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東京ファンタジー  作者: 亜空
立川防衛編
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25/33

仲間たち

 色と音が希薄になる。だが、脳は鮮明だ。

 蒼夜の瞳にクラトシアと東雲の先で、膝を付く陸の顔が映る。助けなきゃ。死んでしまう。

 足の筋線維が凝縮する。

 巨大な斧と鋭い軍刀が重なり合い、そして火花を散らして離れる。

 この隙間通れるかな。

 全身の体幹と筋肉を思い通りに動く。

 体を浮かせ捻り最短距離で通り過ぎる。

 着地は一瞬。

 陸に迫るのは六体の大口を開けた岩蛇。

 四体を一直線の一閃で斬り、途中で軌道を変え残り二体をまとめて斬り伏せる。

 静寂。

 見渡せる範囲にいる全生物の眼が自分と捉えていることを感覚的に理解した。


「つくづくお主は面白いぞ、ソウヤ」


 魔王の声が耳朶に届く。

 静かに、それでいて確かな殺意を持って、魔王を見上げる。

 

「斬り合おう魔王」


 一言。

 次の瞬間、蒼夜はクラトシアの視界から消えていた。

 土の踏んだ跡だけを残し背後に現れる。

 クラトシアが岩蛇を展開する間も与えず、膝の関節を狙った突き。

 咄嗟に左足を動かしたクラトシアだったが、わずかに肉を抉られる。

 わずかに眉を歪めたクラトシアは斧を最小の動きで後方へ振る。

 だが、すでに蒼夜はそこにいなかった。

 跳躍し空中で前転しながらの斬撃はクラトシアの右肩を深く裂く。


「あがッ!貴様ぁ!」


 クラトシアの前方に踊り出た蒼夜を見下ろし、黒い血の流れる肩を押さえる。

 幾多の戦場を駆けた魔王は今、目の前の少年兵にわずかな恐怖を覚えていた。


「蒼夜……」


 陸は東雲による救急手当を受けながら蒼夜を見つめる。


「そのまま戦うと危ねーぞ」


 その声は蒼夜の耳には届かない。

 蒼夜は重い金属が耳を掠める音を聞きながら次の狙いどころを考える。

 肩の腱を断ったが、斧を振るう威力は衰えていないな。

 魔王の猛攻をいなしながら冷静な分析をする。

 虚無の領に入っている間にもっと致命的なダメージを与えなければ。

 下から上へ振り上げられた斧を身を翻し避け、空いた胴に刃を立てるが、魔法の予兆を感じ、反転後退しながら流れのまま腕を斬り落とす。


「あがぁぁああ!我の腕がぁぁあ!」


 背後から魔王の慟哭が響き、物理的ではない圧を背中に受ける。

 振り返ると岩の巨大な突起を前方に展開した痕跡。そしてクラトシアは左手首から先を落とされ黒い流血をまき散らしている。


「認めようソウヤ、お主の剣技は確かにクシフォスめに届くであろう。だが、戦いは力が全てなのだァ!」


 紫の魔力がクラトシアの全身から迸り視界を埋め尽くす。


「うおおおおおおおおおお!」


 立川全域に響くであろう獣の叫びに蒼夜は思わず耳を塞ぐ。

 ダメだ。集中が途切れる。

 地面が揺れ、地中から岩石の龍が十数体、いやもっとだ。数えきれないほどの龍が躍り出る。

 急ぎ後方へ退避していた蒼夜、陸そして東雲は茫然と見上げるしか出来ない。

 周囲の魔族が一斉に歓声を上げる声が響く。


「何なんだよアレ」


 陸は絶望を口から漏らす。

 

「少年達よ。仲間を連れて逃げるのだ。若い衆を見殺しには出来ん」

「ですが……」


 陸は動揺と迷いを浮かべ東雲を見上げる。勝てる訳がない。神か悪魔か。呼び方は何でもいいが人知を超えた生き物を倒すなど。

 だが、蒼夜の眼はただ敵を見据えていた。


「なぜですか?」

 

 陸と東雲は訝しげに蒼夜の顔を覗き込む。


「蒼夜!アレを見ろよ!どうやって勝つっていうんだよ!」

「そうだぞ少年。無駄に命を散らす必要はない」


 陸は蒼夜の両肩を掴みながら、東雲は鋭い視線を投げながら言う。


「桧垣一佐は魔力無しでオグを倒しました。そしてクラトシアに一歩も引かずに戦いました。その意思を継がないのですか」


 大地が揺れ、風が吹き荒れる戦場の真ん中で、蒼夜は言い放つ。俺はまだ戦えると。

 

「仲間のために限界を超えろ。そう桧垣一佐は言いました。その言葉に自分は、俺は賭けたい」

 

 語気は荒くなく、でも荒れ狂う感情の吐露。

 陸と東雲は言葉を紡げずに黙る。


「では、行きます」


 蒼夜は軍刀を納刀し一歩踏み出す。

 二人を置き去りにし、魔力と大気が揺れるクラトシアの前に飛び出す。そして岩石の龍に襲い掛かる。


 ――紫石術式「漆閃抜刀」――。


 黒き一閃が龍の首を切り裂く。

 まだ視界はモノクロだ。

 蒼夜の攻撃を受け、クラトシアは地面から岩の槍を生成し放つ。

 横に跳ぶ避けるが、上から龍の牙が迫る。

 大股でさらに横に跳び、地面にぶつかる龍の胴を両断。だが背後からさらに岩の槍が迫る。

 身を逸らすが、避け切れず横腹の肉が抉られる。


「ゴハッ!」


 鮮血が飛ぶ。

 動きを止めたら死ぬ。その強迫観念だけで足を動かす。

 次は右から龍が地面を這うように迫る。咄嗟に横にズレ、横切る龍を斬る。だが破壊しきれない。


「チッ!」

 

 次はどこから来る。

 下か!

 突如地面が隆起し、龍の口が蒼夜を飲み込まんと襲い掛かる。

 横に倒れ込みながら空に舞い上がろうとする龍の胴体に軍刀を突き刺す。

 飲み込まれはしなかったが、蒼夜は軍刀を突き刺したまま龍と共に空に舞う。

 高度を上げられると面倒だ。そう判断し軍刀を引き抜き、近くを浮遊していた龍に向かって飛ぶ。

 一瞬、下にいるクラトシアを見る。蒼夜を憎々し気に見上げている。

 今そっちに行ってやるよ。

 空中を這う龍の顔や胴体を蹴り素早くクラトシアの背後に向かう。


 ――紫石術式「漆閃抜刀・改」――。


 クラトシアの背後に上から飛び込むように抜刀術を放つ。

 だが、クラトシアは全身を一回転させ片腕で斧を下から振る上げる。

 咄嗟に魔力を刀身に凝縮させ、巨大で平坦は刃を受け止める。


「クッ!」


 顔を歪ませて重い一撃に耐える。

 金属同士が火花を散らし、蒼夜はそのまま空中に放り出される。

 あ、やばい。

 そう思った時、龍が一斉に、蒼夜に向かい這う。

 回避も、防御も間に合わない。

 クラトシアに視線を向ける。勝利を確信した目だ。

 蒼夜は静かに目を閉じる。


 だが、死はまだ遠かった。


「諦めるには早いっスよ、柊士長!」


 声は目の前からだった。目を開く。そこには傷だらけ、でも目を輝かせる志信がいた。


「飛びますよ!!」


 次の瞬間、蒼夜と志信はクラトシアから少し距離を開けた場所の結界内にいた。

 虚無の領から引っ張り出される感覚を覚え地面に倒れ込む。


「蒼夜!お前、命令違反とはいい度胸してるじゃねーか!」


 東堂の声だ。顔を上げると言葉とは裏腹に笑みを浮かべた東堂が、蒼夜に目線を合わせるようにしゃがんでいる。背後には小隊の全員と東雲がいた。


「陸の無線越しに蒼夜の言葉が全部隊に渡ってたよ」


 驚き陸を見る。少しバツの悪い顔で笑っている。


「いや、蒼夜の言葉で少しでも士気が上がるかもって思って」

「……」

「おいそんな睨むなよ」


 弱々しく反論する陸。


「蒼夜君の言葉で僕たちは立ち上がれた。ありがとう」


 來が全身に土を被った状態でいう。


「最期まで頑張りましょう!ね!」


 美月がそう言って回復の魔法を蒼夜にかける。


「おそらくクラトシアを討伐したら柊士長の命令違反も不問になると思います」


 凛花の冷静で少し場違いな分析。


「蒼夜くんのためにも一肌脱ごおうかね」

「私も頑張るよ!」

「柊士長の言葉、ほんとに力貰いました」


 玲も、ほのかも、一馬も笑って言う。


「できれば早めに倒して欲しいんだけど!」


 楓は結界の維持をしながら叫ぶ。


「柊士長、喉は乾いていないか?ほれ水だ」


 陽斗がそう言って手の平に生成した水の塊を口にねじ込んで来た。少し乱雑だがありがたい。


「蒼夜。正直この中でクラトシアの首を斬れるのはお前か俺だけだ。だが俺は指揮しないといけない。だから任せていいか?」

「はい、必ず斬ります」

「よし、全員で蒼夜の援護をするんだ!いいな!東雲一尉もそれで良いですか?」

「ああ、もちろんだ」


 蒼夜は立ち上がり膝の土を払う。

 そして静かに納刀し結界を出た。

 小隊の面々もそれに続く。


「蒼夜。岩石の龍もクラトシアの斧も気にしなくていい。必ず俺達が止める」

「はい。お願いします」


 東堂が蒼夜の正面に立ち、肩に手を置く。その手は温かかった。


「死ぬなよ絶対に」

「はい」


 蒼夜は頷きクラトシアに向き合う。距離はだいたい二十メートルほどか。


「行ってきます」


 そう言って蒼夜はクラトシアに向けて疾走する。

 左右に陸と一馬が並び、背後から東雲が追いかける。

 岩石の龍が一斉に襲い掛かって来る。


「熱の導子よ、赤銅の弦を震わせよ。 螺旋の旋律、猛炎の拍子。 鳴り響け、焦熱の終曲――。緋焔ノひえんのかなで!」

「大気満たす無色のしずく、我が呼び声に応えよ。流転する刃となりて敵を穿て――。波濤ノ凱歌はとうのがいか!」


 詠唱の完了と同時に、二つの大魔法が戦場を二分した。

 左方の龍の群れをほのかの業火が包み込み、肉を焼く絶命の合唱を響かせる。

 右方の龍の群れには陽斗の生み出した圧倒的な水濁流が襲いかかり、巨体をまとめて木端微塵に吹き飛ばす。

 紅蓮と蒼流。二つの対極する魔力が、蒼夜の左右を完全に更地へと変えた。

 だが、難を逃れた龍が数体二人の魔法を超えて牙をむく。同時にクラトシアの放った岩蛇が這い寄る。

 

「蒼き牙よ。月下を駆けし狩人よ。血煙の野に降り立ち、我が敵を喰らい尽くせ――。蒼狼招来そうろうしょうらい!」


 凛花が召喚魔法の祝詞を紡ぐ。

 精霊のような狼が十頭ほど現れ、蒼夜達を追い抜き岩蛇横っ腹に食らいつき、噛みちぎる。

 

「凍土の底に眠る槍よ。天を貫く柱となりて、我が敵を串刺しにせよ――。氷獄突杭ひょうごくとっこう!」


 玲の魔法により幾多の鋭い氷柱が龍に降り注ぐ。だが討ち漏らしが二体蒼夜に噛みつこうと迫る。


「しまった!」


 玲が焦り声を上げる。

 陸と一馬が迎撃をしようとしたとき背後の東雲が三人を追い抜き抜刀。


 ――紫石術式「瞬水抜刀」――。


 東雲の刀身が龍に触れる寸前、地面から岩の槍が突き刺す。東雲は間一髪で避け一体の龍の切り裂くが、残った一体に腕を喰い千切られる。


「東雲一尉――っ!?」


 陸が叫び、一瞬だけ速度を落とそうとする。だが、鮮血を撒き散らす東雲の怒号がそれを許さない。


「足を止めるな!! 腕の一本で魔王の首が落ちるなら安いものだ! 行けぇッ!!」


 東雲の激励に三人は振り返ることなくクラトシアの元へ足を進め続ける。

 だが、龍も蛇も生成する余裕がなくなったクラトシアは地面にありったけの魔力を流し一面を岩の針で埋め尽くす。


「舐めるなよニンゲンども!」


 足場を失った三人の前に片足ほどの大きさの結界が無数に出現する。

 楓での結界による足場か。

 三人は跳躍し魔王の眼前に加速する。


「まとめて死ねェェエエ!」


 空気を揺らすほどの慟哭。


「一馬止めるぞ!」

「了解!」


 陸は残った魔力を全て己の愛刀に乗せる。


 ――紫石術式「雷風螺旋」――。


 斧の柄を狙い甲高い雷の音を鳴らしながら二連撃の斬撃を繰り出す。

 そして一馬は魔力をクラトシアの足元に流し魔法を発動する。


 ――紫石術式「重圧領域」――。


 クラトシアの動きを一瞬でも制限するための魔法。魔王の体が軋む。

 蒼夜は柄に手を掛ける。もう一手欲しい。確実に魔王を倒すために。

 その願いは來によって叶えられた。


「桧垣一佐が片方奪ったお陰です」


 來は静かに息を吐く。右目はスコープ越しにクラトシアの左目を見つめる。

 トリガーを引く。残り一発の7.62mmナナロクニの弾丸が魔王の目に刺さる。


「あ゛あ゛あ゛っ!クソがぁぁぁぁああ!」


 魔王は叫ぶ。己の避けがたい運命を呪うように。


「俺達の勝ちだ。魔王」


 ――紫石術式、漆閃抜刀――。


 鞘と刃が擦れる甲高い音、次いで、大気を音もなく両断する静かな風切り音。

 桧垣一佐。俺は限界を超えられたでしょうか。

 そして、黒き一閃。

 どよめく戦場の中、魔王の首が、ゆっくりと暁の空に舞った。

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