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東京ファンタジー  作者: 亜空
立川防衛編
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24/32

魔王は嗤う

 魔王と二人の少年兵は戦場の喧騒の中で向かい合う。

 焼けた肉と硝煙の香りが漂い、無念にも死んでいった戦士達の屍が重なる。


「蒼夜、うちの小隊はまだ誰も死んでない。怪我とか魔力のダメージがデカすぎて起き上がれていないだけだ。警備小隊の方はほぼ壊滅状態だが」

「良かったです」


 蒼夜は一瞬安堵の表情を浮かべ再び口をきつく締める。


「正直俺もそんなに長く戦えない。さっきから膝が笑ってやがる」


 陸の言葉通り太ももから流血している。胸部の防刃ベストも所々破れている。


「危ないと思ったらいつでも引いて下さい。俺のことは気にせず」

「そんな訳にはいかねーよ」

「いえ、それがベストです。自分たち以外にも戦う意思のある兵士がいますから」


 おそらく警備小隊の面々だろう、数名がよろよろ立ち上がり様子を見ている。


「そういうことか。なら遠慮なく」

「はい」


 蒼夜の闇と陸の雷が空気を揺らして一気に広がる。

 クラトシアは余裕を持って手を広げている。


「やっとこの時が来たようだ。さあこの狂った宴を楽しもう!」


 魔王の一声が合図だった。

 蒼夜と陸は地面を蹴り、流星のように左右から渾身の一撃を叩き込む。


 ――紫石術式「漆閃抜刀」――。


 ――紫石術式「紫電一突」――。


 土埃が二人の通過した跡を追うように爆ぜる。

 一拍遅れて、蒼夜の放った軍刀が真空を切り裂く甲高い金属音と、陸の放つ紫電が大気を焼き震わせる鋭い轟音が、戦場に響き渡った。


「心躍るな」


 魔王が漏らす。

 クラトシアは岩の蛇を操り二人にぶつける。

 直後、ドーーンッ!と破裂音が鳴り渡る。

 蒼夜の斬撃が岩蛇を切り裂き、陸の雷撃の突きは内側から破裂させる。

 二人は止まらなかった。初撃の勢いのまま、蒼夜は全身を獰猛に回転させ、凄まじい遠心力を乗せた二撃目を繰り出す。闇の魔力を引きずりながら、鋭い軌跡を描いた刀身が魔王の頸へと肉薄する。

 だが、寸前で別の這い出た岩蛇が、盾となるようにその刃を阻んだ。そればかりか、執拗な意思を持つかのように刀身へと絡みつき、蒼夜の動きを封じる。


「クソッ!」


 月光を遮るように、巨大な影が視界を覆う。見ずとも肌が察知していた。クラトシアの巨大な斧が、確実に自分を圧殺せんと振り上げられている。

 蒼夜は全身の筋肉を極限まで酷使し、力任せに軍刀を引き抜くと同時に、真横へと跳躍する。

 直後、鼓膜を割らんばかりの衝撃波が真横に振り下ろされる。

 ちらりと陸に目を向けると二体の岩蛇の相手をしてる。あの紅い目が自分だけを獰猛に捉えているのを見て、明確に狙いは自分なのだと悟る。

 

「美しい剣技だソウヤ!我は興奮しておるぞ!」


 斧を振り回し、風を切る地鳴りのような音をまき散らしながら、クラトシアは遠心力を乗せ蒼夜の胴へ殺意の塊を振り抜く。

 着地した直後の蒼夜は再びの跳躍を諦め、膝を折り後方へ倒れ込む。同時に鞘を地面に押し当てる。

 眼前を巨大な質量を持つ物体が、風を切りながら瞬きする間もなく通り過ぎる。風圧で髪が靡く。

 体重の乗った左腕の筋肉を震わせて鞘を引き、上体を無理やり起こす。

 クラトシアは斧を振り抜いたばかり。胴ががら空きだ。

 いや、この魔王がそんな隙を見せるはずがない。岩蛇か、もしくは。

 蒼夜の一瞬の熟慮が命を拾った。

 地面から岩肌の鋭い突起が数本ほど生え蒼夜の顔面に迫る。


「やっぱりな!」


 岩の突起を避けるため、斧とは反対の方向へ泥臭く転がり込む。


「身体能力も申し分ない。殺しがいがある獲物よお主は!」

「生憎まだ死ねないんだよ!」


 蒼夜は純粋な魔力の塊を即座に左手に生成し、クラトシアの顔面に放つ。ただの牽制だ。

 視線を切ったその一瞬で陸が相手をしていた岩蛇へターゲットを切り替え、不意打ちの一撃で二体を粉砕した。


「助かった蒼夜!」

「いえ、一人で魔王の相手はきついです!」

「そりゃそうだ!」


 虚勢で笑い飛ばす陸の声に蒼夜は少し口元が緩む。


「よっしゃこれで魔王討伐に集中できるぜ!」

「はい!」


 二人は再びクラトシアに向き直る。

 相変わらずクラトシアは余裕を覗かせる不気味な笑みを浮かべている。


「我が眷属である蛇を倒したと思ったか?剣技の才はあってもお頭は弱いようだ」


 クラトシアの魔力の膨張を感じ蒼夜と陸は身構える。

 魔力は地面を這い、広がり伸びる。

 

「岩石と魔力。これさえあればいくらでも復活するのが我が眷属じゃ!」


 爆発的魔力の奔流に地面が飲まれ数十体の岩蛇が土くれの中から粉塵をまき散らしながら起き上がる。


「もう一個助言をしてやろう。我が魔力は未だほとんど消費されておらぬぞ」


 再び生を授かった岩蛇らの咆哮に蒼夜達は耳を塞ぎ目だけを向ける。


「……キリがない」

「ほんとだよ!くそウゼェな!」

「ちなみにアレの相手を任せるのは……?」

「ごめん無理!」

「ですよね」


 蒼夜と陸は短く戦況の打開を考えるが、一発逆転の手は無い。


「もう諦めるのか?」


 深紅の片目が二人を見下ろす。虫けらを見るように。それでいて何かを期待するように。


「それはまだ早計だぞ少年達よ」


 一瞬どこから声が発せられたのか分からなかった。


 ――紫石術式「瞬水抜刀」――。


 戦火の中で違和感を覚えるほどの水濁流が、クラトシアの頸へ神速の抜刀術として奔る。


「何ッ!」


 クラトシアは一瞬で魔法障壁を生成し、尚且つ岩蛇を二体使い防ぐ。

 だが、水の幕で覆われた刀身は極限まで抵抗を殺し岩蛇を二体、音もなく切り裂き、魔法障壁に綻びを生み、わずかにクラトシアの頸の肉を削ぐ。


「グッ!」

「両断はできないか!」


 声の主は間髪入れずにクラトシアの巨体を蹴り、その反動を利用して横へと退避する。


「東雲一尉!」


 陸が目を輝かせ、歓喜の声を上げる。


「申し訳ない、二人が作った絶好の機会だったのだが……」

「いえ、一太刀浴びせましたよ!」

「あいつの首を落としたかったのだが……。君は柊士長だな」


 東雲は蒼夜の目を見て話しかける。硬い口調だ。顔は鼻筋の通り整っている。


「はい、そうです。東雲一尉」

「北川二佐から退避命令が出ていたはずだが、まあ今は戦い生き残れ。それが最大の軍規だ」

「ありがとうございます」

「それよりあの岩蛇と魔王だが……」


 クラトシアは首に浅い怪我を負ったのみで未だ健在だ。


「他の隊員達が回復するまで三人で相手するぞ」

「了解です東雲一尉!」

「はい」


 クラトシアに対して正面に東雲、左に蒼夜、右に陸と並び軍刀を構える。


「おい、蒼夜。岩蛇、全部は無理だけど半分ならいけるぜ」

「全部自分が担当してもいいですが?」

「舐めんなよ」


 陸は薄く笑い、蒼夜は真顔で正面を見据える。


「行くぞ少年達」


 東雲の号令で三人は一斉に奔る。

 位置的に蒼夜は左側の岩蛇の牽制に専念する。

 抜き身の軍刀を振るい迫り来る岩蛇をひたすら斬る。ただ数が多く、東雲に危機があった際すぐ援護できる距離感を保たなければならない。

 蒼夜はフィゴとの一戦の時入ったあの感覚を思い出そうとする。

 視覚、聴覚、嗅覚、触覚。必要な情報だけを脳に送るあの感覚。フィゴは虚無の領と呼んでいた。

 軍刀を振るい攻撃をいなしながら呼吸を整える。

 何がトリガーだったのか分からない。ただとてつもない集中をしていたのは確かだ。

 岩蛇は容赦なく襲い掛かって来る。


「数多い!」

「蒼夜の方多すぎないか⁉」


 陸の言う通り、蒼夜に狙いを定める岩蛇は明らかに全体の半分以上が、押し潰さんばかりの『数の暴力』が蒼夜だけに殺到していた。

 四方から同時に牙が肉薄する。逃げ道は無い。退路の先にも、別の岩蛇が鎌首をもたげて控えている。

 どこの部位を犠牲にするか、一瞬の思考が脳を駆ける。

 

「蒼夜!左をやれ!」


 陸の声が耳に突き刺さる。

 無意識に左の岩蛇に切っ先を向ける。

 上から下へ空気を揺らす斬撃。岩蛇は砕ける。

 そして右から魔力の膨張。雷撃。

 陸の放った雷撃はクラトシアの眼前を掠め蒼夜の右半身を狙った二体の岩蛇を爆散させた。

 

「助かりました」

「おう!」


 だが、その一撃が陸の残りの体力を奪った。


「くっ!」


 膝を付き無防備に、虎視眈々と狙っていた岩蛇達が慟哭を上げて襲い掛かる。

 刹那、蒼夜の世界から全ての色が抜け落ちた。

 ――ああ、入った。

 鼓膜を叩いていた戦場の阿鼻叫喚が、静かに消え去る。

 クラトシアと東雲の斬り合うど真ん中を両者の刃を全て避け、最短距離で陸と岩蛇の間に駆ける。

 次の瞬間、蒼夜の間合いの岩蛇は全て静止し、力なく崩れ落ちた。

 一瞬戦場が止まる。周囲の魔族達の心を謎の畏怖が冷たく握る。

 東雲は剣士としての極致を見たような感覚に襲われ、思わず動きを止めた。

 そして、魔王は嗤った。


「つくづくお主は面白いぞ、ソウヤ」


 蒼夜はゆっくりと魔王へ顔を向ける。

 能面の如く無表情でありながら、それで苛烈な殺意を宿した剣士の顔を。

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