2-43:揺れる炎
紫の光が、戦神トールの視界に瞬いた。
「トール、聞こえるかい?」
リオンが持つ金貨には、複数の神々が封じられている。
封じられている間にも神々には意識があり、そのため互いの意識を感応させることで、金貨の外に出ずとも言葉を交わすことは可能であった。
「……なんだ?」
トールは魔力を操り、問いかけに応じる。
周囲に光が満ちた。
空間に浮かぶは、2柱の神。
戦神トールと、魔神ロキだ。
ロキは闇色のローブで細身の黒装束を包んでいる。荒布の衣をまとい、赤髪を振り乱したトールとは対照的な姿だった。
時折、遠くで雷が光る。ロキの方は薄暗く、夜明け前といった空模様だった。
神々ごとに魔力に個性があり、その個性は空間に反映される。空などの自然風景に神々の性質が反映されるのは、金貨を作ったのが自然の神――太陽神であったことも影響しているのだろう。
いわば会話のために魔力で創られた空間だった。
ロキは、指を頬に当てて首を傾げる。
「気づいてるんでしょ?」
口元にいつものへらりとした笑みはない。目は真剣に細められている。
「このままリオン達を深部へ進めさせるの? 少しばかり、忠告した方がいいと思うけどなぁ……」
トールが大きな口を引き結ぶと、ロキは長い指を向けた。
「神々と違い、小人には肉体がある。これは原理的に重要なことだ」
雷神は鼻を鳴らす。
「肉体を持っているってのは、大半の魔物と同じだ」
「そう。人間がアンデッドになるように、小人も魔物になれる。ゴブリンは小人が変じた魔物だ。つまり――小人は敵に降ることができる」
だんだんと早くなる口調は、苛立たせることが得意な魔神が、今は逆に苛立っていることを示していた。
「半神半人……便利な言葉だよねぇ? 神々の同盟者の時は、僕らは小人を半神半人と呼ぶ。だけどそれは、半神半魔ってことでもある」
ロキは赤い瞳をひらめかせた。
「リオンは気づいていない。フェリクスら大人は、うっすらと不吉に思っているだろう。なんで巨人サイズの武具が小人の宮殿にあるんだ? ……ってね」
トールは沈黙を続ける。雷鳴が空間を揺るがし、時折やってくる風がトールの赤髪を乱していた。
「……今はまだ、余計な情報は無用だ」
ロキが目を細める。
「余計な情報? 小人が裏切っていたかもしれないことが、余計な情報かい?」
「深部を調べないといけないのは確かだ。ならば今は、リオンを迷わせるべきじゃない。あいつは戦士だが……守るものがある時に力を発揮する性質だろう」
だから、神々が感づいた可能性を隠す。
サフィや、小人達はリオンにとって『守るべきもの』でいてもらう必要があるから。
ロキはしばらく黙っていた。
「不当、不正、雷神の名が泣くね。だが、戦神としてもっともだな」
やがて手を振り会話から去る。
「……あんまり、人間を、そしてリオンを侮るべきじゃないと思うけどねぇ。神々みんなの悪い癖だ」
◆
誰かに名前を呼ばれた気がして、僕ははっと顔をあげた。
目の前には焚火。横に置かれたお茶は、とっくに湯気を出さなくなっている。
体を休めている間に、いつの間にかうたた寝してしまったんだろう。
迷宮内は静まり返っていた。
異変を察知して、多くの冒険者が引き返してしまったんだろう。憤怒の化身との轟音は全階層に響いたはずだから。
僕らとしても、そのまま10層まで連戦するのは無謀だ。今は第3層と第4層をつなぐ階段部屋まで戻って、休息をとっている。
場所的には迷宮の外れみたいで、肌寒く、薄暗かった。山肌の冷気が伝わってくるせいだろう。
「はぁ……」
こうして息をついてしまうのも、疲れの表れに違いない。あまりにも強い敵との戦いでは、傷は魔法で癒せても、心が深く削られる。
「起きたかい?」
ミアさんが僕の横に立っていた。
手には湯気を立てるお茶のカップを持っている。フェリクスさんが、焚火で温めてくれたものだ。
「は、はい。もう大丈夫だと思いますけど……すみません、索敵してみますね」
おしりをはたいて立ち上がりながら、僕は焚火を囲うパーティーメンバーに目を向けた。
今この場にいるのは、フェリクスさんとミアさん、そして小人のサフィだけだ。荷物を持ってくれるサポーターの2人は、地上に戻っている。
上階の様子を探るため、そしてボス層への応援を呼ぶためだ。
「まだしっかり休んでおきな」
ミアさんにそうたしなめられた。フェリクスさんは細い目をさらに細めてお茶を飲んでいる。
「フェリクスがボス層に挑むのは3日目って言ったのは、きちんと理由がある。冒険者はレベルが上がるとき、その迷宮に順応するんだよ。そして眠ると、頭で経験が整理されて、翌日はもっと環境や魔物に慣れている」
そういえば、父さんも言っていたな。
『眠ること』は冒険者の才能の一つだって。
「レベルは22になりましたけど……」
「これでばっちり夜に寝て、明日の早朝に挑むのが最高だったね。でも、まぁ、今回は仕方ない」
ミアさんは肩をすくめながら、僕の背中を押して座らせてくれた。
「今は、アタシらに任せておきな。一番レベルの低いあんたは、体を休めて、新しいレベルと迷宮に体を順応させるのが役目だ」
最後にぽんと背中を叩いて、ミアさんは焚火を離れた。フェリクスさんもおもむろに立ち上がる。
頼りになるなぁ、なんてどこか現実感なく考えてしまうのは、やっぱり気持ちが疲れているからだろうか。
でも、さっきのような眠気はやってこない。
体を休めるという意味では、うたた寝で十分だったのかもしれない。頭もかなりすっきりして、瞼も軽くなってきた。
そうして辺りを見ていると、もう1人、火から離れているのに気づく。
「……サフィは、休まないの?」
緑髪をぴょこんと揺らして、サフィは顔をこっちに向ける。
階段部屋の壁を鎚で叩いたりして調べているみたいだ。
「平気。それより、仲間のことが……気になるのよ」
サフィは壁に向き直る。その顔は、火の反対側を向いているせいか、暗い影に覆われて見えた。黒目がちの目が、動物みたいにきらりと光る。
――人間とは違う『小人』なんだって、こういう時に思う。
「ねぇ、サフィ」
僕は尋ねていた。
「大昔のアールヴヘイムってどんな場所だったの?」
「知りたいの? 宮殿とか、地形とかは少し話したけど……」
「うん……どっちかというと、サフィにとってどんな場所だったのかなって」
今までは余裕がなくて、黒小人と白小人のこととか、サフィが感じていたこととか、大まかにしか聞けていない。
でも、小人の鍛冶場を見て考えが変わった。先に進んでも、救いがないかもしれないんだ。
だからこそサフィについてもっと知っておきたい。
自分がどんな人を助けようとしているのか、あるいは助けられないのか――予め知っておくことが、大事だと思うから。
王都のギデオンのようなこともある。『何かを救う』ことって、『救ったものが何をするか』まで考えないといけないと思う。
「……アタシ? 大して、面白い話じゃないわよ」
そう言いながらも、サフィは焚火に近づいてくる。
僕の隣に腰を落として、揺れる火に語り始めた。
お待たせいたしました。
次話は、明日(1月10日)に投稿いたします。





