2-42:終末の足音
鉱山街アルヴィースの館で、魔法技師ガニスはぎょろりと大きな目をむいた。カエルに似た顔は、怒りと動揺で青白くなり、じっとりと汗がにじんでいく。
「ワ、ワタシのゴーレムが……破壊された……?」
スキル<人形使い>の能力『ゴーレム・マスター』。
たとえ離れた場所にいるゴーレムであっても、状態を把握したり、命令を下したりすることが可能である。
精度は距離によって減少していくが、ガニスが迷宮に放った新型ゴーレムは、かつてないほど強大だった。そのため、ダンジョン外からでも大まかな状態を把握することができていた。
今、その信号が途絶えるまでは。
「ば、バカな? いや、間違いだろう」
ガニスは何度も能力を使う。けれども迷宮に、もはや新型ゴーレムの気配はなかった。
「う、嘘だ……ワタシの数年が、カネが……!」
時刻はまだ正午にもなっておらず、太陽はまだ上りかけである。だというのに、ガニスには部屋の気温が急激に下がったように感じられた。
「きぃいい! つ、ついに産み出せた、ゴーレム核だというのにぃ……!」
目眩がした。
ゴーレム核とは、ダンジョンから産出するレアアイテムだ。ガニスのような魔法技師が調整することで、再び起動、ゴーレムとして働かせることができる。
「ゴーレム核は、ダンジョンでのみ発見される、いわば逸失技術! アスガルド王国1000年の歴史で、製造が成功した例はない! ワタシが、ワタシが、あの新型ゴーレムで成功すれば、ワタシは1000年に一人の天才を証明できたのに……!!」
ガニスは、奴隷商人が『遺灰』と呼ぶものを、新種の魔石だと考えている。
新種の魔石を固めてゴーレム核を作る――もちろんガニスのスキル<人形使い>があればこそ可能なことだったが、発想としては単純なものだった。
試作ではうまくゴーレムができあがった。攻撃性が高すぎ、多少、追加の奴隷を調達する必要が生じたが。
「後は、実戦テスト……! 迷宮の魔物にも劣らぬことを証明しさせすればよかったのに……!」
ガニスは歯をむいて悔しがる。
このうえは情報が欲しかった。
「馬車を出せぇい!」
10分ほど馬車で移動する。
迷宮の入り口が見えてきた。相変わらず人でごった返しているが、いつもとは少し雰囲気が違う。
一番近いのは――そう、直通の鉱山で落盤があった時だ。
とはいえ、ガニスにとっての関心事はゴーレムのことだけである。
「どけ、平民ども!」
唾を飛ばしながら、工夫たちを突き飛ばす。
ああこの場にゴーレムを放り込み、こいつらを一層出来たらどんなに胸がすっとするだろう。
「倒された? 性能が不十分だったのか? 確かに、急に、反応が消えたとは思ったがまさか撃破とは……!?」
いまだに呻き続けながらも、ガニスはようやく目当ての冒険者を見つけた。
無精ひげが目立つ中年の男で、鉛のような目をしている。カネで悪徳を働く冒険者は、だいたい同じ目をしていた。
「どうも、ガニス殿」
副業のゴーレム売買で、冒険者の元締めに使っている男だった。
問い詰めると、中年の冒険者は口を歪める。
「どうもこうも、中層から轟音が響いたようでして。ギルドも迷宮を立ち入り禁止にするとかどうとか……まぁ、パニックってやつですな。全体メッセージでも、『終末』とかあったでしょう」
「……実験での報告用に、何人か潜らせているはずだ。そやつらはなんと言っている」
狂乱するガニスに、冒険者が目を鋭くする。
「へい。轟音が止んだ後、しばらくしてですがね。中層から浅層に冒険者が上がってきたようです。どうも激戦から生還したような具合……その中に――少年のような小柄がいたと」
ガニスは鼻を鳴らす。
「それがなんだ。冒険者の小僧などいくらでもいるだろう?」
「しかし中層は珍しい。フードを被っていたようで、顔立ちまでは分からないのですがねぇ……」
ようやく、ガニスは奴隷商人が話していたことを思い出した。
――茶髪の、金貨を持った冒険者。
――少年とは思えない大きな力を持っている。
現れたら気を付けろと言われていた。確か『目覚ましの少年』とか、『角笛の少年』と呼ばれていただろうか。
奴隷商人は秘密主義だ。わざわざ警告してきたことが、ガニスの記憶に引っ掛かっていた。
「その少年は、今どこに?」
冒険者は肩をすくめた。
「そこまでは。まだ迷宮にいるんでしょう」
新型ゴーレムは、そのパーティーに少なくない打撃を与えたのかもしれない。休息をとるために浅い階層へ戻るというのであれば、ゴーレム撃破と階層の辻褄は合う。
この騒ぎでわざわざ迷宮に留まっているのも、ますます怪しい。まさか、さらに奥を目指すつもりだろうか。
「……ま、まずいな」
仮にその冒険者が『角笛の少年』だった場合、奴隷商人は迷宮を調べるだろう。
ガニスにとっての悩みが増えた。
新型ゴーレムは、ガニス独断での実験だった。
「なんとか、隠さねば……」
『遺灰』を勝手に実験に使うことは、奴隷商人は禁じている。
ミスリル・ゴーレムまでは受け入れられた。が、それ以上の実験は明確に禁じられていた。
それでも研究を継続したのは、野心のためだ。ゴーレムを操るばかりか生み出せるようになれば、<人形使い>は無限の兵力と同義になる。
「あと……」
中年の冒険者が囁いた。
「ま、まだあるのか」
「ええ、こっちもガニス殿に連絡があります。その……『商売上手』がお待ちです」
ガニスは顔を真っ青にして迷宮を飛び出した。
それは奴隷商人の顔役の一人。
「早く言え!」
馬車で坂を下って川沿いに出る。ゴーレム技術を応用した船で川を遡上し、鉱山の裏手にたどり着いた。
領主が管理する森には誰も近づかない。もとより、ダンジョンがある山の裏森など、魔物を想像させるせいか世捨て人さえ近寄らない場所だった。
麓の森林に、秘密坑道へ降りる通路が隠されている。
「お待ちしておりました」
坑道の途中に、男が一人立っていた。
「……ら、ラタ殿」
「どうも、商売上手のラタです」
ラタと名乗った男は一礼する。
歳は20歳を少し過ぎた頃。人当たりのよさそうな柔らかい笑顔に、短く切りそろえられた栗色の髪、そして上等な服。
一級の商人のような姿だった。
実際に商いをしているのだが――その商品は、『人間』だ。
「ご様子をうかがいに参りました」
『商売上手』とは一種の符号であり、名に違わずに奴隷商人の実務を一手に引き受けているらしかった。
ガニスの秘密坑道が明るみに出ないのも、この人物の関与が大きい。
大物の出現にガニスは笑みを貼り付けるのに苦労した。
「よ、様子?」
「はい」
ラタはにこりと笑って、坑道の途中にある岩を眺めた。そこには、ガニスが常々『人の顔のようだ』と感じている巨岩が浮き出ている。
「潮時ですね……」
「は?」
「いや、失礼。ご挨拶がてらに伺ったまでです。遺灰の採掘も順調な由、また、ゴーレムもご活用いただけているようで――」
ぐるりと世間話で引き伸ばした後、ラタは白刃を突きつけるように言った。
「我々の遺灰で行っているあなたの副業に、私もほんの少し興味があるのです」
「……っ?」
「あなた、ヴァリス領主と取引をしていたでしょう?」
心臓が波打った。確かにゴーレムを送ったり、秘密裏に取引はしている。
カルマルを経由して送ったゴーレム核は、そういえばどうなっただろうか……?
「ヴァリス領主も少しばかり問題がありまして、そのぅ、まぁ……『処分』されまして。その際に、あなたとの取引が明るみに」
ラタは笑顔のまま続けた。
「まぁ、よいのです。ラタは気づいておりましたし、多少であれば、我々も与えたスキルをどう活用するか興味がありました……ただ今日ばかりはちょっと派手で、庇えませんなぁ」
口に手を当てて笑っている。
夜会に参加しているような上品な笑顔だったが、ガニスの顔は脂汗にまみれていた。
「ここで残念なお知らせがあります」
「な、に……」
「実は、このラタトスクのラタ。以前からの性分で、そのぅ……『告げ口』が大好きでして」
頬を赤らめながら、ラタはガニスが最も恐れていることを言った。
「この際あなたの過去の副業、蛇骨さんにぜ~んぶ、バラしちゃいました♪」
ガニスは、足元に大穴が開いて奈落に落ちていくような錯覚した。
「な、な……! あの女にだけは、ヨル殿にだけは、とりなしてくれ、許してくれぇ!」
「ふふふ、今頃は大急ぎでここに向かっているでしょうねぇ。底なしの体力、世界を一回りできちゃう人ですから」
ラタはニヤニヤと笑っている。
追い詰められたガニスに、せめてもの逃げ道がひらめいた。
「……お前たちが、追っているという、珍しいスキルの奴隷候補。あの少年の情報が、欲しくはないか?」
ラタの笑みが失せた。
「…………ほう?」
「いや、確証、確証まではないっ。だがワタシの新型ゴーレムを倒した冒険者が、似た特徴だったようなのだ! いやいやいや、そうに違いない! ワタシの傑作が、尋常な冒険者にやられるわけがないのだ!」
ラタは細い顎の線をなでていた。
やがて、にんまりと笑う。
「……面白い。もしあなたが、ゴーレムでも使ってその少年を捕獲、せめて迷宮で足止めしていたら、ちょっとヨルさんにとりなしてあげましょう。ただし……」
そこで、大地が揺れた。
ひっとガニスが呻いて見上げた先で、魔法技師は顎を落とした。
「な、なんだこれは……!」
アルヴィースの秘密鉱脈、その上にある巨大な顔面岩。
目が開いていた。
引き結ばれたようだった口は――そう見えた岩は、今まさにわずかながら開いて、猛烈に熱い息を噴き出している。
――神々め、神々め。
そんな声が聞こえる。
声? 声……? 鉱脈に過ぎないはずの岩から、声?
「やはり、潮時ですねぇ。もともと封印の氷を溶かす遺灰の産出源。であるならば、自らに課せられた封印など真っ先に解くでしょう。それがどれほど強力でもね」
この男は、何を言っているのだ?
ワタシは、何を採掘していたのだ?
「しかし、これほど『巨人の遺灰』がある場所なら、ヨルさんも世界蛇に戻れるかもしれない……神々との決戦にはうってつけだ」
ラタはへたり込むガニスの胸倉をつかみ上げた。優男であるはずなのに、ガニスの肥満体を軽々と持ち上げる。
「に、人間じゃ、ない……?」
「奴隷商人です、それはもう『人でなし』ですとも」
ラタはケタケタと笑ってから、ガニスを放した。
「成果をあげるなら急ぎなさい。時間はもうないんですよ、あなたにも、このアルヴィースの街にもね!」
カネで動く冒険者。
迷宮に予め運び込んである、実験用のゴーレム核。
ガニスの頭にとりうる手札が浮かび始める。
魔法技師は、自分が助かる道を必死に探した。
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次回更新は1月9日(日)予定となります。
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