3-3:王都の変化
僕達はさっそく馬車に乗り込んで、王都へ行くことになった。
次の神様が目覚める場所。
そこを示す神具『世界樹の水鏡』は、西ダンジョンにある。
僕らがいる神殿は王都城壁の外側、北東の方角だ。目指す迷宮へたどり着くには、都の長い壁をぐるっと回らなければならないだろう。
着くころにはお昼を過ぎているかもしれない。
軽く食事をして、神様をポケットの金貨に戻して、装備も整える。
そうこうして僕が馬車に飛び込むと、反対側の入り口からもう一人が乗り込んできた。
「お待たせっ」
馬車の扉から、サフィが現れた。
「さ、サフィ?」
「なによ。一応、あなたに渡した剣の調子も見てみたいしね。それに……」
サフィは自分の頭をトントンと叩く。こじんまりとした帽子で、差してある黒い羽が揺れていた。
「これの効果も確かめないと、だしね」
サフィは同じデザインの帽子を僕に渡す。
「壊さないでね」
「わ、わかってるよ……」
やがて馬車が出発した。乗客は僕とフェリクスさん、そしてサフィの3人だけ。
客車を引く形の馬車は、神殿の門を抜け王都へと走っていく。
城壁の東門が見えてきた。つい一月前、スコルと戦った場所だった。
外から見る限りだと、東ダンジョンの入り口は修理されて、もう普通に冒険者を受け入れているみたい。ただ、周りの建物は焼けてしまったままで、柱だけが墓標みたいに残っている。城壁についた巨大な破壊痕は、スコルがあの棍棒で城門を破った時のものだろうか。
『……傷跡は、深いな』
ソラーナの声に顎を引いた。
女神様もあの戦いを思い出しているのかもしれない。
「うん」
東門が遠ざかる。
しばらくして、フェリクスさんが言った。
「冒険者ギルドの建物も被害を受けましたが、人員に死者は出なかったようですね。貴族の横暴がなくなったおかげで、東側はむしろ平穏になったと聞いています。ただ……」
フェリクスさんは言葉を切って、顎に手を当てる。
「なんと申しますか、冒険者業界、特に西ダンジョンは以前と少し変わっています。これは行けばわかりますがね」
首を傾げてしまう。
馬車は王都の城壁をぐるりと迂回する。今度は南門が見えてきた。
さっき見えた東門から入らなかったのは、万が一、顔見知りの衛兵さんが馬車を覗き込むと説明が少し大変だから。スコルとの戦いの後、僕ら家族は王都を出て遠くの親戚を頼ったことになっている。
入門を済ませると、さっそく川が流れる音が聞こえた。
王都の南は運河も近い。
建物の隙間からときどき見える流れに、少しだけ、ミアさんと運河沿いを歩いたことを思い出した。
「……あれ」
大通りを抜けて、王都の西側に近づいてくる。この辺りは冒険者でにぎわう区画のはずだった。
違和感。
騒がしいのはいつもと同じだ。でも冒険者の装備や顔つきが、いつもと違う。
分厚い毛皮を纏っていたり、王都では見ない巨大斧を持っていたり。かと思えば薄着で弓を主力にしている人もいて、こっちも王都では珍しい。
迷宮に出る魔物は決まっているから、王都のダンジョンでは極端に大きな斧や、弓はあまり選ばれないんだ。巨大斧が必要な巨人タイプや、弓が必要な長射程タイプっていないから。
なのに……。
「なんだお前! これだから北方民はっ」
「てめぇこそ、その訛りは南の田舎者じゃねぇか! 新参者がよ!」
そんな口喧嘩、というより怒声で理由がはっきりした。
サフィが首を左右にひねっている。
「どういうこと? 装備はまぁまぁそうだけど」
「みんな、王都の外から来た人なんだ……」
北の不毛なツンドラ地帯、その手前の生存圏からやってきた人。温かいといわれる南から、わざわざ旅をしてきたと思われる人。
起こし屋で街を駆け回っていたけれど、遠方からこんなに多くの人が来たことってない。
反対に王都でよく見る冒険者――たとえば貴族――は、見当たらなかった。
パチパチとまばたきをしてしまったと思う。
「ど、どうして……?」
「神々から全体メッセージがあったでしょう」
僕は窓から身を離して、正面に座るフェリクスさんを見上げる。
「『英雄』の話ですか?」
――終末を超えた時、
――英雄には神々から恩恵があるでしょう。
このメッセージは王都でも聞こえたらしい。結果、多くの冒険者が『英雄』という言葉を思い描くようになった。
「鉱山街アルヴィースの出来事も、王都で噂になっています。巨大な蛇が現れたことも、角笛と共にそれが討伐されたことも。そして――」
フェリクスさんは自分の腕をさする。
「魔物が討伐された膨大な魔力で、周囲にいた冒険者の多くさえ、レベルアップしたことも」
今回の戦いで、僕もフェリクスさんも、そしてミアさんも、みんなレベルアップしていた。
僕はレベル22から、26へ。
ミアさんも32、フェリクスさんも41へそれぞれステータスを上げていた。
一定以上のレベルになると、上がりにくくなるといわれている。体がどれだけ魔力を吸収できるか――いわゆる『成長限界』は人によって違うけど、そこに近づくほどレベルは上がらなくなるんだ。
だから僕以外の2人はとても驚いていた。
……それを言ったら、僕が4つもあがっているのも、大分おかしなことなのだけど。
けれどレベル上昇があったのは僕らだけじゃない。
世界蛇を周りで見ていただけの冒険者でさえ、解き放たれた魔力でレベルアップしていたんだ。
「狼骨スコルの時も、同様の事象はあったと聞いています。ただ、あの時は魔力が解き放たれた範囲が狭く、また、冒険者のほとんどが戦っていました。通常のレベルアップと区別がつきにくかったのでしょう」
僕は目抜き通りを眺めた。
活気。
来訪者で賑わう街並みには、そんな言葉がふさわしい。
「二度に渡る主神のメッセージと、実際にあった大物狩り。これが冒険者の野心を刺激したのでしょう」
「それで……」
「ええ、いわば冒険者の大移動」
ごくっと喉が動いて、首の後ろに鳥肌が立った。
「次の大物を探し、英雄になるため、腕利きが旅を始めたというわけです。そして王都は交通の要衝、そんな移動者であふれかえったというわけですよ」
辺境に現れた魔物と、それを討伐した英雄の物語。
それはきっと――アスガルド王国に眠っていた冒険者魂に火をつけたんだ。
迷宮に潜って毎日同じことを繰り返す。そんな暮らしじゃなくて、冒険者が、本来の意味での冒険に繰り出したんだ。
『どこまでが、オーディンの計算なのだろうな』
ソラーナが呟くけれど、それは分からないところだった。
金貨がまたも震えて、トールの声だって聞こえる。
『大勢いる冒険者ってのは、オーディンにとっても切り札のはずだ。1000年間スキルを配り、迷宮に潜らせる教えを作り上げたのも、こういう時に戦力とするためだろう。ならばこの状況は、あいつなりの俺らへの援軍ともいえるが、それとも……別の策か』
僕はガントレットを握りしめていた。
どんな時代が来たって、生き残って、家族のもとへ帰る。
そしてルゥの力の謎を解くんだ。
「さて、到着ですね」
フェリクスさんの合図で馬車が止まる。
僕らは、西ダンジョンの入り口を見上げた。





