一馬が去年の十二月に配属されたっス!」


 志信が肉を頬張る一馬を指差しながら言う。


「変な経緯で増員した小隊だけど、どうかしら蒼夜君?」

「配属初日より慣れて来ました」

「良かったわ。でもそろそろ敬語はやめて欲しい所だけどね」


 美月の言葉に蒼夜は少し考える。大切なものが増える感覚と失う感覚。どれもまだ蒼夜には超えられていないものだった。


「そう、ですね。そのうちに」

「うん」


 美月はただ微笑み七輪で焼かれている肉に目を向けた。

 蒼夜は気付かなかったが、陸もまた静かに蒼夜を見ていた。戦友の過去に触れて良いのか、触れることが蒼夜の為になるのか。一瞬の葛藤が陸の目に浮かぶ。


 二時間後。小隊の面々は店内のソファでぐったりとしていた。食べるのにもまたエネルギーを使うようだ。


「はあ食った食ったー。もう今日は食えねーよー」


 一馬が横で腹を摩る。蒼夜自身もまた、今日はもう飯は良いかなと思えるほどのご馳走を食べ尽くした。

 

「今日はこの後どうするんでしたっけ?」


 志信がアイスを頬張りながら聞く。

 陽斗が眼鏡の中央を上げながら答える。


「基地に戻るなと言われているから会計次第だな。五十五万円使い切っていれば帰隊できるぞ」

「いや、絶対そんな使ってないでしょう」


 玲が冷静にツッコむ。


「ちなみに会計いくらなんだ?」

「高いお肉だけ頼んでたから半分くらいは使ったんじゃないかな?」


 陸の問いにほのかが返す。

 ちょうど店員から会計を貰った凛花が発表した。


「皆さん、明日から散財頑張って下さい。お会計は十万六千円でした」

「え、半分も行ってない⁉」


 ほのかが絶望の顔をする。

 他の面々は、それはそうだろう、といった表情を浮かべる。


「そこで皆さんに提案です。実家に帰省したい人はいますか?それ以外のメンバーは私の家に泊めます」

「あー、じゃあ自分は実家に帰ります」


 一馬が手を上げる。それに続いて玲、志信、陽斗、ほのか、そして來が手を上げて言う。


「自分は実家ではなく兄の家に行きます」

「分かりました。では美月、楓、陸、そして柊士長、じゃなくて三曹は私の家に泊まりなさい」


 皆が了解の言葉を発し、荷物をまとめ始める。楽しい宴会は終わりを迎えた。

 会計を終え、新宿駅の総武線ホームの階段前で帰省組とお泊り組に分かれた。


「四日後の六月一日が強制帰隊日ですので忘れないように」


 凛花の注意事項を合図に解散した。


「では私の家に行きましょうか」


 蒼夜達は総武線のホームへ上がり電車を待つ。ホームから見える景色に蒼夜は不慣れでソワソワしていた。そんな蒼夜を見て陸が聞く。


「そんなにソワソワしてどうした?」

「電車、今日初めて乗ったのでまだ不慣れで」

「電車乗ったことなかったの⁉」


 美月が聞き返す。楓も凛花も驚いているようだ。


「はい、ずっと施設にいましたし、入隊してから一度も市街地に行ってなかったので」

「休暇とか貰ってなかったんですか?」


 楓が思わず、といった様子で聞く。


「いえ、休暇はありましたが、基地内で過ごしていました。ああ、でも一度だけ外地でキャンプしましたね」

「壁の外でキャンプって」

「偵察済みの地域でしたから」


 蒼夜の答えに凛花が呆れて言葉を失う。

 そんな雰囲気を察してか電車が音を鳴らし、到着した。


 電車に三十分ほど揺られ到着したのは平井駅。東京都と千葉県の境目付近だ。

 駅を出て徒歩十分ほどで凛花の家にたどり着いた。

 凛花の家は庭付きの一軒家で、表札には如月の文字が彫ってある。凛花が家のインターホンを鳴らすと出迎えたのは恰幅の良い中年女性だった。


「凛花ーーー!」


 女性は凛花を見るなり満面の笑みを浮かべ抱き着いた。

 

「母さん、ただいま」

「無事で良かった。ほんとに良かったわ!」


 凛花の母親のようだ。満面の笑みを浮かべたと思えば、次の瞬間には目じりに涙を浮かべている。


「ちょっと母さん、部下の前だから少し落ち着いて」

「あら、ごめんなさい」


 文句を言いつつも凛花の目にも嬉しさが映っている。

 凛花の母親は凛花から一歩離れ蒼夜達に目を向けた。


「凛花の母の蓮花と申します。皆さん話は聞いています。ようこそ如月家へ」

「お邪魔します!」


 陸が元気よく、美月と楓は大人しく言う。

 蒼夜もそれに倣いボソッと言った。

 その後、蓮花は蒼夜達をリビングに通しお茶やお菓子を出してもてなしてくれた。

 夕方頃になると、凛花の父も仕事から帰宅した。


「娘がお世話になっております。父の三蔵です。この度は大変な戦いに勝利されたこと、心より感謝致します」


 三蔵は蒼夜達に頭を下げて涙を流しながら感謝を述べた。無論、娘である凛花の無事をとても喜んでいた。

 それからしばらくすると、蓮花が腕を振るって夕食を作ってくれた。焼肉を胃袋いっぱいに食べ尽くした蒼夜達だったが、から揚げや、湯気の昇る味噌汁を見ると腹を鳴らして食べた。

 

 夜。女子は凛花の部屋で、男子の蒼夜と陸はリビングで寝ることになった。

 蒼夜は許可を貰っていた庭の縁側で座っていた。その背後に陸が歩み寄る。


「何見てるんだ?」

「盆栽っていうらしいですよ。あの小さい木みたいなの」

「ああ、盆栽な。めっちゃメンテナンス大変らしいぞ。毎日水をやって無駄枝を切って、って」

「大変な趣味なんですね」

「蒼夜もやってみたいのか?」

「いえ、あまり興味ないです」

「そ、そうか。なら何で見ているんだ?」


 蒼夜は言葉を選ぶようにゆっくりと喋る。


「なんと言いますか。東京保護区内の人たちは皆趣味を持って生活しているのかなと。三蔵さんは仕事をしてその後、あの盆栽の世話をして。そんな生活を送っているのかなと」


 陸は静かに耳を傾ける。


「そんな世界があるのかと、ちょっと新しい発見でした。自分たちが守っていたものの正体を知ったと言いますか、戦う意義を感じて不思議な気持ちです」

「そうだな。三蔵さんも言ってたけど、感謝されてるんだよな。良かったな蒼夜」

「はい」

「明日はショッピングらしいぞ。俺たちの私物、あの隕石爆撃でぜーんぶ燃えたからな」

「そうですね。砥石とか必要ですし」

「それが売ってる店には行かないんじゃないかなー」


 困り顔の陸を見て蒼夜は不思議そうな顔を浮かべた。

 星々が瞬き、夜は静かに更けていった。

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