2-44:小人の国アールヴヘイム
サフィは、焚火を見つめながら話し始めた。
揺れる炎が、僕とサフィの影を壁際まで伸ばしている。
「アールヴヘイムっていうのは、技術の国だったの。見ての通り――」
周囲を見回して、サフィはおかしそうに口を歪める。
「――なんて言っても、もう面影もないけどね。でも、ここは鉱山に掘り込まれたアタシ達の宮殿で、街でもあった。アタシもこの鉱山で生まれ育ったの」
迷宮の外れにある階段部屋は、薄暗くて、少し肌寒い。熱気も、もしかしたら照明の魔力も、この場所までは十分に通っていないのかもしれなかった。
薄闇に目を凝らす。
壁には模様が残っていて、天井にも魔石灯に似た出っ張りがあった。かつて宮殿だった時代の、名残りなんだろう。
「もう埋まってると思うのだけど、この階層には兵士の詰め所とか、その家族の部屋とかがあってね。神々が戦争を始めた時には、小人のほとんどが地上からここに避難してきたわ」
サフィはそこで、口を結んだ。じっと炎を見つめている。
「……黒小人と白小人って、あなた、どこまで知ってる?」
僕は記憶の棚を探った。
「アールヴヘイムにいた種族で、黒い方が鍛冶屋さん。白い方が、羽が生えてて、細工が得意だったんだよね?」
「そう。アタシは黒小人で……嫌われてた」
サフィは口ごもる。
重たいものを吐き出すように嘆息した後、無理やりみたいに笑って見せた。強引に頬をひきつらせたみたいな笑顔だ。
「でもね、当然なのよ。アタシらが嫌われてたのは、まぁ、無理がないってやつ」
「ど、どうして?」
頭を過ぎったのは、『外れスキル』のようなこと。小人の世界にも、生まれ持ったスキルによる優劣があったんだろうか。
「黒小人は鍛冶屋。そして――どこまでも『武器職人』だったのよ」
サフィは、手に持ったままの金鎚を火にかざした。うっすらと、赤く、魔法文字が浮き出る。
「武器って戦うためのものでしょう?」
「う、うん――」
「だから黒小人の一部は、戦いを求めた。神々や人間に取引を持ち掛けて、騙して戦わせたり、武器そのものに呪いをかけたり」
僕は腰から鞘を抜いて、『青水晶の短剣』を取り出した。鞘に収まった古代遺物は、柄のところに迅の文字が刻まれている。
「たとえば、戦いを引き寄せる魔法文字を刻む。実際は『敵が寄ってくる』っていう吐き気がするような効果だけどね。でもそうしたら、持ち主はたくさん戦って、武器の威力を知らしめてくれるでしょう? 武器の優秀さを証明してくれるってわけ」
「そんなの……!」
「技術のためには、手段を選ばない。そういう連中がいたのよ」
今まで使っていた短剣が、急に恐ろしくなった。
冒険者は武器には命を預けるから、鍛冶屋さんに裏切られたら、命に関わってしまう。
「人のための武器じゃない。武器のための武器。中には、魔物や巨人とも取引をしたり、鍛冶場を引き払って巨人の陣営に加わったりね」
サフィは大きく息をはいた。黒目がちの目に、揺らぐ火が映っている。
「……もちろん、そんな黒小人は少数派。一緒にされたくない。でも、不届き者が出たのは事実だし、だからこそ嫌われて、警戒されていた」
僕らの間にあった言葉が、ぷつっと途切れた。
沈黙がやってくると、風鳴りだとか、魔物の唸り声だとか、迷宮の音が辺りを満たす。
ロキも言っていたっけ。神様の時代でも、不信や裏切りは存在した――。
「でもね」
サフィは、今度は歯を見せて笑う。イタズラを自慢するみたいな、さっきよりずっとサフィらしい微笑みだ。
「アタシ、だからこそ、立派な鍛冶師を目指したの。黒小人の技術は大したもんだし、アタシ達を疑っている白小人も、根っこは技術者だから。技術を高めれば分かり合えるって思ってた」
勉強して、練習して、鍛錬して。
そう言ってから、小人の鍛冶屋さんは緑の髪を揺らして僕を覗き込んだ。
「最後には、アタシはアールヴヘイムの十鍛冶に選ばれたの。特に優れた、10人の鍛冶のことよ。最上級の名誉なの!」
大きな目が誇らしげに輝いている。
「ふふ。黒小人は嫌われてたりして、何十年もかかったけどね……」
何十年? サフィ、何歳なんだろう……。
そんなことを思っていると、サフィは唇を尖らせた。
「……もっと反応してよ。その時は黒小人が選ばれること自体、百年ぶりくらいのことだったんだから」
「ひゃ、ひゃく……っ?」
小人の時間感覚もそうだけど、サフィ、ひょっとしてかなりスゴイ子なのかも……。
ええと、とにかく褒めようっ。
「す、すごい、スゴイね!」
「…………まぁいいわ」
とろんとした目でサフィは身じろぎする。焚火に手をかざしてから、また話し始めた。
「白小人の技も、アタシ、その時に色々と教わった。道具に気持ちをこめる祝福もね。ま、技術交流の懸け橋になったってこと」
サフィは得意げに緑髪を揺らしている。
「小人王様も言ってくださったわ。『道具は力、だから正しい心の持ち主に、正しい道具を渡す』ってね」
そこまで語って、小人の鍛冶屋さんは俯く。火が揺れて、サフィの顔も陰った。
「ねぇ、リオン」
「……どうしたの?」
「あの鍛冶場にあった、巨大な武具ってどう思う?」
今度は、僕が身じろぎした。焚火がパチッとはじける。
「……わからない」
「そっか」
サフィの、赤い指輪がきらりとした。
「アタシ、多分、アールヴヘイムに『何か』が起こる前に眠らされてる。それで、そのまま、封印された。でも……何が起こったのか、なんでこうなったのか、わからないし……」
考えたくない、って続けたいように思えた。
「……本当にわからないし、覚えてないの。ねぇリオン、アタシのことやっぱり怖いかな」
「で、でもさ」
僕は、サフィの言葉に割り込んだ。
一生懸命、頭の中を引っ掻き回す。このままだとサフィは真っ暗な谷に落ちてしまいそうで、それを引っ張り上げるなら、今しかないって感じた。
「サフィは、探したいんでしょ? 小人王や、仲間を」
「う、うん」
「じゃあ、一緒に探すよ!」
座ったままサフィへ向き直る。
言葉はぽろっと僕の口からこぼれてきた。声に出すと、きっと単純なことなのだと思う。
サフィは拍子抜けしたみたいだった。
「……そう?」
「うん」
「…………他に、ないわけ? アタシが怪しいとか、黒小人だとか、色々さ」
「う、ううん……」
そうなのだけど、不思議とこれ以上の理屈を考える気持ちは起きなかった。何か大事なものが、言葉が、胸の中にあるような気がする。
でもそれは取り出して空気にさらすと、途端に崩れてしまいそうに思えた。
雪で作られた像みたいに。
「サフィは大丈夫だって思う」
ぽかんとサフィは口を開けていた。
「……あんた、内側に神様いるんでしょ? そんなんでいいの?」
「た、多分」
「多分じゃダメじゃないっ? あのね、ゴブリンとかの魔物だって、元々は追放された黒小人が堕ちちゃったやつで……」
サフィはあちこち目線をさまよわせた後、両手で緑髪をガリガリとかいた。そっぽを向いて、ふぅっとため息をつく。
「……ま、ありがと」
火のせいか、サフィの頬と耳がちょっと赤らんで見えた。
「楽になった。これ、ホント」
金貨が震えて、神様の声が聞こえる。
『リオン、君は励ますのが上手だな』
ソラーナだった。
「あ、ありがとう……?」
父さんは、こういう時、どういう決断をしたんだろう。
僕みたいに迷いながら決めるみたいなこと、父さんならしないで済むのだろうか。
『う、うむ。だが、なんだ、なんかこう……むずむずする』
女神様は珍しくもにょもにょ言っている。そういわれると僕もなんだか体がむずむずして、サフィと一緒に座ったまま身じろぎしていた。
会話が絶えて、しばらく。
遠くから足音が聞こえた。<狩神の加護>で探知できる範囲に、地上へ行っていたサポーターが帰ってきたんだろう。増援を連れてきたようで、気配も増えていた。
フェリクスさんも杖をついて戻り、目で出口を示す。
「そろそろ、出発しましょう」
僕は頷いて立ち上がった。
迷宮のボスは第10層。
アールヴヘイムの小人王は、きっとそこにいる。





