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3-5:反撃開始

 

 『世界樹(ユグドラシル)の水鏡』で目的地を決めた後、僕らはオーディス神殿へと戻った。

 旅の準備を始める前に、きちんと報告しないといけない人がいる。

 鴉の戦士団、総長であるパウリーネさんだ。

 毎日忙しいみたいで、報告ができるとすれば夜になる。ミアさんは『戦士団に任せとけ』なんていうけれど、僕自身できちんと連絡したかった。

 家族を守ってもらう人だしね。


「豊穣の街、フローシアですか」


 オーディス神殿の大塔。総長の執務室は、夜でも魔石灯で明るかった。

 言葉に合間に、ペンが走る。

 普通の家なら夕食を終えて後は寝るだけといった時刻なんだけど、パウリーネさんの仕事は続いているようだ。


「お待たせしました」


 書状を書き終えたみたい。封筒に蝋を垂らして、刻印を刻む。

 顔を上げて穏やかに笑った。


「お疲れ様です。大変よいことを聞けて嬉しいです」


 パウリーネさんが小首を傾けると、高い白帽子も少し傾ぐ。

 僕は気圧されないよう、静かに呼吸をし直した。

 向こうが大きな机に座っていて、こっちが一人で立っているせいか、緊張してしまう。

 声を出すといつもより上ずってる気がした。


「そこには、とても強い兄妹の神様が眠っているそうです。目覚ましの角笛(ギャラルホルン)の封印を解く、特別な魔法を使えるようです」


 失礼にならないよう、頑張って言葉も選んだ。パウリーネさんは王族の血を引く――王女様でもある。

 僕は神様から教わったことを頭に浮かべ、話した。


「魔法文字、ルーンとは違うやり方みたいです。神様は、()()()という呼び方をしていました」

「ふむ……古い言葉で、『形がないもの』という意味ですね」


 パウリーネさんはトントンと白い頬を叩いている。


魔法文字(ルーン)とは、文字に書き起こされた、形のある魔法。それに対する、文字のない、つまり形のない魔法、という意味でしょうか?」


 びっくりして王女様を見返してしまった。

 だって神様の説明とほとんど同じだったのだもの。

 パウリーネさんはころりと笑う。


「ふふ、今のは推測です。しかしリオンさん、あなたの顔からすると正解のようですね」

「神様の時代にも、魔法に違いがあったみたいです」

「体系の違いということですね? 剣の流派のようなものでしょうか」


 パウリーネさんは先を促すように頷いた。興味深そうに大きな瞳がまばたきする。


「はい。魔法であるのはルーン魔法も、セイズ魔法も同じです。ただ……心を道具に封じ込めたり、形のないものを操るのはセイズ魔法の方が得意だったようです」

「そして、その魔法の使い手が――」

「豊穣の兄妹神。フローシアで眠っている、フレイ神とフレイヤ神なのです」


 説明を終えると、心に黒いしこりみたいなものが残った。

 それを覆い隠すように、僕は言葉を継ぐ。


「2神に目覚めてもらえば、角笛からも神様が出てくると思います」


 ルゥを守る力がまた増える。

 小人に続いて新たな神様まで加われば、きっと心強い。僕にも新しい加護がもらえるかもしれなかった。

 パウリーネさんが顎に手を当てる。


「ふむ。しかしトール神、ウル神、シグリス神、ソラーナ神、そして――ロキ神と比べてさえ、少し異質な力に思えますね」


 王女様と視線が交わる。

 僕が顎を引いたのは、同じことを考えていたから。


「リオンさん。想像ですが、そのセイズ魔法は心を道具に封じ込める以外にも、意のままに操ったり、誘惑したり、そうしたこともできるのでは? 形がないものといえば、まずは精神を想像します」

「そうみたいです。記憶や思いとか、そういったものも操れたみたいなんです」


 角笛の力を引き出すためにはどうしても必要な神様だと思う。でも、心を操る魔法って、考えると怖い。

 味方だと思った人が敵になったり、自分の記憶さえいつの間にか変えられていたり。

 鉱山アルヴィースでも、ガニスという魔法技師が心を操られていたようだ。悪用はいくらでも思いつく。

 金貨が震えて、ソラーナの声が部屋に響いた。


『フレイとフレイヤは、成り立ちが少し特殊なのだ。神々と人の中心地から離れて、巨人の国と神々の国、その間に挟まるように暮らしていた。ゆえに力も独特なものとなった。より自然なものに近い、というべきかな』


 ちょっと間をおいて、女神様は続ける。


『風や水と同じだ。文字のように形を持たず、その実体はとらえどころがない。ゆえに心に作用する。ただ、間違いなく仲間だった』


 不安を吹き消すように、温かな励ましの気持ちが満ちていた。


『そもそも、豊穣――作物の実りを司る力は大勢の信徒を集め、神としての力を強いものにする。そしてフレイはとても妹想いの、心根の優しい男だったよ』


 確かに。

 作物の実りを支えるって、本当に大事なことだもの。どっさり雪が降る街だから、なおさらそう思う。


『やがて主力の神々として迎え入れられ、信徒達と南に移住した。その場所が、今のフローシアなのだ。神の中には、進んで兄妹神の下についた者もいたくらいだ』


 そこでぶるぶるっと金貨が震えた。

 少し、薬神シグリスの気配がする。でも薬神様はソラーナに場を譲ったみたいで、声が来ることはなかった。


「なるほど、分かりました。感謝いたします、太陽神ソラーナ」


 女神様のおかげで、心配がだいぶ減ったと思う。パウリーネさんの顔も明るくなっていた。


「今回も、力強い味方が増えそうですね」


 僕は胸を張る。


「――はいっ」


 期待も不安もある。でも目標が決まっているうちは、そこへまっすぐに進んでいこう。

 守るための力でも、何かを手に入れるなら、リスクがないなんてことはきっとない。

 王女様はくすりとほほ笑む。

 頬が熱くなってしまった。


「……あの、その……変でした?」

「いいえ、とんでもない。ただ、お強くなられたと思うだけです」


 真正面からそう褒められて、僕も照れ隠しで笑った。目線を逸らさないくらいの度胸はついたけど。

 パウリーネさんは少し目を伏せてから、立ち上がる。


「あなたが来てくれてよかった。こちらからも、いくつか伝えることがあります」


 コツコツと足音を響かせて、パウリーネさんは壁際に寄る。

 そこには、王国の地図が掲げられていた。

 永久の霜が下りているという北の凍土から、南の緑まで、すべてが描かれている。世界樹(ユグドラシル)の水鏡の、縮小版だ。

 赤いピンがあちこちに刺さっている。


「我々は2年前から奴隷商人の拠点を探してきましたが、この数週間は集まる情報が増えています」


 なぜなら、とパウリーネさんは続けた。


「アルヴィースの戦いや、王都での防衛。そうした出来事を采配した戦士団に、今まで沈黙していた貴族や冒険者ギルドから、情報の提供がきているのです」

「じゃあ、この赤いのって」

「情報提供があった街です」


 地図をみていくと、南の街にいくつものピンが刺さっていた。


「フローシア? これから行く街だ……」

「水路が網目のようにあり、多くは湖と繋がっています。いわば、水運の要衝」


 僕が声を漏らすのに、パウリーネさんが首肯した。


「奴隷商人が奴隷を引き渡したり、あるいは隠しておく場所が、ここにあると考えています」


 ごくっと喉が動く。パウリーネさんは緑の目を細めて、冷たく、案じるような顔をした。


「街のどこに拠点があるのかまでは、時間が足りなく、掴めていません。ただ、目覚ましの旅では確実にぶつかると考えていただいていいでしょう」


 それって、2つの意味で重要な戦いになるってこと。

 フレイとフレイヤを目覚めさせて、力を貸してもらうという意味でも。

 そして――


『リオン、面白くなってきたな』

『斥候の準備はいつでもいいよ』

『魔法なら、どんなトリックでも見破ってあげよう』

『ヴァルキュリアとしても、フレイヤ様は縁のあるお方です』


 神様が口々に言う言葉を、ソラーナがひとまとめにした。


『反撃の開始ということだな』


 そうだ。

 フレイ神、フレイヤ神を起こすことも。

 奴隷商人の重要拠点を見つけ出すことも。

 どちらもが、ルゥを守ることに繋がっている。


「……うん!」


 僕が応じた時、扉がノックされた。

 入ってきたのは――


「ルゥ?」

「私がお呼びしておきました」


 パウリーネさんはいそいそと外套をはおる。


「旅の前に、お二人に戦士団の秘密をお教えします。リオンさんにならって、私達もあなた方を信じたい」


 そう言って、総長様は僕らを部屋の外へ連れ出す。手に持っているのは、大きくてものものしい鍵。

 行き先は――地下室のようだった。


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