3-2:ルゥの成長
神殿の白装束が、小柄なルゥの大きな動きに合わせてぶわっぶわっと揺れていた。
妹は前をズンズン歩く。白いローブははためいて、ぺたんとした帽子が落ちないのがとても不思議だった。
「神様も困ったもんだよっ」
ルゥは口を尖らせる。
「いっつもいっつもお兄ちゃんを連れまわしちゃうんだからっ! 私だって会いたかったのに!」
本当は注意した方がいいんだろうけど、僕は思わず苦笑いしてしまう。
ソラーナが授けてくれた新しい力、『太陽の目覚めの光』。封印解除を長持ちさせるという効果は、驚くことに神様にも通用する。
さすがに永続とまではいかないけれど、数時間は外へいられるようになったんだ。窮屈な思いをしていた神様にとっては、待ちに待った外を出歩けるチャンスなんだろう。
「トール様はお兄ちゃんに乱暴なこと教えるしっ! ロキ様はお兄ちゃんをからかっているみたいだしっ! シグリス様は変な薬湯……みたいなの、お兄ちゃんに飲ませてたし! ウル様は鳥とか生き物と話してて、なんだか怖いしっ」
……神様、ひどい言われようです。
外に出るようになって、トール達はまとっていた神秘のベールを景気よく脱ぎ散らかしていた。
「す、すごい神様なんだよ?」
「……それは、そうなんだろうけど。お兄ちゃんからも、お話聞いたよ? でも……」
頬を膨らませて、ルゥはぷりぷりしていた。
「せっかく戻ってきたのに。お兄ちゃん、休めないじゃない」
あ、と僕は気が付いた。ルゥ、僕のこと心配してくれてるんだ。
「私、ソラーナ様がやっぱりいいと思う! 女神様だったのはびっくりしたけど……」
ルゥは目を輝かせて振り向いた。
「まだ応援してるからっ」
ポケットに入れたままの金貨が、ぶるぶるっと震えた。
「……神様?」
金貨が震えるのは、何かを言いかける時だ。声をかけてみたけれど、返事はない。
そういえばサフィのところへ行ってから、妙にソラーナが静かだ。
「どうかしたの?」
『……む、な、なんでもないのだ』
首を傾げていると、今度は正面から母さんがやってきた。ルゥと同じ白の神殿装束を着ていて、後ろにも同じ服の女性が2人いる。
「おはよう、母さん」
僕が挨拶すると、ルゥはさっと前に出た。よそ行きの表情になっている。
「おはようございます、お母さん、メリンダさん、マリエラさん」
すらすら名前を言って、ルゥは続けた。
「神殿の魔石灯は、古いものはもう替えておきました。菜園も見てきましたけど、霜が下りなくなったからマナ草が元気です。あとは……あ、パウリーネ様が先ほどマリエラさんをお探しでしたっ」
ルゥは神殿で過ごす間、母さんと一緒にきちんと仕事をしている。体が弱いだけで、働き者というのは知っていたけど――。
2年間の病を知っているから、僕はちょっと心配になってしまう。
大丈夫、なんて声が出そうなのをぐっとこらえた。
「あと、何か『創る』ものがあったら、言ってくださいね!」
すれ違う母さんたちに声を張って、ルゥは僕に微笑みかける。
揺れるおさげが褒められるのを待っているみたい。僕は頭をいっぱいに働かせて言葉を考えた。
「すっかり神殿の人みたい」
「でしょっ」
うん、明るくなったのだと思う。
さっき『創る』と言ったのは、ルゥに宿ったスキルのことだろう。
「パウリーネ様と、練習で色々なものを創ったの。魔石があれば、もう大体のものは創れると思うよ」
城壁に囲まれた戦士団の拠点、その広場を横切った。ルゥが僕を連れて行ったのは、大塔という一際大きな塔だった。
砦という言葉が浮かぶくらい広々としていて、おまけに5階まである、大きな建物だ。
「こっち」
階段を上って、ルゥは僕を小部屋に案内した。机が1つと、椅子が2つだけ置かれている。
テーブルに置かれたさまざまな置物が目を引いた。
槍を携えた主神オーディス様の像。地を駆ける馬の小物。リンゴの像は、手に持つまで本物としか思えなかったほど、瑞々しい。
「私が作ったの」
「……これ、全部?」
「そう。お兄ちゃんがいない間、魔力に慣れようと思って、練習してたの」
スキル<神子>。
能力は、『創造』。
ルゥに宿ったスキルは、魔力から物質を生み出せる特別なものだ。それこそ、世界を創るもとになった能力なのだから。
「最初はヘタだったんだけどね」
ルゥは床に置かれた小箱を指さした。
そこには確かに、テーブルの上と比べて微妙な出来の小物が入っている。
「あと、そっちも見せたかったんだけど――」
言いながらルゥは部屋の外へ出る。
待っていると、いそいそと陶器のカップを持ってきた。
「お菓子を焼きました! お兄ちゃん、一緒に食べよう?」
妹の気遣いが嬉しかった。
「ありがとう、ルゥ」
僕もお茶の準備を手伝う。
部屋には魔石でお湯を温める器具もあった。魔力の操作に慣れがいるはずの道具だけど、ルゥは手をかざすと丁度よい熱さに魔石を保つ。
「……本当にすごいよ、ルゥは」
神殿での暮らしや、新しいスキル。きっと大変だったはずなのに、お湯を温める横顔はすっかり手慣れた様子だった。
「言ったでしょ? 強くなって、待ってるって。お兄ちゃんこそ大変だったはずだもん」
やがて冷たい空気に湯気が揺らぐ。
ルゥが焼いてくれたクッキーを食べて、温かいお茶を飲んだ。王都に帰ってきてからもバタバタしていたから、こうして妹とたくさん話すのも何週間ぶりのことだった。
「また、母さんともこうやって、王都に戻りたいね」
ふと口に出してから、しまったと思った。
「……うん」
ルゥの応えにも元気がない。
『王都に戻る』なんて言うのは簡単だけど、ルゥにとっては難しかった。
敵が妹のスキルを奪おうと狙っているかもしれないんだから。
不用意な話題が、テーブルに影を落とす。
立派な家具に美味しいお茶。だけど王都の東にあった生家を、きっと僕らは思い出してしまっていた。
お茶がすっかり湯気を出さなくなった頃だろうか。
ふと、足音が塔の階段を上ってくるのに気づいた。
「こちらでしたか」
フェリクスさんだ。細い目をさらに細めて、ちょっと首を傾げる。黒髪の下で、額にはめた小冠がきらりとした。
「リオンさん、急で申し訳ありませんが……西ダンジョンへ来れますか?」
『世界樹の水鏡』がある迷宮だ。
僕はお茶を置いて、立ち上がった。
「神具に反応がありました。新たに神が探知されたものです」
「行きます!」
ルゥの方をちらりと見る。妹は力強く頷いた。
「大丈夫だよ。行ってきてね、お兄ちゃん」
「続きは、また今度だね」
妹の手をぎゅっとしてから、僕はフェリクスさんと塔を降りる。
遠くで、新しい神様がまた目覚めているんだ。





