2-46:バリスタ
全身に炎をまとった、8メートルに届こうという巨体。
迷宮本来のボス『巨人の尖兵』は、『炎の巨兵』へと変じた。
乱れた髪は炎に変わり、目の赤光は強まり、ただでさえ分厚く大きかった体が、灼熱でさらに威圧的だ。
空間を揺るがせる熱波と叫び。巨兵は、本来の力を取り戻したことを悦んでいる。あるいは、神様を見つけ、闘いの再開を――楽しんでいる。
真横に引き伸ばされた口が、僕にそう思わせるんだ。
「……巨人タイプの番人とは、知っていたけどね」
ミアさんがじゃらりと鎖斧を揺らした。フード越しに、唇がにやりと笑う。
「なるほど? アルヴィース・ダンジョンの『巨人の尖兵』は、単なる巨人タイプじゃない。その正体は、封印で火を引きはがされた、炎の巨人だったってわけだ」
ごくりと喉が鳴った。やっぱり、アルヴィースのダンジョンには、炎の巨人がいたんだ。
地下にその王が――炎骨スルトがいるってことに、ぐっと説得力が増す。
「慌てることはありません。王がいるならば、配下も当然」
フェリクスさんは杖を構え、怜悧な目を僕らに向けた。
「手はず通りに」
フェリクスさんの合図で、みんなで散開。
敵が拳を地面に突く。炎の竜巻が巻き起こり、部屋全体が振動した。
食らったら、火傷も衝撃も即死級だろう。でも本能を震わせる怖さという意味では、昨日の『憤怒の化身』がずっと強かった。
「目覚ましっ」
僕の声に、風の精霊シルフと、炎の精霊サラマンダーが飛び出す。
風の刃は敵の肩口を切り裂く。炎を無効化するウロコ型の障壁は、僕らを熱波から守ってくれた。
「グオオ、オオオ!」
斬られた肩口押さえ、巨人がうめく。
風の刃は連発はできない。けれど、十分な威力だ。
『昨日の化身には及ばない』
ソラーナの分析に頷きながら、<太陽の加護>を使用する。黄金の炎を体にまとうと、一気に感覚が強化された。
「ヴォオオ!」
広大なフィールド。
敵は低く飛び跳ね、僕の前に降り立つ。
地面が揺れて、咆哮は空間に反響した。でも怖いという思いより、『立ち向かいたい』という気持ちが先にくる。
「そこを、どいて!」
止まるわけにはいかないから!
一気に加速、足元へもぐりこむ。
テーブルサイズの足裏を見上げながら、背後に回り足を薄く切りつけた。体にまとう炎からは、精霊サラマンダーが守ってくれる。
敵が拳を振り上げる。炎を放つつもりだろう。
でもフェリクスさんが杖を振れば、氷塊が手に突き刺さった。
「ガアッ」
巨人の右拳が、氷付けになった。手にまとった炎も消してしまう。ミアさんが僕の前に立ちはだかり、スキル<斧士>を発動させた。
『不動』と『剛力』だ。
「はっ!」
さっき、ミアさんは炎の竜巻からくる衝撃を、斧でしのいでいた。
『緋の斧』が光り、魔法文字の力で魔力を弾き返す。
凍り付いた巨人の右手は、砕け散ってしまった。
膝から崩れる巨人を、僕と、ミアさんと、フェリクスさんで囲う。
「オオ……」
相手は強化されたボスのはずだ。でも、僕らが圧倒できているのは、神様のスキルと、小人のルーン、そしてパーティーの連携があるから。
やっぱり――僕達は『パーティー』になれてきているのかもしれない。
僕は仲間へ声を張った。
「もう一押しです!」
「おうっ!」
炎の巨兵は失った右手を抱くように、うずくまった。
低い唸りが漏れてくる。
「グオオ……! オオォォオオオ!」
全身にまとった火が強まった。
空間全体が揺れて、<狩神の加護>も敵に膨大な魔力が生まれるのを探知してる。
ミアさんが後ずさった。
「こりゃ、まさか……」
僕も、嫌な予感。フェリクスさんが目を見開く。
「魔力が、体の中央に収縮? この反応は……」
はっとフェリクスさんが叫んだ。
「自爆かっ!」
こ、こんな閉鎖された場所で爆発したら、間違いなく全滅しちゃう!
「すぐにトドメを!」
フェリクスさんに応じて、僕は地面を蹴ろうとする。
けれども、ふとスキル<目覚まし>が異変を伝えた。封印解除が可能な光が、すぐ近くの壁にあるんだ。
――――
『対巨人バリスタ』が封印解除可能です。
――――
「ば、バリ……スタ……?」
通ってきた通路にあった巨大弓が頭を過ぎる。
迷いは一瞬。
今は行動だ!
「目覚ましっ」
僕が力を使うと、壁一面が輝いた。
飛び出してきたのは、巨大機構。
弩――クロスボウを巨大化したような遺物で、大人1人分はある巨大弓が横向きに張られている。つがえられているのは、槍みたいな巨大『矢』だ。
穂先がぎらりと輝く。
と、勝手に巨人へ向いて、大矢を射出した。
「グガァアアアッ!」
槍は巨人の胸を深く貫いた。断末魔の叫びが耳に痛い。
「い、一撃……?」
「すさまじい威力だが……」
鴉の戦士団も、呆然と立ち尽くしている。
炎の巨兵は徐々に炎を弱め、倒れ伏した。
「オオオ……!」
迷宮の番人は、僕らへ恨めし気な手を伸ばす。すでに体を覆う火は消えて、元の『巨人の尖兵』に戻っていた。
頭から灰になっていき、残された右手もボロボロと崩れる。
わずかな熱気が残る以外は、ついさっきまでのボス層に戻っていた。
「今の……」
緑髪を揺らして、サフィがリュックから顔を出した。
「……ゴーレムと同じ、迷宮の防御機構ね。隠されていたものが、封印されていたのだと思う」
大昔の罠って、ことなのかな。
ミアさんがフードを外して汗を拭いながら、口を曲げた。
「ここは玉座の近くなんだろ? こんなとこまで罠を仕掛けないといけなかったのか?」
「た、確かに戦況は有利じゃなかったとは思うけど……」
サフィはリュックから飛び出した。黒目がちの目が、奥の壁を睨む。
「行けばわかると思うわ!」
だだっ広い空間を、サフィはずんずん進んでいく。
「このエリアの奥、あっちの方角が、玉座のはず!」
僕はサフィの後を追った。





