魔王降臨
魔族軍の長、クラトシアと連隊長桧垣と中隊長達の戦いが始まります。
熔解するコンクリートの壁を悠々と超えて来た魔王の姿は、あまりにも人に似ていた。巨大な斧と巨大な体躯。纏う魔力は底知れない。
蒼夜は自分の呼吸が浅くなるのを自覚できていなかった。気づいたのは陸に肩を掴まれてからだ。手が震えている。肺が痛い。
「大丈夫か?おい、蒼夜!」
陸が蒼夜の顔を覗き込む。
クラトシアにクシフォスの影が重なる。
「大丈夫です。問題ありません」
無理やり呼吸を整え、手の甲で汗を拭う。
「無理すんなよ。ってこの状況じゃ全員無理しないとだけど」
「陸の言う通りだ」
東堂が状況を整理する。
「最初に破られた壁は第一、第二中隊を除く全戦力で対処し、クラトシアは桧垣さん達が討伐する。俺達の役目は、クラトシアの側近達を桧垣さん達から引き離すことだ」
「ここから確認できるのはカルナが数体、オグが一体ですね」
凛花が情報を補足する。
「オグは俺が受け持つ。りんちゃんは指揮を頼めるか?」
「はい。如月三曹了解しました」
りんちゃん呼びへのささやかな抵抗で仰々しく了解の意を表す。東堂は気にした素振りを見せず、腕を伸ばし深呼吸する。
「さてお前ら、死ぬんじゃねーぞ」
はい、と全員の声を号令に小隊は動き出した。
まず奇襲を狙う。
小隊は建物の隙間を縫いクラトシア達に接近する。
カルナが八体、オグが一体。
「まずは俺がオグを吹き飛ばす。カルナはほのかと陽斗の広範囲魔法で一旦分断して各個撃破だ」
「吹き飛ばす……?」
蒼夜は聞き慣れない攻撃手段に首を傾げる。
「ああ、蒼夜は東堂の兄貴の魔法見たことないもんな」
陸が説明しようとした時、東堂が割って入る。
「言葉より見た方が早いだろ。さて行くぞ」
東堂は抜刀し明後日の方角を見ているオグに向けて歩き出す。
無造作に剣先を地面に向け青い魔力を纏わせる。
「蒼夜、この技だけは見ておけ」
東堂は蒼夜に言葉を残し、大幅十歩の距離を回転しながら一瞬で詰める。
オグが気づいた頃にはもう眼前まで来ていた。
――紫石術式、風鬼――。
遠心力を乗せ、鎌鼬を纏った剣先は、オグを咄嗟の防御の剣諸共吹き飛ばした。
破裂音と、衝撃波が蒼夜の元まで響く。
なんて威力。蒼夜は驚嘆の表情を浮かべる。
「ほのか!陽斗!今です!」
凛花が手を前に伸ばし広範囲魔法の発動を指示する。
「はい!」
「了解であります!」
以前見せた水蒸気爆発を発動する。
「ほのか合わせる!」
「分かったよ!ちょっと待って。今!」
カルナ達の上空数メートルに発現した炎の塊と水の塊がぶつかり合う。
途端、基地全体に響く爆発音。赤い閃光が魔族の目を眩ませる。
「総員抜刀!突撃!」
カルナ達目掛けて蒼夜達が突っ走る。
「蒼夜!隊長格やりに行くぞ!」
「はい!」
陸の言葉に即座に返し、最も強そうな相手に突撃する。
――同じ頃、蒼夜達の突撃を確認した桧垣は建物の屋上からの一斉射撃を指示した。
「東堂達、上手く攪乱してるな」
桧垣は東堂達の動きを本部庁舎の影から見ていた。
「第一中隊、第二中隊、一斉射撃」
『了解!』
数百の弾丸がクラトシア目掛けて降り注ぐ。
影に隠れていた桧垣は魔王が笑うのを見た。
魔力の障壁が全ての弾丸を音を立てて弾く。
「やはり効かないか。戦闘用意!」
桧垣以下、中隊長達が物陰から隊列を乱さず魔王の前に半長靴を鳴らし凄然と躍り出る。
「中距離魔法用意!撃て!」
一秒にも満たない時間で十の魔法が地面を抉りながらクラトシアに迫る。
魔王は再び笑い、魔力の波動で迫る魔法を音も無く消し去った。
クラトシアは桧垣達を視認し、ゆるりとした動作で桧垣達の前に歩き出す。
「我の相手はお主達か。中央の剣士よ。我が側近ハルバーサ討伐見事であったぞ。名はなんと申す?」
クラトシアは斧の柄を地面に突き立て堂々と立ち、桧垣の間合いの少し先で戦士の儀として問う。
「俺は桧垣宗太郎、この連隊の連隊長だ」
「ヒガキか。ソウヤと言いニンゲンの剣士を知らぬか。我はかの剣士を斬るためにここに来た」
カルナと戦っている蒼夜を見る。剣術の技量は高くてもまだ子供の脆さを持つあの少年。死なせるには惜しいとさえ思える。
「まずこの俺を殺してから蒼夜に行け。死ぬ気は無いがな」
桧垣の言葉に魔王は三日月のような哄笑を浮かべ斧を構える。
「来るぞ!総員抜刀!」
中隊長九人が一斉に鋼の武具を金属音を鳴らして抜く。
クラトシアは斧を振り回し、地面を割りながら一歩踏み出す。
桧垣達は一斉に散り、クラトシアの攻撃に備える。
一振り。
クラトシアの斧が地面を割り、衝撃波で桧垣は吹き飛ばされる。
「桧垣一佐!」
中隊長の一人が桧垣の元に駆け寄り、残りの中隊長達が壁になる。
「大丈夫だ。作戦通り包囲急げ!」
「了解!」
桧垣を軸に中隊長達がクラトシアを包囲する。
「我はどこにも逃げぬぞ?」
クラトシアは冗談めかしに言う。
「知ってる。人間の戦い方だ」
桧垣は軍刀を構え、クラトシアの目を見る。人に似ているが、魔族特有の紅い目に指先が冷える。
「面白い」
ニヤリと嗤いクラトシアが斧を頭上で振り回す。微かに魔力が混ざる。
あの目潰すか。
「榎田!霧魔法!」
「了解!」
榎田と呼ばれた中隊長が魔力を広げ、霧を辺り一面にまき散らす。
霧が視界を掠める中、魔王の紅い目だけが浮かぶ。
「行くぞ!」
桧垣の一声で十人の戦士が魔王に斬り込む。
霧の中、幾多の火花と金属音が響く。
そして、血飛沫。
「腕がぁぁぁあ!」
「笠野!大丈夫か!」
腕を吹き飛ばされた部下を横目に、桧垣は魔法障壁の隙を縫うように刃を通す。そして捩じる。魔法障壁に亀裂が入った。
だが、すぐに修復される。
「くそ!」
桧垣は舌打ちをクラトシアに吐く。
「広瀬川!結界を広げろ!魔力無効のだ!」
「すぐに!」
防御結界ではない。敵の能力を制限する結界だ。
祝詞を唱え結界を広げる。ちょうど桧垣達とクラトシアを囲むように。
クラトシアの魔法障壁が霧散し、斧に流していた魔力が消える。
「なるほど、魔力の存在を否定した領域か。考えたな。だが、我は魔力無しでも強いぞ」
「白兵戦なら俺らの方が強いぞ。魔王」
「ふ、来い」
クラトシアは斧を桧垣の頭上に振りかぶる。
避ける。
真横で衝撃音がなり、コンクリートの破片が頬を掠め熱を帯びる。
「挟撃しろ!」
「はっ!」
左右前後からの一斉斬撃。クラトシアに避ける場所は無い。
だが、笑みを崩さない。待ちわびた瞬間を迎えたような愉悦に満ちた目。
「耐えよニンゲン」
巨大な斧を持ち、横なぎに回転する。
「うがああああ」
包囲していた全兵士がまとめて吹き飛ぶ。骨が砕ける音、そして苦悶の声。
今の一撃で一人が戦死、一人が負傷。
残った部下は七人。
一撃で霧が晴れる。
桧垣はすぐさま起き上がり、次の一手を指示する。
「広瀬川!お前は中距離援護に回れ!結界を壊す訳にはいかない!」
「了解しました!」
指示通り離脱した部下を見送る。
「挟撃は意味をなさない!一撃離脱を繰り返して削る」
「了解です!一番手いきます!」
中隊長達は歴戦の手練れ。完璧なコンビネーションでクラトシアに反撃の隙を与えずに攻撃し続ける。
「いいぞ!ニンゲンの剣士達よ!」
連撃を全ていなし躱し、無傷でいる魔王は戦いを楽しんでいる。
「我に傷を付けられた者には褒美に命を与えようぞ」
命を与える。つまり逃がしてやろうと。
魔王の言葉に桧垣達は静かなる怒りを浮かべる。
「俺達はお前を殺してここを、俺たちの後ろにいる市民を守るためにここにいる。あまり人類を舐めるなよ」
「お前に守れるか?」
「俺だけじゃない。俺達でだ」
愉悦に満ちていた魔王の目は獰猛な捕食者となり、ついに足を前後に開き斧を構える。腕の筋肉だけだった斬撃に前進の重みが加わる。
自然と桧垣達の手に力が入る。
クラトシアは地面のコンクリートを砕き桧垣達に肉薄する。
斧を上段で構え一気に振り下ろす。
桧垣と二人の兵士はすぐさま懐に入り、三振りの剣で受ける。
「うぐっ」
「重っ!」
「……っ!」
斬撃の風圧で結界がたわむ。桧垣の足の筋肉が一部断裂するのを認識する。
桧垣達三人で抑え、残りの三人が即座に横から屈強な腕を狙い斬撃を繰り出す。
だが、重厚感を感じさせる体躯からは想像出来ない身軽さで後退し、全て避ける。
「くそ!」
一人の中隊長が漏らした言葉に悔しさが滲む。
桧垣は一瞬の躊躇いも無く、後退したクラトシアを追い、深く踏み込み鋭い突きを喉元へ滑らす。
クラトシアは驚きの目を見せわずかに上半身を逸らす。
桧垣の間合いの僅か先にクラトシアの頸。切っ先の先に紅い目を見る。
素早く手元に剣を引き、胴を狙う斬撃。
斧の柄で防がれる。重い鋼鉄の音が反響する。
「始めて防いだな魔王」
桧垣は口角を上げ目を細める。魔王は紅い目を見開く。
「この我を嘲るか、ニンゲンの分際で」
「舐めるなよ」
桧垣は言い終える前に二撃目を。防がれるが三撃目。
怒涛の連撃はクラトシアを届かなかった。
だが、一人ではない。
六人の中隊長達は連携してクラトシアの側部を狙い斬撃を見舞う。
クラトシアは斧の柄と刃を使い全て防ぎ、避ける。
息が上がる。
激しい剣劇はクラトシアが大きく桧垣の後方へ跳躍したことで終わった。
「榎田!逃げろ!」
桧垣はクラトシアの着地地点を予測し、狙いをすぐ把握する。
榎田は小銃を撃ち牽制するが、クラトシアの硬い皮膚により全て弾かれる。
すぐさま抜刀し、クラトシアの一閃を防ぐ。
しかし、軍刀ごと破壊され血飛沫を上げて榎田は吹き飛ぶ。
途端、結界が音を立てて崩れ去る。
「まずい、結界が...」
クラトシアは振り向き、ニヤリと嗤う。
「魔法が使えるようになったのう」
魔力の奔流がクラトシアの周りを渦巻く。
桧垣の脳裏に一つの言葉が浮かぶ。
魔王の降臨。
「第一中隊、第二中隊!一斉射撃!急げ!」
『了解!』
インカム越しに第一中隊の副隊長である田中の返答が来る。そして数百弾丸の雨。炸裂音が戦場を満たす。
魔法障壁構築が間に合わなければダメージを与えられるはず。
軍刀を握りしめ土埃の中を凝視する。
土埃の奥に紅い目が光る。
間に合わなかったか。魔王の威光に足が竦む。
だが、後方では蒼夜達が戦っている。ここで俺達が負けたらこの魔王はあの小隊に向かうだろう。
死守せねば。
「ここで倒すぞ」
「はっ!」
クラトシアは斧を振り血を振り払う。魔力を周囲に伸ばし、人間サイズの岩を生成する。
「各自回避行動!」
大砲の弾丸が桧垣達に襲い掛かる。
ドンッ!ドンッ!ゴンっ!と地面を抉る。だが、精鋭の揃いの桧垣達は魔法と身体能力で避け切った。
「ほう、全て避けるか。ならこれはどうだ?」
斧を上空に伸ばし魔法陣を発動する。空気が振動する。
基地全体の地面に影が点在する。徐々に影が大きさを増す。
上空を見ると太陽が影になるほどの岩の塊が生成されている。あれが落ちて来るというのか。
「連隊各位!上空からの攻撃に備えよ!」
魔王は嗤う。
「隕石爆撃だ。耐えた者は褒めてやろう」




