2-47:小人王
アルヴィース・ダンジョンのボス層は、番人の消滅と共にもとの薄闇に戻った。封印解除された『対巨人バリスタ』が何もいなくなった虚空を睨んでいる。
僕はサフィに導かれるまま進む。
やがて<目覚まし>が淡く光っている壁を見つけた。
「いくよ」
呼吸を整えて、広大な壁面へ手をかざす。
「目覚ましっ」
小人の宮殿が目を覚ます。
迷宮を覆う封印に守られていた土壁が、パラパラと崩れた。現れたのは、巨大な門。
きっと封印が世界を覆う千年以上の間、土と石がこの大門を封じていたんだろう。
見上げる高さは、8メートルはあるだろうか。
横幅は、僕らみんなが並んで通ったとしても、まだ余裕があるくらいだ。彫り込まれた装飾には、一部でまだ金や銀の色が残っていて、ここが紛れもない宮殿だったことを教えてくれる。
「大きい……」
呟いてしまう。
間違いなく、今まで『封印解除』したもののなかでは最大だ。『目覚ましの角笛』を使った場合を除けば、だけど。
<目覚まし>で開いた未踏エリアは、調査が終わった後、鴉の戦士団が魔法で塞いでいる。土と岩を操作して、ただの壁とわからなくしてしまうんだ。
でも、今回ばかりは鴉の戦士団もきっと苦労すると思う。
大きいといえば――
「……あれ?」
同じくらい、いや――もっと大きな『封印解除』の気配を、近くに感じる。こんなに大きなものが、まだ近くにあるんだろうか。
ただ、存在を感じるんだけど、どこかはわからない。
こんなことは初めてだ。
サフィが緑髪についた土ぼこりを払う。
「……本当は、1層目の正門から、ここに直接降りてくる大階段があったはずなんだけどね」
いけない。僕も、目の前の扉に集中しよう。
みんなで耐火マントとフードに落ちた土を払った。
「けほっ。きっと土で埋まってる。あのバリスタみたいに、ダンジョンでまだ眠ったままの機構は多いのかもしれないわ」
巨大門がゆっくりと開き始めた。
左右の扉がこちら側に開く作りみたい。その扉一枚が、巨人のベッド並みに大きいのだけど。
開く動きは途中で止まった。右側の扉は動かずに、左側だけが僕らが二、三人だけ通れるだけの隙間を作っている。
ひどく冷たい風が、隙間からひゅうひゅうとやってきた。
『わたしが先行しよう』
ソラーナが金貨から言う。
『この空間には、ボスが残した魔力が漂っている。最下層だが――少しであれば、リオン、君を助けられる』
僕は金貨に触れて、女神様を<目覚まし>する。
人形サイズのソラーナが、僕らを導くように大扉の隙間に漂った。
「行こう、ソラーナ、みんな」
鉱山ダンジョンの未踏エリアは、暗闇だった。
息が白くなるから氷で覆われているのはわかる。でもソラーナが先行して、光を放っているというのに、空間の全貌が掴めないんだ。
つまりそれだけの――大空間だってこと。
僕は言った。
「フェリクスさん。魔法で照らせますか?」
「待って」
サフィは黒目がちの目をきらりとさせた。闇の中だと、その目はリスや猫のような、動物みたいな輝き方をする。
黒小人って――人間とは違うんだって、こういう時に思う。
「う、うん……」
ちょっと、怖いと思ったのは秘密だ。
サフィは薄暗い中を迷いなく動いていく。大扉近くの壁を調べているようだ。
「照明は……うん、生きている」
近寄るソラーナが、サフィが取り出したハンマーを照らした。
「ルーンを刻みなおすよ。灯明!」
サフィは、壁際のクリスタルを叩いたみたいだ。
瞬間、まばゆい光が生まれた。天井が真っ白く輝いて、周囲の氷がそれを照り返す。
雪の朝みたいな光が一瞬だけ僕らの目を焼いた。
だんだんと目が慣れてくる。
見せつけられた光景に、僕は言葉を失った。
『決まりだな』
『ああ……』
神々の、トールとウルが言葉を交わしている。
僕はそれが何の会話なのか……わからなかった。不吉だった。わかりたくなかった。
「うそ……」
サフィが呟きながら、へたりこんだ。
「こ、こんなの嘘よ!」
氷に閉じ込められていたのは、取引の現場だった。
ゴーレムが、あるいは小人が。跪きながら、巨大な武具を差し出している。
それを受け取っているのはボス部屋で見た『巨人の尖兵』。
果てがみえないほどの広大な広間で行われていたのは、小人が巨人に武具を渡しているという、神々も知らなかった裏取引の現場だった。
封印の氷が、あまりに生々しい当時の情景を今に残している。残酷なまでに。
『クク、合理的な判断だと思うねぇ』
ロキの声がした。怖い、笑い方だ。
『小人は魔物と同じように、肉体がある。だから、原理的に、魔物に堕ちることが可能だ。おそらく武器を供給することと引き換えに、巨人らの陣営に加わり、終末の炎から逃れることを選択したのだろう』
「違う、違うよ」
サフィは真っ青な顔で、黒目がちの目を見開いていた。
「あ、あたし達は! 武器に、道具に、誇りを持っている! 人が、仲間が不幸になると知っていて道具を卸すなんて、そんなことありえない!」
ようやく現実が頭にしみ込んでくる。
ミアさんも、フェリクスさんも、鴉の戦士団も――みんな目の前の出来事に呆然としていた。
「……それに裏切りだっていうなら、あなたこそでしょう? 聞いたことあるわよ、ロキ神」
『僕の場合は、そういうウワサが流されたってだけだけどねぇ』
侮辱は許さないというみたいに、サフィは一人で大広間に立ちはだかっていた。
「奥へ進みましょうっ」
僕は叫んだ。そうして、自分の頭からも『裏切り』という言葉を追い出した。
まだ何も決まったわけじゃないって、言い聞かせて。
「王様が……小人王がいるかもしれないんでしょう?」
僕らは広間をまっすぐに進む。
この空間は、封印の氷がかなり溶けていた。巨人や小人がいる場所は、まだ氷が柱のように残っている。けれども奥へ進むほど氷は減り、果てがかすんで見えるほどの広間を、僕らはぐるりと見渡すことができた。
赤い絨毯がまっすぐに伸びて、その先に立派な椅子が――玉座が置かれていた。
「王様っ」
サフィが駆けよる。
玉座にすがりつくようにして、羽の生えた人がうずくまっていた。体中に、霜みたいな氷がまだくっついている。けれども、石になってもいないし、何より<目覚まし>の光が宿っている。
「すでに、封印が解けかけている……!」
小さなソラーナが、その人に近寄った。
ロキの声が頭に響く。
『遺灰は神々には作用しないと思っていたが……神々と違って、小人はあくまでも半神。魔物同様に肉体がある分、遺灰の影響を受けて、封印が緩んでいたのかもしれないね……もっとも、完全とはいかないようだが。サフィが目覚めたのも同じ理由か……?』
ソラーナが僕へ振り返った。
「リオン!」
「うん!」
封印の氷だけど、ここまで溶けかけていたら、角笛がなくても<目覚まし>できるだろう。
お願い、今度こそ、悪夢をさましておくれっ。
「目覚ましっ」
小人王様が光に包まれると、全身についていた氷が砕け散った。
王様はびくんと体を跳ねさせた後、ヨロヨロと玉座にすがりつく。身長はサフィと同じくらいで、僕の胸くらいまでしかない。
「ここは……」
「小人王様っ」
サフィが勢いこみ、王様の体を支える。
ソラーナは普通の女の子のサイズになって、その手を握った。
「リオン、君もっ」
「う、うん!」
――――
<スキル:太陽の加護>を使用します。
『白い炎』……回復。太陽の加護で呪いも祓う。
――――
僕と女神様、2人分の白い炎が小人王様を包み込んだ。みるみるうちに顔色がよくなっていく。
「ああ、王様、王様……!」
サフィの目が潤んだ。
「……ここは」
小人王様が目を開けた。
印象は、美しい少年。
でも背中に薄い羽があったり、耳が尖っていたり、髪が白かったり、雰囲気は僕らともサフィとも大違いだった。何より目が不思議だ。青く澄んでいるのに、吸い込まれてしまいそうな深い色をしている。
「わかりますか? サフィです。アールヴヘイムの、十鍛冶の一人」
小人王様は目を見開いた。
「さ、サフィ……? なぜ、君が……」
「小人王様、これは、なんなのですか? この空間に、巨人と、仲間の武器が……」
王様は辺りを見回す。そして手を握る僕とソラーナに気づいて、眉をひそめた。
「神々……だと……?」
小さな体を包む『白い炎』が揺れた気がした。ソラーナが眉をひそめる。
「これは……」
サフィは勢い込んだ。
「今は、1000年後です。アタシ達のアールヴヘイムは巨人に攻められて、でも神々が封印を行って、それでこの光景のまま何百年も眠っていたんです! あの時……アタシが知らない間に、何があったんですか?」
サフィの目はうるんでいた。
「教えてください! アールヴヘイムは、武器を、道具を、技術を――巨人に売るようになったんですかっ?」
小人王様はソラーナと、僕と、サフィを順番に見た。
そして自分の周囲に散らばる封印の氷を見て、色々な事情を察したみたいだった。ゆっくりと目を閉じる。
その足が――石になり始めた。
「王様っ?」
サフィが悲鳴をあげた。
「小人王よ、何をやっている!」
ソラーナが声を張り上げる。女神様としての、叱るような声だった。
「……魔力を、どこかへ流しているな? これではどんなに新たに魔力を流しても、どうにもならないぞ! 王よ、助かりたくないのか!」
サフィ、と小人王様は石になりながら言った。
「君が残ったか」
「……え?」
「ならば君が、我々の最後の仕事を引き継いでほしい。今更、信じてくれるなら、だが……」
王様は目線を奥へ向けた。
「この間の奥に、さらに下――裏門へ続く道がある。その先に、炎の巨人の長を捕らえる檻があるのだ」
「お、檻……?」
「外へ出るなら、もう一つ道だ。幸いなれ、黒小人のサフィよ……」
小さな体が石へと変わっていく。封印解除しようと思っても、もう――反応がない?
僕は角笛を取り出した。
「ふふ……魂を道具に封じたか。我々と同じことをした神もいたのだな」
小人王様が完全に石へと変わった時、真下から轟音が起きた。それは、叫び声だった。
怒りと憎しみに満ちた気配が地の底から這い上がってくる。
「炎骨、スルト……」
ソラーナが声を震わせる。
僕達は揺れる未踏エリアに、立ち尽くしていた。
「小人王様は、下へ行けって……」
「おいっ」
ふらふらと動くサフィの肩を、ミアさんが押さえた。ベテランのこの人でも、どうすべきか、どこへいくべきか、わからないみたいだ。
もちろん、僕も。
『リオン、退け』
トールが命じる。
「だって」
『こいつらは明らかに裏切っていた。言葉に従うな、罠の可能性もある……全て、最初からな』
最初から、と言われて僕は急に恐ろしくなった。
『世界樹の水鏡』で聞いた声からして、罠だったってこと?
そんな可能性……。
「リオン、アタシは……!」
サフィの言葉が胸を締め付けた。
行くか、戻るか。
進むか、やめるか。
冒険者にとって、ダンジョンでの究極の選択だった。
でもこれ、今回ばかりは――アルヴィースの命運がかかってない?
「リオン、落ち着いて」
ソラーナだけは、僕を急かさなかった。<目覚まし>を使うと、奥にうっすらとした光が見える。
小人王様の言葉が確かなら、封印解除できる通路は、片方は地下へ、片方は地上へ通じているものだろう。
小人を信じて、降りて戦うか。
神様を信じて、外へ逃れるか。
僕は――決断しなければならなかった。
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次回更新は1月15日(土)予定となります。
2章、小人の国の結末までお付き合いいただければ幸いです。





