3-4:兄妹神フレイとフレイヤ
僕らはかつてきた迷宮、西ダンジョンの前に立った。
王都に4つある中でも最も難易度が高い。推奨レベルは25で、魔物の強さも、魔石の量も一流ダンジョンに相応しいといわれていた。
僕らは一度攻略しているけれど、油断は禁物だろう。
フェリクスさんとサフィに目線を送った。
「行きましょうっ」
入ろうとした瞬間、背中を怒声が襲った。
「封鎖ぁ!?」
「どういうことだ!」
「今日の宿代どうしてくれるんだよぉ!」
悲鳴と怒号。サフィが身をすくめて、僕も思わず耳を押さえた。
路地も賑やかだったけど、こっちはこっちで騒がしいよ……。
フェリクスさんは嘆息する。
「戦士団が入る間、西ダンジョンは封鎖としてあります。しかし、ゴーレム騒動と合わせて短期間に数度ともなれば、冒険者も怒り出すでしょうね」
冒険者達は、張られた柵とロープを今にも破ってしまいそうだ。
ギルドの係員さんと衛兵さんが、泡を食って冒険者達をなだめている。
僕らはコソコソと中へ入った。
「あ! あいつは入ってくぞぉ!?」
「あ、あの方は鴉の戦士団ですので……」
「――くっそぉ!」
フェリクスさんも僕も、鴉の戦士団のマントを羽織っていた。二頭鴉の文様は、遠目から見ても戦士団だってわかる。
とはいえ僕のような子供が続いていたら、きっとそうとうに目立っただろう。おまけに幼子にしか見えないサフィだっている。
でも――
「…………」
ちらっと後ろを振り返っても、僕に注目する人はいなかった。
まるでフェリクスさんだけしか目に入っていないかのように。
「すごいね、これ」
帽子を確かめる。
黒い羽をさした帽子は、サフィと同じデザインだった。
「でしょ! 『まどわしの帽子』、小人の技術と魔神ロキとの合作よ」
効果は極端に目立たなくなること。
帽子の内側には魔法文字がびっしり刻まれているらしい。
サフィは得意気に指を振った。
「目に入っているけれど、印象に残らないものってあるでしょう? 道端の石ころとか、目立つ人の近くにいる小柄な人とか。その状態になるアイテムよ」
鉱山街アルヴィースでは、奴隷商人が僕の特徴を探していた。
それに対抗するため、小人達は隠れるアイテムを用意してくれたんだ。
「これなら街も出歩けるわ」
「ありがとう」
「ふふん」
鍛冶屋さんを横目に、僕らは西ダンジョンの探索層へ降りた。
そこで先行していた戦士団と次々に合流して深部を目指す。『まどわしの帽子』は壊れやすいから、外して運搬係の人に預かってもらった。
足早に階層を降る。
レベル上げという目的もないから、あっという間にボス層へたどり着いてしまった。
「……こんな簡単で、いいのかな」
アルヴィース・ダンジョンと同じ、推奨レベル25の迷宮なのだけど。
少し拍子抜けだった。
『リオン、君はとても落ち着いてみえる』
ソラーナに言われて、目をパチパチしてしまった。
「そう、なの?」
『うむ。<狩神の加護>による索敵も精度が高い。風の精霊と炎の精霊で、遠距離の攻防も可能だ。みんな心強かったのではないかな』
そういわれると、最初に来た時よりもずっと冷静でいられた。
理由は単純。
とれる選択肢が増えているんだ。
レベルがあがってスピードやパワーが増している。守りで精一杯だった場面でも、反撃まで視野にいれて動けている。もちろん、足を使って離脱するなんてことも可能だ。
<目覚まし>で解き放つ精霊も頼りになる。
魔法を使うゴブリン、ゴブリン・メイジの火球だって、サランマダーの盾なら防御できる。シルフが風の刃を振るえば、遠くの魔物だって真っ二つだ。
『鍛錬と経験の成果だ。かつての激しい戦いが、君を冷静にさせている』
女神様に褒められて、胸に温かさが膨らんだ。
戦士団の男性が僕に尋ねる。
「リ、リオンさん、あなたのレベルは――」
「26です」
そう応えると、ぽかんとされてしまった。
「不思議です。いえ、話には聞いていたのですけど……使う魔法や、索敵スキル、それにお聞きした戦果を聞くと、レベル30、ややもすると40でもおかしくないような……」
僕は胸を張った。
「ありがとうございます。でも、僕だけじゃなくて……ええと、僕に力を貸してくれてる、神様も、精霊も、すごいんですよ」
呆気にとられる戦士団の男性に、フェリクスさんはからりと笑う。
「ふふ、我らが少年は、色々と規格外なのです」
西ダンジョンの第8層は、巨大なホールから8つの小道が伸びている構造だった。馬車の車輪に例えると、中心部に僕らがいて、車輪を支える骨組みが道ということになる。
道の先に、ボス部屋が8つあるはずだった。その一つに向けて僕らは進みだす。
『ふむ。魔物の気配はなさそうだな』
ソラーナが言うと、フェリクスさんが教えてくれた。
「未踏エリアが開いたせいか、この先にあるボス部屋には魔物が出現しなくなりました」
「普段は閉じてあるのよね?」
サフィの質問に、フェリクスさんは頷いた。
ボスが出ないボス部屋、おまけに未踏エリアが開いた場所なんて、冒険者に解放できないものね。
「その通り。今は通路を開けていますが、戦士団の技師が部屋に向かう通路ごと魔法で塞いでいました」
前を進む人がこちらへ軽く会釈した。
この人が、迷宮で未踏エリアを隠す魔法技師――『迷宮技師』なのかもしれない。
王国でずっと迷宮を管理していただけあって、戦士団にはそうした技術が伝わっているみたいなんだ。
やがて僕らはボス層へ到着する。
だだっ広くて、明るい戦闘空間だ。今はがらんとしていて、奥側の壁が開いている。
僕らは氷が残る未踏エリアへ進んだ。
すると、地面から鎖がまかれた手がにょっきり生えてくる。
「おう、リオン!」
続いて飛び出してきたのは、赤髪。
にっと野生的な笑みを浮かべて、ミアさんは長身を半分だけ穴から出した。
『世界樹の水鏡』は床下の隠し廊下から向かう。ミアさんは迎えに来てくれたんだろう。
「待ってたよ。あんたと神々が来ないと、始まらないからね」
どきっとした。
金貨も震えたと思う。
「……やっぱり」
「ああ。小人の時みたいに、ばっちり神様の反応だと思うぞ」
待ちきれず、僕らは小走りになった。
隠し通路を抜けて、水鏡がある部屋へ入る。
床一面にはすでに魔力が満ちていた。
輝く湖面に足を踏み入れたようだ。歩く度に、踏みしめられた光が目の高さまで舞い上がる。
「こっちですぞぉ!」
壁際の高台で小人達が手を振っていた。
招かれるまま高台へ向かい、部屋全体を見渡す。
水鏡、その光の面が再現しているのは、アスガルド王国の全景だ。肥沃な南から、北の不毛未踏のツンドラまで、王国すべての地形を描き出している。
地形のあちこちに光球が浮かんでいるのは、ダンジョンがある場所。ほとんどは無色だけど、色がついているのは神様が目覚めている迷宮だった。
王都に4つある光は、赤、紫、茶、そして青。目覚めている神様の色を宿すみたいだ。
一方、アルヴィースにも金色の光がある。
「……で? どうなの?」
サフィが小人達に尋ねた。
薄い羽を背中に持つ白小人が4人。羽がなくてがっしりした黒小人が4人。
黒小人の一人は、人間でいう40歳くらいの顔立ちだ。黙っていれば頑固な鍛冶屋さんみたいな風貌だけど、サフィを見て深々と頭を下げる。
「サフィ殿、そして――我らを救ってくださった、お歴々! あっしは生まれは黒小人、属すはサフィ組、この度はあっしらが手を入れたこの神具を、よくぞご照覧……」
僕は慌てて手を振った。この小人さん、いっつもすごく大げさな感謝から入って、戸惑ってしまうんだ。
「そんなに大げさじゃなくていいんですよっ」
「そうですかい? では……うぉっほん! こちら見ての通り、ちょっくら魔力の流れを改修したらですね、さっそく神々の反応を拾ったつうわけですわい」
金貨が震えて、ロキの声がした。
『なるほどぉ、さすがだねぇ……』
「これは勿体ないお言葉。今までは声を出せるほどはっきり目覚めた神々にしか、反応しませんでした。が、あっしらの手入れの結果、まだまだ眠りについていても探知するようにいたしました」
僕が持っている角笛は、鳴らすたびに広く響き渡っているという。人間には聞こえない音が、魔力と一緒に世界中に伝わっているらしいんだ。
だから、封印の眠りについている神様も、その音を聞けば聞くほど覚醒に近づいていく。
小人達がやってくれた改良は、要するに――
「ええと。力を取り戻してきたけど、意識を取り戻すほどじゃない。そういう神様も探せるってこと?」
「そのとおり!」
年配の鍛冶師さんは頷いて、分厚い手を光の地図に向けた。
「あちらを」
僕らがいる高台、その足元には4つの光点。ここが王都だ。
そこから離れた位置に――方向としては南側に、緑色の光が生まれていた。
「……フローシアですね」
フェリクスさんが顎に手を当てる。
「これはこれは。そこに神様もいるとなれば、少し面白いことになるかもしれません」
にやっと不敵に笑うフェリクスさん。
面白い? どういう、ことだろう。
『リオン、わたし達も確認したい。いいかな?』
ソラーナの声に、僕はコインケースを取り出した。
露になっている部分に親指を這わせる。
「目覚ましっ」
金貨から神々が飛び出した。
緑の光を見下ろすように、5柱が滞空する。
「……ここは」
狩神ウルが微風におさげをなびかせた。
「湖。丘。素晴らしい。地形を見下ろすだけで、生き物の声が聞こえてきそうな場所だよ」
ああ、と雷神トールが大槌を肩にかつぐ。
「豊穣の土地か。そしてこの緑の光……眠っている神も見当がつくな」
薬神シグリスも青髪を揺らす。同じ色の鎧に床からの光が宿っていた。
「今回は2柱の神を一度に救うことになりそうですね」
僕は肩を跳ね上げてしまったと思う。
「ふ、2人っ!? 一気に、神様が2人も見つかるんですか……?」
ソラーナが僕の方を見て顎を引いた。
「うむ。ここにいた神は、神の中でも特殊な、兄妹神なのだ」
ルゥのことが頭に浮かぶ。
「兄妹……?」
「そうだ。同じ時に生まれ、同じ力を持ち、信徒さえ同じだった。だから兄妹だ」
兄妹神。
不思議な一致に、僕はなんて言っていいかわからなくて、しばらく南の光を見つめていた。アルヴィースは王都の北だったけど、次の場所は南。
確か大きな湖もあって、商いも農作も盛んな、王都に負けないくらい大きな都だって聞いている。
「リオン殿」
小人達も、僕らを見上げていた。
声を出したのは、さっきも話していた年かさの人だった。
「は、はい」
「この場でお告げしましょう。あなたが持つ目覚ましの角笛のことです」
僕は少し戸惑いながらも、頷いた。
「結論から申せば、あっしらの技術でかなりのことはわかりました。神を内側に封じ、守るための魔法がかかっています。神を外に出さないような仕掛けもありましたが、封印解除が可能なよう、あらかた外しておきました」
ただ、とその人は言い添える。
「あなたがお持ちの金貨のように、その神を出してやることは現時点ではできないと思います。それははっきりしています」
年配の黒小人は、サフィに目で断る。
サフィも腕を組んで、頭を振っていた。
「……アタシ達も、かなり調べてみた。細工が専門の小人にも見せたけど、どうにもできなかったわ」
「そう、なんだね」
正直なところ、落胆もある。
僕はポーチから角笛を取り出して、うっすらと輝く表面をなでてみた。
でも仕方がない。
王都に来てから小人達は道具を打ったり、こうして神具『世界樹の水鏡』を強化したり、ルゥを守るための防備を整えたり、大活躍だった。
そんな人たちでもわからなかったのだもの。
「技術の体系が違うのです。中に神はおられます。確実におられますじゃ。ただ、どうもあっしらが使う魔法文字――ルーンとは違う、別種の魔法で封じられております。鍵に例えますと、九割がたの鍵は外しましたが、最後に一つだけどうしても外せない鍵があるっちゅうわけです」
小人達は、地図に宿る緑色の光に目を向けた。
「……だからこそ、まさに天の采配」
続く言葉に、僕は震える。
「兄妹神は、そのような魔法の使い手であったのです。きっとあなたのお役に立つ……」
「その、神様の名前は……?」
鍛冶屋さんは口をつぐんだ。その役目は自分じゃない――そう言いたげに口に人差し指をやって、水鏡に浮かぶ女神様へ手を向けた。
ソラーナの声が広間に響き渡る。
「兄の名はフレイ。妹の名は、フレイヤだ」
女神様は言う。
「剣と魔法に優れる。そして、緑をもたらした豊穣の兄妹神だ」
「――うん!」
僕は取り出した角笛をぐっと握った。
「神様の起こし屋、次の目的地だね」
今度は南への旅になるだろう。
水鏡が描くなだらかな丘陵と、大きな湖。
僕は新しい土地へ行く勇気を奮い立たせた。
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