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勝てば官軍 弐 【呪術修正物語】  作者: 桜山 風
第三章 勝利
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第十一話

 9月9日水曜日。

 廊下に立ち、教室の出入り口の前で俊樹は深呼吸する。


(次で5人目だ)


 午前中は休講だったので、俊樹はまず食堂へ行き英文学部生の顔を探した。

 そこで昼食をとっていた4人へ順番に声をかけたのだが、全員にそっけない態度で断られ、からかいの言葉も浴びせる者もいた。


 そうなるだろうと予測はしていたが、やはり心は傷つく。

 逃げ出したい衝動をこらえ、俊樹は戸を開けた。


「ふざけんじゃねえよ! 馬鹿!」


 いきなりの怒声に、彼は首をすくめる。


「もう頼まない! お前とは絶交だ!」


 しかし、その声は俊樹に向けられたものではなかった。


 怒鳴った男は荒々しい足取りで教室後方の席に行く。


 彼に怒鳴られてうつむく男は最前列にいる。その隣に俊樹は座った。絶交されたなら、新しい友達を必要としているだろうと計算したのだ。


「あ、あの……」


 恐る恐る声をかけると、彼はこちらを向いた。小等部入学以来、何度か同じクラスになったので、その瓜実顔(うりざねがお)と名前は知っている。寺田久義だ。俊樹の苗字は伊吹なので、名簿順の日直を彼と二人で受け持ったことはない。理科の実験などで一緒の班になったことはあるが、手順を遂行するために必要な程度の会話しか彼らはしてこなかった。


「なんだよ」


 つっけんどんな返事だ。俊樹はこのように扱われることに慣れている。

 だから、いつもならすぐに『なんでもない』といって離れるところだが、今日は違う。

 誓を胸に、彼は話を続けた。


「すまないが、試験の対策ノートを貸してほしいんだ。

 このままでは」


「い、1教科につき1円だ」


 寺田は焦った様子で条件を提示する。


「1円だぞ、1円。

[萬文芸]1冊で50銭。

 月刊誌2冊分で追試から逃れられるんだ。安いものだぞ」


「……」


「不満なのかよ。

 俺だって、ノートをとるために時間を費やし、努力してき」


「ありがとう!」


 安堵のあまり、涙がにじんできた。それを手の甲でぬぐい、俊樹は深く頭を下げる。


「ありがとう。ああ、本当に助かったよ!」


「……そ、それならいいが……

 で、せっかく縁ができたんだから、その、放課後……

 ちょいと飲みに行かないか?」


「行く! 断然行く!」


 ガラリ


 ちょうどそこに、助教授がドアを開けて入ってきた。

 俊樹と寺田は会話を中断し、講義を受ける。



   ◆◆◆◆◆◆



 飲みに行った翌日、俊樹は休み時間に公衆電話で銀座の事務所にいる礼文と通話した。上首尾に終わったことを話すと、詳しく事情を聴きたいから放課後に研究所へ来るように言われた。


 夕暮れ時、バス停から歩いて目的地に向かう。

 俊樹が呼び鈴をならすと礼文が自ら現れ、鍵を開けてくれた。

 会議室には犬田も待ち受けていた。俊樹はもう一度、昨日に何が起きたか張り切って語る。


「まったく、[秘密の首領]さまの御導きとしか思えません! 

 対策ノートは全教科が手に入りましたし、

 学内で永井の取り巻き以外の友達ができました!

 昨日寺田と一緒に居酒屋で酒を飲みましたが、

 すごく楽しい時間でしたよ! 

 その上、とても参考になる本を紹介してくれたので、

 さっそく購入しました。これです!」


 俊樹はトートバックからその本を取り出し、机に置く。

 タイトルは【営業に必要な十の修行】だ。


「ふむ」


 まず礼文が手に取ってパラパラとめくる。すぐに彼は犬田に渡した。


「では拝見を」


 犬田は最初に本の奥付おくづけを確認した。


「これは自主出版というやつですね。

 著者は稲毛貢さん」


「寺田の義理の兄だそうです。

 その人がセールスマンとして経験したことを

 まとめて営業初心者のために書き下ろした書物で、

 オレも読みました。

 とてもわかりやすくて、いい本だと思います。

 [真世界への道]の教えを説き、

 信者を増やしていくために役立つでしょう」


 犬田は目次も調べていき、その11章に目を止めた。


 その項を開いて、


「ほうほう」


 感心したような声を漏らす。


「確かに、[秘密の首領]さまの御導きかもしれません。

 きわめて重要な出会いです」


「そうでしょう!」


「まあ、落ち着いて。

 俊樹さんは詐欺師に狙われているんですから」


「ええ?」


「やはり、お前もそう思うか。

 その寺田も稲毛も、なかなかの食わせものだな」


「ええええ?」


 礼文にまで友とその義兄を悪く言われ、俊樹は戸惑う。


「確かに初めの十章は営業において必要な事柄を書いてあります。

 身だしなみを整えるとか、

 毎日発声練習をしてハキハキと話せるようにしましょうとか、

 お客様との面談を忘れないためにスケジュール管理が重要とか。

 でも、それは特別な知見ではありません。

 商売人なら、

 こういうことは小卒で奉公にあがった日から教育されます。

 ですから、この本は

 まったく商いとは関係なく育ってきたけれど

 社会に出てからいきなり営業に配属された人、

 あるいはそうなる可能性を予測して備えておこうとする人を

 読者と想定してかかれた書物ですね。

 つまり今の俊樹さんのような状況に置かれた人です」


「それのどこが悪いんですか? 

 実際に役立つ知識なんでしょう?」


「それはオトリで、本命はこの11章にあります」


 犬田はそこを開いた。


「初対面の人と話す不安、仕事がうまくいかないときの焦り。

 そういう負の想念を抱えていると表情が暗くなり、

 お客様の気分を損ね、売り上げが落ちてしまいます。

 営業成績が悪ければますます陰気な顔になっていくでしょう。

 そんな悪循環を断ち切るためには、

 心を支えてくれるお守りが必要です」


 犬田は文章を読み上げ、イラストを指さす。


「で、稲毛貢が考案した特製手帳や名刺などを紹介しています。

 心霊力を付加した紋章が印刷されているから、

 これを購入してお守りとしてください。

 ご希望される方には、

 さらに効能がある護符を提供いたします、ってね」


 彼はまた、悪魔めいた笑みを浮かべる。


「ようするに、この本は

 関連商品を売りこむための広告チラシが分厚くなったものです。

 俊樹さん、手帳を買いましたか?」


「あ、はい。

 この本にかかれたスケジュール管理法にのっとった

 工夫がされていて便利そうだし、

 それにお守り効果までついているならお得だなって思って」


「護符は?」


「対策ノートも全教科買ったし、

 そろそろ財布の中身がつきてきたので、

 来月買うと予約しました」


 礼文と犬田はそれを聞いて、大きく息を吐いた。


「完全なカモだな」


「まったくそのとおりで」


「ええ? そんな」


「俊樹さん。

 稲毛貢は[秘密の首領]さまから

 秘跡を受けているんですか?」


「それはないでしょう。

 だって、[真世界への道]とは関係のない人ですから」


 バン


 礼文が机を叩く。俊樹は硬直した。


「この世において、

 奇跡を起し霊的な加護を与えられるのは

[秘密の首領]さまだけだ。

 他の宗教はまがい物に過ぎない。

 それなのに心霊力だと? 

 バカバカしい。冒涜的なインチキ商品だ」


「あ……」


 俊樹は小冊子の記述を思い出し、愕然とする。


「そ、そうでした! ああ、オレはなんてことを!」


 頭をかかえる俊樹を、犬田はなぐさめる。


「この国において御守りはごく普通の持ち物であり、

 とくに宗教的なものと意識されることはありません。

 一応、天神様や水天宮さまの名前を借りてはいますが、

 その由来まで熟知している人は少数で、

 一般民衆はただ皆があがめているから御利益があるんだろう、

 ぐらいの認識しか持っていません。

 俊樹さんもその程度の軽い気持ちで手帳を購入したんでしょう?」


「はい」


「でも、いつのまにか、

 高価な護符までも買うことになっていた」


「よくわかりますね! 

 なんか、寺田が決定事項のように話すもんだから、つい」


「それがセールストークです。勉強になりましたね」


「……自分の愚かさが嫌になります。

 どうしよう。母にまで買わせてしまった。しかも二冊」


「え、どういうことですか?」


「今朝がた、

 新聞の気になる記事をメモしていたら

 母に新しい手帳を見られてしまったんです。

 その時点では騙されているとは知らなかったので、

 特製手帳のことを話してしまいました。

 そうしたら、便利なものなら欲しいとねだられたんです。

 おまけに、

 母は友達への贈り物として

 かさばらない実用品を探していたそうで、

 その分も合わせて買ってきてくれとお金を預かり、

 今日寺田から購入しました」


「ちょっと、実物をみせてくれませんか?」


「はい、これです」


 俊樹はバッグから自分の手帳を取りだした。


「表紙が明るい茶色だから男女兼用できるのですね。

 ふむ、綴じも丈夫で紙質もそこそこよろしい。

 24行だから、

 使う人の都合によって2行ごとでも3行ごとでも

 その倍数でも区切りやすい。

 後ろのほうには住所録用のページも備えてありますし、

 しおりとして今年のカレンダーも入っている。

 この手帳自体は上質ですよ。

 だから俊樹さんは損をしていません。

 インチキ護符さえ買わなければむしろお得用です」


「ああ、よかった」


「これも良い御縁ですから、

 いっそのこと手帳などの販売代理店を始めてみたらどうですか?」


「え」


 戸惑う俊樹を置いてけぼりにして、犬田はまくしたてる。


「僕は以前、

 個人事業の開業について調べたことがありますから、

 税務署への届け出手続き、

 事業計画書の作成法も知っています。

 複式帳簿や貸借対照表、

 損益計算書等の作り方に在庫管理の指導も任せてください。

 いい参考書も紹介しますよ」


「あの、オレはソロバン勘定が苦手で、

 そういうわけだから健二さんに会計も兼任してもらって」


「甘えないでください!」


 怒鳴られて、俊樹は首をすくめた。


「小卒で商店へ奉公にあがった子供たちは、

 (いや)(おう)でも帳簿にかかわらなければならないんです。

 店の仕事が終わっても休めない。

 手代さんや先輩からソロバンの練習を強要されて、

 間違えれば殴られて、

 泣きべそをかきながらでもソロバン玉をはじき続ける。

 そうやって鍛えられて一人前の商人に成長するんですよ。

 子供にだってできることなんだから、

 もう大人である俊樹さんにもやってもらいます」


「おい、勝手に話を進めるな」


 礼文が不快の意を示したが、犬田は止まらない。


「これから[真世界への道]を発展させていくにあたって、

 いつまでも富鳥さまからの援助を受け続けるのは心苦しいですし、

 独自の資金源があれば

 いちいちお伺いを立てなくても即座に行動が可能です」


「ふむ」


 俊樹には、[独自の資金源]と聞いた瞬間、礼文の表情が変わったように見受けられた。


「だからといって、いきなり開業するのは難しかろう。

 まずは1ダースまとめて仕入れるということで割り引いてもらえ。

 そして定価で売るのだ。

 その程度のわずかな利益なら納税の手間もかからないだろう。

 販売を続けるかどうかは、

 すべて売り切ってから決めればよい」


「さすが礼文さま! 

 僕はせっかちすぎました。お恥ずかしい限りです」


 追従する犬田を、当の礼文は冷ややかな目で見た。


「……あの……」


 俊樹は疑問に思ったことを口に出す。


「礼文さまからオレに与えられた使命は情報収集の練習でした。

 それが、

 試験に一発合格をして時間の浪費を防ぐために

 試験対策ノートを入手することに変化して、

 今度は販売業。

 当初の目的とは

 ずいぶん違う方向に進んでいるような気がするんですけれど」


「社会人にはよくあることだ。気にするな」


「一見、回り道をしているようですが、

 本や手帳を販売すれば情報収集のきっかけにもなりますし、

 会話術も上達します。

 だから本来の目的地から遠ざかってはいませんよ」


 内容は微妙に異なるが、礼文と犬田それぞれに励まされた。


「わかりました。全力で行います!」


 だから俊樹は決意を固めた。




   次回に続く


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