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東京ファンタジー  作者: 亜空
立川防衛編
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23/32

命令違反

 血で湿っている地面を踏む。敵か味方か、誰の血か分からない。

 ドロヴァの族長を倒した蒼夜は急ぎ小田とフィゴの戦いに目を向ける。

 明らかに小田の体力が削られている。

 東堂達の方も見る。クラトシアと戦っている面々も防戦一方のようだ。

 蒼夜は戦場の喧騒に紛れ、フィゴの背後に静かに向かう。正面から斬り合う必要はない。殺せれば良いからだ。

 途中で小田と目が合う。それだけで意図を汲んでくれたようだ。

 小田がフィゴの胴を狙い斬撃を放つ。フィゴはそれを剣で受け止め鍔迫り合いが始まる。

 今だ。

 蒼夜は魔力を纏わない純粋な一閃を頸に浴びせる。

 しかし、フィゴは後ろを見ることなく膝を曲げしゃがみ避ける。


「は⁉」

「嘘だろ⁉」


 蒼夜は短く、小田は言葉で驚きの声を上げる。

 意表を突かれた二人はフィゴから蹴りを喰らう。


「ぐっ!」


 蒼夜はすぐさま顔を上げ軍刀を構える。

 フィゴは緩慢な動きで姿勢を正し蒼夜を見下ろす。


「ソウヤよ、戦いは楽しいのう!」


 小田との斬り合いで負ったであろう負傷により口から血を垂らしている。

 

「楽しい……だと?」

「ああ!狂気と力が支配するこの空間こそが天国だと思わないか⁉」


 紅い目の瞳孔が開き恍惚とした表情のフィゴ。


「何を言っているんだお前は」


 毎夜思い出す仲間達の死。両腕を切り落とされ抗うことなく死んだ賢治。そして辿るべき道を示してくれた桧垣一佐。


「戦場なんてただの地獄だろ」

「ならなぜ、お主は戦場に身を置く?」


 何のために。復讐のため。そう口にしかけて桧垣の言葉がよみがえる。


「お前ら魔族を一匹残らず殺して、仲間を守るため、だ」


 語尾は少し薄れていたが、確かに言った。

 

「はっはっは!百万近い我ら魔族を全滅させるだと⁉面白い!やはりお主は最高だ!」


 大声で笑うフィゴに向けて蒼夜は突撃する。渾身の一撃。

 三日月の笑みを浮かべるフィゴは一振りの剣で受ける。


 ――連隊司令本部。北川二佐の元に次々と報告が上がる。


「援軍一万三千名全て展開完了しました」

「第三中隊、第六中隊より中隊副隊長が戦死。指揮を移譲した模様」

「警備小隊と第17特殊近接小隊はクラトシアと交戦中、苦戦している模様」

「柊士長は敵の将軍らしき人物と交戦し勝利。そのまま小田一尉と共にカルナ近衛騎士団団長との戦闘に入りました」


 本部の通信士達の声が天幕内に響く。


「よし、ひとまず援軍のお陰で前線は保てているな。対クラトシア戦は前線の中央で発生している。すぐに援軍を送り数的有利を生かすぞ」

「はっ!西木野一佐に通達します!」


 柊士長とクラトシアの距離が気がかりであるが、フィゴを討てる好機。小田と一緒なら勝算はある。

 そう判断した北川は新たに通信士達に指示を飛ばす。


「柊士長がカルナの団長を討伐次第退避の指示を出せ」

「はっ!了解しました!」


 北川なりの桧垣一佐の遺言の実行だ。 あのくすんでいても真っすぐな目の少年を死なせる訳にはいかない。


「頼むから生き残ってくれ、柊士長」


 外部カメラの映像を食い入るように見つめながら北川はつぶやく。


 ――蒼夜とフィゴの斬り合いは一進一退だった。互いに腹に浅い切り傷を負い、それでも止まらない斬撃の応酬。


「やはり良いな!戦場は心地よい!」

「……っ!」


 剣を振るうフィゴの猛攻に、蒼夜は必死の形相で対応する。フィゴ越しに小田を視界に捉える。まだダメージから回復しきっていないが立ち上がっている。


「我に集中しろソウヤ!」


 重い一撃が上から振り下ろされる。

 重心を後ろに倒し、そのまま後方に跳ぶ。

 土埃を上げて剣は地面を抉る。

 肩で息をしながらフィゴは剣を持ち上げる。

 蒼夜もまた体力と魔力の限界を感じつつあった。


「はあ、はあ、すう」


 深く息を吸い込む。

 少しでも脳に酸素を送らなければ判断ミスをしそうだ。


「行くぞソウヤ!」


 突きが来る。蒼夜は下から払うように軍刀を操る。

 フィゴの剣の軌道が少し上を向く。

 蒼夜は態勢を低くし、胴体目掛けて左から右に軍刀を振り抜く。

 だが、全身を大きく後方へ傾けフィゴは避ける。

 その瞬間、小田が背後からフィゴの胸部を狙い突きを放つ。

 全身を回転させながら右に体を流しフィゴは避ける。


「やっぱダメかよ!」

「惜しかった……はあ、ですね」


 呼吸を乱しながら小田と軽口を叩く。


「柊士長、いや蒼夜。正直俺はもう長く動けない。合流して一気にカタを付ける気だったんだが、予想以上にこいつバケモンだわ」


 予定では最初に背後を取った段階で勝つ必要があった。


「だから本気の一撃行くぞ」

「了解です」


 小田は闇夜を照らすほどの魔力を練り始める。

 蒼夜もまた漆黒の魔力を練り上げる。


「この宴を終わらせる気か?ニンゲン」


 フィゴはふらふらと足を進めて近づいて来る。


「ああ、もう死ねよ変態野郎」


 小田は静かに言い返し刀身を赫く染める。

 突撃は二人同時だった。

 空気を切り詰め寄る二人に対しフィゴは両手で剣を持ち迎撃態勢を取る。

 朱と黒の一閃が奔る。

 フィゴは驚くべき速度で二人の初撃を弾く。

 上に弾かれた軍刀をそのまま下に振り下ろす。

 剣を水平に持ち上げ防御するフィゴ。

 ギギギ、と互いの金属が削れる音が響く。

 蒼夜は自らの全体重と、ありったけの魔力を泥臭く押し込み、フィゴの動きを完全に縫い止めた。

 動きを制限されたフィゴの脇腹へ、小田の鋭い突きが放たれる。

 フィゴは、蒼夜の剣に圧し潰されながらも、執念のように半身を捻って致命傷を避けた。

 それでも蒼夜はさらに魔力を爆発させ、筋肉が割れるような苦痛を超えてフィゴの剣を押し込み、ついにフィゴに膝を付かせる。

 勝負の天秤が、完全に傾いた。

 小田は即座に軍刀を横なぎに振るう。軌道上にはフィゴの頸。

 フィゴは右腕を上げその一撃を防ぐ。

 ガッ!と金属の音が鳴る。

 布が切れ腕に装備されたガントレットが覗く。


「このまま抑えろ、蒼夜!」

「はいッ……!!」


 小田の軍刀がさらに朱く輝き、限界を超えた熱量が戦場を白く染める。


「ああああああああああ!」


 命を燃やす小田の咆哮が蒼夜の耳に刺さる。


「ニンゲンどもおおおおおおおおお!」


 初めて余裕を失った、フィゴの引き裂くような絶叫。

 熱波が爆発し、視界が白夜のように爆ぜた。

 引きちぎられるようにフィゴの右腕が宙を舞い、灼熱の風の中の一拍の静寂。

 狂気に満ちたカルナ騎士団長の頸が、満月の夜空へと、ゆっくりと弧を描いて落ちていった。


「はあ、はあ、ダメだ。もう動けねぇ……」


 小田が地面に倒れ込む。


「はあ、はあ、うぐッ!」


 蒼夜もまた斬られた腹部を抑える。深くは無いが放置はできない。


「大丈夫か……蒼夜?」

「かすり傷……です。問題……ありません」

「そうか……」


 戦場のど真ん中で二人は膝を付く。ドロヴァ達がこちらに走ってくるのが見える。


「小田一尉は……休んでて下さい」


 蒼夜はドロヴァ迎撃のために立ち上がり軍刀を構える。まだ体力と魔力は多少残っている。

 接敵まであと五秒ほど。

 月光を弾く軍刀がドロヴァを向く。

 だが、ドロヴァ達が大剣を持ち上げた所で横から友軍の声が響く。

 

「そいつらは任せろ!」


 次の刹那、轟く銃声。

 雷光のように銃弾がドロヴァを襲う。

 魔法障壁が砕かれ体中に穴が開きドロヴァ達は絶命する。

 声の主に目を向ける。肩のワッペンを見て別の連隊の兵士だと分かった。


「間に合って良かった。俺は坂田隼人。第十五陸戦連隊所属だ。とりあえず二人とも後送だな」


 ヘルメットと夜のせいで顔はよく見えないが、声は優しかった。

 小田の方へも衛生兵らしき兵士が駆け寄っている。

 ちょうどその時インカムに声が届く。


『こちら連隊HQ。カルナの団長の討伐お疲れ様です。柊士長に関してはここで退避を命令します。これは北川二佐からの正式な命令です』

「こちら柊士長。まだドロヴァの殲滅は終わっていません」


 数秒後別の声で応答があった。


『北川だ。指示通り柊士長は退避。ドロヴァは――』


 途中で地面が揺れ、一際大きな絶叫が響く。

 蒼夜は顔をクラトシアの方へ向ける。

 二十メートルほど先で、結界魔法と遠距離攻撃で対応していた警備小隊と東堂達が吹き飛ばされている。

 軍刀を握る手に力が入る。


「なんだアレ……」


 坂田が茫然とした声でクラトシアを見る。

 昨日見た岩で作られた蛇が数体クラトシアの周りを囲っている。その中央ではクラトシアが巨大な斧を持ち悠然と立っている。

 自然と足がクラトシアの方へ向かう。


『柊士長!命令だ!すぐに退避しろ!』


 足が止まる。

 だが、クラトシアは斧を振り上げ止まらない。陸がクラトシアに斬り込む。巨大な斧に防がれ吹き飛ばされる。


「陸さん……ッ!」

 

 額に汗が浮かぶ。

 本当に退避しなければならないのか。小隊がまだ戦ているのに。

 玲と一馬が陸のカバーに入ったが岩の蛇に邪魔され上手く戦えていない。


「くそっ」


 もどかしい。

 インカムでは北川が命令を繰り返している。


『柊!退避だ!』


 來が狙撃銃を構えるがクラトシアには豆鉄砲も良い所だろう。効いていない。

 東堂も凛花も満身創痍だ。

 警備小隊はおそらく数名しか生き残っていない。

 クラトシアは蒼夜に目を向けニヤリと嗤う。


「ソウヤ!来い。来なければ友が死ぬぞ」


 そう言って斧の切っ先を陸の胸元に突きつける。全身が怒りに震え魔力が全身を覆う。


「お前が来るまで一人ずつ殺して回ろうぞ」


 陸と一瞬目が合う。逃げろと口元が言っている。


『柊!逃げろ!』


 クラトシアが斧を高く持ち上げる。陸の胴体を貫くために。

 まるでスローモーションのように蒼夜の瞳に映る。

 また失うのか?賢治のように。


 桧垣一佐は何て言っていた。仲間のために戦え、そう言っていただろ。

 

 いつの間にか蒼夜はインカムを投げ捨て疾走していた。


「柊士長!」


 後ろから坂田の声が聞こえたが、止まる訳にはいかない。

 魔力で身体強化した蒼夜は速かった。

 クラトシアが斧を振り下ろすよりも早く、蒼夜は跳び的確に首を狙った斬撃を繰り出す。

 想定以上の速さにクラトシアは驚きの表情を見せながら斧を振り蒼夜の斬撃を止める。

 ガンッ!と音を上げ蒼夜の軍刀が弾かれる。

 空中で一回転し着地する。


「やっと来たかソウヤ!さあ楽しもうではないか!」


 クラトシアは蒼夜と真横にいる陸を叩き斬るように斧を振り下ろす。

 咄嗟に陸を抱え蒼夜は横に跳ぶ。

 粉塵が舞うのを横目に蒼夜は陸に声をかける。


「大丈夫ですか⁉」


 陸は少し怒った顔で答える。


「俺は平気だ。だけどお前何でこっちに来た!退避命令出てただろ!」

「すみません。体が勝手に」

「はあ⁉」


 陸は呆れた表情で蒼夜を見るが次第に笑みを浮かべる。


「ったく仕方ねーな!一緒に北川二佐に怒られてやるよ!」


 二人は横並びでクラトシアに向かい合う。


「小僧二人で我に挑むその蛮勇、褒めてやろうぞ!」


 魔王は再度嗤った。

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