3-1:王都への帰還
振り上げられた、小さなハンマー。まっすぐな手つきで、赤熱した短剣へ打ち付けられる。
カァン!
心地よい金属音。ほうっと息をついてしまう。冷えた空気に、呼気は白くたなびいた。
朝一番、僕は小さな鍛冶屋さんの仕事に目を奪われていた。
耳にはまだ余韻が残っている。
それが消える前に、小さなハンマーがまた音を奏でた。
小人の鍛冶屋さん、サフィの仕事から無理やりに視線を引き剥がす。
王都のオーディス神殿、その一室は小人達によって『工房』へと改装されていた。
魔石を熱源とする炉に、空気を送り込むふいご。色々な武具を吊り下げたフック。設備の間に立ち尽くして、自分の武器が生まれ変わっていく様子を眺めていた。
「……あのさ」
鍛冶屋さん、サフィが金床から顔を上げた。低い身長から見上げて、ぐしっと額の汗をぬぐっている。
「見ていていいとは言ったけど……飽きないわけ?」
「あ、ごめん……」
さすがに気が散るよね。
退散しようとしたけれど、サフィは慌てて首を振った。黒目がちの目が揺らぐ。
「じゃ、邪魔って意味じゃないよ。あなたには感謝してるし、好きなだけ見てくといい」
笑顔をみせて、鍛冶屋さんは金床に向き直る。そこに乗っているのは、ずっと使い続けていた『青水晶の短剣』だった。
何度も激戦を経た上に、炎の巨人を叩くなんて無茶もしている。だから、鍛冶屋さんから補修の提案を受けたんだ。
赤熱した短剣は、今はクリスタルを取り外されている。鎚で打たれる度に新しい力が打ち込まれていくみたいで、ワクワクした。
「……リオンには、本当に感謝してる。アタシ達小人が何を作っても、何をしても釣り合わないくらい、本当に大きな借りだわ」
心地よい鎚音を聞きながら、僕は少し前のことを思い出した。
僕らは王都に帰還していた。
今はアルヴィースから戻って4日目、鉱山街での戦いからは20日ほどが経っている。
それまで本当に色々なことがあった。
小人を<目覚まし>するための、鉱山街アルヴィースへの旅路。
でも、そこには王都に強化型ゴーレムを送り込んだ魔法使いもいて。
そもそも鉱山街のダンジョンは、世界を覆う封印から魔物を解き放つ『巨人の遺灰』の採掘所でもあって。
思い返しても帰ってこれたのが信じられない。
最後の最後には、世界を焼き尽くそうとした『炎骨スルト』と戦ったんだから。
「……小人の国も、みんなあなたを英雄って思ってるわ」
「そんな……」
僕は急いで手を振った。
「小人の国がなければ、スルトに勝てなかったし、それに――」
ポケットに入れた金貨を触る。心なしかいつもより『軽い』。
「みんなを本当に救ったのは、ソラーナの力だよ」
世界を覆う封印。
その下では、小人達は<目覚まし>をしてもすぐに物言わぬ石像になってしまう。
それを、女神様が――ソラーナが救った。
「『太陽の目覚めの光』、ね。何度も聞かされたから、覚えちゃったわよ」
サフィが苦笑して、手を休める。朝からずっと作業してるから、緑色の髪がおでこに張り付いていた。
「原理はこうでしょ? 空に浮かぶ太陽から魔力を引っ張ってきて、ほとんど永久に、小人の封印解除が解けないようにする」
神様が観察すると、サフィの体は魔力の膜が包んでいるように見えるらしい。
世界を覆う封印、それが凍り付く『寒さ』だとすれば、小人達を守っているのは太陽の『温かさ』だ。
「さっき手紙も来たわ。小人の国も順調。迷宮はまた冒険者に解放されたけど、小人はうまく隠れているみたい」
小人の国は、ダンジョンの下に隠れることになった。迷宮にいくつもの通路や出入り口が開いたはずだけど、元々は小人達が作ったものだし、閉じ直したりはできるらしい。
巨大な魔物を目撃した冒険者もいた。彼らは当然、迷宮の秘密に興味津々のようだったけど――フェリクスさんがうまく立ち回った。結果、『鴉の戦士団』が未踏エリアへの侵入を許していない。
「はぁ~……」
長い長い息をついてしまう。前の棚に突っ伏した。
サフィが鎚を振り上げたままびっくりする。
「ど、どうしたの?」
「……うん……すっごい大ごとになったんだなぁって」
空から来た全体メッセージと、呼応するような巨大魔物の討伐。
鴉の戦士団はどちらにも深くかかわった。だから、鉱山街アルヴィースでは戦士団が混乱の収拾を努めることになったんだ。
ゴーレム技師のガニスという人と、それを野放しにしていた領主は、そもそも罪に問われるという。戦士団はそこも取引の材料にしたのだろう。
小人の国アールヴヘイムの復活と、鴉の戦士団の復権。
強引に鉱山街の成果をまとめると、そういうことになる。
「いいじゃない? 巨大な魔物を討伐した、謎の冒険者。角笛と共に現れた、彼の正体は――? なんて、物語みたいじゃないのよ」
僕は天井を眺める。あちこちがきらっと光るのは、滑車や吊り上げ機に魔石が埋め込まれているからだ。
僕らが味方につけたのは、こうした小人の技術。
小人の国からは、サフィ以外にも10人ほどがやってきている。今はいないけど、彼らがこの部屋を大改装したんだ。
ちなみに入り口には、布の看板までかかっている。『のれん』というらしい。書かれているのは、『サフィ組』という名前。
これもサフィのお弟子さんがせっせと用意していた。
さっきの言葉じゃないけど、神様といい、小人といい、まるで物語に迷いこんだみたいだ。
そして、英雄という言葉――。
「よっと!」
サフィは赤熱した短剣に、一際強く鎚を叩きつける。
最後の火花はしばらく周りを飛び回ると、刀身に戻った。鍛冶挟みで短剣を掴んで、冷たい水に沈める。
刃を回転式の砥石にあてると、魔法みたいに輝きを取り戻していった。
「――はい、とりあえず今日はここまで!」
僕は『青水晶の短剣』を受け取った。
この武具も、すっかり僕の相棒だ。手に持つとしっくりくる。
「とりあえずどこかで振ってみて。調子悪ければ、また整えてあげる」
「ありがとう」
「ふふ、楽しみにしててね。小人の腕にかけて、あなたにはとびっきりの防具も渡してあげるから!」
片目をつむって、サフィはまた作業に戻っていく。
「……それにしても、リオンってこういう作業を見るのが好きなの?」
「うん。すごいと思うし……落ち着くんだ」
サフィがピタッと止まった。
「お、落ち着く……?」
「うん。他の場所よりね」
がぁん、とスゴイ音がした。サフィが間違えて、金床を思い切り叩いてしまったらしい。
「ふ、ふーん! そうなんだね」
「…………ていうか、他の場所にいると……」
その時、工房の入り口から声が響いてきた。
――リオン、どこだ?
――俺と稽古しようぜ!
――ロキと魔法の話でもしないかい?
――新しい薬湯があるのですが。
僕の肩は跳ね上がったと思う。
「お兄ちゃん、どこ?」
続いて聞こえた声に、僕は返事をしてしまった。
「ルゥ!」
はっと口を押さえる。入り口からドドドっと大勢の人が、いや神様が駆け込んでくる音がした。
「リオン、ここにいたか!」
大きな手のひらで僕の背をばんっと叩くのは雷神トール。魔神ロキ、狩神ウル、薬神シグリス、そんな神様も僕をもみくちゃにする。
ソラーナの新しい力、『太陽の目覚めの光』。神様ほどの存在は、さすがに『封印解除』が永続するわけじゃない。
けれど、神様が金貨の外に出ていられる時間は抜群に伸びた。
結果、どういうことになったかというと――
「「「「リオンっ」」」」
僕、どうやら神様から取り合いになっているみたいです……!
サフィのところには、逃げてきたという面もある。
「お兄ちゃん、ここにいた!」
今度はルゥが工房へ顔を出す。
すっかり見慣れた白の神殿装束だ。ぺたっとした帽子の下で、栗色のおさげが揺れている。
「あら、神様」
妹はトール達へ目線を向け、にっこりと笑う。
あれ、神様、圧されてる――?
「お兄ちゃんお借りしますね。皆さん連れ回しちゃうので……私、帰ってから4日も待ったんですよ?」
「だ、だが今日は組み手をだな……癖は早く直した方が」
「なにか」
トールがぐっと言葉に詰まる。ルゥは僕の手を引っ張った。
「こっち! 見せたいものがあるのっ」
空色の瞳はとても元気そう。
サフィに見送られながら、僕は妹と工房を飛び出した。





