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東京ファンタジー  作者: 亜空
岩獄戦線編
16/19

子供の死なない世界

 空が暗くなった。まるで人類の終焉のようだ。

 カルナの剣を躱し後退する。

 ふと、見上げると空を埋め尽くすほどの岩石が降り注いて来ている。


「総員退避!楓!結界!」

「はい!」


 東堂の指示が飛び、楓が結界を展開する。


 ――紫石法術。絶孤の帳――。


 人差し指にはめた紫石の指輪が輝き、魔力の壁が周囲を囲む。

 先ほどまで戦っていたカルナ達も退避している。

 空からの岩石がより大きく瞳に映る。空気が揺れ、質量の塊が音を上げ地表に襲い掛かる。

 蒼夜は無意識に両手で頭を覆う。

 岩石爆撃が地面を穿つ。

 衝撃波と爆煙。

 地面が揺れ割れる。

 耳を劈く岩石の砕ける音。

 ただ、結界に当たる音は軽く、まるでスポンジに当たる小石の様だ。


「重い!なにこの岩石たちムカつく!」

 

 しかし、楓に来るフィードバックは大きいようだ。人差し指と中指で刀印を作り、魔力を結界に供給し続ける楓の額に汗が浮かぶ。

 やがて爆撃が終わった。

 煙が舞う中、周囲を見渡す。

 建物はほとんど崩壊し、地面は穴だらけだ。

 一部カルナも潰れて、黒い血が岩石の下から垂れている。

 屋上にいた第一中隊と第二中隊の隊員達は辛うじて数人生きている。他の中隊にはあまり被害が出ていないようだ。戦闘音が遠くで響いている。


「桧垣一佐達は……」

 

 蒼夜はクラトシアと桧垣達が交戦していた場所を見る。

 岩石に体の一部が潰された人、破片が刺さり伏せている人。壊滅的被害を受けている。桧垣を探すと部下の下敷きなって倒れている。どうやら部下が破片から桧垣一佐を守ったようだ。


「生きてる……」


 安堵の声に陸が震えた声を返す。

 

「蒼夜、構えろ。魔王が来るぞ」


 陸が震える手で軍刀を持ち、一点を凝視している。

 巨大な斧を持ち魔力をマントのように纏う魔王が、鈍く輝く紅い目でこちらを見ている。

 この連隊もまた全滅するのか。

 恐怖が蒼夜の胸に広がり足が竦む。

 

「玲!足止めだ!」


 冷気を帯びる魔力が後方で興る。

 クラトシアの足元に氷が這う。だが、斧の柄が地面に叩きつけられ氷が霧散する。


「効かないみたいだね」


 玲が悔し気に呟くのが聞こえる。

 クラトシアの魔力が爆発し一気に蒼夜の前に跳んで来て斧を横ぶりに振る。


「蒼夜!」

 

 陸の声が耳を突き刺す。

 蒼夜は振り抜かれる斧の上を回転しながら飛び超え着地する。

 クラトシアは蒼夜に目を向け三日月の笑みを浮かべる。


「ついに見付けたぞニンゲンの剣士、ソウヤよ!」


 魔王の目は蒼夜しか見ていない。

 腰を落とし、軍刀を構える。クラトシアは巨大な斧を持ち上げ蒼夜の頭上に振り下ろす。

 蒼夜は黒い魔力を剣に這わせ、懐深くに入る。そして首を狙い突きを放つ。

 だが、斧の柄で弾かれる。

 見た目の割に器用な戦い方だ。

 クラトシアの背後から陸と一馬が一太刀を入れようと突撃する。

 だが、横からカルナの一団が二人の斬撃を阻む。


「クソ!」

「こいつら邪魔です!」

 

 退避していたカルナ達か。

 魔力探知でオグが生きているのも把握している。圧倒的劣勢だな。

 

「蒼夜!ちょっと耐えれるか⁉」

「了解です!」

「楓!援護してやれ!他は全力でオグとカルナを討伐するぞ!」


 同僚たちの返事を聞きながら蒼夜は魔王と対峙する。

 一騎打ち。

 先に動いたのは蒼夜だった。

 漆黒の魔力が蒼夜の全身から溢れクラトシアの周囲を覆う。


 ――紫石術式、影虎――。


 蒼夜は幾多の影を作りながら最速の動きで移動する。

 敵を翻弄する。

 クラトシアは目を見開き動きを止めている。

 チャンスだ。

 背後に跳び再び、跳躍。

 ここで殺す!

 頸を狙い右振りに刃を振る。

 

「確かにおぬしの剣技は他と一線を画す。だが」


 クラトシアは手に持つ斧を引っ張り柄を背後に突き出す。

 もろに突きを食らい蒼夜は吹き飛ぶ。


「まだ甘いな」


 クラトシアの声が微かに聞こえる。

 背中が瓦礫にぶつかり肺から空気が強制的に吐き出される。

 痛みに揺れる視界にクラトシアが迫るのが見える。

 迎撃態勢を整えないと。

 だが、体が動かない。

 苦悶の表情を隠し切れない。

 斧の間合いに蒼夜を捉えたクラトシアは、勝利を確信して恍惚した表情で斧を振り下ろす。

 必死に両手で軍刀で防御を試みる。

 目を瞑り、心の端で死の匂いを嗅ぐ。

 しかし、斧はガンッ、と音を立てて弾かれた。


「蒼夜さん!無事ですよね!」


 楓の結界が二重に蒼夜を囲っている。

 楓を見ると片手で刀印を作り魔力を操作している。

 助かった。


「ゴホッ!ありがと、はぁはぁ、ございます」


 食道に染み出る血を吐きながら蒼夜が礼を述べる。

 血を吐いたことで呼吸が出来る。

 少し楽になった蒼夜はゆらゆらと立ち、軍刀を構え直す。

 忌々し気な表情を隠さず斧を振り回し結界を斬りつける。

 徐々に亀裂が入る。


「もう長くは持ちません!解除しますよ!」

「問題ありません」


 一時の休息。だが、蒼夜には十分だった。


「解除!」


 何もなかったかのように結界が消え去る。

 蒼夜はその瞬間をカウンターのために使った。


 ――紫石術式、漆閃抜刀――。


 魔力を極限まで薄め切れ味を最大化した抜刀術が甲高い音を鳴らし魔王に迫る。だが、厚い金属の斧に防がれる。

 すぐさま後退。後ろの壁を蹴り、クラトシアの上空を飛び超える。

 クソ、何も通じない。

 魔法ではない、圧倒的フィジカルで防がれている。

 足元に禍々しい魔力を感じる。

 来るな。

 尖った岩の群れが足元から襲い掛かる。

 跳躍。

 飛んだ場所に斧の刃が音を鳴らして迫る。

 空中で回避は不可能だ。


「蒼夜さん!任せて下さい!」


 結界が刃と蒼夜の間に構築される。

 楓が再度結界を張ってくれたお陰で着地することが出来た。


「小賢しい真似を」


 クラトシアは動きを止め、魔力を練る。

 魔力の奔流が周囲に風を興す。

 コンクリートの破片を核とし、魔力の粘土で繋ぎ合わせたような、醜悪な岩の蛇が地面をのたうち回る。同じものがもう四体。

 人間サイズの蛇が五体一気に迫り来る。

 背後にはクラトシアが控えている。

 躱した所でその先に来るんだろう。

 だったら。

 蒼夜は魔力を解放し蛇の軌道に足して迎撃態勢を取る。だが、変則的な動きに刃を振るう場所が定まらない。

 避けるしかないか。

 だが、岩の蛇達は狙いを変え、蒼夜の横を通り過ぎる。

 

「何かこっちに来たーー!」


 狙いは楓だった。

 咄嗟に結界を張り岩の蛇の突撃を止める。

 その隙をクラトシアは狙っていた。

 

「これでおぬしを直接叩けるな」


 魔王の目がこちらを凝視している。

 禍々しい魔力がクラトシアの斧を覆う。

 これは防げないかもな。

 蒼夜は魔力を高める。

 斧を振りかぶり突撃するクラトシア。

 深く懐に入る。

 だが、一歩引かれる。

 巨大な質量の刃が迫る。

 足元にも魔力の渦。

 急ぎ後ろに跳ぶ。

 振りかぶられた斧。

 魔力の塊が斧の先端から発射される。

 咄嗟に軍刀で防御するが、後方へ勢いよく飛ばされる。

 後転し着地。

 巨大な影が視界を埋める。

 すでにクラトシアが肉薄していた。

 魔王の魔力が空気を震わせる。

 一閃。

 そこに大きな背中が蒼夜とクラトシアの間に入る。

 血と硝煙の匂いと、鋼のような静かな闘気を纏った、見覚えのある大きな背中。

 桧垣の軍刀が斧の軌道を火花を散らしながらいなす。


「生きているか柊士長」

「桧垣一佐……」


 額から血を流し、洗練された軍服が所々破れているが、その戦意は未だ獰猛な戦士のように保たれている。


「良く耐えた。あとは任せろ」

「まだ……、戦えます」

「無理はするなよ」


 桧垣の横に並び、再び軍刀を構える。

 クラトシアは二人を悦に入ったように見下ろす。


「部下を盾に生き残ったか、ニンゲンの隊長と」

「そうだな。俺が死なせた。だから仇は必ず討つ」

「ならば我もカルナ騎士団副団長ゴードの仇を討たなければな」


 心にもないと言わんばかりに不気味な笑みだ。

 背筋が凍るのを感じる。


「来い、ニンゲン達よ」


 蒼夜と桧垣は左右に分かれ挟撃を狙う。

 左に向かった蒼夜は反対に行った桧垣を見る。タイミングを合わせないと。

 敵の位置、味方の位置。

 蒼夜の脳内には完璧に再現されている。

 桧垣が己の間合いに魔王を捉える。

 右手の斧を持つ魔王は咄嗟に斧の穂先を桧垣に向ける。

 このチャンスを逃す訳にはいかない。


 ――紫石術式「影虎」――。


 闇の魔力が魔王を飲み込む。

 夜空の如く深い闇の中、幾多の影が魔王を翻弄する。


「先ほど破った技ではないか」


 悠々と技の決着を待つ魔王に蒼夜と桧垣は阿吽の呼吸で答える。

 蒼夜は背後へ。桧垣は右側からの斬撃。

 クラトシアは先ほどと違い、斧を回転させ弾こうとする。

 だが、蒼夜は予測していた。

 この魔王は魔力ではなく本能で避けるか防ぐ。

 だったらそれを利用してやる。

 桧垣が斧の柄に軍刀を押し当てる。

 蒼夜の一閃が魔王の頸を狙う。


「我を舐めるなよ!」


 クラトシアは背後から迫る斬撃をしゃがんで避ける。

 避けられるが、空中で一回転し、二の太刀で背中を斬りつける。


「くっ!痛いではないか」

「クソ!」


 厚い鎧に遮られ致命傷を与えられていない。


「柊士長!退け!」

「了解!」


 蒼夜はクラトシアの背中を蹴り宙返りして距離を置く。

 着地と共に砂埃が舞う。

 クラトシアの斧を抑えていた桧垣も三度斬り合いすぐ離脱する。


「次も合わせる。好きに動け」

「はい」


 桧垣の言葉に蒼夜は答え、クラトシアに向き合う。

 刃を見ると若干黒い血が付着しているが、まだ浅いようだ。

 漆閃抜刀も影虎も効かないなら今出来る最強の技を放つ。

 軍刀を左手に持ち替え、魔力を極限まで練る。

 見た目は特に変わらない。

 だが、魔王の獰猛な紅い目が見開かれる。


「おぬし、創生の魔術使いだったのか……⁉」

「創生の……魔術?」


 桧垣はクラトシアの言葉の一部を反芻する。

 創生の魔術。

 無から有を創る魔法の枠を超えた技。

 一瞬、蒼夜の右手に黒い雷が這う。

 装飾もない暗黒の刀が現れる。


「創生の魔術は初めて見るが、悍ましいソウヤよ」


 手に持つのは魔王を殺す聖剣ではない。禍々しい黒い雷が迸る魔剣のようなモノ。

 著しく魔力を消費するため、蒼夜の額に汗が滲む。

 

「長くは持ちません。行きます」


 桧垣に言い、腰を落として地面を蹴る。

 ただ純粋な突撃。

 だが、クラトシアの目に焦りが浮かぶ。

 斧が下から振り上げられる。

 蒼夜は魔剣をそのまま斧に叩きつける。

 激しい火花が散り、地鳴りのような衝撃音が基地内に響き渡る。

 大半の魔力を使い魔王の一撃を弾く。蒼夜の魔剣もまた弾かれる。

 桧垣はこのチャンスを逃すことなく、蒼夜の横から鎧の隙間、魔王の腹部を刃を突き立てる。


「ぐふっ!」


 クラトシアの口から苦悶の音が漏れ出る。

 蒼夜も弾かれた魔剣を片手で握り腕を狙って振り下ろす。

 だが、魔王の魔法はそれを許さない。

 楓に攻撃していた岩の蛇達がクラトシアの影から蒼夜と桧垣を襲う。


「退け柊!」

「無理です!」


 すでに魔剣を振り向く動作をキャンセルできない。

 意識は確実に岩の蛇を見ているのに。

 蛇の大きく開かれた凶悪な口が蒼夜の顔を飲みこもうとする。

 その時、背後から桧垣ではない気配を感じる。

 突然、戦闘服を引っ張られ後方に飛ばされる。


「うわ!」


 そのまま背中から地面に倒れる。

 三人の中隊長だった。

 一人が斧を、一人が岩の蛇を、一人が桧垣を守り連携している。

 魔力が尽き、魔剣が崩れ落ちる。

 全身に痛みが走る。


「くっ!魔力が……!」


 早く戦線復帰をしなければ。

 昨日、同じように魔力切れで倒れた。今日も倒れる訳にはいかない。

 歯を食いしばり四肢に力を籠める。

 技を出し切る前で良かった。昨日よりまだマシだ。


「一佐ご無事ですか⁉」

「お前達こそ生きていたか」


 片腕の兵士が桧垣に声を掛けているのを見る。

 あの隕石爆撃を生き残った中隊長はこれだけか。

 クラトシアは桧垣含め四人と斬り合っている。

 小隊の皆もカルナとオグと戦っている。

 早く立て。這いつくばる時間は無いぞ。

 自分に言い聞かせて何とか立ち上がる。


「こいつはもう腹部に怪我を負っている!畳みかけるぞ!」


 桧垣の指示が飛ぶ。

 だが、一人の兵士の頭が斧で潰される。

 くそ。

 戦場に向けて歩く。まだ走れない。

 また、一人の兵士の頭が飛ぶ。

 桧垣の背中まであと四歩。

 片腕の中隊長の残された腕が飛ぶ。

 あと二歩。

 クラトシアの斧が桧垣の横っ腹を狙い斧を振る。

 両腕を失った中隊長が体を張って桧垣と斧の間に入る。

 桧垣は部下の決死の想いで作った隙を逃さずクラトシアの左目を斬りつけた。


「……ッ、グ、ァァアアアアアアッ!!」


 クラトシアは咆哮を上げ無造作に斧を振り回す。

 桧垣は斧を避けるが、魔力で尽くされた岩の蛇が彼に噛みつく。


「桧垣一佐!」


 無理やり一歩進み抜刀し岩の蛇に斬り掛かる。

 弱々しい一撃だ。

 蛇はその一撃を無視し桧垣の腹部を噛みちぎる。


「……ッ、……ぅ、ぐ……ッ」


 声にならない呻き声が耳を叩く。

 岩の蛇はそのまま消滅した。

 一気に血が噴き出、穴だらけの地面に跳び散る。

 桧垣の体から力が抜け蒼夜に体重を乗せる。


「桧垣一佐!一佐!」

「……くっ、大丈夫……だっ」


 そう言ったものの、徐々に力を失う桧垣に背中を貸し、少しでも距離を置こうと後退する。

 だが、蒼夜も満身創痍。

 二歩下がった所で倒れる。


「おのれニンゲンめ。忌々しいニンゲンよ」


 クラトシアが片目を抑えながら蒼夜と桧垣を睨む。腹から黒い血を流しながらまだ立っている。

 もう魔力も体力もない。桧垣を地面に横たえ軍刀を構える。


「蒼夜!今行くぞ!」


 陸の声が聞こえる。クラトシアの背後を陸と東堂、そして一馬が狙い飛び掛かる。

 クラトシアは蒼夜を睨みながら魔力を全身に纏わせ魔法障壁を展開し三人の斬撃を弾き返す。


「我は一時撤退する。ニンゲンの隊長よ、見事な一撃であったぞ。まあもう死ぬであろうがな」


 クラトシアはそう言って大きく跳躍する。東堂達を飛び越えカルナとオグの死体も飛び超えて入った壁の穴から消えて行った。

 蒼夜は桧垣の横に座り込み桧垣の顔を見る。

 土色になった顔色の桧垣は目だけを蒼夜に向ける。


「桧垣さん……」


 蒼夜は小さく呼ぶ。後ろで東堂が美月を呼び治癒魔法を指示する。


「美月!治癒魔法!」

「はい!」


 美月が桧垣を挟んで蒼夜の対面にしゃがみ込む。

 手を伸ばしエメラルドのような魔力が桧垣の抉られた腹部に流し込む。


「……無駄だ、東堂」

「喋らないで下さい桧垣さん……」

「命令だ。無駄な……、魔力は使うな……」

「桧垣さん!まだあなたが必要です!」


 東堂の声に桧垣は微かに笑みを浮かべる。

 

「榊原一士の……、治癒魔法は……、欠損を補えない」

「止血して軍病院に行ければ間に合います!」


 美月が涙をこらえる。だが、血は容赦なく流れ蒼夜の膝を赤く染める。


「自分の命の……、限界は分かる。東堂、やめさせろ」

「……美月、中止だ」


 指先を震わせて美月は両腕をひざ元に戻す。


「東堂……、ガキども頼んだぞ……」

「勿論です桧垣さん」


 東堂は涙を飲み答える。


「蒼夜」

「はい」


 真っすぐ桧垣の目を見る。


「間合いの……、取り方に癖がある。直せ……」

「はい……」

「それと……、約束だ。耳を貸せ」


 言われた通り桧垣の口元に耳を近づける。


「俺の、夢はな……、子供の……、死なない世界……だ……」


 蒼夜は顔を上げ桧垣を見る。すでに事切れていた。


「桧垣さん!桧垣さん!」


 東堂が呼ぶ。誰も答えない。小隊の全員が声を上げれど、桧垣宗太郎は答えなかった。

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