近衛騎士団団長フィゴ
視界が白黒になる。
余計な情報を遮断した。
音が消える。
目の前の敵に、集中するために。
最初から本気の剣技で挑まないと殺される。
蒼夜は静かにフィゴの前に立つ。
「久しいな、ニンゲンの剣士ソウヤよ」
相変わらずこの声は耳に悪い。
「フィゴ……」
昭島方面への哨戒任務中に遭遇したカルナの長。そして初日に第一中隊の中隊長小田を戦闘不能まで追い込んだ強敵。ここで殺さなければ同時に魔王が攻めてきたらとんでもないことになる。
「援護するぞ!」
陸が横から声を上げる。だが、これは俺の仕事だ。
「クラトシア様がこちらに来られるまで相手してやろう」
言葉と共に肉薄するフィゴ。
一瞬空気を吸い込み蒼夜もあえて距離を詰める。
戦車と友軍の喧騒を背に、陸の援護を無視して前に進んだ。振り上げられたフィゴの剣に対して軍刀をぶつける。
弾かれる。
二振り目が来る。
避ける。
腰を入れて突く。
敵は二歩退く。
「剣が動かぬな」
「は?」
動いているだろう。俺も、お前も。
「切っ先が揺れぬ。以前より筋が良いぞ」
フードの奥の口がニヤリと笑みを浮かべる。
背筋に寒気が走る。
「では続きと行こうか」
「来い。魔族」
「いいぞソウヤ!」
剣士と剣士がぶつかる。
モノクロの世界で、火花と金属音が響く。
――陸はその蒼夜とフィゴの戦いを見て表情を固めていた。
まるで伝説のような戦いだ。
剣劇は研ぎ澄まされ、夜に浮かぶ塔のように積み重なる。
「東堂さん!」
「大丈夫だ!そいつは蒼夜に任せて俺達はドロヴァどもをやるぞ!」
一度蒼夜に目を向け振り返りドロヴァを見る。
「了解です」
頼んだぞ蒼夜。おそらくそいつは敵軍で二番目に強いぞ。
――剣劇は激しさを増す一方だ。交互に迫り来る二振りの剣を躱しながら反撃の隙を狙う。
「その程度ではなかろう?」
言葉と共に蒼夜に向けて剣を振り下ろしたフィゴは重心をあえて揺らして隙を作る。
これは誘いだ。分かっていたが突破の糸口にするため、蒼夜もあえて一歩踏み出す。
刺突。
避けられる。
そして腕目掛けて上段から振り下ろされる二振りの剣。
途端、黒い火花が散る。
体内の魔力を全て解放。一気に軍刀を手元に引き魔力の力を借りて斬り上げる。
だが、敵も実力者。力は拮抗し鍔迫り合いになる。
息が上がる。
フィゴは軍刀を壊そうと右手の剣を振り上げる。
軍刀を滑らせ内巻きに流して体を捻り弾く。
そのまま回転し、回し蹴りをフィゴの腹に打ち込む。
蹴り飛ばされたフィゴはバク宙し着地する。
「面白い……」
フィゴの悪声が地を這って蒼夜の耳朶を揺らす。
不快だ。
右足を一歩引き、脇構に構え直す。
白刃に月光が反射する。
フィゴも二振りの剣を半身になり構える。
「その構えは初見であるな」
「そうか」
フィゴが半歩進む。
呼応するように蒼夜は半歩下がる。
逆に一歩踏み込む。
フィゴは一歩下がる。
距離を詰め過ぎず、それでいて離れない。
一挙手一投足に反応し、隙を作らない。
フィゴ相手に蒼夜はその冷たい目を見開き、読み合う。
戦闘の喧騒はまだ彼らには届かない。
突然フィゴが無造作に跳躍する。
「行くぞソウヤよ!」
蒼夜は切っ先を腰の裏に隠した構えから一気に振り上げてフィゴの足を切り落とそうとする。
だが、空中で全身を時計周りに回転させ蒼夜の剣を避けたフィゴは、着地の足ですぐさま地面を蹴り右の剣で突きを見舞う。
予測していた蒼夜はすでに右に体を流し次の攻撃に備える。
まさか空中で避けられるとは。空中での姿勢制御がとてつもないな。
それなら。
二撃目の斬撃の下を掻い潜り懐に入る。
そして鋭い突き。
空気を鳴らしフィゴの心臓目掛けた突きにフィゴの瞳は大きく開く。
フィゴは急ぎ後退する。だが、わずかにその肉に刃が侵食する。
「ゴフッ!」
肺に流入した少量の血を口から吐き出しよろめきながら後退する。
「その剣技見事であったぞ」
「もう終わりか?」
「ああ、ここからは『虚無の領』に入る。死んでくれるなよ?ソウヤ」
「『虚無の領』?」
「分からぬか?今お主が見ている景色だ」
途端、フィゴの息遣いが消えた。
ただの直観。だが、二歩退いて軍刀を前に突き出したことでフィゴの斬撃を躱し防いだ。
「斬撃が見えない……⁉」
「ほう、これは見えぬか?」
声は背後から響く。
くっそ。いつの間に。
即、前方に跳び前転して距離を取る。
わずかに土を踏む音が聞こえる。
来る。
――紫石術式「漆閃抜刀」――。
来るなら出迎えるまで。
足音の方向に目を向ける。
だが、何も視認出来ない。
モノクロの世界が広がるだけだ。
「こっちだ」
「ちっ!」
魔力の迸りを保ち声の方向へ軍刀を振るう。
しかし空を切る。
速いだけじゃない。気配を絶っている。魔力探知も魔力を持たないカルナには効かない。
蒼夜は軍刀を握りしめ額に汗を浮かべる。
現状、音でしかフィゴの位置を特定できない。だが、大規模戦闘の只中でフィゴの音だけを聞き分けるのは至難の業だ。
蒼夜の考えがまとまるのを待たずフィゴの斬撃が蒼夜の頸を迫る。
ただの直観で蒼夜は避ける。
「避けるだけか!ニンゲンの剣士よ!」
嘲笑を含んだフィゴの声が脳内に響く。
息が上がり、集中力が切れ始める。モノクロの世界に色が戻りつつある。
先ほどまで気にならなかった周りの怒声と剣劇の音は耳を打つ。
微かに靴底が土を踏む音が右から聞こえる。
体ごと右を向くが、鋼の刃はすでに首元に迫っていた。
「まずっ……!」
咄嗟に振り抜いた軍刀は一撃目を防いだが、二撃目は肩を掠め、そして溝内に重い蹴りを食らう。
「グハッ!」
肺から空気が漏れ後方へ跳ばされるが、体を丸めすぐさま前を見据える。
突如視界が影に満たされる。
「お前、陸と同じ部隊の新人だったよな」
蒼夜には聞き覚えないのない声だ。
「俺は第一中隊、中隊長の小田だ。こいつは俺が討伐する」
陸の師匠であり唯一生き残った中隊長である小田一尉が目だけ振り返り蒼夜を見る。頭部には包帯が巻かれているが、戦闘の意思は隠しきれていない。
「小田一尉...」
「心配するなもう負けねーよ」




