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東京ファンタジー  作者: 亜空
川越奪還編
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32/32

奪還開始

 七月二日、朝。ふじみ野市一帯を守る、ふじみ野基地のすぐ横を通る大通りには、大量の排気ガスとエンジン音が充満する。

 七トントラック、通称ナナトンが列を成し一体の蛇のように北上する。目的地は川越前線基地。

 

「うちの軍ってこんなにトラック持ってたんだ」


 上下に激しく揺れる車内で來が呟く。蒼夜は本から顔を上げ、ほろがめくりあげられた後方から後続車の列を眺める。

 総数二千五百両。総兵数三万人を輸送し、高機動車や十六式機動戦闘車を伴う大行列。


「壮観っすね!」

「でも吐きそう」


 一馬が高揚した声で言うが、志信が顔を青くして体調不良を訴える。確かにこの揺れと排気ガスの匂いは不快だ。


「大丈夫か志信。あと三十分くらいだけど耐えられるか?」


 陸が志信の背中を摩りながら気遣わしげに言う。ふじみ野基地から川越前線基地まで十一キロ。

 車列は舗装された道を順調に進み、入間川に接して建造された川越前線基地に入った。

 そこには激戦の跡が未だ色濃く残っていた。抉られた地面、崩壊した建物。そして、コンクリート壁に無残にも黒くこびりついた血。

 遺体はすでに回収済みだが、蒼夜の脳裏には当時の記憶が蘇る。


「うわぁ」


 思わずといった様子で楓が声を漏らす。皆一様に顔を顰める。

 東京ドーム三十個分におよぶ広大な前線基地。そこに残る凄惨な戦痕の数々は、そのまま蒼夜の凄絶な過去そのものだった。

 皆沈黙を保つ。下手なことを言って蒼夜の傷を抉りたくない、という気持ちが表れている。

 蒼夜はただ一点を見つめている。司令庁舎があった場所の少し手前。特に黒く汚れ、崩壊が激しいその場所。

 その時、耳に装着されたインカムが鳴る。


『川越前線基地は見ての通り修復と補強が必要だ。最低限の守備隊を残し、これより周辺魔族の掃討作戦を行う』


 侵攻軍司令官、宮内陸将の声だ。指示は続く。


『偵察部隊の報告を元に各隊の担当地区を割り当てている。掃討は迅速に、確実に行え。また、川越方面最大の敵将クシフォスの存在は確認されていない。発見次第退避、帰投せよ。武運を祈る』


 そしてインカムは沈黙する。


「俺たちの担当地区はここからさらに北上した横沼の方だ。広いからうちの旅団の第四中隊と合同だ」


 東堂が事前に聞いていた作戦地域と情報を共有する。


「想定される敵はドロヴァと若干のカルナ。あと珍しいことにミノスだ」

「ええ、ミノスがいるのか。とてもめんどくさい」

「私ミノスと戦ったことないんだけど、どんな敵なの?」


 斗が嫌そうな顔で言うと、ほのかがその未知の敵について問いかけた。


「双頭の化け物で同時に両方の首を落とさないと死なない。ついでに手足がそれぞれ四本ずつだ」

「なにそれきっしょ」


 眼鏡を指で持ち上げながら得意げに説明する陽斗の言葉に、楓が毒づく。

 東堂は出発を指示して小隊が動き出す。


「ついでに言うと頭が三つの奴もいる」


 歩きながら陽斗の雑学が炸裂する。楓は興味を失ったようで、へー、とだけ返す。

 蒼夜自身ミノスと戦ったことがあるが、確かに面倒だったと思い出す。だが弱点もある。


「魔法障壁を持たないので弾幕で、頭部を潰しても殺せますよ」


 蒼夜の言葉に一同は沸き立つ。それなら楽勝だ、鴨打だな、など楽観が広がる。

 横沼に到着した小隊一行と第四中隊の前に広がっていたのは、畑の面影を残す荒野と、静まり返った無人の民家群だった。瘴気が漂い、朝だというのに視界が悪く、薄暗い。


「魔力探知にいくつか引っ掛かりました。西と北ですね」


 半長靴が土を踏む音と、軍刀の金具が擦れる音の中、凛花が探知した敵位置を東堂に報告する。蒼夜もまた探知していた。

 東堂は頷き第四中隊の中隊長に通信を飛ばす。


「こちらイチナナ小、魔力探知で敵を発見。西と北だ」


 インカムにザッと短いノイズが入る。


『こちら四中、私たちは北に行こうと思う。西は任せられるか?』


 凛とした女性の声だ。凛花に似ている。蒼夜はそう思いながら耳を傾ける。


「了解。ではこちらは西に行く。北部はより濃い瘴気が溢れている。気を付けて」

『もし何かあったら援助を頼んだ。そっちの若いエースには期待しているよ』


 そして通信は切れた。


「だとよ蒼夜。第四中隊の雷葬の魔女からも期待されてるな」

「雷葬の魔女?」


 陸の言葉に聞き慣れない単語があった。西に足を向けつつ蒼夜は首を傾げて聞く。


「うち、連隊から旅団に再編されたじゃん?その時、第一師団から転属してきた第四中隊の新隊長の二つ名だよ」

「ちなみに蒼夜にも二つ名あるぞ」


 陸の説明に東堂が付け足す。


「え⁉ついにうちの小隊で二人目の二つ名を持つ者が⁉」

「どうな二つ名なんですか⁉」


 驚きと喜びの顔で陸が叫び、興味津々でほのかが聞く。

 皆固唾を飲み東堂の言葉を待つ。


「魔王殺しの剣士」


 東堂がニヤリと笑い蒼夜の二つ名をお披露目した。

 蒼夜以外が一斉に吹き出す。


「だっせーー!」

「確かに魔王を斬ったけど、そのまんま過ぎる」

「やーい魔王殺しの剣士さーん」


 からかわれても蒼夜は特に気にした様子もなく聞き流すが、笑い声が小隊を包む。


「じゃあ、魔王殺しの剣士さん、仕事の時間だ」

「はい」


 東堂の言葉に蒼夜は答え、民家の影からこちらも見る魔族達に目を向ける。数は百前後か。


「筒!構え!」


 談笑の余韻は無く、全員が二十式小銃を構え、セレクターを安全装置が付く”ア”から連射可能な”レ”に切り替える。

 前方を塞ぐように魔族は展開している。


「撃て!」


 十二の銃口が魔族を狙い鉛の閃光を走らせる。鋭い火薬の炸裂音と硝煙の匂いが充満する。

 数体の魔族が倒れるが、遮蔽物を使い隠れ、リロードのタイミングを狙う魔族。

 それに対し、蒼夜達は小銃を撃ちながら一歩ずつ前進する。

 

「リロード!」

「私も!」


 陸が左手を敵に向け、雷撃を放ちながら、膝裏に小銃を固定し弾倉を交換する。

 美月は手早く交換し、再度狙いを付け射撃を続ける。

 狙いを澄まし、二発ずつ発砲。蒼夜は銃が苦手なゆえ、ゆっくり確実に当てに行く。


「上手くなりましたね柊三曹!」

「ありがとうございます」


 硝煙の匂いを吸いながら蒼夜は志信に礼を述べる。

 止まない銃弾と魔法にドロヴァ達は一斉突撃を決め、耳に刺さる雄叫びを上げ、大剣を掲げながら迫り来る。

 接敵するまでの時間に魔法障壁を持つ彼らを全滅させるのは難しい。そう判断した蒼夜は小銃を置き、東堂を見る。


「良いぞ。行ってこい」

「はい」


 短い会話を残し、蒼夜は突撃して来るドロヴァの中央へ斬り込む。

 魔力の波動が空気を揺らし、黒いオーラを纏った蒼夜の斬撃が、敵の先頭を切り裂く。

 一瞬足を止めるドロヴァ達。

 蒼夜は復讐への階段を上がるような目を上げる。

 軍刀を握る手に力が入る。この地で魔族を殺せる喜びを噛みしめ、殺戮を始めた。


 ――侵攻軍司令部。川越前線基地の元司令庁舎に設けられた司令部に立つ男は宮内陸将。

 よく焼けた肌に白い頭がコントラストを生む。


「各隊から報告。偵察部隊から報告があった二百か所で戦闘を開始。掃討作戦は順調に進んでいます」

「アルグスの状況は?」

「まだ情報がありません」

「そうか」


 宮内は険しい顔を崩さずテーブルに広げられた川越周辺の地図を眺める。

 

「どこにいるんだ魔王は」


 三万名の命を背負う立場で下手な指揮は出来ない。魔王が巣食う土地での戦いに名の無い重圧を感じながら次々と入り込む報告を聞く。


「あの少年兵は横沼だったよな。報告書の内容から魔王はあの少年を狙っているはず」


 特に入念に偵察をさせた地域に第十七特殊近接小隊を派遣したのはすぐに援軍を送れるからだ。それもほぼ全軍を十分以内に。


「いつ来るか分からない魔王ほど恐ろしいものはないな」


 開けた地獄の窯の中身をまだ誰も知らない。

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