迷い
2040年4月30日。日報。
立川基地にて発生した防衛戦にて第14陸戦連隊の隊長桧垣一等陸佐戦死。同連隊にて中隊長は小田一等陸尉を除く全員が戦死。
残存兵力3549名。中央即応旅団の残存兵力3714名。
敵残存兵力は地上戦力約3500体。
敵将クラトシアは腹部と左目を損傷。
渡辺陸将は立川基地から送られた報告書を読み終える前に書類を机に叩きつける。
「桧垣……っ!」
涙を流し戦友の死を悼む。敵はクラトシア。自分の階級が今より低ければ単騎突撃していただろう。それほどの悲しみと怒りが胸に広がっていた。
「渡辺陸将。立川で何があったのでしょうか?」
副官である志田二等陸尉が渡辺の涙に驚きながら気遣う。
渡辺は無言で報告書を突き付ける。
「桧垣一佐が戦死されたッ……!」
「そうだ」
涙を流す渡辺に気遣い志田が言う。
「しばらく退出致しましょうか?」
「……いや、大丈夫だ。突然悪かったな」
「いえ、こちらは大丈夫です」
首相官邸の地下にある危機管理センターの一室で渡辺は平静を装うために深呼吸する。
「状況は極めて緊迫している。早急に立川基地への援軍を用意するぞ」
「援軍はこれまで散々検討した結果、中即団の派遣のみに限定されていますが、どこから出しますか?」
しばらく考え渡辺は口を開く。
「そもそも援軍に送れる戦力あるが、総理の意向で出せていないだけだ。あの豚野郎にバレずに援軍を出す方法があれば……」
「豚野郎って」
志田は普段聞かない渡辺の口調に驚きつつも笑う。
「なんだ志田、お前はあの総理を支持しているのか?」
「まさかそんなことありません。前回の衆議院選挙は未来創造党に投票したくらいです」
「俺もだ。どこに援軍を出さない最高司令官がいるものか」
「全くです」
二人はしばし考える。
ふと志田が言葉を漏らす。
「壁上列車……」
戦争初期、アークウォール建造中に構想していた兵站輸送機構。
だがあれは西東京の一部でしか施工出来ていない。
「それは頓挫した計画だ。それに列車の動力も……」
そこまで言って渡辺は言葉を切る。
「志田、統合幕僚長に電話を繋いでくれ」
「はっ!」
バレずに援軍を送る方法はこれしかない。何度も見た立川周辺の地図を脳内に展開する。
桧垣の、戦友の死は無駄にはしない。
――桧垣の遺体は司令部の天幕の中に丁重に安置されていた。
「蒼夜、大丈夫か?」
報告と休養を兼ねて北川二佐のいる天幕に来た二人は安置された桧垣の遺体の前に立っていた。
「はい、問題ありません」
陸に答え拳を強く握る。クラトシアとの激戦、奥の手を使っても勝てなかった。
「柊士長、体はどうだ?」
北川は蒼夜の目を見て聞く。
「魔力は回復しつつあります。戦闘可能です」
「そうか。相沢一士はどうだ?」
「自分もまだ戦えます」
「よし、第17特殊近接小隊は現在壁上の砲兵及び術支隊の護衛をしている。開けられた二つの穴は第一と第二中隊以外で閉鎖している。二人は一旦食事をして小隊に合流せよ」
「はっ!」
「了解です!」
敬礼し天幕を出る。蒼夜は振り返り桧垣の遺体を見る。
共に戦えて光栄でした。桧垣一佐。
胸の内に秘めた感謝を送る相手はもういない。
天幕を出た二人は崩壊した基地内を歩く。
隕石爆撃による被害が大き過ぎる。しばらく基地としての機能は果たせないだろう。
「創生の魔術だっけか、蒼夜の魔法」
「はい」
「あれは確かに訓練じゃ出せないな」
「訓練で死者を出す訳にはいきませんから」
「実戦で使うのは久しぶりか?」
「始めてです」
おい、と陸が突っ込む。
「魔王相手に初使用かよ、肝が据わってるなお前」
乾いた笑いが広く橙色の空に響く。
「魔力の消費が激しいんです。自分の紫石感応度ではまだ使いこなせない魔法ですから」
「35パーセントだったよな。そんな高くても使えない魔法って」
「陸さんの感応度は?」
「俺は23パーセントだ。紫電一閃を十発くらい使ったら空っぽになるな」
23パーセント。蒼夜の影虎を一回発動して少し魔力が残せる程度だ。
陸の魔力の無駄遣いの少なさに驚嘆する。
「魔力操作が得意なんですね」
「まあ東堂の兄貴にしこたま叩き込まれたからな」
「それは厳しいんでしょうね」
陸は蒼夜の意外な一言に吹いて答える。
「はは、そうだな厳しい訓練だったよ。だけどお陰で魔力操作は得意になったな」
戦場の端で、魔法砲撃と銃声が重なる場所の端で二人は戦闘糧食を食べた。
――夕方の六時を回った頃、魔族軍は退いて行った。地上部隊、特にドロヴァの部隊だけだったため司令官を欠いた連隊でも何とか撃退出来た。
小隊は壁上から降り隊舎があった場所に戻った。
「隊舎が……」
「これでは雨風凌げませんね」
美月がショックを受けたように言い、如月は冷静に現状を見る。
隊舎は全壊と言っても良い程ダメージを受け、壁の一部しか残っていなかった。
「とりあえず連隊本部からもらった天幕を設営するか」
東堂は天幕の骨組みを小脇に抱え周囲を見渡す。
隊舎の残骸の上では建てられない。どこか損傷が少ない場所を探す。
「あそこに建てるか」
指を差して少し開け地面の損傷が少ない場所を指定する。
天幕の設営。自衛隊時代から引き継がれた手際で宿営用天幕を建てる。
「六人用だ。とは言え男女で分けるぞ。あ、陸は飯の準備に集中していいぞ」
「了解です兄貴」
「おう、頼んだぞ」
蒼夜含め男衆は布を広げ杭を抑えるためのコンクリートを探して置く。
まるでキャンプの様だが、そんな雰囲気はここにはない。疲れと喪失感が漂う。
「そっち持てるか?」
「はい兄貴」
「蒼夜はこっち抑えて」
「はい」
黙々と作業を進める。最低限の会話しかない。
先に設営が終わったのは男衆の天幕だった。
「あっちの手伝いしてやれ」
男性隊員は女性隊員の天幕設営を手伝い、すぐに終わらせる。
「天幕入って休んで良いぞ」
「やっと座れる!」
「疲れたー」
各々が好きに座り半長靴や戦闘服を脱ぐ。
その時、蒼夜のインカムにノイズが走る。
『こちら北川連隊司令代理。柊士長。至急連隊本部のある天幕まで来い。司令がある』
「蒼夜、どうした?」
「あ、すみません。北川二佐から呼び出しがありました」
「北川二佐から?分かった。場所は分かるな?」
「はい。問題ありません」
「気を付けて行けよ」
「はい」
蒼夜は天幕に入ることなく、連隊本部がある業務用天幕の方へ歩く。
途中、配給品の入った段ボールを両手に抱えた陸と出会う。
「お、蒼夜こんな所でどうした?」
「北川二佐から呼ばれまして」
「そうか。飯までには戻って来いよ。多分30分くらいで出来るから」
「……了解です」
「おう」
そう言って陸は小隊の天幕まで歩き出す。
蒼夜はそれを見送って再度目的地に向かう。更地となった基地内には大小様々な天幕が張られている。
「痛い、痛い。誰か、助けて……」
「うぐっ、あああああ!」
「大丈夫だ!まだ助かる!」
「殺……して……くれ。もう……痛みも感じない……」
隣の天幕から呻き声と医療班の懸命な処置の気配が伝わって来る。
入口の隙間から見えるのは血溜まりと赤く染まった医療班の手。
目を逸らし遠目から業務用天幕を見る。周辺を警備小隊が固めている。
天幕の前に着き警備兵を見上げる。険しい目でこちらを見ている。
「誰か」
敬礼し己の身分を言う。
「第17特殊近接小隊所属、柊蒼夜陸士長です。北川二佐の呼び出しがあり参上致しました」
「柊蒼夜?ああ、お前がクラトシアと交戦した兵士か。話は聞いている。入れ」
「はっ!ありがとうございます!」
蒼夜は警備兵に敬礼し天幕に入る。北川は眼鏡を掛け長テーブルに置かれた大量の戦死報告と補給物資の書類の対応をしていた。吊るされたLEDランタンが中を照らす。奥には桧垣一佐の遺体を冷やすために氷嚢が用意されている。
「失礼します」
「おお、来たか柊士長。突然の呼び出しすまないな」
北川は眼鏡を外し蒼夜の目を見る。
「なぜ呼ばれたのでしょうか?」
「報告は聞いているが、クラトシアとの再戦の前に改めて弱点を聞きたいと思ってな」
「そうでしたか」
「ああ、まあ掛けろ。今日、限界まで戦ったお前を立たせておくほど俺は鬼ではない」
「ありがとうございます」
机を挟み北川の前に座る。北川は桧垣より若く、細身で現場ではあまり戦わないように見える。
「早速聞こうか、敵の弱点を」
「はい」
蒼夜は戦った中で感じたクラトシアの弱点を説明する。斧を振るとき大振りで隙が生まれやすいこと、間合いを詰めると退くこと、そして片目を潰されたため視野に穴があること。
「桧垣一佐が残された弱点。これは作戦の要だな。ただ誰を戦わせるか……」
「自分が戦います」
蒼夜の言葉に北川は鋭い目を向ける。
「それはダメだ」
「なぜでしょうか?」
「桧垣一佐の遺言だ。お前を死なせる訳にはいかない」
北川の目を見返す。
「自分が少年兵だからでしょうか?」
「そうだ。もしクラトシアを前にしたらすぐに逃げろ」
「逃げきれなかったら?」
「仲間を犠牲にして逃げろ」
「仲間を犠牲に……?」
「そうだ。これは連隊司令代理としての命令だ」
命令。軍人として絶対的なもの。蒼夜はこれまでどんな命令も守って来た。もちろん仲間を見捨てる命令も。
だが、ほんとにそれで良いのか?
桧垣一佐は仲間を守れと言っていた。
「仲間を見捨てて胸を張って帰れません」
「命令に従えない兵士に俺は存在価値を感じない」
「……了解しました」
「よし戻って良いぞ」
「はい、失礼します」
蒼夜は敬礼し踵を返す。天幕を出て警備兵の顔を見ずに一礼しその場を離れる。
――蒼夜が出た天幕の中で北川は簡易的な椅子に深く座り込む。
「少し厳しく言い過ぎたかな……」
若い兵士を死なせることに疲れていた桧垣の想いを、彼なりに引き継いだのだが慣れないことはするものでは無いな、と反省をする。
「正直、現状彼も最高戦力の一角。対クラトシア戦にいて欲しいが、桧垣さんの遺言だからな」
思考の海に沈む。天幕の中に設置されたランタンの光が閉じた瞼の裏に映る。
「桧垣さん、この戦い勝てますか?」
その問いに答えられる人物は地上のどこにもいない。
――北川の冷酷とも思える命令を胸の内に納め蒼夜は小隊のいる天幕へ戻った。
陸が戦闘糧食に軽くオリジナリティを込め振舞っているのが見える。
彼らを見捨てて逃げるのか俺は。
この命令は東堂に伝わるだろう。かと言って自分から言わないのは違う気がする。
コンクリートの抉れた地面にくべた薪が、パチパチと音を立て周囲を囲い小隊の面々の顔を不規則に照らす。
硬い地面に座って食べている彼らを仲間と言ってもいいのだろうか。
命を懸けて守りたいのかまだ分からない。それでも簡単に見捨てられるほど浅い関係でもない。桧垣一佐の言葉の真意はそこにあるのだろうか。 疑問が蒼夜の心に残る。
「蒼夜!お帰り!」
陸の声に小隊全体が蒼夜を見る。皆笑顔を向けてくれている。自分は彼らに笑顔を見せたことがあっただろうか。
「ほら蒼夜の分のレーション。ここ座れよ」
手に渡された金属のプレートには赤飯と肉類のおかずが盛られている。
このご飯の味が蒼夜には何も分からなかった。




